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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
62/135

62話 訪問、恋人宅

 悠灯が目覚めたのは、午後ももう3時前だった。


 ――ぐぎゅるるるる~~


「……」


 盛大に腹の虫が悲鳴を上げた。当然と言えば当然。朝も昼も碌に何も食べずぶっ通しで眠っていたのだから腹も空くというものだ。

 気分も大分楽になっている。頭の方も痛みも違和感もなく、思考もクリアだ。2日連続の睡眠生活もようやく効果が現れたようだ。

 だからといって何かをしようと思い起こるわけもなく、結局は何をすることもなくただぼーっと項垂れ時間が流れるのを感じ取るだけ。

 数秒、数十秒、数分と時計の針が刻まれていき、やがて部屋の扉から3度のノックが鳴った。


「悠灯、起きてるー?」

「……あぁ」


 悠灯が返事をすると、好恵が扉を開けて入ってきた。


「どしたの、そんな魂抜けたような顔して」

「いや。ただぼーっとしてただけ」

「そっ。調子はどう?」

「熱はもうない、と思う。だるさも特には」


 好恵は悠灯の額に指を当てて再び確認する。


「ん、大丈夫そうね。なんか作ってやるからちょっと待ってな」


 当てた指でそのまま悠灯を突いて枕に倒し、好恵は部屋を出ようと扉に手をかける。


「なんで、何も言わないんだ」


 が、悠灯はそれを呼び止めた。今日まで、好恵も真誠も何も言わなかった。だから悠灯から踏み込んだ。

 悠灯の問いに好恵は驚くでもたじろぐでもなく、ただこう言った。


「答えを出すのは、悠灯自身じゃないと駄目だからね」


 悠灯にはその言葉が、申し訳なさでいっぱいのように感じられた。


 好恵と真誠はあの夜、自分たちからは何も追求しないことを決めた。自分たちが何を言っても、それは悠灯にとっては余計に追い詰める結果にしかならないからだ。今の悠灯にはどんな言葉も毒であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 故に、自らの無力さに歯痒さを残しながらも、ふたりは何も言わないことを選んだ。


 悠灯の部屋から出ると、好恵は途端にその表情を曇らせる。

 溜め息ひとつ。意味がないことはわかっていたが、零さずにはいられなかった。 

 階段を下りながら何を作るか考えていると、


 ――ピーンポーン


 来客のチャイムが鳴った。こんな時間に珍しいと、インターホンに出る手間を省いて玄関へ向かう。


「はいはーい……って、あら……」


 訪問販売か新聞勧誘か、それとも何か買っていたか、そんなことを巡らせながら扉を開く。前門から一歩引いたところに立っていた人物を認めると好恵は、先ほどとは打って変わって柔和な笑みを浮かべた。


「いらっしゃい」




 ◆◇◆◇




 あっという間に放課後が訪れた。いや、耀弥にとってはいつもより何倍も長い一日だった。

 帰り支度を済ませ、隣にいない悠灯を想いながらひとり、いつもの屋上へは向かわず階段を下りる。

 いつもは悠灯と歩く帰り道も、足音がひとつ足りないだけでどこか欠け落ちたような、そんな気がする。


 耀弥は不思議な感覚になった。


 悠灯と出会うまでは、こんなひとりの時間は当たり前だった。でもそれがいつの日か当たり前じゃなくなって、気づけば悠灯といることが新しい日常に、当たり前になっていた。それがあまりにも自然で、耀弥の心は自覚として表出しないところで許容し受け入れていた。

 ただの学校からの帰り道。たったそれだけのこと、ただそれだけの時間なのに、頭の中は悠灯のことでいっぱいになる。

 自分はいつからこうなのだろう。そんな答えの朧げな自問が耀弥を揺らしていく。でもそれは不快じゃなく、どこか自分という人間が新しく再構築されているようで、それを成しているのが悠灯の存在ゆえなのだと思うと心地よささえ感じている自分がいた。


 いつもの帰り道を外れ、ポツリポツリと、いつかに一度だけ来た道を、不思議なほど明瞭な記憶を頼りに歩く。

 そう。一度だけ。その場所に行ったことがある。この場所に来たことがある。


「ここで……あってる、よね」


 着いたのは一軒の家。表札には「織宮」の文字。

 悠灯の家だ。

 耀弥はおずおずといった風にインターホンを鳴らす。長い電子音が耳に届いてから数秒――


「はいはーい……って、あら……」


 悠灯の母、好恵が顔を見せた。


「いらっしゃい」


 玄関から出てくる好恵を見て妙な緊張感のようなものを覚えた耀弥は、ただ言葉をなしに頭を下げる。


「悠灯のお見舞い、来てくれたの?」

「……ん」

「そっか。ありがとね」


 好恵に促され、二度目の織宮家に足を踏み入れる。ただ……


(……なんか、変)


 いつも見せる柔和な笑みのはずなのに、耀弥はそこに言い表しづらい何かを感じた。

 一抹の違和感を残しながらも家に上がる。


「それは……」


 好恵は耀弥の手提げを見て少し思案顔になったが、それも僅かの間。すぐに理解した顔になる。


「耀弥ちゃん、そのまま悠灯のとこ行ってあげて」


 耀弥は好恵に言われるまま、階段を上がって悠灯の部屋へと向かう。以前来たときは居間だけしか入らなかったからか、緊張も相まって初めて来たかのように思えてくる。

 階段から最も近い部屋。そこが悠灯の部屋だ。

 耀弥は扉の前に立ち、若干の震えを纏った手で三度、扉を鳴らす。


「開いてるぞ?」


 ノックの音が止んでから少し、悠灯の声が耳に届いた。好恵が来たと思っているのだろうか、何とも投げやりな声だ。

 耀弥はゆっくりとドアノブに手をかけ、押し開く。


「……沖田……さん?」


 部屋に入って耀弥がまず目にしたのは、ベッドに座る酷く狼狽えた様子の悠灯の姿だった。

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