幼馴染への恋心は、クリームパンのように甘く
「あ〜ん! ……ん〜! おいしい〜♡」
「おいおい……もう三個目だぞ……」
「いいの〜! おいしいものはいくら食べても大丈夫なの!」
俺――高山隆二は今、同い年の幼馴染である天井桃子と二人で公園のベンチに座っている。
制服姿の桃子は、三個目のクリームパンをじっくり味わいながら食べていた。
いつも茶色の髪を揺らしながら、元気いっぱいの桃子。
そんな桃子の好物、それがクリームパンだ。
俺は、高校の帰りに、桃子の付き添いでいつものパン屋でクリームパンを買いに行き、今こうして桃子が買ってきたパンを平らげている様子を見ているわけだ。
「ふぅ……三個目ごちそうさまっ♡」
どうやら桃子は、三個目を食べ終わったようだ。
「おい、口元にクリームついてるぞ」
「いいの〜最後の四個目食べ終わってからで〜」
「まだ食う気かよ……」
桃子は、口元にカスタードクリームがついているのをよそに、四個目のクリームパンに手をつけようとしている。
相変わらずの、クリームパンジャンキーだな……なんて思いながら、俺は桃子の様子を見ていた。
「あむっ……んー♡」
おいしそうに、そして幸せそうにクリームパンを頬張る桃子。
……かわいい。
……ハッ!? いやいや何を考えてるんだ俺はッ!?
いや、確かに桃子は見た目的にはかわいいし……って、そうじゃなくて!
なんで桃子を見て、唐突にそう思ってしまったんだってことだ!
いつも幼馴染として、何気なく普通に過ごしてきて……!
……いや、果たしてそうか……? よくよく考えたら、最近桃子といると、何だか俺、おかしくなってないか……?
「……隆ちゃん?」
……ハッ!? し、しまった! 桃子に感づかれてしまったか!?
「ハ、ハハハ、どうしましたか桃子さん?」
「……隆ちゃん、なんか変」
やべえ、いつの間に桃子に表情を見られてしまったか……! い、一旦落ち着かないと……!
「お、俺は大丈夫だから安心しろ! ほら、さっさと食え! な!」
「……ふーん。変なの」
そう言って、桃子は再びクリームパンを口にする。
……何なんだろう。桃子に対する、この気持ち。
早くはっきりさせなくちゃ。
そう思いながら、俺は桃子が食べ終わるまで様子を見ていた。
◆
「ん〜♡ おいしい〜!」
後日。俺はまた、桃子の付き添いでパン屋にクリームパンを買いに行き、この前と同じように二人で公園のベンチで座り、桃子がクリームパンを食べている様子を見ていた。
しかし、今回はただ桃子の様子を見ているわけではない。
クリームパンを食べている桃子を見た時に感じた違和感――それが何なのかを明らかにするため、もう一度同じ状況で桃子を見てみることにしたのだ。
「あむっ……ふふっ♪」
クリームパンをおいしそうに、そして楽しそうに食べている桃子。
その姿は……とても、かわいく見えた。
思わず見とれてしまいそうなくらい、クリームパンを食べている時の桃子は、魅力的に見えるのだ。
何なんだろう、この感じ――。
「……むー。隆ちゃん、何じろじろ見てんのさ。何だか食べづらいじゃん」
「……ハッ!? す、すまん!」
しまった……! さすがに見すぎてしまったか……!
しかし、これでこの前の違和感が気のせいじゃなかったのが分かってよかった。
それなら、次にこの気持ちが一体何なのか、考えてみるとするか……。
「さ~て、二個目! いただきまーすっ」
今日一個目のクリームパンを食べ終えた桃子は、早々と二個目に手をつけ始めた。
二個目もおいしそうに頬張っていく桃子。
……うっ!
……何なんだ? この胸がきゅうと締め付けられるような感覚は……?
ただ単にクリームパンを食べてるだけだぞ……? それを見るだけで、普通こんな感覚になるのか?
……いや、本当にこの感情は一体何なんだ……?
……桃子がかわいく見える?
桃子に見とれてしまいそうになる?
桃子を見て胸が締め付けられるほど、愛おしく思ってしまう?
……まさか俺は、桃子に恋を――そんなことを思っていた時だった。
――ポツリ、ポツリ。
……え? あ、雨?
「ん……? あっ! 隆ちゃん、大変! 雨降ってきちゃった! えー、今日天気予報晴れだったのにー」
雨に気づいた桃子が、残念そうに俺に話しかけてくる。
「しょうがない、どこか雨宿りできるところを探そう」
「で、でもまだ二個目……」
「んなこと言ってる場合かっ。さっさとクリームパンしまって行くぞ」
そんな会話をしながら、俺たちは雨宿りの場所を探すのだった。
◆
「近くにバス停あってよかったねー!」
「ほんとにな……」
あの後、なんとか俺たちは、運良く屋根のあるバス停を見つけ、そこで雨宿りをしていた。
俺たちがバス停に着いた途端、さらに雨脚が強まってしまった。バス停には俺と桃子の二人だけ。この分だと、しばらく誰も来ないだろう。
ふと、桃子の様子を見ている。桃子はただ、ガラス越しに見える雨模様を見ているだけだった。
「どうした? クリームパン食べないのか?」
俺は桃子に問いかける。
「……雨、強いねぇ」
桃子は、俺の方を見ず、ただ雨を見ながら言葉を口にする。
「どうしたんだ? 急に」
「あ、別に変なことじゃないよ? ただ……小さかった頃のことを思い出して、ね」
「……ああ、あの時のことか。そういえば、今と同じ状況……だったな」
俺たちがまだ小さかった頃。大雨の中、俺と桃子は、今と同じような屋根のあるバス停で、二人きりで残されていた。
あの時、怖がって泣いていた桃子を慰めようと、俺は――。
「――あっ!」
「わわっ!? どうしたの隆ちゃん!? びっくりしちゃったよ!」
「す、すまん桃子!」
俺は思い出した。あの小さかった頃のことを。
そして、思いついた。その思い出が――今まで感じていた違和感に、つながっているかもしれないと。
「も、桃子! 今ここで、クリームパンを食べてくれないか!?」
俺は、桃子にそうお願いした。
「ええっ!? 本当にどうしちゃったの急に!?」
「い、いいから!」
「う、うん……!」
桃子は困惑しながらも、クリームパンを手に取り、口にする。
――やっぱりか。
◆
『ほら、桃子。このクリームパン分けてやるからさ、元気出せよ』
『ううっ……ぐすっ……りゅうちゃぁん……!』
『ほら……さあ、食え!』
『ぐすっ……はむっ……んん……!』
『……どうだ?』
『……おいしい……!』
『な! 元気出たろ?』
◆
あの時、俺はかばんの中からおやつのクリームパンを取り出して、桃子にあげたんだ。
俺は嬉しかったんだ。桃子が、俺が渡したクリームパンを食べて、喜んだ姿を。
そして、気づいたんだ。桃子が笑顔でクリームパンを食べる姿を見て、あの時の桃子を重ねていたことを。
そんな桃子の姿を、俺は愛おしく思っていたことを。
そんなことを思っていたら――桃子が、涙を流していた。
「も、桃子!?」
「あ……え、えへへっ、ごめんね。ちょっと思い出しちゃった」
桃子は涙を拭きながら、ふふっと笑みを浮かべる。
「私、あの時がきっかけでクリームパンが大好きになったんだ。そして……気づいちゃった。無意識にクリームパンを……隆ちゃんのそばで、食べたくなっていたことに。それでね、隆ちゃんのそばで食べてるとね、なんだか嬉しくなって……あったかい気持ちになって……安心するんだ……」
「も、桃子……」
桃子の言葉を聞いた瞬間、俺は胸のあたりが急に熱くなるのを感じた。
そして、思わず口にしてしまったんだ。
「……桃子、好きだ」
あの時からずっと、俺にとって桃子は大切な存在だった。
「……ぐすっ……えへへっ、私もすきだよ、隆ちゃん」
それは、桃子も同じようだった。
俺と桃子は抱き合い、お互いの顔を見る。
桃子は、目に涙を浮かべながら、笑っていた。
そして――俺たちは、唇を重ね合わせた。
初めてのキスは、甘いカスタードクリームの味がした。
◆
「あ〜ん! ……ん〜! おいしい〜♡」
「……これで六個目なんだが?」
「いいの〜! おいしいものはいくら食べても大丈夫なの!」
「またいつもと同じこと言ってるな……」
後日。俺はまた、桃子と公園のベンチで座っていた。もちろん、桃子の手にはクリームパン。
……すでに六個目だ。
「本当によくそんなに食えるな……」
「えへへっ」
桃子は笑顔を見せる。
さすがにあんな数のクリームパンを食べてることに関しては呆れているが……クリームパンをおいしそうに食べる桃子の姿を見ることに関しては、幸せだ。
と、そんなことを考えていた時だった。
「あ、そうだ。え……と。りゅ、隆ちゃん……あのね……?」
「ん? どうした?」
急に桃子が、顔を赤くして、もじもじしながら俺にお願いする。
「……口を……あーん、して……?」
そう言いながら、桃子が手にしているのは――桃子の食べかけの、クリームパン。
「――っ!? ……お、おう……あーんっ……」
俺が口を開けると、桃子は俺に食べさせた。
桃子の食べかけのクリームパンを。
――あの時のキスのような、甘くておいしい味がした。