エピソード1:こんにちは異世界
どうも初めましてライダー超信者です。
異世界冒険物×ヒーロー物です。
拙いですが少しでも楽しんでいただければ幸いです。
追記:辻褄合わない部分(街の名前をプロメテウス→ノバリスに修正)や普通に間違えていた部分を直しました。
追記2:中途半端に放置されてる部分を直しました。見直すと「何故それをそのまま投稿した?」みたいなところがちらほら出てくるのが情けない…………
「はいっ、今回の料金の三千五百円、確かに頂戴しました!」
「買い物代行ありがとねぇ宝笑ちゃん!またお願いするよ!」
「ありがとうございました!またお願いしますっ!!」
一仕事終えた〝俺〟は依頼人のおばちゃんに頭を下げ、『よろず屋』と後部トランクに書かれたバイクを走らせた。
「おぉ宝笑ちゃん、元気かい?」
「あらら、おじいちゃんおばあちゃん。お陰様で元気も元気ですよ。お二人は?」
「私達も元気ですよ。この前のお掃除のお手伝い、本当に助かったわぁ」
「ぼちぼちだなぁ。仕事終わりかい?」
「はい、今日はこれでお仕事完了です!今日は六件こなしてきましたよ」
「そーかいそーかい、気をつけるんだよ」
「また何かあったらお願いしますねぇ」
「はーいっ」
「あ、よろず屋のお兄ちゃんだ!」
「こんにちはー!」
「お、こんにちは!気をつけて帰るんだよー!」
「宝笑くん、この前はうちの猫を見つけてくれてありがとうね。ほんとあの子ったら……」
「にゃんこちゃんの行動範囲は広いですからねぇ、しょうがないですよ。また何かあったらお気軽にどうぞっス!」
仕事の関係上、俺はいろんな人達と顔見知りで道中で出会った人達と挨拶を交わしながらいつもの帰路に着く。今日も一日人様の役に立てて気分が良い。
鼻歌混じりでバイクを走らせている…………と、目の前に変なモノが見えてきた。
「…………ん?なんだあれ?」
見えてきたモノとは、小さくて真っ黒な穴。
正にブラックホールのような、ひたすらに黒い穴だった。
何事かと思ってバイクを止めて黒い穴を凝視する。
「うっわ、すっげ…………ブラックホール?いやまさかなぁ、そんなわけ……」
ブツブツ考えていると、その穴は急に大口を開けたかのように大きくなり、ものすごい勢いで俺を吸い込もうとする。
「な、あっ……!!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
そして俺は、何も出来ないままバイクごと真っ黒な穴へと吸い込まれたのだった。
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「んごっ…………んー……?」
目を開けると、最初に目に飛び込んできたのは青い青い空。そして白い綿のような雲だった。
あれ?と思い、むくりと体を起こして辺りを見る。
「………………はっ、えっ、はぁっ!!?」
さっきまで俺がいたのは何の変哲もない住宅街。間違っても緑が多いとは言えないところだった筈だ。
しかし今、俺こと〝城戸宝笑〟がいるのは、どこまでも緑が広がっている広大な草原だった。
どう道を間違えてもあの場所からは辿り着きっこない場所、というより日常的に通って見慣れている道で迷うわけがない。
どの視点から見ても明らかな異常事態だった。
「どこだよ、ここ…………」
呆然と立ち尽くすことしか出来ない。何が起きたかまるで理解が出来ない。分かっていることと言えば、『理解出来ない事が自分の身に起こった』ということだけ。
ひとまず後ろに倒れていたバイクを起こし、どうしたものかと思案する。
(俺、確かあの黒い穴に吸い込まれて……)
目が覚める前の最後の記憶は、突然現れたあの黒い穴に吸い込まれたところ。
普通に考えたら、あの穴に吸い込まれたことで俺が今ここにいる事は間違いなさそうだが、問題は〝どうやってここに来たか〟より〝まずここが何処か〟と言う事だ。
少なくとも俺がさっきまでいた場所じゃないことは確かだがそれ以外が全くわからない。スマホを確認しても時間が表示されているだけで圏外、ネットも繋がらない。
つまり、ここは日本じゃない可能性すらあるわけだ。
「どうなってんだよホント…………!?」
右往左往しながら頭を掻く。考えて考えて考えるが、やっぱり何も変わらないし分からない。
とにかく誰か人に会って話を聞かなければいけないと思った俺は、バイクに跨がって走り出した。
森の中の辛うじて道と呼べそうな砂利道を駆け抜けていく。
それから十分ほど走ってやっと森を抜けた時、俺の目に飛び込んできたのは周りを砦のような壁に囲まれた大きな街だった。
「何だよあれ……どう見ても日本じゃない、よな…………?」
そう。だいぶ遠目ではあるものの、その街は明らかに雰囲気が日本のそれではなく西洋的なものだったのだ。
なんなら教科書で見た中世の頃によく似ており、ますますワケが分からなくなる。
「まさか、タイムスリップしちゃったのか俺ぇ!?
……いやいやまさかなぁ」
あまりにSFチックな予想に自分で苦笑してしまう。
とにもかくにも先ずあの街へ行って話を聞くしかない。
俺は再びバイクを走らせた。
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あれから更に十分ほど走り、遂に街に着いた。
街の入り口には門番らしき人が二人立っている。俺は早速話を聞こうと声を掛けようとした。
「あっ」
が、ここに来て一番大事な事を失念していた。
仮にここが本当に中世だった場合、当たり前だが俺の言葉は通じない。それどころか学生時代英語の成績が壊滅的だった俺がまともな英語を喋れるわけがなく、英語も満足に喋れない男が英語以外の外国語を話して理解するなんて夢のまた夢だった。
(うぉぉぉどうする!?ここで引き返そうもんなら却って怪しまれるし、かといって言葉が理解できるわけでもないし……!)
本日何度目かの悶絶をしていると、門番の人達がこっちに向かってくる。
「そこのお前っ、何をしている!」
「す、すいませっ…………あれ?」
門番の人をよく見る……うん、どう見ても日本人じゃないな。
髪は金色、目は緑、体格もガッシリしていて彫りが深い顔立ち。どこからどう見ても日本人ではない。
「何だ、何をじろじろ見ている?」
にも関わらず、何故か門番の人は日本人レベルの流暢な日本語を話しており、思わず呆気に取られてしまう。
「おい聞いているのかっ!」
「はいっ聞いてますっっ!!」
「お前は何者だ、答えろ」
「えっと、その前にすいません。ここはなんていう所ですか?」
「? ここはベルディンの街だ。自分が何処に来たかも分からないのか?」
ベルディン…………聞いた事ない名前だ。
「今って西暦何年ですか?ここって、ヨーロッパかローマですか?」
「せーれき?何だそれは。ヨーロッパだのローマだの何を言っている?」
「じゃ、じゃあ日本って国は知ってますか?いやジャパン?」
「お前は何を言っているんだ?ニホンだかジャパンだか知らないが、そんな国は聞いた事もない」
絶句した。門番の人達は頭の上に?を浮かべ、『お前は何を言っているんだ?』という顔で困惑の態度を隠せていない。
本当に日本のことを知らない、というよりまるで日本なんて最初から存在していないかのような…………百歩譲って日本はまだしもヨーロッパやローマの国そのものを知らないって相当な異常事態だろ、どうなってんだ…………?
「それで、結局貴様は何者だ。いい加減答えろ」
「何の目的でベルディンの街に来たんだ」
「え、えーっと……僕たまたまここに来た旅人なんですけど、この街に入れてもらうことって……?」
「危険物を持っていない事を確認出来れば可能だ」
「だが貴様の態度は明らかに不審で怪しい。念入りに調べさせてもらうぞ」
咄嗟に出任せを口にしてしまった俺は持っていたリュックの中やボディチェックをくまなく調べられ、「これは何だ」とか「これはどういった物か」という質問攻めを何とか潜り抜け、最後にバイクがチェックされる。
「何なんだこの乗り物は?どうなっているんだ……?〝エアランナー〟のようにも見えなくはないが……」
「〝飛空結晶〟や動力源らしき物もないな…………おい、これはなんて書いてあるんだ?」
「え?……あぁ、これはよろず屋って読むんですよ。まぁ何でも屋みたいなモノですかね」
なんだ……?こんな流暢に日本語を喋れるのに読むことは出来ないのか……?いやでもそういうパターンもある、よなぁ……?
「〝魔力〟らしき物は感知出来ないな……ふむ」
「ま、魔力?」
突然出てきた単語に驚く。
魔力って、ファンタジーとかゲームでよく出てくるアレだよな?悪魔の〝魔〟に〝力〟って書く奴…………。
(どうなってんだ……魔力って実在してたのか?でも魔法が使える国とか人種なんてそれこそ聞いたことも……)
「この車輪が二つの乗り物はどうやって動いている?さっき走ってきた貴様を見るに、人力で動いている訳でもなさそうだが」
「え?あ、えっと、ガソリンですかね?」
「ガソリンとは何だ?」
「え、ガソリンですよガソリン。燃料。揮発油っても言うんだっけ?あ、中世の時代ってガソリンは無いよなぁ」
門番の人達は更に首を傾げる。
「ガソリンだなんて物は聞いた事もない。まさか、危険物を持ち込もうとしているわけではあるまいな?」
「いやいやいや!そんな危ない物じゃないですよ!」
「………………もういい。通れ」
「えっ?」
「おい何を…………そうだな、通行を許可する」
さっきまで俺を怪しんでいた門番二人は、何故か急に、あっさり過ぎるくらいに通行を許可してくれた。
その目からは光が消えており、機械のような無機質な表情や言葉から言い知れない不気味さを感じる。
ここはさっさと街に入った方が良いと直感的に思った俺は頭を下げながら門を潜る。
「じゃ、じゃあ通りま~す……」
なんとか街に入ることが出来て一安心しつつ、これから本番だと気を引き締める。そうしてバイクを押しながら門を潜った先に現れたのは、美しい市街だった。
「今日もいい天気ねぇ」
「ねぇ、洗濯物がよく乾くから助かるわぁ」
「はいよいらっしゃい!」
「いつもありがとうねぇ、一個オマケしとくわ!」
「あっちいこーぜ!」
「あははっ!」
「この籠の中の野菜と果物、今日採れたばっかりで新鮮だよー!さぁ買ってった買ってった!!特に果物は甘くてジューシーなのなんのって!」
「ねぇ、これ買ってかない?」
「いいよ。すいませーんっ」
レンガや石造り、木造の建造物が並んだ情緒ある街並み、中世の頃のようなノスタルジックな景色に圧倒される。
店や屋台もあちこちに出ており、街の人々の賑やかさ、陽気さにこちらまでウキウキしてくる。目に入る物全てが新鮮で美しい。
「すげぇ…………!そうだ、写真撮っておこう」
ポケットからスマホを取り出してカメラを起動し、美しい街並みを写真に収めていく。
途中何人か通りすがりの人達が俺を珍しそうに見てきたが今はそんなこと気にも留めなかった。
(野菜と果物屋、魚屋、装飾品店……お、あっちはお土産屋さんか。いろいろあるなぁ…………ん?)
すっかり観光気分で街を歩いていると、あることに気付いた。
「俺……なんで文字が読めるんだ?」
看板等に書かれた文字は日本語でもなければ英語でもローマ字でもない、見たことのない文字だ。普通なら初めて見た読み方も文法も分からない文字を読めるわけがない。
にも関わらず、何故か俺は普通にその文字が読めていた。あまりにも自然に読めていたためおかしな状況に気付くのが遅れてしまったが、冷静になると有り得ない事だ。
足を止めて考えていると突然後ろから声をかけられた。
「おい、兄ちゃん」
「え?」
振り返るとそこには明らかに柄の悪い男達、いわゆるゴロツキのような三人組が立っていた。
いきなりのことに驚いていると真ん中の男が口を開いた。
「お前面白そうなもん持ってんな、何だそりゃ?」
「あ、あぁ、これ?スマホって言うんですけど……知りません?」
「すまほぉ?聞いた事ねぇなぁ」
「おい、そっちのは何だよ?」
向かって左側の男がバイクを指さす。
「これはバイクっていう乗り物ですよ」
「乗り物ぉ?これがか?」
怪訝な顔でバイクを見る男。右側の男も俺をジロジロ見てくる。一方で真ん中の男は良い事を思い付いたかのようにニヤリと笑った。
嫌な予感を感じた次の瞬間、その予感は当たる事になった。
「なぁ兄ちゃん……そのスマホとバイクとやら、俺に寄越しな」
「は、はい?」
「大人しく渡しといた方が身のためだと思うぜ?兄ちゃんだって痛い目は見たくないだろ?」
「言っとくけどこいつツエーぞぉ?」
「そーそー。大人しく言う事聞いとけって」
ニヤニヤ笑う男達。
うわぁ面倒くさい奴らに絡まれたなぁ…………こんなのどかな街にもチンピラみたいな奴っているんだなぁ……。
実を言うと、俺も荒事には多少の心得がある。よろず屋という仕事柄力が必要になる時は多いし、厄介事だって間々あった。
しかし流石に三人を同時に相手取って無傷で勝てる程ではない。精々そこらの喧嘩自慢と一対一が関の山だ。
(どうするかなぁ……!?バイクを渡すフリしてエンジン掛けて逃げるか?でも上手くいくかは自信ないし、これだけ人がいる所をバイクで走るっていうのも危な過ぎるし……)
内心頭を抱える。そう何時までも待っていてくれるほどゴロツキ達の気は長くないだろう。
俺が何時までも迷っていたら力ずくでもスマホとバイクを奪おうとしてくるに違いない。
早く打開策を見つけないと…………!
「あの、すみません」
と、ゴロツキ達の後ろから声が聞こえてきた。しかも優しそうな女の人の声だ。
俺もゴロツキ達もその声の主を見る。
「どうかしましたか?そちらの男性、困っている様に見えるのですが…………」
思わず息を呑む。
そこに立っていたのは、美しい女性二人組だった。
巫女服のような和装に身を包み、一人は頭に撫子の花を模した髪飾りを着けた穏やかな雰囲気の女性、もう一人は芍薬を模した髪飾りを着けたクールな雰囲気の女性。
よく似た顔をしたその二人は、姉妹なんだとすぐに分かった。
「何だよお嬢さん。こいつの知り合いかぁ?」
「おぉ、すげぇ可愛こちゃんじゃん!」
「知り合いという訳ではないのですが、そちらの方が困っている様でしたので……大丈夫ですか?」
撫子の髪飾りの女性は心配そうに俺を見てくる。
申し訳ない一方こんな美人さんから気に掛けてもらえることなんて滅多にないため、少し浮かれてしまう。
「あ、もう全然大丈夫ですよ!!もうバッチャグーです!!」
「なーに心配するほどの事じゃーねーよ。なんならお嬢さん達が俺らと遊ぶか「姉様に近付かないでください」」
芍薬の髪飾りの女性は男と撫子の髪飾りの女性の間に割って入り、静かに制する。その目からは(これ以上近付けば容赦はしない)という強い意思を感じた。
「おいおい、まだ何もしてないだろ?」
「今、あなたが姉様に向かって気安く手を伸ばそうとしたのを見ました。汚い手で軽々しく姉様に触れないでください」
「あぁ?んだ女てめぇ……」
真ん中の男が芍薬の髪飾りの女性に触れようとした瞬間、女性は男の腕を掴んで背負い投げで投げ飛ばした。
「がっっ…………!?」
「〝ナハト〟ッ!そんな手荒な……」
「おぉ……」
芍薬の髪飾りの女性……ナハトさんが大の男を軽々と投げ飛ばす姿は鮮やかで思わず感嘆の声が漏れる。
他のゴロツキ二人もまさか相手の女性がこんなに強いとは思いもしなかった様で、さっきの強気な態度から一転してタジタジになっている。
「姉様、多少手荒になってしまうのは仕方がありません。
向こうも手荒なやり方がお好きなようですし、あちらの男性を助けるならこれが一番手っ取り早いです」
「それにしてもいきなり投げ飛ばすなんて……」
「てめナメんじゃ「あっぶねっ!!」」
刃物を取り出し、今にも髪飾りの姉妹に襲い掛かろうとしていた右側の男の股間を咄嗟に後ろから蹴り飛ばす。
声にならない声で悶絶している男の手から刃物が落ち、それを回収する。
「な、なんだよこいつら!?ちっくしょ……」
「おい、置いてくなっ痛ぅ……!」
「ちょ……待てって……!」
唯一無傷だった男は逃げ出し、投げ飛ばされた男は腰を押さえながら、俺が股間を蹴った男は股間を押さえながらその後を追って姿を消した。
「…………はぁ~~助かった~~~!」
無事に助かった安心感から胸を撫で下ろす。
この女の人達が来てくれていなかったら果たしてどうなっていたか……ていうか平然と刃物出してきたぞあいつ。本物だよこれ。
と、撫子の髪飾りの女性がこちらに歩いてきて話しかけてくる。
「大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?何か盗まれたりとか」
「いや、お二人のおかげで何の被害もありませんよ!本当なんてお礼を言ったらいいか……」
「いえいえ。困った時はお互い様、ですっ」
女性は笑顔でそう語る。その笑顔は優しくて眩しい。
例えるなら太陽のような素敵な笑顔だ。
「何かお礼出来ればいいんだけどなぁ…………今なにぶんお金が全く無くて……」
実際には今日のよろず屋の売上と財布の中を合わせれば七万円近くあるのだがこれが使えるとは思えない。
さっきお店のお金の受け渡しを見た時も明らかに日本のお金ではない通貨が見えたし、恐らく俺が持ってるお金は役に立たないだろう。
「お礼なんて。お気持ちだけで十分です」
「私達の仕事は人を守る事なので、お礼には及びません」
「なんか申し訳ないですね……あ、そうだ!」
「どうかなさいましたか?」
「突然大きな声を出さないでください、姉様がびっくりするではないですか」
「す、すいません……その、実は色々と聞きたい事があるって、良ければ話を聞いてもらえませんか?」
髪飾りの姉妹は顔を見合わせてきょとんと小首を傾げる。わぁ可愛いな。
「お話とは?」
「え~と、まずは何を聞こうかな……正直聞かなきゃいけない事が多すぎるんだよな……」
「…………ではあちらの酒場でお話を聞くのは如何でしょうか。立ち話も何ですし」
俺はナハトさんの提案に乗り、二人と一緒に酒場に向かった。
酒場のある場所は俺でもすぐに分かり、今いる場所から少し離れた所にザ・酒場といった趣の木造建築物があって看板にもちゃんと『酒場ブリスグラス&ギルド』と書かれていた。
「ギルド……?」
ギルドという言葉に引っ掛かりつつ酒場に入ると、性別年齢問わずたくさんのお客さんで賑わっており、外の出店とはまた違った活気がある。
飲んだり食べたりしながら語り合っている人達は本当に楽しそうで、このワイワイした感じは日本も海外も同じなんだなと感じた。
前に居酒屋のおっちゃんから依頼を受けて手伝いした時を思い出すなぁ。
「もしもし?お席がありましたよ」
「あ!すいませんどうも」
撫子の髪飾りの女性の声で我に帰り、そのまま連れられて既にナハトさんが座っていたテーブル席に座る。
「えっと、まずは改めてありがとうございました。お二人がいなければ身ぐるみ剥がされて大変なことになってましたよ。あ、俺城戸宝笑って言います、初めまして」
「初めまして、私は〝ヒノカ〟と申します。こちらは妹のナハトです」
「ナハトです、初めまして」
自己紹介を終えて改めてヒノカさんとナハトさんを見る。
ヒノカさんは赤、ナハトさんは青のお揃いのデザインの巫女服を着ており、綺麗な黒い髪をそれぞれ腰に届くほどの姫カット、後ろで一纏めにしたポニーテールにしている。
二人ともものすごい美人さんで今まで俺が出会った女性の中でも三本の指に入るくらい綺麗だ。瞳なんて宝石のようにキラキラ光っている。
…………しかしその容姿以上に目を引く物、それは二人が背中に背負った〝武器〟だ。
ヒノカさんは身の丈ほどの太刀、ナハトさんは弓矢らしき物を背負っており、手には籠手、体には胸当てのような装具を身に着けている。なまじ二人が美人なこともあって向き合って座っていると正直なかなかの威圧感がある。
しかしビビってもいられない。この二人が悪い人とは思えないし、何よりヒノカさんとナハトさんの顔立ちはこの街の人々とは違って東洋人……日本人にとてもよく似ている。この二人ならもしかしたら何か分かるかも知れない。
「えーっと、まず最初にお聞きしたいんですが、ここは何ていう国ですか?」
「国、ですか?ここはレムリアル大陸のベルディンの街ですが…………」
「た、大陸?」
「国や街で言えば、ここから一番近いのはノバリスの街ですが」
「日本とかヨーロッパとかローマとか、あとアメリカとか、聞いたことないですか?」
「…………姉様、聞いたことは?」
「いいえ、どの国の名前も聞いたことがないわナハト。
失礼ですが、宝笑さんはどこからいらしたのですか?」
「日本っていう島国なんですけど……ご存知ないですか?」
「ニホン…………私達も大和という島国の出身なんですが、ニホンという国は存じ上げませんね……」
「私も姉様と同じです」
二人の言葉に愕然とする。が、直ぐにある考えが浮かんだ。
「! そうだ地図、地図って持ってませんかっ?出来れば世界地図みたいなスケールの大きい地図です!」
「はい、ありますよ。えーと……あ、これです」
ヒノカさんから渡された地図を広げる。俺は何故かこの街の文字が読めるし、これさえ見ればここが何処なのか分かるはず。読めなくたって地形さえ確認出来れば……!
「なん…だよ、これ……」
地図には、日本列島は載っていなかった。
それどころか大陸の形も数も、俺の知っている地図とは一致する箇所がほとんど無いレベルで〝何もかもが違っていた〟。
日本列島がある筈の場所には大和と書かれた島国があり、ここがさっきヒノカさんとナハトさんが言っていた故郷なんだろう。つまり日本は〝端から存在していない。〟
日本はおろか数々の著名な国が存在すらしていない異常事態に周りの音が遠退いていく。
最後の望みすら断たれた。絶望の二文字がどんどん大きくなって迫ってくる。
「ははっ……どうすりゃいいんだよぉ…………」
「だ、大丈夫ですか?」
「何か問題が?」
「すいません……もう何が何やらで……」
混乱する頭で心配してくれるヒノカさんとナハトさんに謝罪する。頭の中はぐちゃぐちゃ。まるで、全く違う世界に迷い込んだようだった。
「宝笑さんの故郷は、地図には載っていなかったんですか?」
「……この大和って国、俺の国はここにある筈なんです」
「「え?」」
「俺がいた日本がある筈の場所に、この大和って国があるんです……もう、何が何だか……」
頭を抱える俺に、おそるおそるナハトさんが声を掛けてきた。
「宝笑さんは、私や姉様と同じ大和の出身……なんですか?容姿の特徴は大和の人間と酷似していますが……」
「だから余計分からないんです……俺から見たらヒノカさんとナハトさんは日本人にそっくりで、やっと日本人に会えたって思って…………でも日本は無くて……」
「つまり宝笑さんから見たら、自分の国が無くなっていて、代わりに見知らぬ国に置き換わっている、ということですか?」
ヒノカさんの言葉に頷く。
「どういうことでしょう…………宝笑さんのお話を聞く限り、ニホンという国は大和に匹敵するくらいには大きい筈。そんなに大きい国や街、あるいは大陸なら、地図に載っていないのは変です」
「姉様の仰る通りです。それに、宝笑さんは何だか雰囲気も違います。服装といい知識が不自然なほど無いことといい、同じ人間なのに根本的に違う何かを感じるというか。魔力も感じませんし」
ナハトの言葉にハッとする。そういえば門番の人も魔力がどうとか…………。
「その、魔力っていうのは何なんですか?ここの人達って魔法が使えたりするんですか?というか、魔法って本当にあったんですか?」
「え、えぇ?どういうことですか?」
「魔力や魔法を知らない人なんて…………宝笑さん、貴方は本当に一体……」
「うわぁぁぁぁ!!」
「みんな逃げろ、逃げろー!!」
「魔物だ、魔王軍の魔物が出たぞぉぉ!!」
お互いに混乱状態に陥ったその時、急に外が騒がしくなってきた。
「魔王軍?な、なんだぁ……?」
「! 宝笑さんはここにいてください!ナハト、行きましょう!」
「はい姉様!」
二人は何かを察したらしく、真剣な顔立ちで表へと走っていった。
「な、何だ一体……」
様子を見ようと外へ出ようとした時、ものすごい爆発音と絶叫が轟いた。急いで外に出た瞬間大挙して押し寄せた人の波に飲まれる。
もみくちゃにされながら見たもの。それは、凶暴な怪獣が街を蹂躙する光景だった。
二足歩行のトカゲを彷彿とさせる姿に周囲の建物に優に超える程の体躯を持ち、口から火球を吐きながら街のあちこちを破壊していく。
「な、なんだあれ!?うわちょっ」
逃げ惑う人達に流されに流され、何とか抜け出すと裏路地へ入ってさっきの場所まで走って戻る。酒場まで戻ってきて表通りを覗くと、そこには武器を手に怪獣と戦うヒノカさんとナハトさんがいた。
「やぁっ!!」
「…………っ!」
太刀を軽々と振り、鋭い太刀筋で怪獣を攻め立てるヒノカさん。正確無比に矢を放ち、ヒノカさんをサポートするナハトさん。
相手は見上げるほどの怪物であるにも関わらず抜群のコンビネーションで勇猛果敢に立ち向かう二人の姿に見入っていると、ふと怪獣の後ろの方に何かがいることに気付いた。
目を凝らしてよく見てみると、それは幼い二人の子供だった。
「っ!!」
「う、うぅ……う……!」
「パパー!ママー!」
「! 姉様、あそこ!」
「逃げ遅れたのね……直ぐに助けないと!」
ヒノカさんとナハトさんは子供達の救助に向かおうとするが、ただでさえ怪獣の体が道を塞いでいる上に知ってか知らずか怪獣が狙ったように妨害してくるため、なかなか子供達の下に向かうことが出来ない。
瓦礫と炎の中で泣き叫ぶ子供達。その光景を見た俺の頭に、〝あの時〟の記憶がフラッシュバックしてくる。
『離せっ!離せよっ!!まだーーちゃんが中にいるんだよ!!』
『ーーちゃん!ーーちゃん!!』
反射的に足が動き、裏路地に戻る。
薄暗い道を駆け抜けてモンスターの後ろに回り込むと酒場の陰から様子を見計らう。そして怪獣がこちらに気付いていないことを確認し、裏路地から飛び出して炎を飛び越え、子供達の下へと向かった。
「うわーん!」
「うぅぅ……!」
「大丈夫!?助けに来たよ!!」
「!? 宝笑さん!?」
「何をしてるんですかっ!早く逃げてください!!」
「もう大丈夫だからね。さ、逃げよっ……」
嫌な予感がしてハッと振り向くと、怪獣と目が合った。
唸り声を上げて俺達を睨む怪獣。完全にこっちをロックオンしている。
「ぅ…………」
「こっち見てるよぉ……」
「……………………君達、走れる?」
当たり前だが二人とも首を横に振る。分かっていたことだ、と俺は腹を括った。
「大丈夫、お兄ちゃんが君達を運ぶよ。ほら、あそこの裏路地まで行けたら勝ちだ」
「「………………………………」」
「約束する、また必ずパパとママに会えるよ。絶対にお兄ちゃんが会わせるから……!」
俺の言葉におそるおそる頷いた子供達を両脇に抱える。今までよろず屋の仕事で鍛えられてきたこともあって、まだ幼稚園児程度の幼い子とはいえ不思議とそこまで重さは感じない。
(よし、行くぞ……!!)
「……………………っ!!!」
勢いよく走り出した俺に、怪獣が口から火球を放ってきた。
背後で火球が弾け、爆風に体を押されてよろけつつも何とか踏ん張り、裏路地を目指して走り続ける。俺のやろうとしていることが伝わったのか、ヒノカさんとナハトさんが怪獣を攻撃してバックアップしてくれたおかげで何とか裏路地までもう少しでたどり着きそうだった。
「ギャアァァァァァス!!」
…………その時、怪獣は咆哮と共に巨体を翻し、太い尻尾で俺を〝周りの建物ごと〟なぎ払った。
「ごっっ……!!」
凄まじい衝撃と聞いたこともないような音が響き、吹っ飛ばされる。かろうじて子供達は庇えたが俺は今の一撃でほとんど動けなくなり、それどころか体の感覚も意識も無くなりかけている。
「宝笑さんっ!!」
「くっ、まだ治癒魔法を使えば…………!宝笑さんお気を確かに!!」
ヒノカさんとナハトさんが遠くで叫んでいるが、どうにも聞こえない。ふと子供達を見ると、どうしたらいいか分からない半べそ顔で俺を見ていた。
「大丈夫………………君達は、早く逃げて……」
精一杯の笑顔で避難を促すと子供達は裏路地へと走っていった。
「良かった……〝今度は〟助けられた…………」
二人が無事に逃げられた姿を見て、俺は達成感と満足感で満ちていた。
死ぬことが怖くないわけじゃない、死にたくない気持ちだって当然ある。この世界は結局何だったのかも分からず終いだったが、そんなものは吹き飛んでいた。それ以上に嬉しかった。
〝あの日〟の過ちを繰り返さず、今度はちゃんと誰かを助けることが出来た。嬉し涙が頬を伝い、ゆっくりと目を閉じる。
(〝凛ちゃん〟…………俺も、そっちに行けるかな……)
「貴方はまだ死ぬべきではないわ」
「…………え……?」
目を開けると、世界が止まっていた。
怪獣も、ヒノカさんとナハトさんも、燃え盛る火も、黒い煙も、全てが一時停止したかのようにその動きをピタリと止めていて微動だにしない。
突然の異様な光景に驚いていると、いつの間にか俺の目の前に一人の女性が立っていた。
「驚いているわね。まぁ無理もないかしら、〝時が止まった世界〟なんて初めてでしょう」
長い青髪に白いドレスのような服に身を包んだその女性は、夜を淡く照らす月のような目で俺を見下ろしており、よく通る澄んだ声をしていた。
もしかして、これが俗に言うあの世からのお迎えだろうか。
「あなたは…………女神様?」
「いいえ、私のことなんて後よ。とにかく貴方を死なせるわけにはいかないわ。貴方はこの世界に必要な存在なの」
「ありがとう……でも、俺もう駄目だよ…………」
ごふっ、と口から血が溢れ、口の中が生臭い鉄の味でいっぱいになる。
「大丈夫よ、これがあるもの」
女神様が取り出したのは、卵のような形をした謎のアイテム。
何かしらの部族のお守りのようにも見えるそれは、艶なしの黒いボディにタトゥーを彷彿とさせる青緑色のトライバル模様が描かれ、中央には紫色の丸い結晶体がはめ込まれていた。
「これを貴方の体に埋め込むわ。そうすれば貴方は助かる…………まだ死にたくないでしょう?」
「………………………………………………」
「やり残したこと……心残り……あるんじゃないかしら。
それに言ったでしょう、貴方はこの世界に必要なの。貴方には生きてもらわないと困るわ」
女神様の言葉に一瞬だけ悩んで、頷く。
「お願い、しますっ…………!」
「分かった…………いくわよ」
『バジュラ!』
女神様がお守りを俺の体に埋め込んだ瞬間、薄れていた意識が消し飛ぶほどの凄まじい激痛が全身を支配した。
それだけじゃない、何か得体の知れない何かが俺の中で根を張っていく異様な感覚を感じる。
「い゛、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?
あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お願い、耐えて…………」
時が止まった世界に、絶叫が響き渡る。
そして、俺の意識は黒く塗り潰されていった。
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「宝笑、さん……?」
突然街を襲撃した魔物との戦いの最中、逃げ遅れた子供を助けようとした宝笑さんが魔物の攻撃を受けてしまった。
宝笑さんの勇敢な行動によって子供達は何とか無事だったけれど、代わりに宝笑さんが大怪我を負って危険な状態になってしまっている。一刻も早く助けなくては……そう思った次の瞬間、宝笑さんがゆっくりと立ち上がった。
異様な空気を纏った宝笑さんの顔や手には禍々しい模様が浮かび、目は赤く輝き、細長くなった瞳孔はカッと見開かれている。
さっきまでの穏やかで優しい雰囲気とはまるで違う、全く別の人間を見ているかのようだった。
「姉様、あれは…………!?」
ナハトが驚くのとほぼ同時に宝笑さんが吼えた。
空気や建物を揺るがすほどの音圧がビリビリと体を震わせる。突然の事態と気迫に圧倒されていると、宝笑さんが駆け出し魔物に突撃する。
「ギャアァァス!」
「ウアァァァァァァァァァ!!」
魔物が放った火球を宝笑さんは〝素手で〟かき消し、地面が抉れてしまうほどの勢いで跳ぶと固く握った拳を疾風のような早さで魔物に叩き込んだ。
それだけでは止まらず、ここまで打撃音が聞こえてくる程の強烈な連撃を魔物の頭部に浴びせる。
「ジャッ!!」
着地すると同時に手刀から光刃を連続で放ち、着弾したそれは魔物の体表で爆発を起こした。宝笑さんは再び大きく跳躍すると怯む魔物目がけて荒々しい両足蹴りを繰り出し、三十三尺はあろうかという魔物を吹き飛ばしてしまった。
「きゃっ」
「姉様!」
魔物の体が横倒しになり、大きな揺れに体勢を崩しかけるもナハトが支えてくれたお陰で倒れずに済む。
押されていた魔物が吼え、大木のような尾を振り回して再び宝笑さんを打ちのめそうとする。しかし宝笑さんはなんとそれを受け止めてしまい、更には恐るべき怪力で魔物の巨体を〝持ち上げてしまった〟。
「ウオォォォアァッ!!」
宝笑さんは雄叫びを上げながら魔物を振り回し、近くの建物に勢いよく叩き付けた。瓦礫が土砂崩れのように魔物を飲み込む。
瓦礫を押し退けてふらつきながら魔物は立ち上がるが、その瞬間宝笑さんが右腕から放った一際大きい光刃が魔物の喉元に命中し、大爆発を起こした。
痛め付けられた魔物に最早戦う意思は無く、鳴き声もすっかり弱々しくなっている。魔物はそのまま街の外へと逃げていき、宝笑さんも追撃せず逃げていく魔物の背中を見送った。
「…………っ」
そうして姿が見えなくなると宝笑さんは膝から崩れ落ちた。見ると宝笑さんの顔や手から模様は消え、目も普通の状態に戻っており、座り込んだまま呆然とした顔で自分の手を見つめていた。
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「俺、なにして…………怪獣いないし……」
意識が戻った時、あの怪獣はいなかった。
怪我も完全に治っており、ぴんぴんしている。
「宝笑、さん……?」
「…………ヒノカさん……」
ヒノカさんがおそるおそるこちらに近付いてくる。何があったのか聞こうと立ち上がってヒノカさんに歩み寄ろうとした時、足元に矢が突き刺さった。
「うわあっ!!?」
突然のことに後ろにすっ飛ぶようにずっこけて尻餅をつく。顔を上げると、ヒノカさんの後ろにいたナハトさんが次の矢を弓に番えるところだった。
「魔人〝魔修羅〟……戦祓巫女、ナハトがお相手仕る…………いざっ!!」
「バ、せ、えぇっ?」
「ナハト!待って!」
何がなんだがさっぱり分からないまま、再び矢が放たれた。
~~拝啓~~
母ちゃん、祖父ちゃん、祖母ちゃん。お元気ですか?俺はとりあえず元気です。
俺は今、全く訳の分からないところに来ています。そして女の子に弓矢で射ち殺されそうになってます。助けてください。
「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」