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かっこいい所の後に弱い所を見せられると余計にほっとけない

四章三話Day3から一週間後のエピソードです。

「第二部隊は地下を! 第一部隊は私に続きなさい!!」

「了解、嬢!」


 朗々とした声が廻廊に響く。高く澄んで、威厳に満ちたその声に、兵士たちは微塵も惑うことなく、統率のとれた動きで指示通り動く。

 鉱山都市における、武装組織の残党狩り──それが、今回の作戦の主旨だ。

 鉱山都市の憲兵をまとめているのは政敵の手先であるため、本来ならこういったガサ入れを自由にすることはできない。だからピアニーは、私兵を使ってこれを実行することにした。表向きには、一般市民同士の抗争だ。憲兵は中立の立場で止めに来るはずだが、何人かの内通者に働きかけたから、到着はここを陥落させた後になる手筈だ。

 男性に見紛う精悍な鎧に身を包み、抜き身のレイピアを右手に先陣を切る姿は、数ヶ月前まで深窓の令嬢だったなど誰も信じまい。

 後ろを足早についてくる金髪の騎士が苦笑いした。


「いやはや、嬢には恐れ入るなぁ」

「怪我が治っていないのだから、無理しなくていいのよ、リゼル様」


 彼は父方の従兄(いとこ)で、父に次ぐ剣士……であるが、半月前の動乱で脇腹に銃弾を受け、今も完治していない。とはいえ大事に至らなかったのは、その場に不思議の技──錬金術を使う者が居合わせたからだろう。

 抵抗する暴漢を一刀に斬り伏せ、廻廊を進むと、少し先の階段に、黒ずくめのフードを目深に被った少年が腰掛けているのが見えた。何段か上には犬面を被った女性が立っている。

 少年はフードの下でにっと笑う。


「上の階は片付けたよ」

「さすが……早いのね」

術とか使えない(ふつうの)人ばっかりだったからね」


 同行した犬面の女性は戦うことはあまりないから、上階にいた五十は下らない全ての人間を、彼一人で鎮圧したということだろう。

 彼はいつぞやと違って疲れた様子は全くない。鉱山都市が建立するここ荒野という地域であれば、彼は何の制約もなくその力をふるえるからだ。──その名はラズ。ピアニーと同い年で、この鉱山都市……ひいては領とあまりいい関係にない『隣国』の、おそらく最強のカード。国の代表として交渉ごともこなすし、今回のような場においては単独で一個師団に匹敵する戦果を生み出す。


「あとは、この奥の詰所の組長代理だけらしいね」

「いいわ。任せて」


 半月前の動乱で、ピアニーは政敵に敗れた形で領から離反した。以来今は彼と同じ『隣国』に身を置き、元々配下だった憲兵隊や青年団に指示を出しながら、市民に害なす者たちをこうして陰ながら粛清している。


 階段の前を通り抜けた先のロビーに、強面の男たちが武器を構えて待ち構えている。

 後ろから付いてきた騎士が顔を引き攣らせた。


「うげっ……全員銃か」

「見切れるでしょうね、リゼル様」

「まあ──やるだけやりますよ」


 銃口の向きを観察すれば避けるくらいはできる。弾込めに数秒はかかるから、その間に倒せばいい話だ。──ちなみに、ラズなら銃弾を斬ることができるらしい。どんな動体視力だ。




 剣に付着した返り血を拭って階段に戻ると、彼は少し顔を翳らせた。


「……どうしたの?」


 問いかけると、彼は躊躇(ためら)うように一度目を逸らしてから立ち上がる。


「あー……僕は血が、駄目なんだ」

「……! そうだったの」


 ピアニーの鎧にはあちこちに血痕がついている。大怪我を負わせるつもりはなくとも、手足の自由を剣で奪ったら返り血がついてしまう。

 一方ラズはおそらく錬金術による電撃を使って戦っていたんだろう。彼は故國を喪って以来殺しをしない主義だと聞いたが、血が駄目だというのも関係あるのだろうか。


「……ごめんなさい、それなのに付き合わせて」


 目が合う。まだ、ピアニーの方が指先分くらい身長が高い。

 彼は苦笑した。


「今更何言ってんだよ。必要なら戦うよ、この先だって」


 その表情は、同い年とは思えないくらい大人びて見えた。




 † † †




 正規の憲兵が集まるより早くその場を後にし、街外れの塀にもたれて待つこと数分。

 足音に顔を上げたラズは、首を傾げた。


「……あれ、リゼルさん」

「嬢は、部下(アイビス)と話すからもう少し待ってくれってよ」


 それで憲兵隊随一の戦士を伝言役(パシリ)に使うのか。いつもながらピアニーには恐れ入る。まあ、彼がラズと仲がいいことを見越しているのだろうが。

 ヒラヒラと手を振りながら近づいてきた彼としばらく雑談に興じていると、リゼルは急に声を潜めた。


「おい、ちょっといいか」

「何?」


 待ち合わせ場所にいた他の仲間に聞こえないように、耳打ちしてくる。


「お前、嬢ともうデキてんの?」


 ごふっ


 思わず咳き込むラズを、リゼルは面白そうに見下ろした。


「なっ、なっ……ないよ!!」

「ほおお、一つ屋根の下に住んでて進展なし? それはそれで心配だなぁお兄さんわ」

「教会の貸し部屋だよっ!! 皆いるのに、カーテンで仕切ってるだけの部屋でヘンなことできる訳……ごほんっ」


 ──しまった喋り過ぎた。

 赤面してしまったのを誤魔化すように、ニヤニヤ笑うリゼルの脇腹を軽くグーで殴る。


「そもそも別にそういうんじゃないしっ!」

「ゔっ、おま、それ反則……」


 包帯の巻かれた脇腹を押さえて、リゼルが身を捩った。


「そっちがからかうのが悪い」


 ふん、と生意気に鼻を鳴らし──でもちょっと申し訳なくなって、殴った場所に手をかざす。……錬金術での治療。痛みの軽減と、炎症を起こしている組織の沈静化、潜り込んだ菌の除去──一足飛(いっそくと)びに治したりは出来ないが、自然治癒の足しにはなるだろう。

 痛みが引いたことに、リゼルは目を丸くした。


「……おお。それが例の錬金術の治療か。お前くらいの術師しかできないっつー」

「リン姉が言った? まあ……そうなるのかな」


 言わば他人の体内にメスをぶすっと入れていじくり回すのと同じ術式だ。叔母リンドウもできるはずだが失敗したら嫌だとなかなかやりたがらず、薬剤を使った治療を好む。


「東にはお前みたいな奴がたくさんいるのか?」

「どうかな……? そんなにいないと思う」


 故國の錬金術は大国より優れている、という位置付けだった筈だ。その中でラズは、十歳の時点で飛び抜けた使い手だと評された。知識面では叔母に敵わないが、術を行使するのに必要な生命力の総量や、他者の術の制御を奪う支配力、電子レベルでの物質操作、エネルギー変換、複数の種類の術の並行行使、効果範囲……どの面でもラズの方が上回っている。


「でも、ピアニーの潜在能力はすごいと思うな」

「へええ、嬢が」


 彼女の生命力の総量は多分ラズより多い。錬金術師の生命維持に不可欠な輝石(きせき)を持っていないのに、十年以上生きていられたのは、流出するより回復する量が上回っていたからではないだろうか。輝石(きせき)を持つようになってからは今までの病弱が嘘のように元気に動き回っている。


「それに……いや、なんでもない」

「?」


 リゼルに言っても仕方ないことだ。

 あの日──武装組織の組長からピアニーを助けようとしたとき、彼女が見せたある才能。未だにそれについて話をできていないが、彼女自身は気づいているんだろうか。


(…………あの時)


 ラズは夢中だった。危険な術を使おうとした組長との間に割り込んで彼女の肩を押し、……背中に腕を回して抱き止めた。下手をすると、一緒に死んでしまうところだった。死なないと、師匠と約束したのに。他の誰かだったら、ラズはあんな風に動いたんだろうか。


(……分からない)


 そのことに、とてもモヤモヤする。

 他人じゃない。しかし、たった四回会っただけの友人。友達だと言われ、友達だと言った。共に剣を持って敵と戦い、涙を流す彼女の背中を撫でた。疲労困憊していたとき、ありがとうと手を握ってくれた。皆を敵に回すようなことをしてしまったのに、彼女だけは味方でいてくれた。こうやって皆が囃すような気持ちを抱く理由を挙げ連ねることもできるが、だからなんだ、とも思う。


(それに、今だけかもしれないだろ)


 一時的に仲が良くなっただけかもしれない。そういうのなら、過去に何度か経験がある。最初だけテンションがあってすごく仲良くなって、でもすぐ冷めるのだ。


「……おーい。聞いてるか、思春期少年」


 不意に、リゼルに肩を叩かれた。慌てて思考を引き戻す。


「何だよ、その呼び方」

「言いかけて考え込んで、勝手に照れて、そんでなんか思い詰めた顔してたぜ?」

「…………まじで?」

「マジで」


 ラズは無表情に息を吐いた。──すごく恥ずかしいので次は絶対気をつけよう。

 リゼルは半分呆れたように笑ってから、人差し指を立てた。


「そうだ、良いこと教えてやるよ」

「?」

「嬢は来週、誕生日だぜ。十二歳の」

「へ……へええ?」


 ──良いこと? いや友達なんだから、祝ってあげるのが当たり前だよな、うん。

 ラズはまだだが、十二歳の誕生日は成人の儀式をする大事な日だ。彼女は気を遣うなと言うかもしれないが、帰ったらみんなに伝えてお祝いの準備をしよう。

 引き攣った笑顔で礼を言うラズを、リゼルは面白そうに見ながらさらに追い討ちをかける。


「叔父貴に認めてもらうチャンスだぞ」

「その話はいいだろッ、もう!!」

「うぐっ」


 グーパンがきれいにみぞおちに入り、こいつは照れると手が出るんだなぁ、と微笑ましく思いながら悶絶するリゼルであった。

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