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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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85話 危うさの影

 「Frieden」での勉強の日々は思いのほかあっという間に終わりを迎え、それと同時に俺の試験も呆気なく恙なく終わった。

 自己採点だが、いつもよりはいい出来なのではないだろうか。特に理数は間違いなく点数が上がっているだろう。

 そして、後はその結果を待つだけとなった翌日の土曜日。俺は学校近くの文房具屋に来ていた。

 基本的に休日は家から出ないのが俺の日常だったが……って、このくだりちょっと前にやったな。それはともかくとして、今日は便箋を買うために来たのだ。

 瀬良の家に遊びに行った時、クレーンゲームでゲットしたウサギのぬいぐるみ。その片割れを沖田さんに贈ろうと思っていたのだが、同封する手紙用の便箋が家に1枚もなかった。そしてタイミング悪く試験期間に入ったので今日まで保留にしていたのだ。

 いつもなら試験期間だろうと気にしなかったが、今回は予定外の教師役を引き受けてしまったので時間の大部分を勉強に割いてしまったのだ。よって、こうして今日までズレ込んだというわけだ。

 だが便箋なんて買ったこともなければ、そもそも手紙すら書いたことがない。


「どれがいいんだろ……」


 目の前の商品棚が俺をこれでもかと悩ませる。

 この辺りには綾葉高校の他にも小学校と中学校があるため立地がいいのか、この店は文房具屋としてはかなり大きな店舗だ。それゆえに、ひとつのコーナーも大きく、便箋コーナーもまた然りだ。

 何が言いたいかというと……


「ってか、多くね?」


 そう、多いのだ。ズラーーーっと、長い陳列棚の半分ほどを使うくらいには多いのだ。今時こんなに便箋って需要あるものなのだろうか。

 シンプルな白地のものや淡い色のもの、花柄、動物柄、などなど。他にもいろんなデザインがある。選択肢が多すぎるというのも些か困りものだな……

 取り敢えず左から順番にローラーしていくが、進んでいけばいくほどわからなくなってくる。


「あれ、織宮くん?」


 全面真っ黒の便箋を手に、どうやって文字書くんだろうかと思案していると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向いて見れば、そこにいたのはクラスメイトの中ではまだ交流がある方のひとり、都島さんだった。


「奇遇だねー。何してるの?」

「えっと……便箋見てる」


 俺は見ていた便箋の束を右手に答える。


「へぇー、誰かに手紙書くの?」

「まぁ、そんなとこ。都島さんは?」

「私はシャー芯とその他諸々の補充だよ。気づいたら色々なくなっててねー」


 都島さんは替えの2Hのシャー芯が入ったケースふたつをシャカシャカ振って見せる。何気に2H使ってる人初めて見たかも。


「で……その黒いの買うの?」

「いや、さすがにこれは買わないよ。見てただけ」

「そっか」


 ……なんだろう。なかなか都島さんの視線が外れない。そろそろ便箋探しに戻りたいんだが、こうも凝視されてはなんか戻り辛いな。


「えっと……どうかした?」


 堪りかねて訊いてみると、少し空白の時間を置いてから、そうだとこんな提案をしてきた。


「手伝ったげよっか」

「いいの? 都島さんも自分の用があるんじゃ……」

「私は買うもの決まってるから大丈夫だよ」


 おぉっ。予想外だが正直かなり助かる。

 性格は違うといえど同じ女性の意見は参考になるだろう。


「それに、面白そうだし」


 あ、これはこっちが本音だな。

 屋上でちゃんと話した時も思ったが都島さん、第一印象は真面目系だったが実際に関わってみると割と茶目っ気の強い人だな。


「まぁ……面白いかどうかはともかく、よろしくお願いします」

「うん。任せて」


 いやに乗り気の都島さんを加え、便箋探しを再開する。……といってもローラーは変わらず、都島さんは反対から順に見てもらっている形だが。


「手紙送る相手って、やっぱり女の子?」

「そうだけど、よくわかったね」

「そうでもないよ。男の子同士で手紙送るのに便箋に気を使うイメージがないから」


 なるほど。確かにそうだ。俺が男子に手紙を書くとして、便箋に悩むことはないだろう。例えば親友の瀬良相手でも迷わず罫線だけが入った真っ白の便箋を選ぶ。


「もしかして、彼女だったり?」


 冗談まじりに言うが、都島さんがそう考えるのも無理からぬことか。


「まぁ……うん」


 誤魔化しても意味ないだろうと悟り、肯定を返す。

 なんか改まって言うと羞恥心が込み上げてくるな……


「……へぇ……じゃあ、遠距離恋愛だね」

「え……うん。そうなるね」


 なんだ……? 急に違和感が……

 反応を見るにさっきのは本当に冗談で言ったっぽかったが……それなら肯定しなくてもよかったなんて考えるよりも先に、唐突な様子の変化に引っかかりを覚えた。感じとった言い表しようのない何かを探ろうと都島さんの顔を見ると、そこにあったのは少し苦い表情だった。


「ねぇ、織宮くん」


 俺も都島さんも、気づけば手が止まっていた。


「変なこと訊くけどさ……遠くにいる人とそれまで通りの関係を続けるのって、苦しくない? それが、親密な関係の人だったら、尚更」


 商品棚に手を掛け、呟くようにそう口にする。声は温度を失い、手元を見る目はどこか遠い。薄ら湛える笑みに影が差しているように見えるのは気のせいだろうか。


「それって、どういう……?」


 あまりに唐突なその問いかけに彼女の意図を理解しかね、訊き返してしまう。

 だが、待てども返ってくる言葉はない。

 都島さんを待つべきか、質問に回答するべきか、答えるとしてどう答えるかを考えていると、


「いた。莉唯、アンタ何してんの? 買い物は?」


 意識の外から、年の頃が同じくらいの少女がこちらに……というより都島さんに声をかけた。

 状況からして都島さんの友達だろう。というかクラスメイトだ、顔に見覚えがある。日本人の多くが持たない灰色の瞳が特に印象的だ。名前は確か………………覚えてない。


「ごめんっ、ちょっと織宮くん手伝ってたんだー」


 先ほどの雰囲気はどこへやら。友達に接する彼女はいつもの調子に戻っていた。


「ごめんね織宮くん、私行かなきゃ」

「ううん、気にしなくていいよ。そもそもが俺の問題だし」


 友達にひと言断りを入れてから、都島さんは一度謝りに戻ってくる。


「あ、それとさっきのはナシね。忘れて」

「え……あ、うん」


 さっきの……とは、やっぱりさっきのアレだよな。あの意味深すぎる問いかけ。

 正直軽い闇の一端を垣間見た気がして、忘れてと言われてそう簡単に忘れられる気がしないんだが……


「あとコレ、いくつか目ぼしいもの取っておいたからよかったら参考にしてっ」


 そう言って、右手に抱えていた何種類かの便箋の束を差し出す。


「あ、ありがとう」

「それじゃあ、また学校で」


 ひらひらと手を振り、都島さんは足早に離れていく。

 その隣で、都島さんの友達がまっすぐにこちらを見ているのが視界に入った。


(……? なんだろ)


 たが間もなく、そんなこと最初からなかったように視線は外れ、都島さんと合流するとふたり揃って去っていった。

 彼女の意図が少し気になったが、考えても意味はないと早々に頭の片隅に追いやる。

 再びひとりになった俺は、去り際に都島さんから受け取った便箋に目を通した。




 ◆◇◆◇




「ふぅー……こんな感じかな」


 家に帰った後、買った便箋を使ってぬいぐるみに添える用の手紙を書いた。手紙を書くのって、瀬良に年賀状送るとき以外で初めてかもな。しかもその時はひと言ふた言で済ませるからしっかりとした文章を書くのは本当に初めてだ。文系が得意なので文章力にはそこそこ自信がある……と思う。


「都島さんがいなかったら、選ぶのもっと時間かかってたかもな」


 ちなみに、便箋は都島さんが選んでくれたものを参考にしつつ一度自分で全部見てから決めた。全体的に薄い青系統や白で彩った模様で、縁辺りを雪の結晶で囲ったデザインのものだ。

 都島さんが選んでくれた便箋は、ザ・女の子って感じのキラッキラしたもの……とかはなく、周囲に最低限の模様があしらわれたものが多かった。他にも、罫線が手書きで引いたようなデザインになっているものや、便箋が描かれていてそこが書くスペースになっているものなど、面白いものもあった。

 総じてシンプルすぎるものはなかったので、ワンポイントなどは除外して、俺的に季節感のあるものがいいかなと選んだ。


 便箋をたたんでセットの封筒に仕舞い、ぬいぐるみを入れた箱に入れる。


「――っと、危ない。忘れるとこだった」


 勉強机の引き出しの中から、ソレを取り出し手紙と同封する。

 改めて封筒を入れ直し、箱を閉じてから口をテープで固定する。


「これで……よしっ」


 最後に、既に記入済みの宛名ラベルを貼りつけて、完了だ。

 時計を見ると、郵便局が閉まる時間までまだまだ余裕がある。

 わざわざ遅らせることもない。今から向かおうと、俺は郵便局へ向けて家を出た。




 ◆◇◆◇




 時間は少し進み、場所は沖田家。

 夕方の6時頃。住人のひとりである耀弥は夕食の準備をしようと、自室から1階へ下りてきていた。


 ――ピーンポーン


 冷蔵庫を開けて何を作るか考えていると、インターホンの無機質な音が耳に入ってきた。


「……?」


 珍しい時間の来訪者に、無条件に姉のような存在である桜木知春の顔を頭に浮かべながら応じると、モニターの向こうに立っていたのは予想とは異なり女性の郵便配達員だった。手には配達物であろう箱を抱えている。

 何も覚えはないものの、玄関を開けて荷物を受け取る。


「……私?」


 宛名に書かれた自分の名前に疑問を抱き、


「織宮くん……?」


 差出人の名前を見て更に疑問が深まった。

 居間に戻り、カッターナイフを使って箱を開封する。中から出てきたのは、赤い服を着たウサギのぬいぐるみだった。

 悠灯の意図を掴めぬ中、ふと視界の端で、箱の中に封筒が1枚一緒に入っているのを見つけた。ぬいぐるみをテーブルの上に置いてから封筒を開き、中の手紙に目を通す。


「…………」


 綺麗とも汚いとも言えないその字を、悠灯が紡いだ文章を、ただひたすらに心の中で読み進めていく。

 読み終えると、封筒を探り中から1枚の写真を取り出した。写真に写っていたのは、テーブルの上のぬいぐるみとお揃いの、青い服を着たウサギのぬいぐるみ。


「ありがとう……」


 手紙を片手にもう一度ぬいぐるみを抱え、そっと抱きしめた。




『沖田耀弥さんへ


 突然ぬいぐるみが届いてびっくりしてるよね。

 実はこの間、前に話した友達のとこに遊びに行く機会があって、そのぬいぐるみはその時にクレーンゲームで取ったものなんだ。奇跡的にふたつ取れてね、一応おそろいってことになるのかな。

 いるかどうかわからなかったから贈ろうか迷ったんだけど、「おそろい」ってワードに惹かれちゃって。だからこれはなんでもない、俺からのプレゼントだよ。

 

 本当は、もっと書きたいことも話したいこともあるんだけど、それは今は伝えないでおくよ。だから、今度会った時にその分もたくさん話したいな。

 あと、俺の友達が沖田さんに会いたいって言ってたから、都合が合えば会ってやってほしい。俺も、俺の大切な親友のことを、一度ちゃんと紹介しておきたいから。


 次に会える日を楽しみにしてる。


 それじゃあ、また。


 織宮悠灯』

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