70話 新天地にて
新章(ってほどでもないけど)よろしくお願いします!
新しい土地に引越してきて約半月が経った。沖田さんのいない生活が、少しずつ当たり前になってきている。
結論から言うと、学校生活の在り方、過ごし方に特に変化はなかった。正確には、頭に「遠柳高校に転校する前と」が付く。初日の挨拶も、クラスメイトたちとの対話も、自分自身で違和感を抱かないほどに。
自分で言うのもなんだが、それはきっとあの沖田さんとの感動的な別れがあったからこそだ。もし彼女に何も伝えず、逃げるように、引き剥がされるように別離していたら、今はもっと悪い方向に変わっていただろう。
かと言って、瀬良や沖田さんほど関わっていきたいと思えた人はいなかった。俺は相変わらず、「それなりの関係」の人を作ることを続けている。
改めて明言しておくが、俺は別に人と関わるのが嫌いというわけではない。ただ付き合いが浅くなると分かりきっている相手を「友達」と定義することに意味がないと思っているだけで、学校生活そのものが円滑に進められるのであれば、むしろ関わっていくことを是とする。
と、そうこう考えているうちにも、もうすっかり覚えてしまった通学路を歩き終え、俺が通う学校――綾葉高校の正門まで来ていた。
こうして改めて見ると、校舎の並びや体育館などの施設の位置など、今まで気にしてこなかったが学校によって外観は全然違うものだ。
「って言っても、新鮮味はまーったくないんだけどなぁ……」
俺は一度止めていた足を再び前に踏み出し門を潜り、教室へと向かう。
今の俺は2年の3組。なんでも、もともと他のクラスよりひとり少ないところに、更にひとり前期の内に自主退学したらしい。それで多分人数を補うためにこのクラスに割り当てられたんだろう。それでも結局、マイナス2がマイナス1になっただけだけど。
余談だが、遠柳高校の時は俺が5組に入ったことで他クラスよりひとり多い状態になったそうだ。他のクラスの事情は知らないからあくまで転校時点でだが。……まぁそんなポンポン何人も退学者が出ることもないだろう。
「織宮くん、おはよう」
「あぁ。おはよう」
教室に入ると、こうやって毎朝挨拶をしてくれるクラスメイトもいる。と言っても、本当に挨拶をする程度の仲なのだが。
「どう? この学校にはもう慣れた?」
「まぁ……そこそこ、かな」
中にはこんな風に二言三言会話をする生徒もいるが、それも極少数。転校生の物珍しさだけで話しかけてきた生徒なんかはもうほとんど関わりがない。
転校生が特別なのは最初の数日程度。日が経てばそんな意識は薄れ、転校生ではなくなる。それはこの21回という規格外の数字で嫌と言うほど(別に嫌ではないが)経験済みだ。
立ち話もほどほどに、自分に与えられた新しい席へと向かう。今の俺の席は窓際の一番後ろ。俗に言うアタリ席ってやつだ。まぁ、授業中に居眠りするつもりも隠れてコソコソなにかするつもりもない俺にとってはアタリもハズレもないんだが。
転校したからといって、普通科の高校ではカリキュラムにそれほど差異が出るわけでもなく、授業進度としては綾葉高校は遠柳高校と比べて少し遅れてるようだった。同じことを二度聞く分には都合の悪い点はないし、先に進んでいてわからないまま授業に入るよりはずっといい。
この日もなんら変わったことはなく、日程は淡々と消化されていった。
幸いというべきか、この学校でも屋上が解放されていた。と言っても、放課後だけなため昼休みは教室で過ごしているが。それにどのみちこの時期は外で食事するには些か寒すぎる。
そんな初冬の乾いた寒風を肌に感じながら、塔屋にかかる梯子に手を据える。
「やっぱ冷てぇ」
さすがに金属の梯子はもう結構な冷たさだ。
俺は今度は梯子を握り、上へと登る。顔を出しても、いつかのように眠っている少女どころか、起きている人ひとりさえいない。当然といえば当然、季節的にもそうだが今時好き好んで屋上に出てくる人の方が珍しい。俺だってあの日は沖田さんがいたことに驚いたものだ。
鞄を置いて冷たいコンクリートに寝転がる。さすがにこの気温じゃあ眠たくても眠れない。まぁもとより眠るつもりもなく、ポケットからスマホを取り出す。
――カシャ
小さなシャッター音とともに、画面の向こう側がスマホに焼き付けられる。映るのは、青が僅かに覗く画面いっぱいの曇天模様。
それを保存してそのまま、これまで撮った写真を見る。ここに来て撮ったものだけでも、駅の外観や校庭の葉もほとんど散った大きな桜の木、後輪両方がパンクした車、袖ビームがへし折れたガードレール、などなど。5年も続けていれば結構溜まるもので、中には似たような写真もいくつかある。
ホーム画面に戻り、スマホを持った右手を伸ばしたまま地面に倒す。
「もう半月経つけど、ここはどれだけもつかな」
誰に言ったわけでもない、だだのひとり言。これも写真を撮るのと同じ、ある意味習慣。ふと頭に浮かんだら口に出す。そこに意味なんて存在しない。
無為と言ってもいい時間を数分ほど寝転がって過ごしていると、徐ろに下から扉の開く音が聞こえた。誰か来たのだろうかと上体を起こすも、当たり前だがここからじゃ下の様子は見えない。
らしくもなく気になって四つん這いで下を覗くと、辺りをキョロキョロ見回している女子生徒がいた。お目当てのものは見つからなかったのか、女子生徒はやがて視線を塔屋の上――こちらに向け、そのまま俺と目が合った。
「あ、ほんとにいた」
「――へ?」
投げられた予想外の発言に一瞬止まってしまう。……というか、どっかで見たことあるような気がするな。
「上、上がってもいいかな?」
女子生徒は人差し指を立てて俺にそう尋ねる。
「ど、どうぞ」
断る理由もないし、そもそもここは俺の専用スペースじゃないので断る権利もない。
ひと言ありがとうとだけ言って、鉄梯子を伝ってこちらまで登ってきた。
「織宮くん放課後はよく屋上に行ってるってクラスの子から聞いたんだ」
そんな言葉も話半分に耳に入れながら、俺は女子生徒の顔を脳内検索にかける。
茶色というか、栗色の髪。長さは肩に大きくかかるほど。正直な第一印象は、少々素朴な感じ。溌剌系というよりは真面目系だが、同じ真面目系でも邦依田さんとはまた違った雰囲気の人だ。
だがやはりイマイチピンとこない。あまり関わりのないクラスメイトだろうか。
「その顔、やっぱり覚えられてないね。まぁ、自己紹介もクラス全員でやった1回だけだし、ほとんど話もしてないもんね」
どうやら予想は当たっていたらしい。ていうか、そんなに顔に出てたのね。なんかゴメン……
「じゃあ改めて。私は都島莉唯。部活は未所属。席は織宮くんの真反対、廊下側の一番後ろ。よろしくね」
「うん……よろしく」
都島莉唯。都島莉唯…………よし、覚えた。もう忘れまい。
それにしても、俺とは違う、屈託のない笑顔だ。別に失ったわけでもないし、特に沖田さんの前では同じように笑うがなんとなく羨ましくなる。
「それで、俺を探してたみたいだけど、何か用があったんじゃ……」
ただ屋上に来ただけならば「ほんんとにいた」なんて言い回しはしない。様子からも俺を見つけたから反射的に声に出たのだとわかった。
「うーん。用って言うか、一度話をしてみたかったんだよね。織宮くんと」
なぜ今と思わざるを得ない。転校生だしそういうのは何度も経験あるが、ただ話したいだけなら別に教室ででもいいだろう。何も朝から放課後まで終始誰かと行動を共にしているわけじゃない。もう半月も経っているんだし、機会はいくらでもあったはずだ。
……それとも、人目を気にするような話なのだろうか。告白……は、ないな。そもそも関わりがほとんどないのは共通の認識だし、自分が一目惚れをされるようなルックスでないことも自覚している。それに告白なら告白で逆に困る。無為な憶測はやめておこう。
「違ったらそれでいいし、気に障ったらごめんだけど……」
都島さんはそんな前置きをして、
「多分だけど織宮くんってさ、クラスメイトと一線引いてるよね」
「……どうして?」
これまた予想外の言葉に思わず言葉が詰まる。沖田さんの例もあるし、こうなってくるとあまりよくない想像をしてしまう。こう……何か抱えていそう、とか。
「雰囲気とか見た感じ、かな。あんまり過度に仲良くしないようにしてるっていう感じがするんだ。見当違いだったらごめんね」
凄いとしか言いようがないな、これは。……少し踏み込んでみるか。
「それは、都島さんがそうだから?」
「え? あぁ違うよ。私は友達も人付き合いも好きだよ」
両手を振り慌てて否定する都島さん。様子を見る限りそこは本心なようだ。取り繕ってる感がない。
「ただ、そうだなぁ…………って、知り合って間もない人に話すことじゃないね。ごめん、今のは忘れて」
都島さんは困った風に、というか自分のミスを恥ずかしがるように笑い、言い淀んだ言葉は結局それ以上語られなかった。
図らずしも俺は、目の前にいる都島莉唯という少女が柔らかな物腰の裏に、暗い何かを隠していることに確証を得てしまった。だが――
(それは俺が気にすることじゃないな)
関係の浅い、今日初めて名前と顔をちゃんと認識した人物。俺が足を踏み入れる余地などなければ、俺自身その気さえなかった。
その後、この話が引き伸ばされることはなく、当たり障りのない会話を交わしただけだった。
◆◇◆◇
放課後の校舎を歩く人影がひとつ。
悠灯よりひと足先に屋上を後にした都島莉唯だ。
階段をひとつ飛ばしでテンポよく下り、下足場へと向かう。
「遅い」
2年3組の下駄箱にもたれかかり腕を組んでいる友人が愚痴を零す。
「ごめんね。ちょっと人探ししててさ」
「人探しぃ? ……まぁいいや。んで、見つかったの?」
「うん。ちょっと話し込んじゃった」
「その結果友人を待たせたってわけね」
「だからそれはごめんって」
どことなく温度の差が感じられる会話をしながらも、莉唯は下履きに履き替え並んで歩き出す。
「誰だったの? 探し人って」
「織宮くんだよ」
「織宮……って転校生の?」
「うん。その織宮くん」
冬入りの夕焼け空の下、少し早い、白い息を中空に吐き出しながら言葉を交わす。
「何? ひと目惚れでもした?」
「はははっ。それ本気で言ってる?」
「まさか。冗談に決まってるでしょ」
「知ってるー」
端から見ればふたりの会話には温度差が感じられるかもしれないが、その差は表面上だけのもの。少なくともふたりの間の心の温度は常に同じ。
「うーん、なんだろねー。なんとなく、彼が何かを運んで来そうな予感がしたんだー」
根拠など一切ない、単なる直感。その予感が吉兆なのか凶兆なのか、はたまた杞憂に終わるのか――
「はっ。何よ、それ」
案の定、その言葉を聞いた友人は鼻で笑い一蹴する。
「ううん。忘れて」
ただ莉唯は、なぜかその予感を気のせいと流すことは出来なかった。
どれだけの話数続くかは今のところ不明です。




