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 次の日アレクは踏み台を持って、昨日馬鹿犬が突っ切った生け垣の前に立った。周りの十八歳より頭半分大きな彼なら、簡単に生け垣の向こうを覗き込める。

 そこには昨日と同じ素敵な茶色の髪の毛が座っていた。


「こんにちは、レディ」

「きゃっ!」


 女の子は両肩を跳ね上げて振り返った。


「ああ、ごめん、そんなに驚くとは思わなかったんだ」


 アレクの言い訳などそよ風よりもまだ彼女の心をなびかせなかった。彼女は顔を真っ赤にして、落とした本を素早く拾い上げた。


「あ、待って、待って! 今日は犬はいないよ!」


 アレクは慌てて生け垣を突っ切った。こんなことやってるうちにここの生け垣はハゲちゃうかもしれない、と思いながら体中にくっ付いた葉っぱを払う。

 出口をくぐったあたりであっさり女の子に追いついた。


「昨日はごめん、本当に。俺、どうしても君に許してもらいたいんだ」


 女の子はやっぱりツンと鼻を反らしていた。小さくて可愛い鼻だ。


「君、いっつもあそこにいるの? 一人で?」

「……何か悪いかしら」

「まさか。でもつまらなくないのかなって思って」


 彼女は「そんなことないわ」と言いながら少しうつむいた。やっぱり少しはつまらないらしい。

 僅かに尖らされた唇を見たとき、アレクはふいに思い付いた。


「そうだ、昨日のお詫びに道化師のサービスはいかがでしょう、レディ?」

「道化師?」

「そう。俺こう見えて器用だし、歌も得意だよ。運動神経にも自信がある――あ、ねぇ、ちょっと見てて!」


 そう言うが早いかアレクはひょいっと助走を付けて、躊躇いなく踏み切り前に体を投げ出した。体操選手さながらのハンドスプリングを華麗に決めて、そこからさらにバク転して女の子の隣に戻ってくる。

 真ん丸になった菫色の瞳に、アレクはにっこりと笑いかけた。


「どう? 退屈させないよ」

「……ふふっ」


 彼女はほころびかけた菫のつぼみのように慎ましやかに笑った。それからふと笑みを収めて「ちゃんと入り口から入ってきてちょうだいね。生け垣がなくなっちゃったら困るわ」と言って、春風みたいに去っていった。

 ぽつん。残されたアレク。

 彼はまず両目をぎゅっと瞑って、次に心臓の辺りをぎゅっと握りしめた。それから深く俯いて、次の瞬間バッと天を振り仰いで、


「っ……あーーーーーーーーっ!」


 雄たけびを上げると走り出した。とてもじゃないが、走らずにはいられなかった。全身が燃えるように熱かったし、心臓が変な音を立ててブンブン飛び回っていた。

 ああ、なんという、彼女の笑顔!

 笑顔!


「ああああああああっ!」


 彼は叫びながら家に駆け戻った。安い・マズい・量が多いを売りにしている酒場だ。まだ日が高いうちから酒に沈んでいる客たちの間を乱暴にすり抜けて、アレクは自室のベッドに飛び込んだ。薄っぺらい毛布にくるまって床の上を転げ回る。

 階下では客と父親が胡乱な目で天井を見ていた。


「どうしたんだい、息子さん?」

「さぁ。なんか変なキノコでも食ったんじゃねぇか?」


 どたんどたん、という音はその日中ずっと続いていた。




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