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メンズエステ  作者: みぃ
34/38

34 相性

 血と涙と哀願は井上くんの心に届いていたみたいだった。エッチの時に痛くならない方法について色々調べたり、彼の方でも試行錯誤してくれているらしく、仕事を終えて帰宅すると、謎の道具やら何やらがベッドの上に日に日に増えて並べられていた。

「今日これドンキで買って来たんだ〜」

井上くんはピンク色の虫の幼虫みたいな柔らかそうな得体の知れない物を手に取り、私に見せてくれた。

「七段階切替なんだよ」

「…」

 初めは変な道具のあれこれを見てどん底の気持ちにさらに重苦しさが加わった。

「何か…人体実験みたい…」

「試してみようよ。気持ち良くなれるかもしれないよ」

「嫌だなぁ…」

二人のためにも私のためにも色々考えてくれている井上くんの気持ちがまだ全然よく分かっていなくて、とにかく辛いなぁ嫌だなぁと感じていた。

いかがわしい手術器具みたいな道具類をジロジロ見、

(これをこれからどうやって使うのか…)と考えると見ているのも嫌になり、クルッと後ろを向き、井上くんの肩に掴まってめそめそ泣いた。

泣いて許される事があるのを覚えてからはすぐ泣くようになっていた。井上くんはしばらく背中を優しく叩いたり抱き締めてくれたりしていたけれど、顔を見上げると井上くんも悲しくて辛そうだった。結局はどちらかが折れるしかなく、なんとなくいつも私が負けることになった。

 あの全然手を出して来なかった井上くんとはもう別人のように、今では彼はスパルタだった。

 挿入すればある程度痛いのは当たり前だし、

「痛い痛い」とあんまり口に出して言ってはいけないという思い込みもあり、力を入れてとにかく我慢していると声も出ないし、言わなくても痛みを我慢していることぐらい井上くんにも当然伝わっていると思っていた。それでも構わないほど彼にとってはやりたい事なのだったら、こちらが我慢するしかないのかなぁと思っていた。

 毎晩(さぁ眠ろう)と横になると、

「寝てて良いから…」

と言って勝手にし始めるので、喧嘩する元気もなく眠たいこちらはもう勝手にやってくれ…と投げやりな境地に達し始めた。


 パリパリ何か包装を剥がす音がして、何するつもりなんだろうと目を開けて見てみると、

井上くんは何かボトルを開けて私の大事な所に注ごうとしていた。

「ちょっと冷たいかもしれないけど、我慢して…」

「待って待って…何?それ」

私は手で蓋をするように自分の隠部を押さえて隠しながら起き上がり、井上くんの手から持っている物を取り上げて見てみようとした。

「ゼリーだよ。」

「えええ…」

「ちゃんとした物だよ。日本製で。薬局にも売ってるやつだし…」

井上くんが私の手をちょんちょんと突いた。

「手をどけて」

「変な成分入ってない?」

「入ってないよ」

ひんやりするトロッとしたものが流れ落ちてきた。

「うわぁ、…気持ち悪い…」

井上くんは自分のにもゼリーを塗り、

「ゴムの上からだと何も感じないなぁ」と言いながら溢れる前にと急いで押し当ててきた。

「いくよ」

ギュッと目を閉じたけれど、確かにいつもよりも痛くなく、すんなりと入った。

「スルッといけたね?」

「うん」

「これで慣れたら良いね…きっと負のループに嵌ってたんだよ。濡れないから痛かったんだ…口でもさせてくれないし…巻多さんは、濡れないから痛いし痛いからしたくない、したくなくて嫌嫌やるから濡れない…で、悪循環してるんだ。

 色々試して慣らしていけばどこかでいつか気持いい時が来るよ。そしたらコツが掴めて、だんだん良くなっていけるよ…」

「そうかな…」

それから私は前から思っていた事を言ってみた。

「井上くん、してる時いっぱい喋るね」

「えぇ?」ヘラヘラ笑って、井上くんは言った。

「コミュニケーションが大事じゃない?ちゃんと話し合わないと何も分からないから…」

「でもムードは?色々話してると壊れちゃう…」

「そんな事ないでしょ」

井上くんはヘラヘラ笑い、まだ一人で話し続けながらゆっくり体を揺らしていたが、私は一緒に笑わずむっつり黙り込んだ。

 なんとなく今のこの時に集中していないというのが、片手間にやられている様な印象を受けてしまい、必死な自分とは違って井上くんは適当にしているように感じられるのだ。

 私が本気でモヤモヤしているのが伝わったのか井上くんもしばらくするとちょっと真面目な表情になり、黙り込んだ。

「…でも笑っちゃいそうだよ」

そう言ってやっぱり無理だったらしくヘラヘラ笑い出した。体の上で笑われるとなんだか無性に腹が立ち、ますますムッとした。

「ごめん…本当に嫌なんだなぁ…」

井上くんが私の眉間の無意識にできていた縦皺を伸ばすように撫でた。


 別の日には、大きなマイクみたいな物を彼はベッドの上に用意していた。

「今日はこれ使っていい?」

「嫌だけど…」どうせ嫌でもやるんだろと思った。それは大きくて物騒で恐ろしかった。

「それ何?」

「電マ。電動マッサージ機って言ってもともと普通の肩凝りとかに使う物だったやつだから変な物じゃないよ」

そう言ってスイッチを入れて肩に当ててくれようとこちらへ向けて来たけれど、私は仰け反って離れた。

「ええ、そんな怖い?」と言いながら井上くんは自分の肩に当てた。

ブーッという音がジーッという音に変わった。

「ほら、普通だよ。手を出してみて」

私は掌にその丸い振動する部分を受けた。

「こそばいような感じ?」

なんとも言えずとにかくこれをどうするんだと不安で、井上くんを呪いそうな目で恨みがましく見つめた。この人私をモルモットか何かだと思ってるんじゃないかという疑惑がちらつき始めていた。

「寝転んで」

私達はベッドの上で裸で正座して向き合っていた。

「それをどこに当てるって?」

私の股間を指差し、井上くんは澄ました顔をしている。冗談じゃないと思った。

「絶対血が出るわそんなもん…痛いに決まってる…考えなくても分かる。なんで分からないの?」

「いや絶対大丈夫なはずだよ…痛がってる人見た事ないもん。みんな女の子は大好きだよ…」

「それはプロの話でしょ?」

「巻多さんもプロなんじゃ…使った事まだ無いんだ…?」

私がやってるのはメンズエステだ。一度、鞄から大人のオモチャを次々取り出して見せては女の子の反応を伺って回っているという噂のお客さんが私のところにも来て、変態だなぁと思ったことはあった。でも日常的にそういう物を使うお店とはまた別なのだ、私が働いているお店は。

「寝転んでよ。ソロっとするし…」

そう言われてもなかなか寝転べなかった。寝転んでも、すぐに起き上がってしまう。

「怖い怖い怖い…無理…絶対痛いって」

「大丈夫だって…絶対気持ち良いはずだよ…」

「じゃあ痛かったらどうするの?みんな気持ち良さそうだって言うなら誰か別の女の子呼んできてお手本にやって見せてよ。ここで。私見とくから。」

「ちょっとそれはまだ早いなぁ…10年後とか20年後にやろう」

「今どっか行って別の子とやってきてよ!」

「じゃあ…まず俺の指に当てて、その指を当てるから。それならマシでしょ?」

そんなにどうしてもしなくちゃいけないことなのかなぁとウンザリしながら、試練が一通り済まなければ寝られない事はもう常態化していたし、それに、怖い怖いと言いつつも、みんなが気持ち良いみんなが大丈夫と言われ自分だけがそれを知らないとなると…と好奇心も少しは芽生え、押し切られる形になって井上くんのやる事を怖々見ていた。

「…痛い?」

「…痛くないけど…爪が怖い」

「振動伝わってる?」

「なんにも感じない。」

「俺の指が痛くなってきそうだな…」

「じゃあやめようよ…」

「じゃあ、他のところに当ててから、ソロソロ近付けていくよ。痛かったらすぐ言って?」

私は頷いた。まず自分の指を犠牲にする覚悟で試してくれたのだからこちらも少しは彼の期待に応えなくては…

注射を打たれる時みたいに目を両手で覆って隠し、寝転んで深呼吸した。こうなったらもうどうにでもなれと井上くんを信じて身を任せた。

 太腿や臍の下の辺りから少しずつ一番デリケートなところに向かって振動が降りていき、じりじり近付き、突然体がビクンとなった。跳ね起きた。

「ダメだ、これ、変な感じする」

「それが良いんだよ。変な感じは我慢しなくちゃ。痛くなかったでしょ?」

「多分…」

井上くんは嬉しそうで、私はビックリしてドキドキして彼の顔を見つめた。

「もう一回寝て」

素直に従った。けれど、振動を当てられると飛び上がって起きてしまった。ヘラヘラ笑い声も出た。

「なんかダメだ、これ…こそばくて恥ずかしくて死にそうな感じで。無理。」

「そこは我慢して通り過ぎなくちゃ。恥ずかしくてこそばいのは。その先にあるんだよ。」

私はもう一度横たわった。

「とにかく痛くないなら我慢して。もうすぐそこまで来てるかも知れないから」

「うん」

体の両脇で拳を固め、振動が始まっても出来るだけ動かないでいようとした。でもどうしてものたうって逃げようとしてしまう。井上くんがのしかかって来て押さえつけ、動けなくなった。すると声が漏れてしまう。

「ちょっと待って、止めて止めて、ちょっと止めて!うわーーーー!」

自分でも煩いと分かっているけれどどうしても叫び声が出る。真夜中に近所中に響き渡っているのがハッキリ頭の片隅では知覚できているのに、どうしても静かにはなれない。叫んでしまう。

「痛い?痛くない?」

井上くんが大きな声で聞いてきた。

「痛くない、でもやめて」

「痛くないならやめない」

「もういいもういい」

「もうよくない」

 レフェリーがいないレスリングで永遠に押さえ込まれ続けているみたいな圧倒的な力で、強制的に頭のタガがビュンビュン飛ばされ、脳が溶け、何度も体から魂がシュワシュワ出て行って天空に霧散して消えてしまうような、そしてまたゼェゼェ言いながら肉体に戻って来て、理性が砕け散り、また脳味噌が液体となってドロドロ溶け出していき、もがけばもがくほど押さえ付けてくる力が加わり、息も絶え絶えで、弾け飛びそうなほど気持ち良すぎて苦しくて、延々とそれが続き、やめないで欲しいんだかやめて欲しいのかも自分ではもう訳がわからなくなってきた。開かせて押さえつける井上くんの力と逆の向きに閉じようと力が入るのはもう抵抗したいからとかではなく、ただの筋肉の反射運動だった。

頭や壁やシーツや井上くんの腕まで手の届くところ手当たり次第に掻き毟ってしまい、脳が沸騰して花火になって打ち上がり続けた後に思考を持たない死にかけた魚になり果て自分でかいた汗の中でビショビショになりピクピク動いているだけみたいになった。

「巻多さん大丈夫?」

井上くんにゆらゆら揺すられ、目の前の開いた自分の掌に電マを触らされた。

「あつっ」

「これ以上やったら電マが火を吹きそうだと思って。やめたんだけど。

 隣の人とかここでどんな猟奇的殺人事件が起きてるのかと思ったかも知れないなぁ」

井上くんがヘラヘラ笑いながら、ぐったりした私の脚を広げ中へ入って来た。熱くて、涙が溢れるような感覚がお腹の底から下へおり、井上くんを出迎えた。

「うわぁ、凄く気持ち良いよ、巻多さん…

…痛くない?」

「ジンジンしてる」

「気持ち良い?」

「うん」

「俺も気持ち良い。巻多さん、すごく気持ち良いよ」

「うん、私も」

「本当?良かった…何回かイってたけど覚えてる?俺も途中から数えてないけど」

「3回くらい?」

「もっとだよ」

力づくで押さえ付けられ無茶苦茶だなこの人…とムカつく気持ちも最初はあったけれど、そうされなければこんな風に自分の殻を突き崩す事も出来なかっただろう。感謝する気持ちが芽生えた。

 私の体には痣も傷も残らず、井上くんの力強いけれど優しい圧力の余韻が好きな気持ちの証みたいにじんわり肌に残っていた。


 だんだんと、夜が地獄ではなくなっていった。井上くんも鬼には見えなくなった。私の体が井上くんを迎え入れるのに慣れていき、彼の方でも私の痛いところや触られたら嫌なところや力加減を覚えてくれて、行為自体が気の進まないものでは無くなっていった。どれだけの苦痛に耐えられるかが試されるような愛情の測り方ではなく、互いの思いやりと歩み寄りで愛情を確かめ合う楽しみな優しい時間に変わった。

「相性ってだんだん合わせていけるものなんだね」

「そうだよ」

「私以上に相性が良いと思った人いた?何人くらいいた?」

「さぁ」

「付き合った人の中では何番目?」

「さぁ…長く付き合うほど一番になっていくんじゃない?体が馴染んでいって。」

「じゃあ一番長く付き合った人は何年?」

「一年も付き合ったことないなぁ」

「ふーん…じゃあプロの人達の中にはいた?相性がピッタリの人は?」

「好きになって付き合ってる人を越えたりするわけないよ。気持ちが入ってないから」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。体だけピッタリとかあんまり…あるかなぁ…ああ…あったかも知れないな…

 だけどプロってそう言うもんなのかも。逆に。みんなと相性を合わせるのが上手い人の事をプロって呼ぶんだとしたら、相性は合って当然なのかな」

「ふーん…尊敬するかも。私もそう言う人になるべきなんだろうな…もし今の仕事を極めるなら。

 本か何かで読んだ事があるんだけど、大昔のどこかでは、神様と繋がれる限られた特別な女性達だけが就ける職業だったんだって。娼婦って。その女性達は神殿に住み、色んな男の人達と交わって、神様の愛を人々に分け与えられると考えられていて、神聖視されていた時代があったって…」

井上くんはギュッと抱きついて来た。

「神話の中の話か何かでしょ?それか、現代ならヤバい宗教だよ。そんなの良くないよ。病気のリスクもあるんだよ」

 事務所から生還した後で私は性病の検査を受けていた。一応全部陰性だった。

「でも誰にでも優しくできるとか、誰のことも愛せるって言うのはちょっと神様めいたことだよ…本来なら見上げるべき職業だと思うけどなぁ…」

「俺も前まではそういう考え方も持ってたよ…」

悲しくなりそうだった。深く考えだすと。


 私は彼に身も心も寄り添えているつもりになって安心して彼の腕の中で眠りたかったので、仕事について理解するという彼の言葉をひたすら信じて、仕事に精を出そうと思っていた。それが二人のためになると信じていた。愛はここにあるから、後はお金だけが必要だった。お金は自分が稼ごう…それが二人のためだと思っていた。




続く

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