坂倉の覚悟 -前編-
坂倉隆平は漫画を読んでいた。いつもなら、ストレスに満ちた彼にとっての数少ない安息となるはずの時間だったが、今日ばかりは違った。要求を受け入れたことで、おそらく交渉は成立したと思われるが、それでも脅されたという事実、そして自分の決定的弱みを握られているという事実が彼を苦しめたのだ。初めてラムネ菓子を盗み取ったあの日から、いつかこうなるのではないかと思っていたが、まさか、それがこんな形で訪れようとは思いもしなかった。
あの、間抜けの比山に脅されるなど誰が予想できるだろう。自分が非日常に陥り悩んでいることもつゆ知らず、家族は下で金曜ロードショーを楽しんでいた。明日明後日はみんなで連れ立ってキャンプへ出かける。キャンプという気分ではなかったが、少なくとも今はこの町から離れていたかった。それに僅かばかりは気晴らしにもなるだろうと期待もしていた。
「隆平、何か悩みでもあるのか?」
テントを張って、晩飯を食べ終えたあとで父さんが俺に聞いた。悩みはあるが、言えるはずもない。
「うーん。特にはないよ」
父さんは椅子に腰掛けて、コーヒーを飲みながら言った。
「悩みがないのが一番だ。だけど、お前も大人になったら悩みと無縁ではいられない」
「そんなときは一人で抱え込まず、お父さんに言いなさい」
俺は父さんの話に耳を傾けながら、空を見上げた。
「内容によっては叱るかもしれない、怒鳴るかもしれない。だけど、お前を見捨てたりはしないし、最後までお父さんはお前の味方でいるよ」
ここは地上が真っ暗で、その分、空が明るかった。あの町では見られないような美しい光景がここにはあった。星の美しさと相まって、父さんの言葉が響いた。万引きのことを話すべきではないのか?恐怖心からいじめに加担していることを話すべきではないのか?
両親はきっと怒鳴る。俺をひっぱたくかもしれない。けれど、先ほど父さんが言ったように、二人は俺の味方だ。これだけは間違いがない。空に流れ星が落ちるのを見たとき、俺は覚悟を決めた。
「父さん、話があるんだ」