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育児の大変さを知ると中途半端な恋はできなくなる(side.ラズ)

 小さな木造のテーブルに所狭しと並べられているのは、干されてカラカラになったさまざまな種類の薬草だ。


「……無理だって。別の方法を考えようよ、リン姉」

「あんたそれでも錬金術師? 脂質の錬成くらいできるでしょ」

「木の実から抽出するのは限界があるし、化学式が分かったところで大量に作れるほど体力がないよ、さすがに」


 だいたい問題は脂質の話だけではないのだ。

 口の中でぶつぶつ言いながら考え込むリンドウを、なんとか現実に戻そうと声をかける。


「必須脂肪酸は昼間捌いた肉から抽出できるか──、あ、なら脂質も動物性でいけるかな……」

「おーい。そもそも糖分の配合とか、バランスがいろいろあるんだろ。分かってんの?」

「だからあんた自分で<理解>しなって言ってんのに、恥ずかしがっちゃって」

「うっ……それは、だって」


 叔母リンドウの手元のハンカチのシミを一瞥してラズは苦笑いした。彼女は医師ということもあってそういうことに頓着しないらしいが、ラズの感覚では直視に耐えない。だってあれはその……いややっぱり考えるのはやめておこう。

 そこは宿の一室で、男性陣用に取ってある方の部屋だ。今ラズ以外の二人は外に出ている。

 返答に窮している間に、コンコン、とノックの音がした。

 そして、おずおずと一人の女性が顔を出す。今護衛している商人の妻……腕には生後ひと月ほどの赤子を抱いている。えぐえぐと泣く声は辛そうだ。二十歳にならない年齢だそうだが、目の下には濃い疲労を物語る(くま)ができていた。


「リンドウさん、やっぱり足りないみたいで……」

「うーん、ヤギ乳でもあればましなんだけどね」

「僕、もっかい果汁もらってくるよ」

「こらラズ! 逃げんの?」


 商人の妻……サンドラの後に続いて部屋を出ようとしたところで首根っこを掴まれる。


「ぐえっ。嫌なものは嫌だって! 最初から言ってるだろ!」

「あんた最近冷たくない? 反抗期?」

「思春期だよっ!」


 商人の妻は「変な会話……」と苦笑いしている。

 リンドウは「もうっ!」と頭を振ってラズの眉間に指を突きつけた。


「これは恥ずかしいとかそういう問題じゃないよ。赤ちゃんの命がかかってんの。それに事例を作れればほかに困っている人だって助けられるんだから。あんたの力は必要なの」

「…………」


 リンドウの言うことは間違っていない。商人の妻はストレスで母乳の出が悪くなっており、お腹を空かせた赤子はより一層機嫌が悪いのだ。

 宿で代わりになるものをもらえないかと交渉したがあいにく小さな宿場町ではそれがなく、都に着くまでは砂糖や果汁で凌ぐしかないという現状。それでは生後間もない赤子が必要とする栄養分が不足するし、胃腸にもよろしくない。だから、リンドウが錬成して(つくって)みようと言い出したのだ。

 人助け、命がかかっていると言われれば自身の感じる抵抗感がいかに矮小か思い知らされる。

 ラズは小さくため息をついた。


「────分かったよ」




 十分後。

 錬成した磁器製の哺乳瓶に夢中でしゃぶりつく赤子に、リンドウは満足げな顔で微笑んだ。商人の妻は女性陣の部屋に戻って休んでいる。


「やればできる子だねえ、やっぱり」

「……さっき僕がしたこと、皆には」

「言わないって。この子の母親(サンドラ)は分からないけど」


 やはり後で口止めしなければ、とラズは頭を抱えたがリンドウは気に留めた様子はない。

 ミルクを飲み終えた赤子を高い位置に抱き直して背中をさすり、彼女はうっとりと呟く。


「可愛い……私も欲しかったなぁ、子ども」


 未だに機会を探して熱烈にアピールしている仲間の青年……シャルグリートが聞いたら飛びつきそうな発言だ。

 赤子の喉がけふ、と音を立てた。可愛いとは思うが、自分の子どもという発想は飛躍し過ぎて想像が追いつかない。


「……なんで過去形?」

「そりゃ、もうこんな歳になったら難産になりやすいし、貰い手なんてそうないよ。でも、サンドラの幸せそうな顔見てたらね」


 リンドウは今年二十九歳だったはずだ。男なら普通に結婚適齢期の範囲だが、女の場合はリンドウの言う通り難しい目で見られるのが一般的だ。

 しかしリンドウは艶やかな黒髪に長いまつ毛に彩られた吊り目美人で、年齢を感じさせない。現に仲間の竜人をはじめ、いく先々で男性が彼女に見惚れている。引く手数多(あまた)だと思うのだが。


「やっぱり、シャルはダメなんだ」

「うーん……あんたから見て、シャルグリートってどんな奴?」

「え、そうだなぁ……」


 ラズは少し考え込む。男友達が、親しくなった女性をどう扱うかなど予想がつかない。ラズから見たシャルグリート、ということでいいなら。


「仲間想いで、もし裏切られてもそう簡単に見限らない。それに嫌なことがあっても翌日にはケロッとしてるし頭悪そうに振る舞ってるけど、本当はそうでもないところが結構頼りになる」

「……それを聞いても『素敵』ってちっとも思わないのがダメってことなんだろうね」

「はは……シャルも結構もてるから、これまで通り適当にかわしてたらいいと思うよ」


 友人の恋は応援したいところだがラズにとっては叔母の気持ちが優先だ。シャルグリートは人間の女性には爪弾きにされるが、弱肉強食の竜人カーストの中だと言い寄る女性が一人や二人でないことも知っている。


「困るようならいつでも言ってくれたらいいから。それより、いい人見つかるといいね」

「…………そうだね。あんたも、なんか困ったら相談しなよ」

「だーいじょうぶだよ。ありがとう、リン姉」


 朗らかに笑い返す。──そう、何も困っていない。……ただ少し、気になっていることはあるが。


(ただ、リン姉に相談するのはなぁ……)


 どうしても気恥ずかしい。父親……もしくは、師匠(レノ)がいてくれたらよかったのに。


(ないものねだりだ)


 ──あるいは、幼馴染……ファナ=ノアになら話せるかもしれない。

 

 旅の仲間たちが階段を上がってくる音を聞きながら、今度会ったら相談してみよう、とラズは思った。

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