南の事情
大陸の南に位置するマセロア共和国の国政会議室では今緊張が走っていた。
重々しい空気が支配するこの部屋では心なしか部屋全体が暗く見える。円卓に5人の個性的な面々。この5人はこの国を支配する組織の長たちである。
そんな長たちでさえ重く黙ってしまうほどの議題。
それは、
「先日国境のバリスノラにて我が軍はアバレル、ノラノル同盟軍に完敗した…。生き残りは26万中8万だ。」
私はこれを言うことで精一杯だ。周囲の反応を見る。
既にこの5人は知っていた。だからだれも驚かない。しかし、思っていることを実際に他人の口から聞くのでは現実味が全然違うのだろう。
放った言葉が重くのしかかる。
そんな時だった。
「おい、ギルベルト。食料と武器の補充がスムーズに行われなかったと私の兵が報告しているぞ?負けた原因はお前にあるんじゃないか?」
そう言って青髪の爽やかな優男を睨みつける赤髪を短く切った女性はエレノアだ。彼女は個人で軍団を持っており、優秀な指揮官だ。そして自身も強力な魔術師である。
「まさか、僕の後方支援は完璧でしたよ?あなたの私兵の指揮力が足りなかったんではないですか?もしくは私兵ではなくあなた自身の指揮力が。」
赤く鋭い目に睨みつけられながらそれをさらりと躱すのはこの国の商売連盟の長であるギルベルトである。特徴的な青髪を几帳面に整えてずり落ちた眼鏡を神経質に触る。
彼は軍団の兵站を任されている。
「まぁまぁ二人とも。誰に責任があるかなんて考えても仕方がないよ。悪者探しよりこれからどうするかを考えた方が建設的じゃないか?」
穏やかな口調で宥めるのは司法の番犬たる護憲隊のトップである。丸々と太ったお腹に禿げ上がった頭が特徴的てある。
「黙れ禿げ。禿げはいいよな。戦時の際にも外に出て戦わなくていいからな。国内で贅沢してんじゃねえよ。」
すかさず食いつくエレノア。元々外で戦う彼女からすれば中で犯罪者を相手にしている禿げのことが気に入らないのだ。
そこで沈黙を貫いていた最後の無骨な男が声を出す。
「んなことよりよ、今回の敗北で大量の魔導具が失われたみてぇだな。こちとら後払いで作ってやったんだ。前のツケも払えてないんだからこれ以上は作らねぇよ。」
そう口にするのは魔導具を専門に作る職人連合の長だ。無骨に生やした黒髭に筋肉質で太い腕が特徴的だ。戦闘用の魔導具の開発、生産に携わっている。
「はぁ?国の一大事だろ?お前が魔導具作らなかったら私の兵はどうやって戦うんだ?教えてくれよ。」
またもや食いつくエレノア。
そんな様子を見てため息をつきたくなる。
ここにいる4人は自分の分野の利益ばかり考えて全体の利益を考えていない。私は違うが。
このままでは議論の収集がつかないな。議題を変えるか。
あっそういえばもう一つ考えなければならない案件があったな。
「そういえばアバレル王国からカイト・カリオストロが向かってきているとは本当なのかね?」
そう1000年に一度の天才と呼ばれた男が敵国からやってきている。警戒するなと言う方が無理である。
「あぁ、間違いないみたいだぜ。私のスパイからの情報によるともう入国してるらしいぞ。」
え?
もう入国してたのか。いくらなんでも早くない?だってアバレル王国の王都からマセロア共和国の国境まで魔導馬車でも2ヶ月はかかるぞ。前回の報告から計算すると1週間で着いたことになる。
まぁいい。どうせ何かの手違いだろう。
「この男をどう扱おうか?」
「危険だな。」
「ですね。」「同じく。」「当たり前だろ。」
珍しく全員の考えが一致。まあ、戦時下に置いてリスクはできる限り排除すべきだからな。
「じゃあ、捕らえて処刑で。」
「「賛成」」
「じゃあ護憲隊長、お願いする。」
仕事が増えた禿げだけが面倒くさそうな顔をしていた。