第10話 君だけに送るステージ
この時期の夜の公園は意外な程に冷える。
昼も公園、夜も公園。
今日は公園に縁がある日だ。
因みに愛夏と話すことは衣織にメッセージで知らせておいた。衣織からは『がんばって』と返信があった。
僕たちは、なだらかな山になっている滑り台の上に座った。
「この公園も久しぶりね」
「うん、ここで愛夏と凛とよく遊んだのは覚えてるよ」
「あれ? ユッキーは?」
「ユッキーいたっけ?」
「酷いなあ、ユッキーもいたよ」
「そっか……僕ユッキーは柔道のイメージが強くて」
「言ってたね、ユッキーに全然勝てないって」
幼馴染ならではの会話だ。
——僕たちはしばらく昔話に花を咲かせていたが、会話が途切れたタイミングで、愛夏が真剣な表情になった。
「ねえ鳴」
「うん?」
「鳴はあのまま私と付き合ってても、今みたいにギターやってたと思う?」
愛夏と別れていなければ、SNSで動画を漁ることもなかった。
「いや……それはないな」
衣織と会うこともなかっただろう。
「……そっか」
「衣織がメジャーデビューでもしてたら別かもだけど」
「窪田先輩の歌……素敵だもんね」
「うん、愛夏の前でこんなこと言うのもアレだけど、衣織の歌は僕の傷を癒してくれたよ」
「本当だ、今のはちょっと酷いよ」
「悪い」
またしばらく沈黙が続いた。
——僕は愛夏の本当の気持ちを聞いた時から伝えたいことがあった。
今の愛夏にこれを伝えるのは酷かもしれない。
でも、僕が前に進んだように愛夏にもここで立ち止まっていて欲しくない。
だから僕は愛夏に伝えることにした。
「愛夏……」
「うん?」
「今の僕が今の愛夏にこんなことを言うのは酷かもしれない」
「……うん」
「ギターを再開して、また夢を追いかけれるようになったのは、愛夏と別れたからだと思う」
「……うん」
「でも……それもでも僕はあの時」
愛夏の表情が沈んでいくのが分かったが、僕は止められなかった。
「愛夏と別れたくなかった」
愛夏の頬にひとすじの涙がつたった。
「なんで……なんでそんな事、言うのよ」
「ごめん」
愛夏が感情の堰を切ったように泣きだした。
「私が、やったことは無駄だったって言うの? 私だって色々悩んで……苦しくて……凛にも相談して……それでも鳴が好きだったから」
愛夏は僕を1番に考えてくれていた。
それはよく分かる……でも。
「愛夏……ギターだけが僕の夢じゃなかったんだよ」
「え……」
「愛夏とならギターを弾かなくても、幸せになれる。僕は本気でそう思ってた」
「なんでよ……なんで今なのよ……」
「ごめん……愛夏」
愛夏は声をあげて泣いた。
でも僕は声をかけることが出来なかった。
——「……ねえ鳴」
愛夏がやっと落ち着きを取り戻した。
「鳴は私のこと……好きだった?」
「うん、大好きだったよ」
「そっか……私……間違えちゃったな」
何も言えなかった。
気がつくと僕も涙が止まらなくなっていた。
「ねえ鳴……鳴のギター……聴かせてよ」
愛夏からアコギを手渡された。
愛夏の前でギターを抱えると胸が熱くなった。
僕は思い出した。
僕がギターを始めた理由……それは父さんに憧れたことと。
愛夏にカッコつけることだ。
僕は、ギターを弾く父さんのことが世界で1番カッコいいと思っていた。
だから、大好きだった愛夏にカッコいいところを見せたかった。
愛夏は、いつも楽しそうに僕のギターを聴いてくれていた。
僕はそれが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
僕は愛夏にはじめて聴いてもらった曲を弾いた。
「鳴……その曲って」
僕は、ギターを弾きながら頷いた。
この曲を弾いて分かった。
愛夏がギターにこだわった理由が。
ギターが上手くなるたびに忘れていった気持ち。
愛夏はずっと大切にしていてくれた。
間違えたのは愛夏じゃない。
僕だ。
やっぱり僕は愛夏に甘えて、ちゃんと向き合えていなかった。
もう、戻れない道だけど。
愛夏が大切にしてくれた気持ち……。
——今日、僕と愛夏はようやく決着をつけることが出来た。
初恋に。
初恋は実らないとよくいうが。
それは僕たちにも当てはまった。




