パノラマの星座
第二国道のバイパス線は、
南北をSの字の形で走っている。
夏場、その東に広がる海岸には、
海の家が建ち並び、
海水浴客で渋滞していたこの道も、
潮風に冷気が混じり出した今は、
昼間ほとんど車が通らず、
専ら、夜間にトラックが走る道と
なっていた。
バイパスの、南の入り口にある
マリンブルーは、
夕方の五時から深夜にかけて、
店を開けていた。
たいてい、七時頃までには、
ドライバー達が、休憩や食事をしに、
やって来るので、昼間、閉めていても、
店はけっこう繁盛していた。
涼子は、叔父が営むマリンブルーで、
アルバイトをやりだしてひと月になる。
それまで涼子は、電車で二駅北にある
信用金庫で働いていた。
先輩の女性課長が結婚退職し、
繰り上がりで窓口の主任になったが、
色々と苦情を引き受けなければならない
その役は、涼子には荷が重たく、
叔父の店を手伝うという理由で、
ひと月前に退職したのだった。
それに、涼子にはマリンブルーで、
料理を運びたい理由があった。
それは、隣町の運送会社に勤務する篤が、
ほとんど毎日、
マリンブルーに食事に来るからだ。
涼子は、短大に通っているころから
篤と付き合っていた。
友人の友人という関係からだが、
もう四年になる。
付き合ってほしいといったのは、
涼子だった。
物怖じしない涼子が始めて味わった
一目ぼれだった。
崎山篤は、
すっきりした目鼻立ちとは裏腹に、
ぶっきらぼうな話し方をするが、
友人の難儀を一本気に手助けする、
心根の優しい男だ。
付き合い始めて半年たった頃、
篤の父親が、
脳梗塞で倒れたことがあった。
今は、元気に通院しているが、
篤は、通っていた工業大学を
辞めなければならなくなった。
篤は入院費用を稼ぐんだと言って、
トラックの運転を習い始めた。
それからだとまだ、二年足らずだが
今では、評判の優良ドライバーだ。
父親には、先週、紹介された。
涼子は篤の一生懸命さが好きだった。
台風が来ているという夕方のニュースが、
店の壁面に据えられたテレビから
流れている。
涼子はテーブルの上を拭き、
お茶葉をサーバーに入れ、
叔父が作る料理を、一人前ずつ皿に盛って、
カウンター前のショーケースに
並べていた。
サバの塩焼きと肉じゃがは、
篤の好物なので、大きな切り身と大盛を、
目立たないよう別の棚に置いおく。
後一時間もしないうちに、篤は店にやって来る。
たまに、遅い時もあるが、
大抵、一番か二番に駆け込んで来るはずだった。
涼子は店の前の立て看板に灯りを点けようと、
表に出た。
あっ・・・思わず口にでるぐらいに、
風が強くなっている。
海に目をやると、うねりも高くなっていた。
夏に海の家が並ぶあたりまで、
波が押し寄せて来ている。
「この分だと、今日はあまりお客さんは
来ないかもね・・・」
涼子はふと、降り出しそうな空を見上げ、
手の平を顔の前に出した。
結わえられた髪が、風に揺れている。
「ねえ、涼子ちゃん、
たぶん、お客さんは少ないと思うから、
今日は準備だけでいいよ。
雨が降り出したら、バイパス、
路面が光って危ないし、早めにお帰り」
店の中から調理服を着た叔父が
顔を出して言った。
「うーん、アルトだと危ないから、
その時は、電車で帰ります……」
涼子はすぐに帰るとは言わなかった。
帰るにしても、篤に会ってからにしたかった。
何しろ、今日会わなかったら、
来週まで、篤には会えないのだ。
バイパスを北に向かって走る時は、
大抵、遠方になると篤は言っていた。
だから、篤には会っておきたかった。
雨はまだ降りそうに無かった。
しかし、重そうな黒い雲が、
海の方から膨れ上がってきていて、
涼子の目には、恐ろしい魔物のように見えた。
その魔物の下、国道から、駐車場に、
トラックが一台、入ってくるのが見えた。
篤のトラックではなかったが、
お客様にはちがいない。
涼子は店の中に入って出迎えることにした。
それから店は、叔父の予想に反して、
いつも通りのお客さんがやって来た。
涼子は持ち前の明るさで、
何組かの運転手やその助手らを迎え、
元気付けては送り出していった。
「お皿が、一、二、三、お椀が二つ、
後、お弁当が二つでしたよね。
えっと、全部で三千五百円になります。
はい、五千円お預りしまーす。
はい、千五百円のお返しです。
どうもありがとうございました。
お気をつけて、行ってらっしゃいませ。
あっ、いらっしゃいませ。
どうぞ、奥の方、空いてますよ」
涼子の涼しい声が店内に響く。
「涼子ちゃん、助かったよ。
台風もこっちには
すぐ来ないみたいだし、
思ったより、お客さんが多くてさ。
あのまま、一人になってたら、
てんてこ舞いになっちまうところだったよ」
叔父は忙しく動きながら、
涼子に声を掛けた。
涼子は叔父の言葉にも、そうですよねと
笑顔で応え、運転手達にも忘れずに、
愛想を振りまいていた。
ただ、肝心の篤が来ていないことに
涼子は、内心、苛立っていた。
いつもなら、もうとっくに来ているのに、
壁の時計は九時になろうとしているのに、
まだ来ていない。まだ来ていない、まだ……
「叔父さん、
そろそろ九時になるんですけど……」
涼子が調理場に戻った叔父に
カウンターから、声を掛けた。
「ああ、涼子ちゃん、帰らないといけないね。
もう少ししたら、かみさんが来るから、
上がってもらっていいよ……ありがとうな」
叔父は、台風のことを気にかけ、
早く帰るように言った事を思い出し、
涼子に上がるよう、言った。
「いえ……叔父さん、
もう少しやってていいですか?」
「どうしたんだ?
雨が降り出す前に帰ったほうが
いいんじゃないか?
俺なら大丈夫だよ。
料理は出来てるし、飯は炊けているし、
いざとなったら、
お客さんたちが運んでくれるしね」
「……うん、でも叔父さん、
もう少しやらせて」
「ん、どうしたんだ?」
叔父が調理場の奥から、
カウンターの方に出てきた。
「あの、まだ、来てなくて……崎山……さん」
「サキヤマ……ああ、涼子ちゃんの彼氏か」
「しーっ、叔父さん、他のお客さんが」
「ああ、ごめんごめん、涼子ちゃんの彼氏だろ?」
叔父は、カウンター越しに顔を近づけ、
小声で言った。
「うん、前にちょこっとだけ紹介したでしょ。
彼、隣町の運送屋さんで、運転手してて、
出発の日は、ここで夕飯食べてたんだけど、
今日、来るはずがまだ来てないんです」
「ふーん、そうなのか。それで、もう少し
ここにいたいってことなんだな?
ははははっ、いいよいいよ、
もし、雨が降り出したら俺が送ってってやるよ
崎山さんか……うん、もう来るだろうから、
涼子ちゃん今のうちに晩飯食って、
奥で待っててもいいぞ」
叔父の声が再び大きくなったが、
お客さんたちは、テレビのニュースを見ていて、
二人の会話を聞いている様子は無かった。
「続いて、台風情報をお知らせします。
大型で強い勢力を保っている台風十八号は、
父島の西海上を、
時速、五十キロのゆっくりとしたスピードで
北北東に進んでおり、
東側半径、二百キロでは風速三十五メートルの
暴風雨となって……」
「篤くん、どうしたんだろ・・連絡ぐらい
くれてもいいのに」
涼子はエプロンのポケットから
携帯電話を取り出し、着信がないか確かめた。
涼子はそれをもう何度確かめたのか、
そして、いくつメールしたのかも
わからなくなっていた。
「ごちそうさま。ここ置いとくからね・・」
「あっ、すいません、ありがとうございました。
お気をつけて・・・いってらっしゃい」
ぼんやりと洗い物をしていた涼子は、
店にいた最後のお客さんを、忘れていた。
一人出て行こうとするお客さんを
慌てて見送ると、
雨が激しくなっていた。
風はそう変わってはいなかったが、
路面が濡れて光っている。
昨日、篤と話した時は、
南に二時間ほど行った資材現場で、
荷物を積んで、夕方には店によると
言っていたのだ。
どう考えても、遅すぎると思った。
テレビのバラエティ番組も終わった。
もう、十時だ。
最後のお客さんが店を出てから、
まるで、演劇の舞台が、
がらりと入れ替わってしまったように、
店の戸は開かなくなった。
駐車場にトラックが入ってくる気配もない。
壁のテレビの音と、戸を押す風の音だけが、
時間を伝えている。
涼子は客席に戻り、
カウンターで、割り箸を補充し始めた。
洗い物は途中のままだ。
調理場で、電話をする叔父の声が、
涼子の耳にぼんやりと届いていた。
「ふーっ、もう今日は来ないのかな……
今まで、こんなこと無かったのに。
篤くんのばーか……」
涼子は、やり場の無い苛立ちと、
行き場のない寂しさを口していると、
後ろから、叔父に呼ばれた。
「涼子ちゃん……
かみさんから今、電話があったんだけど、
バイパスのカーブで、
車がガードレールを突き破って、
海に落ちたらしいんだ。
警察が来て、通行止めになってるらしくて、
こっちにこれないってさ。
サキヤマさん……まだなんだろ?」
叔父は、篤のことを気にしていた。
捉えどころの無い空気が流れた。
その空気は二人の呼吸によって、
あるはっきりとした意味を持った。
「……叔父さん、
それって、崎山さんってこと?」
涼子が青白い顔で言う。
「いや、涼子ちゃん、大丈夫……
まあ、念のためっていうか、
涼子ちゃん、悪いけど、ちょっと留守番
しててくれるか。
奥で待っててよ、すぐ戻るからさ。
とにかく、店閉めて、行ってみるよ」
「どこへ……叔父さん……
篤くんが来るかもしれないし、
店、閉めちゃうんですか?
バイパスのカーブって、
ここより北にあるでしょ。
篤くんは今日、南から来るんだって、
行ってたから。もう来るから」
「ああ、うん、わかった。
でも、店は閉めとくからさ、
灯りだけ付けとけば、
その、サキヤマさん来たら、わかるだろから。
涼子ちゃん、
絶対に他の人は入れちゃだめだぞ」
「……うん、わかってる」
叔父は、調理場に戻り、カッパを着込んできた。
携帯電話を耳に当てながら、ワゴン車の鍵を、
レジの中から取り出している。
「あっ、もしもし、ああ、ヤスコか、
今、どうしてる?えっ、えっ?
違うよ、店はもう閉めたから大丈夫だよ。
それより、お前今、何処にいる?
なに?まだ、道にいるって?
それで、どうなんだ?そのガードレール
突き破ったトラックってのは?
うん、うん、うん、クレーンが来たみたい?
これから、引き上げるのか?
わからない?わからないってなんだ、
ちゃんと教え……、ああ、もうとにかく、
今からそっちへ行くから。旧道走って、
そのカーブの向こう側にでるよ。
えっ?あああ、説明はあとあと」
「……叔父さん、
あそこ、少しだけ、崖になってるけど」
「涼子ちゃん、
まあ、心配しなくても、大丈夫さ。
その、サキヤマさんは、
南;から来るんだろ?大丈夫だって。
俺さ、かみさんのことが気になるから、
ちょっと見て来るだけだから」
叔父が戸を開けると、
風はいっそう強まっていて、
雨とともに店に吹き込んで来た。
叔父は、ひるまず表に出で、
外から店の戸に、鍵をかけていた。
篤くんが来るくるはずなのに……、
涼子がそう思いながら、
すりガラス越しに叔父の姿を見ていた。
叔父は、立て看板を、店の軒下に入れ、
駐車場の方に行ってしまった。
「そうだ。携帯、かけなきゃ」
涼子は、エプロンから携帯電話を
取り出し、篤に電話をした。
……電波の届かないところにおられるか、
電源が入っていないため、かかりません……
相変わらず、繋がらない。
何度も、架けてみても、
同じことの繰り返しだった。
もうどうしちゃったんだろ。
私、どうしたらいいんだろ。
胸さわぎと、為す術のなさが、
涼子をそわそわとさせる。
ヒューヒューと風が叩く店の中、
テレビから新しいキャスターになった、
報道番組の音楽が流れてきた。
篤が好きな、デパペペのギターの音だ。
涼子は、そのギターのメロディを
聞いているうちに、
自分も行かないといけない、そう思った。
店の鍵は、レジの中にある。
ちゃんと閉めておけば、大丈夫だ。
さっきの雨ぐらいなら、私でも行ける。
篤くんに会いに行けるんじゃないか。
そんな気がした。
ルルルルルル、ルルルルルル
ルルルルルル、ルルルルルル
突然、携帯電話がなった。
涼子は一瞬ビクっとしながらも、
篤からだと思い、急いで電話に出た。
「はい、篤くん?涼子……えっ?
ああっ、おかあさん、うん、うん、うん、
わかってる、叔父さんが見に行ってて、
私、留守番してるの。
うん、大丈夫だから。うん、それじゃあ」
叔父が家に電話を入れてくれたらしい。
母親からだった。
母親にはこのまま店にいることにした。
涼子はエプロンを外し、
レジの中から鍵を取り出そうとした時、
また電話が鳴った。
ルルルルルル、ルルルルルル
ルルルルルル、ルルルルルル
ルルルルルル、ルルルルルル
ルルルルルル、ルルルルルル
「ええ?ちょっと待ってよ、
はい、もしもし……」
涼子は今度こそ篤じゃないかと思い
レジの横に置いていた電話を取った。
「……もしもし、店閉まった?
あれ……涼子ちゃーん」
篤の声だった。懐かしい篤の声が、
電話の向こうから涼子の耳に、
確かに届いている。
「篤くん?篤くんよね?」
「……えっ、もう店、終った?
腹減ったよ……今から行ってもいい?」
「もう、今何時だと思ってるのよ?
十二時回ってんじゃない。
電話にも出てくれないし、心配するでしょ。
どうしちゃったのよ?」
「……そんなに怒るなよ。
急な集荷が入ってさ、旧道で北の方
走ってたんだ。
電話しよって思ったら集荷場に、
携帯忘れてきちゃってさ、連絡取れないし、
会社の人には怒られるしさ……
いまやっと終わって、着くとこ。
店、灯り付いてるから、中にいるの」
篤の電話の向こうで、ヒューヒューという
風の音が聞こえているが、
とりあえずは、篤が無事だとわかり、
涼子はホッとした。
「とにかく、無事でよかったわ……。
今開けるから。ちょっと待ってて」
「ああ、寒いよ、早く早く」
店の戸を中から開けるのには、
コツがあった。少し戸を持ち上げないと、
上手く開かない。
涼子は、叔父の言っていたとおりの動作で、
引き戸を持ち上げながら、
鍵を開けた。
風圧で、扉が開けにくかったが、
人一人が通れるぐらいに開けた。
あまり大きく開くと、雨と風で店の中が、
ぐちゃぐちゃになりそうだった。
「篤くん、どこ?どこにいるの?」
涼子が駐車場に向かって目を凝らしても、
それらしい人影やトラックは見あたらない。
どうしたのかと、扉を少し閉めて、
また、外を見ると、
バイパスの方から曲がってくる
トラックがあった。
ライトの光が、店の方を照らしている。
トラックはゆっくりと、
店に一番近いスペースに停まり、
ライトが消え、エンジンが切られた。
運転席の扉が開き、
中から、人影が降りてきた。
その人影が、店の方に徐々に近づいてきて、
涼子は思わず、雨の中駆け寄った。
「よおっ、遅くなっちゃったよ」
篤の笑った顔が見えた時、
涼子は雨の中、涙がこぼれていた。
「もう、すっごく心配したんだからね。
台風だし、カーブで事故はあるし、
叔父さんは行っちゃうし、
私一人、店に残らなきゃいけないし、
っもう、絶対許さないんだから」
涼子は篤と歩きながら、
不安だった気持ちを叫んだ。
雨も風も、関係はなかった。
その間、篤は黙ったまま俯いていた。
二人は、ぼとぼとになりながら、
店の中に入り、涼子は篤に抱きついた。
篤も涼子を抱きしめる。
「ごめん、そんなに心配してくれて」
「……うん、でも来てくれたからいい
許す。許すよ」
二人は、キスをして、
もう一度、抱き合いながら、
しばらくそのままでいた。
デパペペの音がギター音が流れている。
いい日だったねという曲だ。
涼子はテレビから流れてくるメロディが、
いつもとは違うと思ったが、
それはそれで、嬉しいメロディだった。
「ねえ、何か食べさせてよ……」
篤がぶっきらぼうに言った。
「ああ、ごめん、いま出してくるから。
今日は、サバの塩焼きと肉じゃが、
大盛です。あと、お味噌汁に、
他にも、いろいろあるから、
食べてよね。今日は私が奢っちゃうから
食べて、食べて」
「それはいい。ちょうど給料日前で、
苦しかったんだ。
ではお言葉に甘えて、ここはごちになります」
涼子はタオルを篤に渡しておいて、
店にあった料理を次々、テーブルにならべた。
篤は、何度もご飯をお代わりして、
並べられた料理を平らげていった。
あっという間に、
一通り食べ終わった篤の前に、
涼子は入れなおしたお茶をおき、
自分もその隣の椅子に座って言った。
「ねえ、どう、お腹いっぱいになった?」
「ああ、満腹、満腹、美味かったよ」
「そうでしょ、叔父さんが作るからね。
私が作っても、こんな風にできるかしら」
「えっ?そりゃできるよ。
前に作ってくれた弁当、美味かったし、
ぜんぜんオッケーだったし」
篤はお茶を飲み、タオルで頭を吹きながら、
涼子に笑いかけた。
「でも、篤くん待ってて良かったよ。
叔父さん、バイパスのカーブで、
トラックが、
ガードレール突き破ったとかで、
慌てて出ていったんだ。
叔母さんが、近くまで来てて、
心配だから様子見てくるって」
「そう……。
だったら、もう叔父さん
戻ってくるだろ。
俺、そろそろ、行くよ、これからまた、
南へ行かないといけないんだ」
腕時計を見ながら篤は言った。
「えっ、北に行くんじゃなかったの?」
「うん、予定が変わったんだ。
涼ちゃんの家の前通って、南に出来てる
バイパスから入るんだけどね
明け方までに、荷物、とりに来てくれって」
「ふーん……」
トゥルルルル、トゥルルルル
トゥルルルル、トゥルルルル
トゥルルルル、トゥルルルル
レジの後ろにある電話が鳴っている。
こんな遅くに誰だろう。
涼子は、席を離れて
電話のところまでいった。
「はい、マリンブルーですけど、
もしもし、もしもし」
「ああ、涼子ちゃんか?大丈夫か?」
叔父からの電話だった。
「はい。大丈夫です。叔父さん、
崎山さん、来てくれましたから。
叔父さんの料理、
ハハハハ、、ほとんど食べちゃいました」
「そうか、崎山さん来てくれたか。
良かった、良かった。
ヤスコのほうも大丈夫だ。
雨も風も弱まってるから、
今の内に今日は帰るって言ってる。
私も、今から戻るから。もうちょっと
待っててくれるか?」
「はい……叔父さん、
あの……海に落ちたトラックって、
どうなったんですか?」
「ああ、警察とクレーン車が来て、
夜だし、どうしようもないって感じだな。
風もまだあるから、
たぶん、吊り上げるのに、まだまだ時間が
架かるみたいだ。
運転手は怪我ですんだらしい。
助からないって思ったけど、照明つけて、
レスキューの人が降りて行ったら、
ちょうど、下が砂地だったみたいだ」
「そうですか。よかったですね。
……ねえ、叔父さん、
私、先に帰っていいですか?
アルトは路面が濡れてるんで、乗りませんから」
「えっ、じゃあ、どうやって帰るんだ?」
「崎山さんが、南へこれから行くんで、
乗せてってもらいます。私の家の近く通るし」
「ああ、サキヤマさんか……ハハハハッ
それって、深夜のドライブってことだな。
でもお母さんにはちゃんと連絡しとくんだぞ
いくら恋人でも、夜中にトラックで、
娘を送ってきたらびっくりするだろから」
「フフフフッ、はい、わかりました。
じゃあ、店、灯りつけて、
私、レジの中の鍵で店閉めておきますから
鍵、そのまま持っておきます
じゃあ、おやすみなさーい」
涼子は、叔父に、
篤に送ってもらうことを伝えられて、
ホッとした。
篤は電話の会話を聞いていたのか、
そのまま立ち上がり、財布からお金を
出そうとしている。
「涼ちゃん、やっぱりちょっとは払うよ。
いくらなんでも、これだけ食っちまったら、
涼ちゃんに頭上がんなくなるし」
「何言ってるのよ。
ここはそんなこと言うんじゃないでしょ。
ご、ち、、そ、う、さ、ま、でしょ。
それより、早く家まで送ってよ。
篤くんトラック、久しぶりだから、
運転席、チェックするからね」
「ええっ?チェックって……」
涼子はレジにある予備の鍵で店を閉め、
篤のトラックに乗り込んだ。
涼子のチェックに慌てていた篤は、
デパペペのCDをさり気なくかけて、
涼子の気を音楽に向けさせている。
もちろん、涼子には篤をチェックする
気などなかった。
トラックは、バイパスの南の入り口から、
さらに南へ向かって走り出した。
思いがけない、深夜のドライブ。
風と雨は、いつしか弱まり、
雲間に、オリオン座が見えている。
涼子は、高い座席ならではの
パノラマをしっかりと見つめて言った。
「さてと、では、チェック開始しまーす」
「ええっ、やっぱりするの?」
「されるとまずいことでもあるの?」
「いや、そっ、そういうわけじゃ無いけど」
「まずは、ダッシュボードからと……」
「ああっ、そこは、ちょっと……」
涼子が、半分、冗談のつもりで開けてると、
そこにリボンでくくられた小箱がひとつ、
ぽつんと置かれていた。