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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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67話 約束の

 週が明けて月曜日。ここで過ごす最後の週だ。

 一日、また一日と……無常に、確実に時間は流れ、その日は目前まで迫ってきている。

 当然ながら心は決して穏やかではない。だが、かと言って荒んでいるわけでもない。

 終わりが近いからと言って、沖田さんと桜木先輩を除く誰にも転校することを教えていないから、教室の雰囲気が変わることもなければ、俺自身の学校生活が特別変わるわけでもない。俺だけが……俺と沖田さんだけがいつも通りを演じている。もし五十谷たちが知ったらなんだかんだでバカ騒ぎしそうだ。


 学校生活に変化がないことは俺にとって何も意味を持たないが、今回に限って言えば変わらないことが幸せなこともある。

 沖田さんとの昼休みのひと時がまさしくそれだ。結構肌寒くなってきたが、せめて最終日まではと、沖田さんの希望で外で過ごすことにした。

 が、今は屋上に俺ひとりだけだ。昼休みが始まってすぐ、今日は先に行っててほしいと沖田さんに珍しくそう言われたのだ。だからこうして先んじて受け取った弁当の入った手提げ袋を傍に置いて彼女を待っている。


「ごめんなさい」


 そう時間を置かず、沖田さんは屋上に出てきた。


「ううん。全然待ってないよ」


 俺はそう答えたが、事実だ。俺がここに腰を下ろしてわずか数分……この程度、待ったうちに入らない。

 沖田さんは俺のすぐ隣に座り、俺たちはいつものふたりきりの時間を始めた。


 この屋上は俺にとって、出会いから今に至るまで、沖田さんとの色々なことが始まった場所だ。そこで、いつも通り、沖田さんの手作り弁当を一緒に食べて、他愛のない話をする。その時間を噛み締めるとともに、もうすぐ終ってしまうという気配に寂寥感を覚える。

 ……と、そんな思いに耽っていると、


「……どうしたの?」


 沖田さんに様子を心配された。

 一度自分の思考に入ると呆けてしまう。悪い癖だ。


「なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

「考え事?」

「そう。こうやって沖田さんと屋上で過ごせる時間も、もう数えるほどしかないんだなぁって」


 ここに来る回数ももう片手で足りる。この弁当もしばらく食べられなくなってしまう。


「沖田さんのおかげでもう不安はないんだけど、やっぱり寂しいものは寂しいからね」


 こればっかりはどうしようもない。この感情ばかりは、俺の中にあり続けるべきものだから。

 この寂しさが、沖田さんを好きな俺を証明してくれる。


「私は……織宮くんが好き」

「――!?」


 唐突な沖田さんの言葉に、思わず面食らった。好きと言われたことへの嬉しさと、なぜ今という戸惑いが俺の中で目まぐるしく廻っている。


「私も、まだ……全部が大丈夫って、わけじゃない。織宮くんがいなくなって、その後の私がどうなるのかも……今はわからない」


 気が付くと沖田さんの端正な顔がすぐそこにあり、右手に添えられた両手の感触があった。


「でも……織宮くんが私を忘れてしまうって、もう二度と会えないかもしれないって、そんな不安は……ない」


 沖田さんがあの日俺の部屋で言葉に出来なかった、その全てが集約された言葉……そんな気がした。


「私が、織宮くんが好きで……織宮くんが、私のことを、好きでいてくれてるのも……知ってるから」


 ……そうか。これは、励ましてくれてるんだ。俺がまだ、気持ちを整理しきれていないと思って。

 むず痒い。面と向かって「好き」と言われることがこんなにも小っ恥ずかしいとは。


「ありがとう、沖田さん。でも、大丈夫だよ」


 転校当初の俺に、この言葉を聞かせてやりたい。きっと声も出せなくなるほどに驚くだろう。


「俺今、沖田さんが隣にいない未来を想像できないから」


 こんな光景。こんな時間……あの頃の俺には想像もつかない。

 自分でも恥ずかしいと思えるこんなセリフも、今はスルリと喉を抜け言葉にすることが出来た。


 言いたいことを言ったからか、少しずつ頭の熱も冷めてくる。そうすればクリアな思考の中で、はっきりと現状が把握できるようになる。……そう、俺の顔の至近距離に沖田さんの顔があるということを。

 同じ黒のはずなのに、俺よりずっと綺麗に見える澄んだ瞳。

 冷たい風とは対称的に、優しいぬくもりを感じる添えられた両の手。

 さっきは雰囲気というか空気的に意識してなかったが、冷静になると今目の前で起きている状況が急に意識の中に飛び込んできた。いやさっきまでも冷静じゃなかったわけじゃないんだけども。


「……ん」


 沖田さんも気づいたのか、顔を離し手を引き、フイと体ごと顔を背けてしまった。心なしか返事も以前に戻っているような気がする。

 どこかもったいないことをした気分に陥って彼女の後ろ姿を眺めていると、ふとあることに気づいた。


(あれ……沖田さん、耳が……)


 当たり前だが、向こうを向いた顔の表情は沖田さんじゃなくてもわからない。だが、黒い髪から覗く耳は見てわかるほどに赤みを帯びていた。

 それを見るとなんだか心が軽くなって、自然と笑みが零れた。


(なんだかんだで、お互い様ってことか……)


 恥ずかしがっている沖田さんの顔を見ることが出来ないのは少し残念だが、今は顔を紅潮させている彼女を想像するに留めておこう。いつか拝める日を願って。

 そんな若干気持ちワルイ想像を膨らませているうちに紅潮も引いたようで、沖田さんは何事もなかったかのように昼食に戻り、ようやく見えたその顔はいつもの表情なき表情に戻っていた。


「……そうだ」


 ふたり揃って昼食を終えた後、弁当箱を手提げに仕舞おうとした沖田さんがふと声を漏らした。弁当箱と入れ替えで取り出して見せたのは、お菓子とかのラッピングに使われるビニール袋だった。

 ……そう。お菓子とかの(・・・・・・)ラッピングに使われる(・・・・・・・・・・)ビニール袋だ。あれをなんというのかは知らないが、とにかくそれだ。


「これ」


 中には手のひらサイズのチーズタルトとチョコタルトがそれぞれひとつずつ。あの日……文化祭の試作会の帰り道に沖田さんが作ったことがあると言っていたうちのひとつだ。


「約束……だったから」


 沖田さんの手からお菓子袋を受け取る。

 あの日交わした小さな約束。文化祭の日に恰好をつけてお返しだとか言った約束の手作り菓子だ。

 この日、この時を、ずっと心待ちにしていた。日を重ねる度に期待と高揚で胸が膨らみ、満を持してというべきか……いまそれが俺の手元にある。


「食べてもいい?」

「うん」


 袋を縛る赤いリボンを解き、チーズタルトを取り出す。それをそのまま口に運び、ひと口。何度も咀嚼してからゆっくりと飲み込む。


「……やっぱり」

「……?」


 口の中に残るチーズの余韻を感じながら、俺は素直にこういった。


「思った通り。おいしいや」


 下唇の端に欠片がついているのがわかる。でもそれも今はどうでもよくて、ただこれを食べていたい。だってまだもうひとつ残っているから。

 食リポなんかは期待しないでほしい。俺は芸能人でもなければアナウンサーでもないから。おいしいものはおいしい……俺にとってはその形容の仕方で手いっぱいで、それだけで十分だ。


「……ありがとう」


 沖田さんはまた少し顔を赤くして、小さくそう言ってくれた。

 俺はそれに笑みで返し、またタルトに齧り付いた。






 そして。


 時間は止まることもなければ、遅くなることも速くなることもなく、ただ坦々と秒針を刻み…………遂に遠柳高校で過ごす最後の日を迎えた。

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