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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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72話 聞きたかった声

サブタイから想像できる通りの話です。

 翌日曜日。俺は、こっちに引越してきてから一番……というか初めてソワソワしていた。


「どしたの、あんた?」


 朝食時、母に怪訝な目で見られるほどにはソワソワしていた。


「いんや……なんでもない」


 その時はなんでもないと濁しておいたが、どうやら違和感になるほどまでに結構表に出ていたらしい。……というのも、実は今日まで俺は一度も沖田さんに連絡をしておらず、また沖田さんの方からも電話1本手紙1通来ていない。

 もちろん、それにはちゃんと理由がある。

 こっちに引越すより以前、俺たちはひとつ決めごとをしていた。


 それは、俺が引越してから最初の半月はお互いに連絡を取り合わない――というもの。


 そして同時に、半月が経った日曜日に俺から電話をすることも約束した。

 大切な人との別離は沖田さんの最大の心の傷。敢えて空白の時間を設けることで、次に声を聞くまでに俺は彼女を求める衝動を一身に蓄積させ、それを半月後の電話で彼女への思いとして証を示したかった。


『向こうに行ってから半月、俺は沖田さんの声が聞けないことに悶々としながら過ごす。だからそんな俺を、俺の思いをその時、改めて証明したい』


 俺が彼女に言った言葉だ。……こんな恥ずかしいことよく素で言えたな俺。今思い出しただけでも軽く死ねそうだ。

 何はともあれ……今日がその半月経った日曜日。約束の日というわけだ。

 時間は午後1時。逸りまくって先走りそうな気持ちを抑えながら、俺は自室で電話をかけるべくスマホを操作する。

 耳元で聞きなれたコール音が鳴る。


 ……部屋の静けさが嫌に気になる。緊張している証拠だろう。


 そして、長いコール音が3度繰り返し鳴ったすぐ後、その時は来た。


『……もしもし』


 ずっと聞きたかった声が耳に届いた。

 たった4文字。ただの定型文句。それだけで、自然と頬が緩んだ。


「久しぶりだね。沖田さん」

『……うん』


 どうしよう……次の言葉が出てこない。最後に聞いたのがもうずっと前のようなその声に、今の気持ち、感情を上手く言語化できずにいる。


『大丈夫だって、ずっと思ってた。でも……やっぱり、うれしい、ね』


 俺の思考回路が右往左往していると、先に沖田さんの方からそう口にしてくれた。

 恐らく、少し前の彼女ならそんな風に素直に「うれしい」なんて言ってくれなかっただろう。


「俺も、嬉しいよ。ずっと……声が聞きたかったから」


 自らに課した、この半月という短いようでずっと長い、縛られた時間。何度電話をかけようと思ったことか。学校でウズウズしそうになったことだって少なからずあった。

 瀬良には悪いが、もしこれがあいつだったとしてもこれほどまでに苦しくはなかっただろう。


 きっとこれが、この差が、友情と恋情を明確に分ける違い。


『……ありがとう』

「ちゃんと、示せたかな」

『うん……っ』

「そっか……なら、この半月必死で堪えた甲斐があったよ」


 これは、これまでの過去もこれからの未来もずっと、誰でもない沖田耀弥というただひとりのためだけに存在する感情だ。




 ◆◇◆◇




 数分も話せば最初ほどのぎこちなさはなくなり、その後の会話は弾んだ。と言っても、一般的な「弾んだ」に比べると弾力は控えめだが。

 もともと、俺たちの間にわだかまりのようなものはない。ただ今日はブランクがあったから感情の整理をつけるのに時間を要しただけ。普段なら彼女と話していてこんなにも気負うことはないのだ。


「最近はどう? 学校とか、ご両親とか」

『……少しだけ……少しだけ、変わった』


 そう話題を変えると、少し予想外の返事が来た。


『朝……知春さんと一緒に、登校するようになった』

「それ、ホントっ?」

『……うん。織宮くんが引越した次の日に、一緒に行こう、って、家に来てくれて……』


 それを聞いて、まるで自分のことのように喜んでいる自分がいた。

 少し、想像してみる。ふたりが並んで登校路を歩く光景を。もしかしたらあったかもしれない、並んで登校路を歩く出会ったばかりの小さなふたりを。

 ただ頭で思い浮かべただけだが、ふたりの過去の断片を知っている俺からすれば心に来るものがある。


「そっかぁ……桜木先輩に沖田さんを盗られちゃわないか少し心配だよ。はははっ」

『……』


 悪戯心でそんなことを言ってみたが……反応がない。もしかしてスベった?


「……っと、沖田さん?」

『……な、なんでもない……』


 少し不安になったが予想外、返ってきた声から少し焦りのようなものが窺えた。


『……ありが、とう』

「え?」

『その……大丈夫、だから』


 ――もしかして、さっきの言葉を真剣に受け取ってくれたのか……


「うん。俺も、ありがとう」


 自然と、声に喜色が滲む。

 どうやら、進展があったのは桜木先輩だけではなかったようだ。


『それと……少し、邦依田さんと、話すようになった』


 と、珍しく沖田さんが話を軌道修正した。


 邦依田純乃。俺が以前所属していたクラスの学級委員にして、クラスメイトの中で唯一沖田さんを知ろうとアプローチをし続けた人物。

 どうやら、邦依田さんはまた少し、沖田さんとの距離を縮められたらしい。願わくば、彼女には沖田さんにとっての第2の友達となって……いや、俺はもう「友達」ではないから第1か? ……まぁいい、とにかく友達と言うべき存在になって傍にいてあげてほしい。


「……邦依田さんは、どう?」

『……どう、って』


 俺の意図が伝わらなかったようで、そう訊き返される。

 俺はそれに少し間を空けて、思うことを話すことにした。


「沖田さんは、まだ友達はいらないって……思ってる?」

「……」


 答えは返ってこない。

 俺は言葉を続ける。


「俺はね、沖田さん。桜木先輩を除いて、邦依田さん以上に沖田さんに寄り添ってくれる人はいないと思う。沖田さんも、邦依田さんが他の人とは少しでも違うって感じたから、文化祭、一緒にまわってもいいって思えたんじゃないかな」


 俺が初めて邦依田さんとマトモに会話をした時、彼女の沖田さんに対する行動の根幹は学級委員としてクラスの和を築く責任感や義務感だった。もちろんそれが悪いわけじゃないし、むしろ学級委員という役割をそれだけ重く受け止め行動できることは凄いと思う。ただ、そういった責任感で接されることを肯定的に捉えられない人がいることもまた事実。

 これは俺の単なる予想だが、沖田さんがこれまで邦依田さんに心を許さなかったのはそこ・・じゃないだろうか。邦依田さんが抱えていた責任感や義務感は、沖田さんには単なる好奇心や下心と同様に感じられたのではないだろうか。


「俺は、邦依田さんなら、沖田さんの過去を知ってても知らなくても純粋に付き合ってくれると思う」


 ふたりの関係性が具体的に変化する過程を見たわけではないから推測でしか言えないが、責任感でアプローチをする邦依田さんを拒絶していた沖田さんが、文化祭を一緒にまわることを是とした。沖田さんが根負けしたとは到底思えない。つまりこれが意味するのは、邦依田さんの心境に変化があったということだと思う。


「……って、ごめんね。なんか説教臭くなっちゃって」


 そこまで言ってから、なんだかとても偉そうなことを言っているような気がして、謝る。


『……ううん。でも、心配しないで』


 そんな短い否定のすぐ後に、俺は自分の浅はかさを痛感することになる。




『言ったでしょ……少しだけど、変わった、って』




 そのひと言は、そう言う声音は、とても柔らかく聞こえた。何がとはうまく言えないが、母や桜木先輩とも違う、彼女ゆえのもの。


「はははっ。そうだったね」


 そうだ。沖田さんは変わってきている。

 もう出会った頃の無機質に孤独を歩む彼女はいない。


(バカだな、俺は)


 沖田耀弥という少女は、俺が0から100まで気にかけなければいけないような弱い人間じゃないことを、もうずっと前からわかっていたはずだ。

 今回の転校が切っ掛けかはわからないが、彼女はまた大きく、俺が心配する余地を与えてくれないような存在になろうとしている。


 そんな姿を、様子を、すぐ傍で見ていることができない今に、寂しさを覚える。


「今度は、いつ会えるかな」


 それは半分吐露に近いもの。ふと頭を過ったから漏れたような言葉。

 だがどんな形でも言葉にしたことで、脳内に明確に宿ったその本心は、「会いたい」という願望へと昇華されていく。

 俺の方はいつも通り、部活には入っていないから時間は有り余っている。

 沖田さんのためなら日帰りで赴くことも苦でないことを伝える。


『会うのは……もう少しだけ、待ってほしい』


 返ってきたのはそんな答えだったが、不思議と否定的な意図は感じられなかった。


「そっか……わかった。沖田さんの都合がつく時まで待ってるよ」


 沖田さんがそれを望むならと、俺は下手に追及することなく頷いた。


『うん。……ありがとう』


 俺が向こうに行くにせよ、沖田さんが来るにせよ、今度会った時は一日くらいかけてどこかに出かけたいものだ。

 なんせ沖田さんと付き合い始めてからひと月とせずにこっちに来ることになったから、デートらしいデートもしていない。なんなら付き合う前の方が恋人っぽいことをしている気がする。お互いの家で食事したりとか、水族館行ったりとか。




 それから俺たちは、時間にして1時間弱、他の一切を忘れて半月の穴を埋めるかのように話し込んだ。

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