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 アレクは右手に馬鹿犬を抱えて、まだヒリヒリする左の頬を擦りながら、女の子に追いすがった。


「ごめん、本当にごめん。わざとじゃなかったんだ。許してくれ」


 女の子はツンと鼻を反らして聞く耳も持ってくれなかった。せかせかと速足になって行ってしまおうとする。アレクは少しだけ大股になって、彼女の隣をキープしながら、出来るだけ誠意のこもった口調になろうとした。


「あー、えーと……君の髪、とっても綺麗だね。すごく……上品な――」言いかけて、アレクは唾を飲み込んだ。脳内に浮かんだ茶色いものがレンガと枯れ木と犬の糞だけだったのだ。どんな節穴でも彼女の髪をそんなものにたとえる奴はいないだろう。「――素敵な色してる。三つ編みも似合ってる。それにそんなに長いと、手入れとか大変だろう? すごいよ」

「自分でやってるんじゃないわ」

「あ、ああそうなんだ」


 どうやらとんでもない金持ちらしい。身の回りの世話をしてくれる人がいるなんて。関わっちゃいけない階級の人だな、と思ったけれど、アレクは引き下がれなかった。


「でも君のビンタ、すっごく痛かった。もしかして護身術とかたしなんでる?」


 針みたいに鋭く尖った菫色の目がアレクを貫いた。


「わあ、綺麗な目。睨まないでくれるともっと素敵だと思うんだけど」


 アレクはへらりと笑った。

 女の子はへの字に曲げていた艶やかな唇を少しだけ緩めようとして、それを恥じるみたいに慌ててそっぽを向いた。それからいっそう速足になって――もはや走っている――すぐ近くの建物に駆けこんだ。

 アレクは彼女の小さな背中に手を振った。それから建物をぐるりと見渡した。とぼけた色のレンガが積まれた、大きな建物。壮大な歴史がありそうで、アレクみたいな労働者階級の貧乏人を弾き返す見えないバリアがあるみたいだった。

 それに彼女のスカートとジャケット。今更になってアレクは思い出した。あれは確か、最近共学になったばかりの名門パブリックスクールのものじゃなかったか?


「ふぅむ、つまり――ここは女子寮か」


 ここは裏門らしい。建物から出てきた鋭い目つきのババアに睨まれて、アレクはそそくさと踵を返した。

 とぼとぼと来た道を戻る。アレクの小さい脳はさっきの女の子でいっぱいだった。


「……可愛かったなぁ……」


 くるんとカールした睫毛とか。人形みたいに細い手足とか。頬なんかふっくらしていていかにも柔らかそうだったし、唇は豪邸の庭に咲いているピンクの薔薇みたいだった。目は大きくて真ん丸で宝石みたいだったし、声は――尖っていたけれど、それでも――あの声に呼ばれたら天国でも地獄でも迷わず行ってしまうだろうと思うほど美しかった。

 アレクは溜め息をついて馬鹿犬の頭を撫でる。珍しく空気を読んだ彼は、大人しくくぅんと鳴いた。




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