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 数日、アレクは寝込んだ。全身くまなく殴打されたせいで血尿が出て、立って歩くのも困難したし、熱も出た。何より、精神的にすっかり参っていた。

 一週間後にサムとシェリーが彼を訪ねてきた時も、彼はまだベッドの中に蹲っていた。


「おい、アレク。アレク!」

「いい加減起きてきなさいよ、この馬鹿!」


 毛布の向こうからくぐもった声が「放っておいてくれ……」と言い返した。

 二人の友人は顔を見合わせて溜め息をついた。


「あーぁあ、せっかくいいこと教えてやろうと思ったのに」

「まったくだわ。ちょっと殴られてフラれたぐらいで、なっさけない」


 言いながら、二人はアレクのベッドの隙間にどっかと腰を下ろす。


「俺から行くぞー。ブライアンの話な。最近アイツ、彼女にフラれたんだそうだ。一週間と二日前。原因はアレク」


 毛布の塊がもぞりと蠢いて、「……はぁ?」と胡乱げな声を上げた。


「なんでも、アレクが彼女を誘惑して寝取ったらしい」


 ここまで聞いてついに耐え切れなくなったアレクは、毛布から亀のごとくぴょこんと顔を出した。


「そんなわけない! そんな暇あるわけないだろ!」

「おう、知ってるよ。だからこれは嘘なんだ」

「嘘?」

「そう。誰かがブライアンの彼女を取って、そしてお前に罪をなすりつけた、ってことさ」

「なんでそんなことを……いったい誰が!」

「さぁね。そこまではわからなかった」

「次はあたしの番よ」


 シェリーが長い生足を優美に組んだ。


「ヴァイオレットの寄宿学校に忍び込んできたわ」

「えっ?!」

「あそこのお嬢様、中には刺激に飢えてる子もいるのよ。お互いの服をちょーっと交換したの。うふっ」


 シェリーは蠱惑的に微笑んだ。


「それで、直接会って話を聞いてきたわ。ちょっと邪魔が入ったせいで、詳しいことはわからなかったけれど――彼女、結婚するんですって」

「けっ、こん……?」


 アレクはベッドの上にぽとんと頭を落とした。殴られた衝撃よりもよっぽどきつかった。


「そう、結婚。親が決めた相手とね」


 シェリーの横顔が軽蔑するように笑っていた。アレクはそれをぼんやりと見上げながら、ロミオとジュリエットの話を思い出していた。――この一週間、ずっとこのベッドに寝転がったまま、ヴァイオレットが置いていったあの本を読みふけっていたのだ。殴られたせいか無学のせいかわからない頭痛をこらえながら。


「結婚式は今週の日曜日。そのために学校もやめて、東の屋敷――たぶんガーデナーズの辺りね――そこにこもるそうよ」


 シェリーはちらりとアレクを見下ろした。そして、そのあまりに酷い、捨てられた子犬みたいな顔を見て、言おうか迷っていたことを口にする決意を固めた。


「……彼女から伝言を預かってきたわ」

「伝言?! な、なんて……?」

「I’m not The(・・・) Juliet.」


 ですって。とシェリーは吐き捨てるように言った。


「まったく意味わかんないわね。これだから頭のいいお嬢様の言うことは――っきゃあっ!」


 彼女が悲鳴を上げたのは、アレクが突然毛布を跳ねのけて立ち上がったからだ。

 アレクはベッドを飛び降りて、猛然と着替え始めた。


「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたのよ!」

「俺、俺行かなくちゃ! 彼女はジュリエットじゃないんだから!」

「はぁ?」


 シェリーが眉を顰め、サムが肩をすくめる。その二人を置き去りに、アレクは駆け出した。




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