牢獄へ
曇り空の下、雨上がりのベチャベチャした道を視界いっぱいの人々が行進する。その大量の人々は身なりも年齢も全然違う集まりだった。まるで道行く人々をランダムに集めたような規則性のなさだった。
ただ、そんな集団にも2つだけ共通点があった。それは、とても暗い顔をしていることと物々しい黒くて大きな金属製の手錠をしていることだった。
僕もそんな集団の中の一人だ。でも全然暗い顔はしてないけどね。
みんなよっぽど重い罰を与えられたに違いない。しかし僕はたったの1か月だ。
本当は1か月も嫌だが物事はポジティブシンキングが大切なんだ。1か月の尋問という事実はどう頑張っても変わらないが事実に対する解釈は変えることができるのだ。
道行く行列を進んでいるとずらっと横に並べられている馬車が見えてきた。
「もたもたすんな!さっさと乗れ!」
馬車の乗り口で赤と黒の制服に身を包んだ男が鞭で老婆をたたく。
うわ、いくら罪人とはいえやっていいこととやってはいけないことがあるだろう。
年老いた人を鞭で打つのにはドン引きである。
「おい!お前だ!そこのお前!!おい!!」
ボーっとしてたがどうやら僕のことらしい。制服の男が僕を指さす。
「さっさと乗れ!!」
痛いな。男は僕を乱暴に引っ張って馬車に押し込んだ。
馬車の中は敷き詰められた罪人でいっぱいだった。確実に定員オーバーである。押し込められたその空間では人の体臭がまじりあいひどい匂いだった。そして、すすり泣きが聞こえてくる。よく見たらこの馬車には罪人のイメージからは遠いい存在の若い女や子供までいた。
…なんだか様子がおかしいぞ。
僕がそんなことを思った時だった。
「あんちゃん、随分と若いのによく落ち着いていられるな。」
隣からそんな声がする。見ると目の横の笑い皺が印象的な飄々とした中年のおっちゃんがいた。無精髭をはやして服は見窄らしい労働階級のそれだが雰囲気はフラフラした中に芯がある印象だ。
「そりゃあまぁ、僕はたった一ヵ月牢獄に入るだけですからね。」
それを聞いてそのおっちゃんは目を丸くした。そして大笑いしだす。その声はジメジメとしたこの空間によく響いた。
「すまんね。大真面目な顔してそんなことを言うもんだから笑っちまったよ。」
僕はどこに笑いのポイントがあったのか1mmも理解できない。
「何がおかしいんですか?」
そう聞くとおっちゃんは何やら神妙な顔になりこう言う。
「ここにいる全ての人が君と同じ一ヵ月の懲役なんだよ。もちろん僕もね。」
?どういうことだ?
「疑問に思ってるね?どうやら君は何も知らないようだ。ここにいるのは全員が共和国に住む王国出身者なんだ。」
まさか!?ありえない!だとしたらみんな僕と同じスパイ疑惑ということになる。驚くべき事実だ。
しかし、それではみんなの絶望した顔の意味がわからない。
おっちゃんは僕の顔を見る。
「納得がいってないみたいだね。どうしてみんながたったの一ヵ月なのに絶望しているのか。差し詰めそんなとこだろう?答えは簡単さ。一ヵ月じゃないから絶望してるんだよ。」
何!?
僕は驚愕で目を見開く。
「どうして一ヵ月じゃないんですか?」
おっちゃんはニヤリとして答える。
「法律の抜け道ってとこだな。一ヵ月の尋問でスパイ疑惑が晴れなければさらに1ヵ月の延長が可能なんだ。これが永遠に続く。つまり実質終身刑さ。」
「終身刑!?」
僕はあまりの言葉に愕然とする。
そんな時だった。馬車がゴトリと音を立てて動き出した。揺れ始める馬車に乗っているみんなが悲鳴のような不安の声を上げる。
そんな中僕の頭はさっきの言葉がグルグルと回っていた。
終身刑だと?そんなのに付き合ってられない。僕は自分の発見した魔術の可能性を試したいんだ。そのために剣による近接戦闘を学ぶためにわざわざ来たのに。
「あんちゃんは何も知らないということは最近入国したのかな?」
僕はそれにら上の空で答える。
「はい。3日ほど前に来たばかりです。」
「おいおいマジかよ。命知らずだな。共和国では戦争開始以来王国出身者への風当たりが強くなってたんだが、1週間前の大規模戦闘で王国に大敗北してから王国出身者への排斥の動きが加速してるんだ。そんな中わざわざ王国からやってくるとは。もしかして本当にスパイ?」
最後にそうおどけて聞いてくる。
その問いには答える気力がない。
はぁ。問題は起こしたくなかったが仕方がない。
逃げるか。
僕は魔術を手に込めて手錠を力任せに外そうとした。しかし、異常がすぐに起きた。
力が全然湧いてこないのだ。おかしい。
魔術がこもらない。
「おい、あんちゃん。魔術を使おうとしても無駄だぜ。なんせその手錠には魔封じの効果があるんだ。」
「え?」
お終いだ。僕の唯一の強みが今消えた。
僕は1000年に一度の天才とかもてはやされたが魔術が使えなくなった天才には一体何が残るのだろう。
落胆してる僕におっちゃんが声をかける。
「名乗ってなかったな。俺はアイクだ。よろしく。」
「…カイトです。」
差し出された手を握る。
でも僕の心の中は魔術を使わずにどうにか生き残れるように祈る気持ちでいっぱいだった。