93話 ふたりの原点
この度、ユーザー名及び作者名を「無色花火」に変更しました。実は「一人静」という名前は、登録するにあたって何も思いつかず知ってる花の名前を付けただけなんです。5年ほどこの名前でやってきてもういっかなって思ってたのですが、個人的にこっちの方がしっくり来たので変えることにしました。
混乱しないようしばらくは「一人静」の方も残しておきますが、折を見て完全に変えようと思ってます。
では、以下より本編です。
「織宮悠灯です。よろしくお願いします」
中学で6回目の転校を果たした初日、俺は習慣となりつつある「自然な笑顔」を張り付けて、はじめましての同級生たちに挨拶をする。
中学も最高学年の3年、それももう2学期。しかも、事前に調べてみるとこの中学、ひとつの小学校から上がってきた生徒しかいないという。つまりは、9年間築き上げられた関係性の面々の中に俺は飛び込むということだ。
ここまで出来上がった集団に、果たして俺の入る余地はあるのだろうか。
「織宮くん、前はどこに住んでたの?」
「部活はもう決まってる?」
「どうしてこんな時期に転校してきたの?」
……なんて、そんな危惧も杞憂に終わり、ホームルームが終わると同時に転校生という物珍しさに生徒たちは俺に声をかけてくれた。どこに行っても、これは変わらず転校生の宿命なのだろう。
「オレは瀬良尊。よろしくな、織宮」
――瀬良も、その中のひとりだった。
席が隣だった瀬良は、自然と会話の頻度も他の人よりは多くなった。
でも、別に何も最初から特別視してたわけじゃない。なんなら、初対面の印象は「なんだこのチャラそうなやつは」だった。ノリ軽いし、圧強いし、距離感近いし。
しばらくは、つかず離れずのそこそこ仲のいい相手として、瀬良と接していた。
そんな瀬良へ見方が変わったのはある日突然。本当に突然だった。
「お前って、本当につまらなそうに過ごしてるよなー」
転校してから、確か1ヶ月ほどが経った頃。とある放課後、何の前触れも脈絡もなくド直球にそう言われた。
「……どういう意味だ?」
何を言っているのかわからない……そんなニュアンスを前面に出して訊き返した。
「オレさ。自分で言うのもなんだけど、直感がいい方なんだよ。よっぽどのことがない限り自分の直感は信じるようにしてるんだ」
自分の直感なんてものにそこまで自身が持てる人なんてそういないだろうが、誇張しているようには見えなかった。
「で、最初の挨拶の時になんかを感じたんだよ。何かはわからないけど」
……。
「そっからしばらく、織宮を観察してた。その直感で得た『何か』の答えを知るために」
そんな一介の転校生の挨拶の違和感なんて、単に「緊張してんだなー」で済ませればいいと思うが……それだけ「直感」なんて曖昧なものが、瀬良にとっては自身が行動を起こす理由たり得るほどのものなのだろう。
「それで? その答えはわかったのか?」
「さぁ、他人の事情なんざただの推測で理解できるもんじゃないし」
まぁそれはもっともだ。そんなんができたら直感なんてものじゃなく単なるエスパーだ。
「でも、全部が全部わからなかったわけじゃない」
「じゃあ、そのわかった一部は?」
「さっきも言ったろ。織宮がつまんなそうにしてるって」
なるほど。ここで最初に繋がるわけね。
「別に……つまんねぇってわけじゃないけど……」
「『間違ってるってわけでもない』」
……。
「……か?」
俺の言葉を遮って、瀬良はその先を口にする。妙にドヤ顔なのが癪に障ったので、沈黙を返した。
俺が何も言わないのを悟ると瀬良はひと呼吸置き、続けて――
「織宮。お前、オレのことどう思ってる?」
急に謎すぎる問いが飛んできた。
「え、何その脈絡のなさ。ってか、お前そっちなのか?」
人の嗜好は否定しないが、残念ながら俺は応えられないぞ。
「ちッげぇよ! 変な意味じゃねえ!」
心外とばかりに声を上げる瀬良。
わかってるわかってると、なかなか見られない瀬良の焦り顔にクツクツと笑う。
「まぁ……それなりに仲のいいやつ、ってとこか?」
笑いが治まってから改めて、今度は真面目に思ったことをままに伝えた。
「友達……とは言わねぇんだな。少なくとも、オレはそう思ってんだけどな」
俺はその言葉に何も返さなかった。返すことができなかった。
「そっかぁー、違うかー。もう1ヵ月経つってのになぁー。クラスん中じゃ一番つるんでる自身あんだけどなぁー」
急にワザとらしい口調に変わり、あからさまにガッカリしたようなテンションになった。……ウゼェ……
「ハァ……わかったよ。ホント……なんなのお前」
「にっしし。諦めて全部吐け」
なんかこいつに黙ってるのももう無駄な気がして、その「何か」について答え合わせをすることにした。
「――――なるほどねぇ。転校16回とか、全く想像つかねぇわ……」
「だろうな」
逆にそう簡単に想像つこうものなら、何がわかると言いたいところだ。
「ま、そういうわけで俺は友達を作らないし、誰も友達と思わない」
言葉の温度が下がるのを感じる。
「……そんな俺を、瀬良。お前はどう思う?」
ほとんど「お前は友達なんかじゃねぇ!」って言ってるのと同じだ。俺の突き放すような……いや、突き放す言葉に瀬良が返したのは――
「お前の友達になろうと思う」
「……は?」
何を聞いていたんだと(瀬良の)耳を疑いたくなるような言葉だった。
「今の話をどう捉えたらその答えになるのか教えてくれ」
「度重なる別れが蓄積し、心を閉ざしてしまった転校生……表向きは普通を装うも、その内はどこまでも冷え切ってしまった……そんな中、唯一の支えになれるのが、オレッ! ……なんて、面白そうじゃないか。まさに青春ッて感じで」
「いや。普通に迷惑」
謎に迫真の演技を入れてケロッと言いのける瀬良。俺はそれを即両断する。そんな青春大好き自己陶酔野郎はお呼びじゃない。しかもそれを平然と本人に言いのけるとはこれ如何に。
「ハハッ、知ってる。安心しろ冗談だ」
まぁ、そんなことだろうとは思った。あのワザとらしい演技が本気の本心だったら普通に引く。
「で、結局何考えてんだ?」
「そんな大層なことじゃねぇよ。ただ寂しい生き方だなって、そう思っただけだ」
「寂しい?」
「あぁ。学生でいられるのなんて、人生でほんの一瞬だぜ? それを何事もなく過ごすなんて寂しい以外の何物でもねぇよ」
それはまた……典型的な青春謳歌勢の言い分だな。
「それを寂しいと捉えるかは人次第だろ? 別に俺は友達を作って学校生活をエンジョイしたいわけじゃない。そのたった一瞬が何事もなく平々凡々に終わればいいと思ってる」
そんな明るいストーリーを学校に、学生生活に、少なくとも今の俺は求めていない。
「じゃあなんで、お前は『それなりの関係』なんて曖昧なモンを定義してまで外面を取り繕うんだ?」
「……どういう意味だ?」
棘のある瀬良の声と物言いに、俺は眉間に皺を寄せる。
「だってよ。本当に何事もなくていいと思ってるヤツは、外面を気にして笑顔を振り撒いたりはしねぇよ」
「笑顔を振り撒くって……俺はアイドルじゃねぇぞ」
「ほら、それもだ。今も冗談を飛ばせるくらいには会話を楽しんでる。学校を心底どうでもいいと思ってたら、今のオレの言葉だって一蹴して終わりだ」
さっきから、瀬良の言いたいことがわからない。俺の考えを否定していることはわかるが、真意が掴めない。
「つまり……俺が間違ってるってことか?」
これ以上引き延ばしてくれるなという意味も込めて、俺は瀬良の言の結論を求める。すると瀬良は――
「あぁ、間違ってる」
そうはっきりと断じた。そして続けて、
「でも、それはお前の価値観がじゃない。お前の考えがだ」
「……前者と後者の何が違うんだ?」
考えも価値観も同じことだと思うんだが……
「わかりにくかったな。お前の『それなりの関係を作る』って価値観は別に否定しない。でも、お前が学校生活をどうでもいいって考えてることは間違いだ」
「……言い切るんだな」
俺が、自分の心を騙していると、学校生活を大事に思っていると言いたいのか?
「あぁ言い切る。お前はまだ人付き合いに希望を見てる。だから『それなりの関係』を作ることで、堕ちるとこまで堕ちないよう歯止めをかけてる」
正直、それを聞いてもピンとこない。俺の諦めから来た価値観に、そんな光を望むような思いがあるなんて、思えない。
「さっきの冗談。実のところ完全にそうってわけじゃないんだ」
「冗談……って、あの唯一の支えになるだとか言ってたやつか?」
やっぱり自己陶酔野郎だったということか?
「そ。あーでも勘違いすんなよ。別にそんなオレカッケーとか思ってるワケじゃないぞ」
それならばよかったけど……じゃあ、何が本心だったんだ?
「さっきの話で確信した。いいか織宮。お前はこのままいったら、近いうち間違いなく人に対して無関心になる」
俺は、虚を突かれたような感覚に陥る。
いきなり話が飛んだ気もするが、聞き流すことができない言葉だった。人に対して無関心になる――その予感が俺の中にあるだけに、他人からそれを言われることに引っかかりを覚えた、
「まぁ……そういう可能性もあるかもな」
「いや。かもじゃない。100パーセント、確実にだ」
本人でもないのになぜか100パーセントと言い切る瀬良。
「根拠なしに言ってるとしたら、タチ悪いぞ」
「だろうな。でも見当違いなことは言ってない。お前だって感じてるから否定しないんだろ?」
……奇妙なやつだ。直感が鋭いどころじゃない。そこから展開される観察力、思考力、考察力、どれもずば抜けている。総じて、察しがよすぎる。本当に同じ中学3年生かとさえ思ってしまう。
「話戻るけどよ。『オレカッコイイ』とか『青春してる』とか、そういう感情があるってところは冗談。でも、堕ちる寸前のお前を繋ぎ止めたい、支えになりたいってのは本心だ。もしこの先どこかで、生気を失ったような目の織宮と再会したとして、それに気づいてたのに何かできたんじゃないかって後々後悔するのが嫌なんだよ、オレは」
「自分勝手……だな」
でも、偽善や同情を並べたてられるよりはずっといい。
「あぁそうだ自分勝手だ。でも、あの時ああしてればとか、自分なら何かできたんじゃないかとか、頼まれてもいないのに他人の人生に対して勝手に過去を悔やむのは、誰にでも起こり得ることだと思うぜ? それとも、『オレがひとりの人間を助けてるって悦楽に浸りたいから友達になってくれ』って言った方がいいか?」
「それはこっちから願い下げだな。即絶縁コースだ」
「ハハハッ。だろ?」
カラっと笑う瀬良。ここまで潔いともはや清々しい。
なんと言うか……今、目の前で俺と話している人間が瀬良尊でよかったと思う。あんまりこの言葉は好きじゃないが……こいつは他の人とは違う。
もし俺が境遇を話したのが困った人を放っておけないようなお人好しだったなら、恐らくそこから先の学校生活は息苦しいものになるだろう。
「確かに、お前のオレを見る目がいい方向に変わった時、達成感に似た感情を得るかもしれない。そこを取り繕ってもどうしようもないからな」
息をひとつついてから、瀬良は再び言葉を紡ぐ。
「お前の人生を聞いて、なにも思わないほどオレは無感情じゃない。なんなら、目の前に危険な状態の知り合いがいたら何食わぬ顔でスルーなんてできないくらいにはお節介だ。そういうヤツには嫌がられても絡んでやりたいね、今みたいに」
瀬良はおどけて言うが、本当に心底嫌がられたら恐らくそうはしないだろう。
自ら自分勝手とのたまいながら、相手のことを考えるのをやめない。まだ1ヵ月しか関わりがないが、今日この時間だけでもそれくらいはわかった。
「さっきも言ったけど、オレはお前が『それなりの関係』ってのにこだわり続けることに対してはどうこう言うつもりはねぇ。実際、一緒に過ごす時間が転校するまでの1ヵ月2ヵ月だろうが入学から卒業までの6年3年だろうが、忘れるヤツは忘れる。お前が、16回なんて気の遠くなりそうなくらいの転校の果てにそういう価値観に至ったってことも、想像はつかなくとも納得はできる」
瀬良は俺に視線を合わせ、
「でもよ、織宮。もし明日転校するとして、何年か先、お前オレのこと忘れられてるか?」
そう、ニッと笑いながら俺に問う。
俺は一度考えてみる。妙に目聡く、誰に話すつもりもなかった境遇を吐いたこの瀬良という人間を。
「無理だな」
付き合いはまだ1ヵ月程度。それなのにどうやっても、この先こいつの顔や声が記憶から消えているビジョンは見られなかった。
もう断じることができるほど、この男は俺の記憶に刻みつけられている。
「だろ?」
物凄いドヤ顔をキメてくるが、今は不思議と嫌な感じはしない。
「別にオレはお前を、救ってほしいなんて思っていないお前を救いたいわけじゃない。次転校するまででいい、オレと1対1の時だけでももう少し気楽にしてほしいだけだ。お前が他人を完全に諦めないよう、オレがそれを悔やむことがないよう」
光の差す方へ引っ張りたいのではなく、闇に吞まれるのを引き止めたい。青春と諦めの境界線上で、ただストップをかける。
話す声と表情から、そんなニュアンスの思いを感じ取った。
「そーんなオレと、友達になっちゃくれないか?」
瀬良は俺に向けて、右の手を差し出す。
もしかしたら……この男との出会いは、俺という人間の人生において何か意味を持つ、ターニングポイントなのかもしれない。
それに、これだけ洗いざらい身の上話を曝して、これだけ振り回されて、ただのクラスメイトってのもそれはそれで居心地が悪い。
ならばいっそ……他のやつとは違うなんて柄にもないことを思った瀬良尊という人間の口車に乗ってみるのも、いいのかもしれない。
「……よろしく頼む」
俺はゆっくりと、差し出された瀬良の手をとった。
「おう」
もし。
こいつの言葉が打算まみれのものだったとしても、俺はきっと後悔しない。
今にして思えば、俺はこの瞬間に、崩れ落ちる寸前の崖からその身を退けることができたのかもしれない。
名前が変わったからと言って、他に特別変わることはないです。
今後とも、「無色花火」をよろしくお願いします。




