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触れて、ほどけて。髪飾りと夏の夜

 仄暗い灯りが揺らめいている。

 じっとしていても汗ばむ季節、食事が終われば焚き火は熱い。しかし夜の闇を払うために灯りは欲しい。そのジレンマを、彼は術で生み出した光球であっさりと解決してしまった。

 錬金術……ピアニーも少し使えるが、生命エネルギーを直接光に変える方法は未だに分からない。この旅に同行している彼の叔母も熟練した錬金術師であるが、彼女もできないと言っていたことから、彼の才能のとんでもなさが伺える。


 旅の仲間は今はそれぞれ別行動をしているから、この場には彼とピアニーの二人きりだ。

 ピアニーは彼──ラズの手元を覗き込む。


「それは、何を作っているの?」

「細工だよ。次の街で換金したくて」


 女性もののネックレスだろうか。自分の首には紐で通しただけの石を無造作に提げているだけなのに、手元のそれは緻密で精巧だ。鎖の一つ一つが微妙な曲線を型取りきらきらと美しく光っている。


「意外な特技って言われない?」

「うん。でもこれ、ただの修行の一貫なんだ」


 ラズは細工から目を離さず答える。


「小さいものを仕上げるって集中力がいるだろ。それと、光球の維持に、周囲の警戒、あと身体強化なんかも同時にやってみる」


 なるほど、戦闘中に錬金術を使えるほどに至るには、普段から息をするくらい自然に術を使えるようにならないといけないのか。才能だけでなく、常に努力をしていることにも驚かされる。

 覗き込むふりをしながら彼にもたれてみると、同じような体格とは思えないくらいびくともしなかった。時々、小さな体で大人に匹敵するパワーを見せるのは、自分の身体に術をかけていたからなのか。


(あれ、いい匂い……)


 汗まじりの、肌の香り。まだ乾燥地帯を抜けないので、身体を清めるのに使えるのは香砂くらい。もっと垢の臭いとかがしてもおかしくないはずだが、代謝が良いんだろうか。

 こうしていると、とくん、とくん、という微かな鼓動の音が聞こえて気持ちが落ち着く。

 恋人同士でもないのにこんな距離感、父が見たら激怒するかもしれない。でも、別に親兄弟でもこれくらいのスキンシップするだろう。それこそ武術の訓練なんかでは日常的だし。

 そう思いながらちらりと見ると、薄灯りに照らされる彼の横顔はすごく固くなっていた。もしかしてまずかったのだろうか。


「……重い?」

「い、いや全然?! ──たぶん、すぐ慣れるし」


 離れなくてもいいということだろうか。くっついたまま、ピアニーは内心首を傾げた。

 慣れるとは?  男友達と肩を組んだりしているのもたまに見るし、そんなに人との距離を気にするタイプには見えないが。


(もしかして、照れているのかしら)


 色恋に興味はないように振る舞っている彼は、ピアニーに対してもサバサバと色気のない反応をすることが多い。特に人前では。二人きりの時は、最近はこうして触れると固くなったり、背を向けられたりと若干の挙動不審を見せることがある。それが、ピアニーのことを女の子として見てくれている証のように感じて、なんとなく可愛く思ってしまう。

 ──彼が異性を特別に思うのであれば、その相手は自分であって欲しい。

 浅はかな願いだ。今は爵位を失って平民になったとしても、おそらくずっと一緒にはいられない。彼はこの先もあちこち危険な場所に赴いては困難な問題に立ち向かうんだろう。だけど、ピアニーは生まれ育った領に報いたい。今回は都合をつけてくっついて来たが、いずれ自領に戻るつもりだ。


 体重を預けたまま、ピアニーはぽつりとこぼした。


「……私も、アクセサリーが欲しい」

「…………どんなのがいい?」


 少し間があったあと、ラズから問いが返ってきた。

 ピアニーの持っていた装飾品は、先の動乱で屋敷と共に燃えてしまった。今持っているのは彼からもらった左小指の指輪くらいだ。旅の荷物が増えるのは困ると思って新しく買ったりもしていない。


「髪紐とか」

「あー、なるほど。分かった」


 彼は仕上がった首飾りを皮袋にしまってから、立ち上がる。そして近くの低木の皮を数枚剥いで、足元の青い実を何個か千切った後、元の位置に座り直した。


「木の皮って……どうなるの」

「まあ、見てて」


 ラズの手の中で、それらはどろりと溶けて黒く澱んだ。もう片方の手の指先をその液体につけ、そっと引くと五本の指に群青の糸状のものがついてきた。

 難しい錬成らしく、彼は眉根を寄せて手の中を睨む。


「……ッ」


 群青の糸は縦横に組み上がり、ひとりでに布になっていく。リボンというには少し幅が広いようだが。

 出来上がった布を膝に置いてから、彼はもう一度木の皮を溶かした黒い液体に指先をつけた。今度はバチバチ、と静電気のような音と小さな閃光が瞬いた後、今度はつまむようにゆっくりと何かを取り出す。


「何、それ」

「へへっ。これはゴムだよ」


 彼は得意げに笑った。乾燥地帯育ちのピアニーには、ゴムとは何か分からなかったが、とにかく彼が難しいことを達成して喜んでいることは分かった。


「あー、でもここからどうしよっかなぁ」

「?」

「こう、布の中にゴムを通して留めたいんだけど、裁縫系は苦手なんだ」

「だったらどうしてこの形にしようと思ったの?」

「金属飾りだと重いし髪に絡みつくだろ? 宝石系だと平民に見えなくて目立つし。かといってリボンだとすぐ取れる」

「髪が長い人の苦労をよく分かってる口ぶりね」

「まあ……去年までは君と同じくらいの長さだったから」

「ええっ?!」


 正直驚いてしまった。今のラズは首にかからないくらいのすっきりとした髪の長さで、ほうぼうにツンツンと跳ねて明るい印象だが、長いとどうなるんだろう。

 彼は左耳につけた象牙質のカフスを指差しながら笑った。


「これと似たようなのでしっかり留めてたんだよ。一回留めるとなかなか解けないように。でないと母様に毎日おもちゃにされてさ」


 ラズは目がぱっちりしていて可愛らしい顔立ちだから、母君はさぞ可愛がっていたんだろう。

 亡き母を語る彼の表情は暗くない。


「髪が長いあなたも見てみたいわ。短いのも似合っているけれど」

「……うん、僕もこっちの方が楽で気に入ってる。女の子に間違われることもないしね」


 ──やっぱり。まあ、今は声変わりもしているし、伸ばしても間違われないだろうが。

 顔を見合わせて笑ってから、ピアニーはラズの膝の上の群青の布きれを指さした。


「……ねえ、それ、仕上げは自分でやるわ。お裁縫は得意だから」

「えっ、なんかごめん」

「全然。早く仕上げて付けてみたくて」

「──……」


 とても楽しみだ。そう思うと自然に笑みが溢れる。

 気がつくと、いつのまにかこちらを見る彼の目が点になっていた。


「ラズ?」

「……え、あ、うん! 似合うよ、きっと」


 彼は早口で言い切ってから、暑そうに手で顔を仰いだ。

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