78話 団欒の瀬良家
もうすっかり日も沈んだ夕食の時間帯。瀬良家には家主である両親が帰宅していた。
そう。実は今日は日帰りではなく、1泊2日で瀬良家に滞在することになっている。大きめのバッグもそのためだ。……この家には結構来てるけど、何気に泊まりは初めてだな。
「いやぁ~、随分と久しぶりだねぇ悠灯くん」
現在、昼食の時と同じ席に座っている俺だが、目の前には瀬良の父親である雅生さんがいる。息子の方は俺の隣で机に左肘をつき、顎に手を当てながら自身の箸を指で転がして遊んでいる。母親の一子さんは夕食を作ってくれている最中だ。
「そうですね。前に来てから結構、間空きましたしね」
「それで、最近学校の方はどうなんだい? お父さんからはまた何度か引越したって聞いたけど」
「それなりに、ですかね」
雅生さんも一子さんも、俺の……というか我が家の事情を知っている。まぁ、息子を通して親同士も交流があるのだから必然的にそういう話題にもなるだろう。
「ははっ。相変わらずだね、君は」
「いえ、そういうわけじゃないんです」
転校前なら返答も違っていただろうが、今の学校で何か充実していることがあるわけでもないのでどうしてもこういう答えになる。
「ん? どういうことだい?」
「ひとつ前の学校が、結構居心地よかったんで」
俺の否定に疑問を抱いたようだったが、そう付け加えるとなるほどと頷いてくれた。
「コイツ、前の学校で彼女できたんだよ」
「瀬良お前……ッ」
完全に面白がってやがるな…………昼間いじったことのの仕返しか?
というか、ふたりには話してなかったんだな。まぁ俺も瀬良に彼女がいたこと両親に話してないし、そんなものか。
「にししっ」
「はははっ。確かにそういうことなら、さっきの反応も頷けるね」
まったく……こいつの大部分は悪戯心でできてるんじゃなかろうかと常々思う。雅生さんも雅生さんで愉快そうに笑っている。この親子め……
「でも、今もその子との関係は続いているんだろう?」
「はい……遠距離ではありますが」
「なら、よかったじゃないか。その子という存在が悠灯くんの前に現れたことで、君の人生はいい方向に変わったんだろう?」
急に声のトーンが低くなる雅生さん。この唐突なテンションの上下の仕方……なんというか、やはり瀬良の父親だ。まぁ、上が瀬良よりもぶっ飛んでない分対応がしやすい。
「はい。変わりました……とても」
話題も話題なので、一転してどことなくしんみりとした空気になる。
「ほーい。できたわよー」
そんな場の雰囲気など露知らず、ゆるーい声とともに一子さんが夕飯を持って来てくれた。…………のだが……
「おぉーーー……おぉ……?」
テーブルに広がる食卓を見て、雅生さんがなぜと言いたげな、まるで珍妙なものでも見たような顔をする。
その反応を見て、一子さんはフフンと得意気になる。
だがしかし、一方の俺たちはと言うと……
「ん? どしたの、ふたりとも?」
思っていた反応と違ったようで、こちらを窺う一子さん。……まぁ、無理もないだろう。
俺たちの表情は驚きというよりも、どちらかと言うと……反応に困る……そんな感じ。なぜなら……
「なんだろうな……この、妙な掠り具合……」
ひじょぉ~~~~~にバツが悪そうに瀬良がポツリと漏らした。
そう……瀬良のその言葉は的を射ていた。
テーブルの上に広がるのは、ひとりにつき2種類のパン、平皿にはスクランブルエッグにウインナー、薄切りのベーコンと添えられたレタス、そしてコンソメスープ。どこからどう見ても、瀬良が作ったものと対をなす、大多数が想像する洋の朝食のラインナップだった。
「へ?」
この息子は一体何を言っているんだと、一子さんは理解不能といった様子だ。
「えっと……つまりですね……」
そんな一子さんに、俺はポケットからスマホを取り出し、実は撮っていた昼食の食卓の写真を見せる。
「こういうことです」
スマホの画面に映し出されたソレを、一子さんと雅生さんが揃って覗き込む。ふたりの目に映っているのは、今広がっている食卓の対極に位置する日本の朝食たち……と、その中心に鎮座する麻婆豆腐。
ジィィィ~~~……っと見つめた後、一子さんは額に手を当てて言った。
「尊アンタ、やってくれたわね……」
「いや、俺に言うなよっ。知るわけないじゃん夕食に何作るかなんて」
「いやそっちもそうなんだけどね……」
まだ何か言いたいことがある様子の一子さんは、くるりと返り台所へと戻っていく。そしてそう間を置かず、両手で鉄鍋を持って戻ってきた。
(何このデジャヴ……)
そんな俺の予感をよそに、一子さんは鉄鍋をドンと食卓の中心に置き蓋を取る。
「最後の、コレ」
ぼわっと、視界を遮るほどの大量の湯気が立つ。
「……」
「……」
「……」
それもすぐに空気に溶け、その後に姿を見せたのは――
「麻婆豆腐ですね」
「麻婆豆腐だね」
「麻婆豆腐だな」
紛うことなく麻婆豆腐だった。
「ホント……尊、アンタやってくれたわね……」
「だから……俺に言うなって……」
息子は昼食に和の朝食を用意し、母親は夕食に洋の朝食を用意し、ふたりともが和でも洋でもない中華の麻婆豆腐を最後にぶち込んできた……
(なんというか……親子だな)
そう思わざるを得なかった。
俺が泊まりに来るなんてイベントだけで、よくもまあここまで楽しめるものだ。
「……って、冷める前に早く食べようっ」
一番に我に返った雅生さんが、二度手を叩いて全員を引き戻す。
確かに、せっかく作ってくれた夕食だ。スクランブルエッグとか、冷めやすいものもあるし早く食べよう。
一子さんの「それもそうね」という言葉を皮切りに、ようやく瀬良家の夕食が始まった。
「ほい、尊」
「お、おう……」
瀬良は、一子さんがよそった麻婆豆腐を苦い顔をしながら受け取った。
「ほい、悠灯くん」
「あ、ありがとうございます……」
そしてそれは、俺も同じわけで……
俺たちは揃って、ゴクリと生唾を飲む。見た感じ瀬良のものほどえげつなそうな色はしていない。
「ん? どうしたんだ、ふたりとも」
当然といえば当然、お椀を手に固まっている人間がふたりもいれば奇妙にも映るだろう。
「いや実は、瀬良が昼に麻婆豆腐でやらかしたんですよ」
取り敢えず、このままただ喋っているだけというわけにもいかないので、箸を動かしながら瀬良の更なる所業を暴露する。
「やらかしたってなんだよ、やらかしたって」
「あんなバカみたいに辛いヤツ、十分やらかしてるだろ」
いかん……思い出しただけでなんか辛くなってきた。
「そんなに辛いのを作ったのか、尊?」
「まぁ……ちょ~っとやりすぎたかなぁ~とは思ってるかな~、って感じ……?」
「ったく……私のお楽しみを奪っただけでもドついときたいのに、そんなアホ丸出しなことやってたとは……」
結構言葉辛辣だな一子さん。……というか、俺たちの夕食に対するリアクションそんなに楽しみだったのね……やっぱり似たもの親子だ。
「言いすぎだろ……」
「じゃあお前、奥海さんがいなかったらアレの処理どうしてたんだよ」
「うぐッ。それは……」
見事に痛いところを突けたのだろう、わかりやすく言葉を詰まらせてくれる。ホント、奇跡的にタイミングよく奥海さんが来てくれていなかったらと思うとゾッとする……
「奥海さんって、津々璃ちゃん来てたの?」
俺の言葉に反応したのは一子さんだ。お互いの家に行き来するまでの関係なのだから、そりゃあ奥海さんのことを知っているか。
「ああ、たまたまの偶然な」
「それで、一緒にお昼を食べる流れになったと?」
「そ。昼もまだだって言ってたし、辛いの好きって知ってたからちょうどいいかなって」
「まぁ、俺がいることは言ってなかったけどな」
「そこは……そっちの方が面白そうだったからな」
せめて奥海さんには伝えとけよと思う。どうせ面白そうだったから言わなかったのだろうが。
「それで、その激辛麻婆を津々璃ちゃんが食べたのか?」
「はい、食べましたよ。引くほど辛い麻婆豆腐」
女性に対して言うのもなんだが、あれは見事な食べっぷりだった。俺は一杯食べきるのに苦労したというのに。
「へぇ~。津々璃ちゃんにそんな特技があったとはねぇー」
「俺も予想以上過ぎてマジかよって言いそうになったよ。ま、おいしそうに食ってくれたから満足だけどな」
確かに幸せそうに食べていたな。食べられる人が食べるとちゃんとおいしいって思えるってことは、むやみやたらに辛いものをブチ込んだわけじゃないってことか。その辺りはちゃんとしてるんだよなぁ……
「まぁ津々璃ちゃんの辛いもの好きはともかく、安心しな。そんなまともに食べられないようなものを作った覚えはないから」
「それは、安心ですね」
麻婆豆腐の懸念がなくなったところで、お椀の中を蓮華で掬い口に運ぶ。
下に触れた瞬間、火を吹く……なんてことはなく、それはそれはちょうどいい辛さだった。
「やっぱり麻婆豆腐って、これくらいが一番いいですよね……」
思わず安堵の溜め息さえ出そうなほどだ。
「あぁ……俺も同感だ」
どうやら、激辛麻婆を作った張本人も同様らしい。
次からアレは奥海さんだけに作ってくれ。二度目は勘弁願いたいものだ。
それからは、今日の俺のやらかしに始まり、これまで転校した先々での話――特に遠柳高校でのあれこれなど、話題が尽きることはなく、実に騒がしい夕食だった。
……彼女ができたことを一子さんに蒸し返された時は正直焦ったが。
(ホント。ハプニングも含めて、退屈しない一日だったな……)
瀬良との時間の感想は、やはりそれに尽きる。




