エピソード:2 『魔人の目覚め』
1ヶ月以上間が空いてすみません……第2話です。
突如右も左もわからない謎の世界に迷い込んだ城戸宝笑。
魔獣の攻撃によって瀕死の状態に陥った彼は謎の美女から与えられた力によって異形の姿となり、魔獣を撃退してしまう。
そんな彼をナハトは『魔修羅』と呼び、元に戻った宝笑へ矢を放ったのであった……
3/16 魔修羅の容姿に関する記述を修正しました
「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ナハトさんが放った矢が風を切り、真っ直ぐに飛んでくる。
絶叫と共に後ろに倒れた俺は後頭部を地面にぶつけて悶絶する。しかしそれによって偶然にも矢を奇跡的に躱すことが出来、さっきまで俺の頭があった位置を矢が通過していった。
後頭部を擦りながら起き上がると、ナハトさんは次の矢を今まさに番えるところだった。今度こそ躱せないと感じた俺は両手を挙げる。
「待ってぇぇぇぇぇ!!話し合あう、ね!?
話し合あうお願いだからぁ!御慈悲をくださいお願いしますぅぅぅ!!」
全力全開、今までこんな勢いで誰かに懇願したことがないくらい必死で命乞いする。
(別にそこまで悔いのある命じゃないけどっ、流石に何も分からないまま死ぬのは嫌だ……!!せめて、せめてここがどこで何なのかぐらいは知りたい…………!)
俺を見たナハトさんは怪訝な顔をしながらも弓矢は構えたまま口を開く。
「………………宝笑さん、貴方は何が目的ですか。
何故命乞いを?こちらの油断を誘うつもりですか。わざわざそんな回りくどいことをするより、魔修羅になって戦った方が手っ取り早いでしょう」
「バジュラって何ぃっ!?じぇぇんっじぇん分かんないだけどぉ!?
まず説明してくださいお願いしますぅ!!」
俺の叫びにナハトさんは更に怪訝な顔で睨んでくる。
「とぼけるつもりですか」
「とぼけてないとぼけてないっ!!本当に何のことかさっぱりなんだって!!」
「………………………………」
「ナハト、矢を収めて」
「姉様……ですが……」
「宝笑さんの話も聞いてみましょう。嘘をついているようには見えないし、魔獣を撃退してくれたのも宝笑さんよ。敵と判断するのは早計だわ」
「…………姉様がそう言うのであれば……宝笑さん、変な動きをすれば即射ちますので」
「りょ、了解」
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さっきとは違う、避難所になっていた酒場にやってきた俺はヒノカさんナハトさんと向き合う形で座る。
「え~っと……俺、あの怪獣に吹っ飛ばされてから記憶が無くて……気付いたら怪獣がいなくなってたんですけど、お二人何か分かりますか?」
「記憶が……?あの魔獣は宝笑さんが撃退したんですよ。憶えていらっしゃらないんですか?」
「俺が?いやいやまさかぁ……」
「姉様が仰っていることは本当ですよ。魔獣の攻撃で瀕死の状態だった筈の宝笑さんが突然魔修羅となり、あの魔獣を撃退しました…………本当に憶えていないんですか?」
嘘のような内容に耳を疑い、現実かどうかを疑う。
試しに頬をつねってみる。うん痛い。
「夢じゃない……」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「じゃあ、本当に俺があの怪獣を…………」
「本当に憶えていないようですね……どうしましょうナハト」
「流石に記憶のない人間を討つのは気が引けますが、いざとなれば戦うことも已む無しでしょう。
それが私達、戦祓巫女の使命ですから」
ナハトさんの言葉にふと疑問を一つ思い出した。
ナハトさんの言う〝せんはいみこ〟とは一体何なのか。『みこ』と付いてる辺り神職か何かではありそうだが、これもやはり聞いたことのない言葉だ。
「あの、せんはいみこ?って何ですか?」
「大和に代々伝わる特別な神職のことです。
悪しきものと戦い、邪悪や穢れを祓い清めることで人々の平和や安全を守ることが使命なんです」
「私と姉様は当代の戦祓巫女。修行と人助け、そして世界を見て見聞を広げるためにこうして旅をしているんです」
「へぇ~~すっごいなぁ」
感心する俺。二人共俺と同い年かちょっと下くらいだろうにものすごい立派なことしてるんだなぁ…………。
「…………あぁそうだっ!!ヒノカさんとナハトさんがさっきから言ってる〝バジュラ〟って何なんですか!?俺がそのバジュラとかいうのになったって言ってましたけど……」
「それは「それは私から説明するわ」」
突然聞こえてきた声と共に現れたのは…………
「え、女神様!?」
そう、さっきの女神様がいた。
他を圧倒するような美しさに周りの人達も男女問わず目を奪われ釘付けになっている。驚く俺を他所に女神様はこちらに歩いてくると自然な流れで俺の隣に座る。
「女神様?宝笑さんのお知り合いの方でしょうか?」
「いや、さっき会った人っていうか……」
「名乗るのが遅れたわ。私はフィーニアス、女神ではないわ」
すんっとした顔で言う女神様……もといフィーニアスさんにおっかなびっくり頷く。
「…………そんなに構えなくていいわ、可笑しい人」
するとビビってる俺が可笑しかったようで、フィーニアスさんは顔を綻ばせて微笑む。ふとヒノカさんとナハトさんを見ると二人も笑いを堪えており、俺も引き吊り気味の愛想笑いで返す。
「え、えーと、聞きたいことは山程あるんだけど……とりあえずフィーニアスさんって何者なんですか?」
「それを話す前に、腰を落ち着けたところ悪いのだけれど人目のつかない場所に移動しましょう。あまり他人に聞かれたくないの」
「はっ、はいっ」
「私達は……」
「あなた達は着いてきて、さぁ」
フィーニアスさんに促されるまま、酒場を出た俺達は裏路地に入る。そこで改めて話を聞くことになった。
「改めて自己紹介よ。私はフィーニアス、然るお方の命を受けて来た使者。そして貴方の道案内役よ、宝笑」
「!? なんで俺の名前…………」
「今から一月ほど前、予言があったの。
今日この日、異世界より現れた一人の青年がやがて世界を救う救世主になると。その青年の名前が城戸宝笑……貴方よ」
口がポカーンと開く。多分今の俺は( ゜д゜)みたいな顔をしていることだろう。目の前のヒノカさんナハトさんも(°×°)みたいな顔になっている。
「救世主ぅ?俺が?」
「えぇ」
「ていうか、今異世界って」
「ここは貴方が元いた世界とは別の次元の世界よ。並行世界やパラレルワールドと言えば分かりやすいかしら」
「それはつまり、宝笑さんは本当にこの世界の人間ではないということですか?」
「その通りよ……えぇと、名前を聞いてもいいかしら」
「あ、そうでした。私はヒノカ、この子は妹のナハトです」
「ナハトです。初めまして」
ヒノカさんとナハトさんの自己紹介が済むと、フィーニアスさんはまた話し始める。
それはとにかく驚きの連続だった。
「この世界は今、魔王軍によって窮地に追いやられているの。ヒノカさんとナハトさんなら知ってるわね」
「ま、魔王軍?」
「この世界を支配し、我が物にせんとしている邪悪な巨大組織よ。魔王と呼ばれる存在によって統率されていて、この世界の各地を襲っているの」
「先程の魔獣も、恐らくは魔王軍が放ったものですね」
「じゃ、じゃあバジュラっていうのは?」
「悪魔の〝魔〟に〝修羅〟と書いて魔修羅…………かつてこの世界を滅亡寸前まで追い詰めた歴史上最強最悪の魔人。全ての魔を統べる者。あの時貴方に埋め込んだのはその力の一部よ」
「あの時…………あ!あん時の!」
あの時間が止まった世界で初めてフィーニアスさんに会った時、俺は彼女に何かを埋め込まれた。あの時の激痛は筆舌に尽くしがたいものだったが、なるほどあれは力の一部…………
「ん"ん"!?」
「どうしたの汚い声出して」
「宝笑さん姉様の前で汚い声を出さないでください」
「辛辣ぅ!いやいやいやさらっと凄いことばっか言ってるけど俺今とんでもない状況ですよねそれ!?知らない世界に救世主に魔人って!
俺そんなヤバいもの埋め込まれたんですか!?」
「ごめんなさい。でもあの時は説明する時間が無かったし、あのままでは貴方は間違いなく命を落としていたわ。貴方を、そして世界を救うためには仕方がなかったの。
そもそも魔修羅の力は最初から宝笑に渡すためのものだったからどのみち貴方の手に渡っていたわ」
驚愕のワンツーパンチどころかデンプシーロールで殴られまくる俺。と、ヒノカさんがフィーニアスさんに尋ねる。
「フィーニアスさん、その魔修羅の力は一体どうやって手に入れたんですか?過去にも幾度か魔修羅とされる魔人が現れたことは言い伝えや文献で知っていますが…………」
「それは然るお方のみが知るところね。私も詳しくは知らないの、ごめんなさい」
「その然るお方とは?」
「それも答えられないわ。これは機密中の機密……いずれは話せる時が来るだろうけど、今口にすれば私は勿論あなた達も極刑は免れないでしょうね」
次から次へとぶっ飛んだ言葉が飛び出してきて、もう渇いた笑いを浮かべることしか出来ない俺。
何から考えたらいいのかすら分からずに頭を抱えてしゃがみこむ。
「はぁぁぁぁ…………どうしたらいいんだよ俺……」
「ほ、宝笑さん大丈夫ですか?」
「ははっ……まぁ何とか」
心配してくれるヒノカさんに力の無い声で答える。
「……宝笑」
「? は、はい"ぃぃいっ!?」
水面に手を入れるかの如く、フィーニアスさんの手が俺の体に〝入った〟。ヒノカさんナハトさんもビックリして絶句しているが、フィーニアスさんはそんなことお構い無しに俺の体内をまさぐる。
痛くはないがくすぐったいような気持ち悪いような感じたことのない感覚に悶えていると、フィーニアスさんは俺の中からあの卵型の物体を取り出したのだった。
「それは……魔我魂?」
「また知らない言葉…………マガタマってそのお守りみたいな奴ですか?」
「魔を我に宿す魂と書いて魔我魂、モンスターや魔物の力を宿したアイテムよ。これは魔修羅の力が封じられたバジュラ魔我魂、これを宝笑の中に埋め込んだことで貴方は魔修羅の力を扱えるようになったわ」
そう言って、フィーニアスさんはまた俺の中に手を突っ込んで魔我魂を埋め込んだ。いきなりの衝撃にむせながらもあれこれ質問していく。
「フィーニアスさん、その救世主って本当に俺なんですか?」
「えぇ、間違いないわ」
「俺以外に出来る人って……」
「いないわ」
「俺は…………元の世界に帰れるんですか……?」
「…………正直に言うと分からないわ。
然るお方が言うには世界を回ってヒントや方法を見つけるしかないそうよ。なにせ貴方がどんな方法で、どうやってこの世界に来たのか分からないから……」
「嘘だろぉ…………俺、一生このまま……?」
「然るお方も貴方が帰るための方法を探しているわ。
…………どうか、私と一緒に旅をして、世界を救ってくださらないかしら」
フィーニアスさんの言葉に頷くことも首を横に振ることも出来なず、情報量が多すぎてパンクしそうな頭を押さえることしか出来ない。
「あの、どうして私達にもその話を……?」
「成り行きよ。ヒノカさんとナハトさんは宝笑が魔修羅に変わるところを見てしまっているし、何より旅の最中なんでしょう?もし良ければ、一緒に来てほしいの」
「もし断れば?」
「私から聞いた話を他言無用にしてくれるなら何もないわ」
「「………………………………………………」」
その場で返事が出せる話ではないため、ヒノカさんとナハトさんも黙りこくる。
「とりあえず一旦酒場に戻りましょうか。宝笑、お腹空いてない?」
「え?まぁ空きましたけど……」
「じゃあ何か食べましょう」
「俺この世界のお金持ってないです……」
「私は貴方の案内役よ、お金なら然るお方から十分すぎるほど預かっているわ」
「うわぁヒモみたいだぁ…………」
「お金がある方が払うのは当然でしょう。気にしなくていいわ」
フィーニアスさんを先頭に、どんよりした空気のまま俺達は酒場へと戻った。再び空いてる席を探そうと店内を見渡すと、向こうから見覚えのある子供が走ってきた。
「お兄ちゃーん!大丈夫ー!?」
「大丈夫ー?」
「あぁっ!さっきの!」
そう、その子達はさっき俺が助けた二人だった。
勢いよく飛び込んできた二人をしっかりと受け止めると、その子達は心配そうな顔で俺の体をぺたぺたと触ってくる。ふにふにした柔らかい手で少しくすぐったい。
「お兄ちゃん怪我してない?痛くない?」
「痛くないー?」
「うんっ、お兄ちゃんなら大丈夫。君達も怪我はなかった?」
「ちょっと擦りむいたけどお兄ちゃんが助けてくれたから大丈夫だった!」
「わたしもー!」
元気そうな子供達を見ていると、安心と同時にさっきまでの暗い気持ちが何処かに飛んでいき、こっちも笑顔になる。
と、二人組の男女が急いでこちらにやって来た。
「! す、すみませんっ」
「? はい?」
「もしかして、貴方がこの子達を助けてくれた方ですか?」
どうやらこの人達がこの子達の両親らしい。事の顛末を(俺が死にかけた云々を伏せて)話すと、こちらが恐縮するくらい頭を下げてきた。
「ありがとうございますっ!!貴方がいなければ、この子達はどうなっていたか…………」
「本当に、ありがとうございます……!」
「いやいやいやっ頭上げてください!体が勝手に動いちゃって、それでバカが無鉄砲やらかしちゃっただけなので……あはは」
「いいえ、貴方の勇気ある行動のおかげで大切な子供達と今こうして一緒にいられるんです。恩人なんて言葉じゃ足りません!」
「妻の言う通りです。
少ないですが、せめてお礼を……」
そう言って旦那さんはずっしりとした小さな袋を取り出した。それがお金であることを察し、申し訳なさを感じつつも手を突き出してきっぱりと断る。
「いやっそれは受け取れません」
「しかし、それでは我々の気が……」
「それならそのお金はお子さんのために使ってあげてください。恩着せがましいけど、恩人の願いってことじゃダメですかね……?」
「っ………………分かりました。貴方がそうまで仰ってくれるなら、貴方の意思に従います」
ご両親は少し悩んだ後、顔を見合わせて頷いた。
「すみません、折角の気持ちを……」
「いえ、こちらこそ気を使わせてしまって申し訳ありません。
子供達を助けてくれたのが貴方のように素晴らしい人で本当によかった」
「二人共、大きくなったらこのお兄さんみたいになるんだよ?」
「「うんっ!」」
(お、俺そんな大層な人間じゃないけどなぁ……まぁいっか)
「お兄ちゃんバイバイ!」
「バイバーイ!」
「バイバ~イ!気をつけてねー!」
そうして家族と別れて振り向くと、ヒノカさんとフィーニアスさんが微笑みを浮かべてこっちを見ていた。
…………冷静に考えるとスゴい恥ずかしいところ見られたよなぁ。あ、なんか顔熱い。
「あっはっは、いやぁすいません待たせちゃって」
「いえいえ。素敵でしたよ宝笑さん」
「姉様気をつけてください、演技の可能性だってあるんです」
「も~ナハトったら心配性なんだから。宝笑さんが悪い人じゃないことはあなたも察しているでしょう?」
「…………………………」
「ごめんなさい宝笑さん、この子少し疑り深くて……」
俺をジトーっとした目で見てくるナハトさん。
「ま、まぁ疑われてもしょうがない状況ですし……ははは……それにしても俺どうすればいいんだろうな……人助けはいいんだけどなぁ~」
「とにかく今はヒントを探しつつ旅をするしかないわ。まずは腹ごしらえしましょう。
宝笑、何か食べたい物はある?」
「えーと……うぉっ、なんかゲテモノみたいな名前のが結構ある…………」
メニーにはスライムの野菜サラダ、ストークスネークとグラスフロッグの唐揚げ、大ワニの手など、元いた世界では見たことのない名前が多く並んでいた。
一方でパンやハンバーグ、トウモロコシのスープなど普通のメニューもあり、俺はこっちを頼むことにした。
「ヒノカさんとナハトさんは?遠慮しなくていいわ」
「え、えぇ」
「私と姉様はちゃんとお金を持っていますから結構です。フィーニアスさんのことも、まだ信用したわけではないので」
「こらナハトっ」
「気にしていないわ。直ぐに信用してもらえるなんては思っていないもの」
突き放すような物言いのナハトさんを諭すヒノカさん。そんな態度もフィーニアスさんは特に気にする様子もなく流す。
俺はピリついた雰囲気に苦笑いして大人しくしていることしか出来ないのだった。
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「ギャアウ…………」
「あら、やっぱり負けたのね…………ふふっ、流石よ宝笑くん。
さて、もう一仕事してもらおうかしら」
「…………………………………グァルルルルルル……!!」
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「うっま!んまいなぁこれ!」
さっきまでの不安げな態度はどこへやら、宝笑さんは頼んだ料理を堪能している。
どうやらパンもハンバーグもスープも自分の世界の物とほとんど変わらなかったらしい。更にフィーニアスさんから勧められたスライムの野菜サラダは『クラゲのサラダ』という料理によく似ていて、ストークスネークの唐揚げは『弾力と歯ごたえがあって鶏の唐揚げとはまた違った美味しさがあった』とのこと。
「いやぁ最初の名前見た時はどんなゲテモノ料理かと思ったけど、どっちも普通のサラダと唐揚げでめちゃくちゃ美味しいですね!」
「気に入ってもらえてよかったわ。おかわりなら遠慮なくしてちょうだい」
「…………………………………………」
私は運ばれてきた料理を食べながらも、宝笑さんとフィーニアスさんを注意深く観察する。
ヒノカ姉様はああ仰っていたけれど、異世界から来たという男性に、あの〝魔修羅〟の力を持つ然るお方なる人物の使者である女性…………怪しいところしかない。警戒しておいては損はないだろう、姉様をお守りするためにも。
と、宝笑さんは思い出したかのように尋ねてきた。
「あ、そういえば魔修羅とか魔我魂とかについてもっと詳しく教えてもらってもいいですか?
さらっと説明はされたけど……やっぱり、まだまだ分からないことばっかだから…………」
「確かにそうですね。では、私がご説明させて頂きますねっ」
そういって姉様は宝笑さんに説明を始める。
…………美しいです姉様。
「まずは魔修羅についてですね。神話の時代、かつてこの世界では大戦と呼ばれるとても大きな戦いがあったんです」
「〝大戦〟……」
「その時に配下の他の魔人や魔物を率いて現れ、世界を滅亡一歩手前まで追い込んだ歴史上最大最強の魔人、それが魔修羅です。
神も人間も、世界の全てを巻き込んだ戦いは熾烈を極め、五十年もの長きに渡り続いたと言われています」
「五 十 年 !?」
「戦いの末何とか魔修羅は撃破されましたが、天界も地上界も壊滅的な被害を受け、あと一日終結が遅れていれば両界とも復興不可能になっていたと言い伝えられていますね」
「うっわぁ~とんでもない奴だな……半世紀続いた戦争ってなんだよ…………」
宝笑さんは眉をひそめ、分かりやすいくらい嫌そうな態度になる。
苦手な野菜が入っていた時の子供のよう…………とでも言えばいいのでしょうか。
「そんなヤバい奴の力が俺の中に……フィーニアスさん、これ本当に大丈夫?」
「あくまで力はほんの一部だけ、魔我魂に納められて制御下に置かれているから問題ないわ」
「魔我魂は大戦の際、多種多様なモンスターや魔物の力を扱えるように天界が生み出し、人間に提供された技術と言われています。
相手の能力や特性を封入する、もしくはそのまま写しとる機能を持っているんですよ」
「要するに、敵の持つ力や魔力を奪ったりコピーして使えるってことね」
「へぇ~~~」
「もちろん誰でも使えるわけではありませんよ。魔我魂の所有と使用には許可が必要ですから」
私の言葉に宝笑さんはギョッとした顔をする。
「え、そうなの?」
「はい。持つに足る理由を国か街に届け出を出して試験を受け、身辺を調べられた上で『魔我魂を所持していても問題なし』と判断されれば所持を許されます。その手順を踏まずに魔我魂を所有、使用するのは重罪ですよ」
「おいマジかよ……!フィーニアスさんこれやっぱり大丈夫じゃなくない!?」
「それも問題ないわ。許可証ならここにあるもの」
そう言ってフィーニアスさんが取り出したのは本当に魔我魂の所持使用許可証だった。
一瞬偽造を疑ったものの、書類の文面や押印されている判子等、私や姉様も持っている正式な許可証と全く同じで信じられずに何度も見比べる。しかし見れば見る程本物であることに疑いの余地はなく、認めざるを得なかった。
「ナハトさん、これで納得してもらえたかしら」
「………………………………はい」
「ナハト、無闇に疑っては宝笑さんとフィーニアスさんに失礼よ。
フィーニアスさん、この許可証はもしかして…………」
「然るお方が用意してくださった物よ。特例によって宝笑の魔我魂の使用と所持が許可されるわ」
「…………………………」
「ナハトさんそんな睨まないでほしいなぁーなんて……」
怪しい。怪しい筈なのに、尻尾を掴めない。
「でも良かったです。宝笑さんが魔修羅でも悪人でもなくて」
「はは、とりあえず信じてもらえてよかったです。
しっかし…………こんなあっぶない力、俺に使えるかなぁ」
「貴方なら大丈夫よ、救世主だもの」
笑顔の姉様と宝笑さんフィーニアスさんの会話を見ている私。
何だか無性に惨めな気持ちになってきて席を立とうとした時、遠くから咆哮が轟いた。
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「な、なんだぁ!?」
突然轟いた叫びに建物全体がビリビリと震えている。
心底ビックリして立ち上がり、何事かと外へ飛び出た。
「! あれって…………!」
「グギャアァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
街の入り口の方を見ると、さっき逃げた筈の怪獣が再び現れ暴れ回っていた。
しかもさっきとは姿が違っていて顔が禍々しい仮面を着けたような形に変化し頭には大きな角、手の爪や背中の棘もより長く鋭くなっている。
目は赤く爛々と輝いていて、より凶暴そうな外見へ変わっていた。
「グァルルルルガァッ!!」
持ち前の巨体と口から吐く火炎で街を破壊していく怪獣。再び現れた怪獣に恐怖し逃げ惑う人々。
何とかしないと、そう思った時。
俺の両脇をヒノカさんとナハトさんが走り抜けていった。
「ナハトっ!」
「はいっ!」
二人は武器を手に怪獣に向かっていき、逃げる人達を避難させつつ怪獣に立ち向かう。
「あれはベムラ。魔王軍が使役する魔物よ」
「っ! フィーニアスさん…………あ、あいつ、なんで姿が変わってるのっ?」
「強大な魔力によって強化されているようね…………恐らく、魔王軍の手によって」
「マジかよ…………」
「戦いたいんでしょう。なら戦って。貴方なら出来るわ」
「でもどうやって「バジュラ魔我魂を使って。呼べば体内から召喚出来るわ」」
「………………………………………………」
戦っているヒノカさんとナハトさんに視線を移す。
恐ろしい叫び声を上げて暴れるベムラはさっきとは比べ物にならないくらい攻撃の勢いが激しく、互角以上に渡り合えていた二人でも一進一退の攻防となっている。
そもそも街の人達を逃がしながらの戦いのためにどうしても守りに傾いてしまっており、怪獣の攻撃をヒノカさんが弾き、ナハトさんが足止めをしているがそれ故に活路がなかなか開けずにいる。
「くっ……」
「姉様っ!!」
「!」
ベムラの尻尾の一撃をしのぐヒノカさん。しかし強烈な威力にふっ飛ばされ、ナハトさんの下まで押し戻される。
「姉様大丈夫ですか!?」
「えぇ、ごめんなさい……ナハト、気をつけて」
「はいっ」
再びベムラに向かっていく二人。
ナハトさんは矢を手にすると顔の前まで持っていき何か呟く。
「破邪清弓……!」
すると矢が青いオーラを纏い、その矢を弓に番えて放つ。
ミサイルのようなスピードで風を切る矢は勢いよくベムラを貫き、魔獣は絶叫を上げて悶え苦しむ。
更に三本の矢が続けて放たれ、同様に容易くベムラの体を貫いた。
「あれが戦祓巫女が持つ〝破邪の力〟よ。
邪悪なるもの、穢れを祓い、倒すと同時に浄化することが出来る唯一の力。邪悪な力で強化されている魔物やモンスターには特効の能力ね」
「おぉ、すっげぇ……」
「…………………………宝笑、貴方はどうするの?
戦うか戦わないかはもちろん宝笑の自由よ、無理強いできるものではないし、そもそも貴方にはこの世界のために命を賭けて戦う義務も義理も無いわ。
……………………でも我が儘を言うなら貴方に戦ってほしい」
「…………………………」
「世界を救えるのは貴方だけ。宝笑にしか出来ないの」
フィーニアスさんの言葉に俯く。俺なんかに救世主なんて大役が務まるのか?
〝あの日〟、〝あの子〟を救えなかった俺なんかに。
「逃げろ!逃げろぉぉぉぉぉ!!」
「早く急いでぇっ!!」
「お母ぁさーん!」
「パパー!」
「ーーーーーーー!!」
「ーーーーーーー!?」
「ーーーーーーー」
決断出来ずに突っ立っていた時、たくさんの人達の悲鳴が喧騒のように聞こえてくる。
ふと振り返ると、さっきの子供達が両親に連れられて逃げるところが見えた。
不安と恐怖に飲み込まれそうなその顔を見た時、腹が括れた気がした。
「フィーニアスさん」
「……答えは、出た?」
「うん。やってみるよ、俺」
俺がの言葉にフィーニアスさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう宝笑……」
「俺、どうすればいいんですか?」
「魔我魂を呼び出して。念じれば召喚されるわ」
言われた通り念じると手にさっきのバジュラ魔我魂が現れた。
『バジュラ!』
上にあるスイッチを押して魔我魂を起動させる。
すると魔我魂から照射された光の中から一本の剣が現れる。
『魔人剣バジュラブレード!!』
一言で言い表すなら、それはチェーンソーのような形をしていた。
刀身こそ両刃で回転するような機構はなさそうだが、全体的なシルエットは似ていて本体上部にはリコイルスターターの如く引っ張れそうなグリップが付いている。
持ち手部分には鋭い目を思わせる装飾があり、本体の横にはスロットが一つ設けられていた。何だかまるで何か填めるような……
「!! もしかして!」
魔我魂の裏を見ると、やはりスロットに填められそうな凸部分があり、引き抜いた剣にそのまま魔我魂を装填する。
『~~♪~~♪』
「うぉっ、なんか鳴り始めた……えーっと……」
「グリップを引っ張って!三回よ、三回引っ張るの!」
どこかおどろおどろしいオーケストラ調の音楽が鳴り次はどうしたものかと剣をあちこち眺めているとフィーニアスさんが次のシークエンスを教えてくれた。
言われた通りにグリップを握って三回引っ張る。
『バルタタッ!バルタタッ!
バルタタタタタタタタッ!!』
「いやお前が言うのかよっ!!」
まさかのエンジン起動音をオノマトペのように発声する剣に思わずツッコんでしまう。
兎にも角にも剣は作動し、刀身が振動を始める。
「そうしたらトリガーを引いて、〝魔人転生〟と叫んで!」
フィーニアスさんの言葉を受けてトリガーを引くと、引っ張った状態で固定されていたグリップが勢いよく戻り魔我魂が三方向に展開した。
「魔人転生っっ!!」
『魔人転生!!』
剣を構えると同時に足元に魔方陣が現れ、そこから悪魔の頭を模したエネルギー体が飛び出してくる。俺の周辺を品定めするようにグルグル飛び回ると不気味な雄叫びを上げてベムラに突撃していく。
「オォォォォォォォォ……!」
ベムラを攻撃しふっ飛ばすエネルギー体。そして思い出したかのように戻ってくると大口を開けて俺を飲み込んだ。
エネルギー体と一つになり、俺の姿は人ならざる〝魔人〟へと変わる。
『デモン・ザ・バジュラ!!』
エネルギーが弾け、魔修羅となった俺がそこに立っていた。
血管を思わせる青緑色のラインが全身に走った有機的な漆黒のボディ、肋骨が装甲化したような胴体、腰にはローブ、髑髏を彷彿とさせる頭部に、つり上がった青い目に頭部から生えた一対の角。
確かにその姿は悪魔や魔人と称されるに相応しいものだった。
「宝笑さんっ!?」
「本当に魔修羅に………………!」
地面を蹴って驚くヒノカさんとナハトさんの頭上を飛び越え、バジュラブレードでベムラを斬り裂く。
「ギャガァァ!!?」
ベムラの片角を斬り落として着地し、二人の前に立つ。
「宝笑さん、本当に……」
「ヒノカさんごめん話は後っ!今はあいつを何とかしないと!」
ベムラに向き合い、ベムラが口から吐いた火球を斬り飛ばす。駆け出し、周囲を跳び回りながら斬りつけていく。
「ギャアァァァァァス!!」
「あっぶねぇ! はっ!たぁっ!」
自分でも驚くほどの身体能力に振り回され、飛び過ぎたりあらぬ方向へふっ飛んでいきそうになりながらも建物の壁や屋根を蹴って四方八方から攻撃を仕掛ける。
デカい体が仇になって小回りの利かないベムラでは俺を捉えることが出来ず、完全に翻弄している。バジュラブレードから斬撃波を飛ばし、着弾した斬撃波は爆発して屈強な魔獣も倒れるほどのダメージを与えた。
するとベムラは苦し紛れか吼えると、さっき俺に致命傷を与えた尻尾攻撃を繰り出してくる。バジュラブレードで受け止め、後退しつつもなんとか踏ん張り、尻尾を斬り飛ばす。
ベムラは大絶叫し、その場で苦しみながら暴れる。
「…………ごめん」
短く謝罪の言葉を呟き、グリップを一回引っ張る。
『バルタタッ! ヒッサツマッジーン!』
刀身が赤と黒、そして青緑が混ざった禍々しいオーラを纏う。
バジュラブレードを構え、トリガーを引く。
『バジュラ!デモニックブレイク!!』
「魔人一閃斬っ!」
バジュラブレードを横一文字に振り抜き、オーラを巨大な斬撃として放つ。
斬撃はベムラに命中し、耐えようと抗うベムラを両断した。
「グギャアァァァァァァァァ…………!!」
ベムラは断末魔と共に大爆発し、爆風が街を走り抜ける。大きな煙が空へと昇り、炎が弾ける。
後に残ったのは微かにパチパチという火の音が聞こえる静寂だけ。
魔我魂をバジュラブレードから外すと元の俺に戻り、それと同時にバジュラブレードも消えてしまった。後に残ったのは、バジュラの魔我魂だけ。
「……………………………………………………」
「宝笑さん……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「どうして魔修羅になったんですか。正体を現した、と受け取っていいんですか」
ナハトさんは俺に弓矢を向ける。厳しい目を向けてくるナハトさんに俺は苦笑いする。
「ごめん。俺さ、どうしようもない馬鹿だから…………一回事情知ったら、最後まで首突っ込まないと気が済まないっていうか」
「………………………………」
「このまま悩んでジーッとしてても何も変わらないし見て見ぬふりはしたくないんだ。
俺に出来ることがあるなら出来るだけ、最後までしたいんだ」
「………………………………」
「宝笑さん…………」
俺の言葉を聞いたナハトさんはそっと弓を下ろして矢を矢筒に仕舞った。どうやら今のところは信用してもらえたらしい。
ほっと胸を撫で下ろして座り込む。
「宝笑、おつかれさま」
「ありがとうフィーニアスさん…………冷静に思い返すと、俺結構スゴいことしたなぁ」
「…………決めました、私は宝笑さんの旅に同行いたします」
決意した顔で頷き、宣言するヒノカさん。
「っ、姉様!?」
ナハトさんは驚いて掴みかからんばかりの勢いでヒノカさんに詰め寄る。
「ごめんなさいナハト、でも決めたの。
宝笑さんが悪い人でも騙そうとしているわけでもないのは貴女も分かったでしょ?それに、純粋に宝笑さんのお手伝いをしたいと思ったの」
「ですが…………」
「私達も旅の身、宝笑さんの旅にご一緒したとしても不都合は生じないわ。もちろん宝笑さんが許可してくれたらだけど。
ほら、ナハトなら宝笑さんを見張るっていうちゃんとした理由があるでしょ?」
「…………それは…………」
「駄目、かしら?」
「っ……………………ズルいです、その言い方とお顔は…………はぁ、分かりました。私も同行しましょう」
「! ナハトっ」
「ナハトさんいいの?」
「姉様と世界のためですから。宝笑さんが不埒な行いを働かないように見張りますので、そのつもりで」
ジト目で見てくるナハトさんに「りょ、了解です」と返す。すると俺達を黙って見ていたフィーニアスさんが口を開いた。
「ありがとう二人共。心強い味方が出来たのは幸先が良いわ。
宝笑も、ヒノカさんもナハトさんも、これからよろしくお願いするわ」
「「「はいっ」」」
こうして俺の異世界を巡る旅が幕を開けたのだった。