魔術の特別な使い方
僕自身なぜこんなに急いで家を出ようとするのかわからない。
変わり映えのしない日常に飽きたから?
早めに行かないと良い部屋を取られるから?
両親と一緒にいたくないから?
真実は単純ではない。僕の気持ちはこれら複数のものが複雑に混じった結果だ。焦って視野が狭くなってることが自分でもわかる。でも分かっててもどうしようもない。
家を出る準備はあまりに呆気なかった。持っていくものはリュックに入れた服と下着と魔導書と貯めといたバイト代だけである。
リュックにまだ余の空間があるほどである。
19年生きてきて持っていくものがこれだけとは…と少し寂しい気持ちになった。
準備があまりにも早く終わって暇だから魔術の研究でもするかと思った。もう日付けも変わる頃だがいいだろう。
夜の人気のないアバレル国立魔術大学へと足を運ぶ。訓練するならここの中庭に良いものがある。
特別な魔術の使い方をいち早くものにしたい。
魔術の使い方は3つしかないとされている。
一つは魔術を放つことである。雷を放ったり、氷の槍を放ったりする。主に攻撃するのに使われる。これが最も一般的で魔術師を最強たらしめる遠距離の強さを支える使い方だった。
二つ目は魔術を留めることである。結界魔術や回復魔術、トラップ魔術に使われる。あまり一般的ではないが需要は多い。
3つ目が魔術で具現化することである。槍や剣を生み出したりできる。といっても最も戦闘に向いていない。なぜなら槍や剣を生み出しても戦闘では使えないからだ。主に後方で補給したり商売をする人がほとんどだ。
このどれかに人は適正がある。魔法を放つことができる者は勝ち組とされ魔術師への道が開ける。
ちなみに僕は全部使える。
そして僕は新たに第四の使い方を発見した。
それは魔術を物に込めることである。
これを上手く使えばどこまでも相手を追いかける弓や、なんでも切れる剣など夢のあることが可能になる。
さらに自分に魔術を込めればとんでもない怪力を得ることも超音速で動くことも鉄のように硬くなることもできるはずだ。
まさに最強の力である。
僕はこれを誰にも教えてない。家族にも。
自分だけがこの魔術の秘密を知っている現実に自然と笑みが溢れる。
っと、ニヤニヤしてはいられない。
実の所、なんでも切れる剣は成功した。しかし、自分自身に魔術を込めるのは今日が初めてなんだ。
どうなるかわからない。少し緊張する。
アバレル国立魔術大学の中庭であたりを見渡し誰もいないことを確認して魔力を体に込めてみる。やはり慣れない。魔力がどこかへ行かないようにコントロールするのは至難の業だ。
一瞬体が熱くなったような感覚を覚え、次第に感覚が鋭く冴え渡る。不思議な感じだ。
よし。試しに中庭にある学長の石像を殴ってみよう。僕はコイツが元から気に入らなかった。入学式から長々と話しやがって。
しかし、どうなるか正直分からない。学長の像は高さ8mはある巨大なものだ。まぁ、やることは決定してる。
拳を振りかぶる。常人がこの光景を見たら確実に僕の拳が潰れると思って目を背けるだろう。しかし、今日この瞬間から世界の常識を覆してやる。
ズガンッ!!
重い音が響き衝撃波が100m先の第三校舎の窓ガラスを粉々にする。
石像は……。
木っ端微塵になってあたり一面に瓦礫が散らばっている。よく見ると飛んでいった瓦礫で校舎に少なくない穴を開けてしまったが、まぁいいか。
僕は自分の予想が正しく怪力を得たことに満足感を噛み締めながらそそくさと夜の大学を後にした。