パレード
地方を出ていった福ちゃんが帰ってくるらしく、久々に飲まないかと福ちゃんに誘われた。
そして今日、俺の行きつけの居酒屋でカウンター席に座りながら、福ちゃんと語り合っている。
「お前、最近どうだ? 彼女とかできたか?」
水滴のついたビールのジョッキを持ちながら、福ちゃんは俺に聞く。
福ちゃんとは、小学校と中学校が同じだった。小学校の時、福ちゃんとよく悪ふざけをして、先生から怒られたものだ。高校は別の所に進学したため、あまり連絡を取らなくなった。けれど大学に入って再会した。その時は福ちゃんの変わりように、俺は非常に驚いたものだった。悪だくみをする顔をよく浮かべていた福ちゃんが、学業に専念する真面目な好青年になっていた。
福ちゃんは、将来の事に真剣に向き合うようになったのか、大学ではしっかりと勉強に励み、東京の大手企業に就職した。俺はというと、将来に希望を見いだせず、だらだらと4年の大学生活を送り、適当に受けて受かった企業に就職した。
大学を卒業して、地方の一般企業に就職した俺と、都会の大企業に就職した福ちゃんとでは、地理的な距離だけでなく、心の距離も開いてしまったように感じる。
大学を卒業して何度か会うことはあったけれども、福ちゃんが地元に帰ってくることはなかなかなく、だんだんと疎遠になっていっていた。
だから、今日福ちゃんと一緒に過ごせていることは、素直に嬉しい。
「彼女かあ……。出来てないな。そういう福ちゃんはどうなんだよ?」
俺は今年で27になる。そろそろ結婚を考えてもいい年齢なんだろうが、自分が結婚するイメージがわかない。
「俺も同じだ。あー、モテてえ。モテた過ぎて死にそう。」
俺は福ちゃんの言葉に思わず笑ってしまう。そのセリフは福ちゃんのお決まりのセリフだった。
「まだ言ってんのかよ、それ。」
俺は笑いながら言う。
福ちゃんが小中学校のころと比べ、変わってしまったのはその通りなんだろうけど、福ちゃんはいつまでも福ちゃんなんだなと思い、少しホッとする。
「というか、仕事の方はどうだ? 忙しいんだろ?」
俺は焼き鳥をもぐもぐと食べながら、福ちゃんの仕事の様子を聞き出す。
「ああ、俺、仕事辞めたんだ。」
福ちゃんはさらっと言った。
俺は初めて聞く衝撃の事実に大声を上げてしまう。
「え!? どうしたんだよ!?」
周囲の客が俺の声で、こちらをちらちらと向く。騒ぐんじゃねえよといった目つきで見ている。
その人達に向かって俺はへこへこと頭を下げる。
「俺なあ、疲れちまったんだ。仕事が残業続きでさ。残業代も出ねえし、もうやめちゃおうかって。」
あんなに良い企業に、必死に勉強して入ったっていうのに、やめちまったのかよ。
俺は福ちゃんの横顔を見る。福ちゃんは黙ってビールを口に含んだ。
福ちゃんの横顔は、未練や後悔などを全く感じさせず、すっきりした印象だった。
人は、本当に大事な決断は、意外とあっさりと決めてしまうものなのかもしれない。そう思った。
仕事をやめる決断をした福ちゃんは、大学で再会する前の、小学校の頃の福ちゃんに似ていた。
その時々の感情で、思い思いに遊び、時に大人を困らせる福ちゃん。それと同じ表情で、今となりにいる福ちゃんは笑った。
「せいせいしたよ。俺の生き方は俺が決めるんだってね。そっちのほうが、俺らしい。」
「そっか。」
俺は、良かったねとは言わなかった。勝手に人の行動に良しあしをつけるのは好きじゃないから。だから相槌だけうつ。
「なあ、俺たちが小学校の時、夜中に遊んだの覚えてるか? あのお墓のところでさ。」
俺は昔の記憶をたどる。福ちゃんと、俺と、もう一人の友達で、小学校から歩いて10分ほどの墓地にいったことがあったっけな。「度胸試しだ!」と福ちゃんは言ってたっけ。俺は、母親に叱られるのを覚悟で、夜に家を抜け出してきたんだ。
俺たち3人は集合し、お墓に向かう。福ちゃんが先頭を行き、その後を俺たちがついていく。
墓地は、立ち入ってはいけない雰囲気を存分に醸し出していた。「やっぱり、やめとこうよ」と俺は言いたかったが、言ってしまったら弱虫扱いされそうだったから、怖さを必死に我慢した。
墓地に入ると、かすかに声がする。それは、3人のうち誰の声でもなかった。俺はがくがくと身体を震わせる。他の2人も怖がっているようだった。
「さあさあ、いらっしゃい。遊びましょう。」
その声は確かにそう言った。
お墓の後ろに、白い何かがいる。
「怖がらないで。私たちは寂しいの。だから一緒に遊ぼう?」
土の中から、なにかが出てくるのが見えた。
「楽しい夜を過ごそうよ。ほら、月が綺麗だよ。」
その日は、綺麗な満月だった。
怯える俺たち3人を囲むように、お化けたちはどんどん集まってきた。
ゾンビ、フランケン、ゴースト、ヴァンパイア、ミイラ、魔女。
お化けたちの大集合だ。
「ねえ、君たち、僕たちが怖い?」
ミイラが俺たちにそう問いかけた。その通りだったが、俺は何も答えなかった。というより、まともに答えれるほど、落ち着いてはいなかった。
「こ、怖くねえよ。」
福ちゃんが少し声を震わせながらそう言った。
その返答にお化けたちは喜び、ジャンプしたり、くるくる回ったりしていた。
「嬉しい! ここに来る人たちはみんな、私達を見るだけで怖がってしまうのに。」
そう言った魔女は、俺たちに魔法をかける。
魔女の持っている杖から、緑色の光の玉が幾つも出てきて、それが俺たちを包む。その光は仄かに温かかった。
魔法にかけられた俺たちは、空を飛ぶことが出来るようになった。
「なんだこれ、すげえ!」
福ちゃんは嬉しそうにはしゃぐ。
俺も、お化けたちに対する怖さを忘れて、空を飛び回る。
下の方から、歌が聞こえ始める。お化けたちが歌っているんだ。俺たちは、その歌のリズムに乗るように、身体を回転させたり、急上昇したり、急降下したり、思い思いに飛ぶ。
「さあ、みんなで一緒に、歌いましょう! 踊りましょう!」
お化けたちの、お化けたちによる、お化けたちのための、パレード。
俺たち3人は、いつのまにか、お化けたちが歌うメロディーにのって、口ずさんでいた。
この楽しさは、いつまでも忘れない。この歌も、この月も、この星空も。
そう思っていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた。福ちゃんが言うまで、頭から抜け落ちていた。
「俺な、会社辞める前、一度実家に帰って来たんだ。そんでお墓を目にした時、ふとあの時を思い出して、笑えたよ。死んでるお化けたちの方が、会社でペコペコしてる俺より楽しそうだなあなんて思ったんだ。まさかお化けが、自分の人生を左右するなんて、思ってなかったよ。」
福ちゃんは、あの日の夜のように、飛びきりの笑顔で笑う。
大人になってから、心の底から笑うことが無かったなと気づく。
いつの間にか、小さな幸せにも気づけなくなっていた。心が鈍感になってしまっていた。
「もう一度、逢いたいなあ。あのお化けたちに。」
福ちゃんは言った。
もう一度、目を閉じて、あの日の夜を思い出してみよう。
きっとそこには、あのお化けたちがいる。
ゾンビ、フランケン、ゴースト、ヴァンパイア、ミイラ、魔女。
「さあ、みんなで一緒に、歌いましょう! 踊りましょう!」
俺たちの、俺たちによる、俺たちのための、パレードを踊ろう。
俺たちの人生は一度きり。俺たちの思うまま、生きよう。