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 その翌日、アレクは持っている中で一番まともな服を着て、数年ぶりに髪の毛をとかした。


「いいかアレクサンダー、この世の誰より紳士であれ!」


 割れた鏡の中の自分が、自信満々な笑顔でそう言い聞かせてきた。

 意気揚々と家を出てあの場所に向かう。あそこは元々誰か金持ちの私有地だった。それが没落したあと放置されて、現在お嬢様の格好の隠れ場所になっているというわけだ。ごくごく小さな丸いスペースで、二か所に出入り口がある以外は、すべて背の高い生け垣で囲われていた。生け垣をぐるりと回り込んで、本来の入り口から中に入る。中には立派なセイヨウトネリコがあるだけで、ベンチも何も無い。

 彼女はトネリコの根元に腰掛けて、膝の上に本を置いていた。


「やあ、レディ。こんにちは。今日もいい日だね」

「この空を見てそう言ってるなら、目がおかしいんじゃないかしら」

「君に会える日はどんな天気だって最高、っていうことさ」


 彼女は持ち上げた本の向こう側に口元を隠して、「……よく回る舌ですこと」と呟いた。


「隣、いいかい?」


 彼女はどうぞと言う代わりにちょっと脇に避けた。


「遅くなったけど、俺はアレクサンダー。大層な名前だろう? アレクって呼んでくれ。みんなそう呼ぶから」

「……私は、ヴァイオレット」

「ヴァイオレット――名前通りの可愛らしさだ!」


 思ったままの感想を口にすると、彼女はきゅっと口をつぼめて顔を背けた。耳にかかってたおくれ毛がはらりと落ちる。それを耳にかけ直す指先をアレクはじっと見つめてしまった。


「ヴァイオレットは、いつもここで読書を?」

「そうよ。外で読むのが好きなの」

「今は何読んでるの?」


 ヴァイオレットは表紙をアレクの方に向けた。


「ロミオとジュリエット……ああ、なんだっけ、なんだか悲しいラブロマンスだったよね?」

「そうよ」

「そういうのが好きなの?」

「そうじゃないわ」

「じゃあなんで読んでるの?」

「……読みなさい、って言われたから」

「へぇ」


 読みたくもない本を読まなくちゃいけないのか、お嬢様も大変だな、とアレクは呑気に思った。


「さぁて、それじゃあ、そんな憂鬱を吹き飛ばすアクロバットをご覧に入れよう!」


 アレクは俊敏に起き上がって、芝生の上を大袈裟に跳ねた。ヴァイオレットが本を脇に置いて、こちらに注目してくれるのが、何よりの幸福だった。


 そうやって、二人は少しずつ心を重ねていった。


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