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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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6話 いつもと違う風景

織宮母、登場です。

キーキャラもひとり、登場です。

「ただいまー」

「あっ、悠灯。おかえ……り?」


 家に着いて、帰宅の挨拶をする。

 母親の素っ頓狂な声が飛んできた。無理もない。なぜなら俺の隣には綺麗な顔立ちをした静かな少女──沖田耀弥さんがいるからだ。


「えっと……こちら、同じクラスの沖田耀弥さん」


 俺が紹介すると、沖田さんはペコリと浅くお辞儀をする。


「あーーー、悠灯ちょっといい?」

「何?」

「いいからいいから」


 そう言って母はちょいちょいと右手で俺を招く。


「ちょっと待っててね」


 俺は沖田さんにそう告げて母に応じる。

 俺が近づくと母は沖田さんを背中に振り返りガバッと左腕で俺の首を固める。


「何よアンター。いつの間にあんなカワイイ子ゲットしたのー?」


 小声でそう言う母の顔はやたらとニヤついている。


「痛い痛いッ! ただのクラスメイトだよ!」


 俺の必死の抗議はなんとか受諾され解放される。……ったく、アンタ元柔道部の主将なんだからちっとは力加減しろよ。


「それで? 何でまた急にあんなカワイイ子家に連れてきた? アンタにそんな度胸あったっけ?」


 むっ。どうやらこの母親は自分の息子のことを肝の据わらぬ小さいヤツと思っているようだ。……まぁ、俺も何でこんなことしたのか分からないんだけど。

 ひとつ、言えるとしたら……同情、ではない。なら、放っておけないから……だろうか。


「彼女、両親が仕事で夜はいつも独りらしいんだよ。それで、良かったらうちに来ないかって。まさかホントに来るとは思ってなかったけど」

「そう……」


 母はさっきまでとは一転、俺の頭をポンと優しく叩いて沖田さんの方へ赴く。


「沖田ちゃんね。悠灯の母親の好恵(このえ)よ。どうぞ上がって。今から作るからリビングで待ってて」


 そう柔らかく語りかける母に、沖田さんは相も変わらずコクリと頷くだけだった。

 母はそれを確認すると踵を返し、俺の横を通り過ぎる過程で尋ねた。


「彼女、恥ずかしがり屋?」

「ただ極端に無口で無表情なだけ」


 あと他人に無関心もプラスされます。


「そりゃまたひと癖ふた癖ありそうな子ね」

「それってどういう……」

「ま、頑張んなさい」


 母は何やら引っ掛かる言葉を残し、俺の肩を小突いて俺の左手からスーパーの袋を取って家の奥に行ってしまった。……ひと癖ふた癖……か……。

 その場に沖田さんと取り残された俺は、彼女を促し家へ上げた。小学の三度目の転校以来、初めて学校の知り合いを家に上げた日だった。




 ◆◇◆◇




 食事中の会話は母が話を振り、沖田さんが短く答えるといった実に一方通行なものだった。


「へぇー。沖田ちゃん自分でお弁当作ってるんだぁ。それって、毎朝早起きして?」

「夜に作り置きしてる。両親の分も一緒に」


 今回は小さく首を振って答えた。

 確かに、夜に作って冷蔵庫に入れておいた方が翌朝の手間が省けていいかもしれない。……それにしても、家族全員分作ってるのか。広い目で見たら沖田さんの家庭も一般的な家庭とは少し外れているのかもしれない。


「うちもそうしたら? そしたら母さんが寝坊してもコンビニ行かなくて済む」

「ならあんたが作ればいいじゃない」

「俺は無理。それに専業主婦は家事が仕事だろ?」

「あんた専業主婦ナメてると餓死するよ」

「すみませんでした前言撤回します」


 真顔の母に即行で謝った。専業主婦怖い。いや、うちの母親が怖いのか。


「ははっ。冗談よ」


 いや、真顔で餓死とか言われたら冗談に聞こえないから。


「でも確かに前日の夜に作っといた方が楽かもね……あ、そうだ。沖田ちゃん、こいつの弁当も一緒に作っやってくれない?」

「っっ! ~~~~! な、何言い出すんだよ!」


 突拍子もない母親の発言に盛大に()せた。何言い出すんだこの人! 沖田さんの話を聴いてなかったのか?


「そんなの無理に決まってるだろ! 沖田さん両親の分も作ってるんだから、そうじゃなくても迷惑だ──」

「大丈夫」

「──って……えっ?」

「別に、今更ひとり増えたところで、大して変わらない」


 まさかの答えに言葉がない。どうやら母も冗談だったようで予想外の返答に目をぱちくりさせている。


「いや、いいよ沖田さんっ。そこまでやってもらうような義理もないし、やっぱり迷惑だろうし」


 沖田さんは黙り込んで返答がない。……本気だったんだろうか。

 沖田耀弥という人物そのものがミステリアスチックなので、彼女の真意というか、考えていることが分からない。彼女の言葉にも顔にも抑揚や表情がなく、それが本意なのか不本意なのか理解することがかなわない。

 結局俺は、最後まで「沖田耀弥」という人間について考えさせられた。


「ありがとうございました」

「またいつでも来てね。うちは大歓迎だから」


 食事を終えると、俺は冷蔵庫から沖田さんの買い物を取り出し、沖田さんは帰り支度をした。


「じゃあ、途中まで送ってくる」


 俺は買い物袋を右手に、沖田さんと自宅を後にした。


「今日はありがとう、来てくれて」

「……ん」


 話題が見つからず、軽い緊張とともに沖田さんに従って歩くだけ。

 またいつものパターンかと思いきや、口を開いたのは沖田さんだった。


「どうして?」

「なにが?」

「私を、誘った理由」


 いつもの如く、文字数の少ない言葉だ。


「沖田さんと一緒かな?」


 俺が言うと、沖田さんは変わらぬ表情のままこちらに顔を向けた。


「なんとなく、ってやつ。沖田さんがなんとなく俺の買い物に付き合ってくれたみたいに、俺もなんとなく、沖田さんのことを知りたかったから誘っただけ」


 そこまで言って急に恥ずかしくなってきた。

 何か言わなければと言葉を探していると、沖田さんに先を越された。


「ここでいい」

「えっ、あぁ、そっか」


 我に返って右手の買い物袋を沖田さんに渡す。


「……ありがとう」

「あ……うん。それじゃあ、また明日ね」

「……ん」


 その返事を最後に、沖田さんの背中を見送った。

 さっきの「ありがとう」は買い物袋を持っていたことに対してだろうか、それとも夕食に誘ったことに対してだろうか。……いずれにせよ、最後の「ありがとう」には少なからず感情がこもっていた気がした。



 俺はこの時から沖田さんと「それなりの関係」じゃない、ちゃんとした「友達」になりたいと思うようになった。




 ◆◇◆◇




 帰宅して自室で読書に没頭していた俺の、傾けられた意識を裂くようにスマホが愉快な音をあげた。着信だ。


「誰からだ?」


 小説に栞を挟み震えるスマホを手に取る。

 俺の電話帳に登録されてる番号なんて限られてる。母親はこの家にいるから電話をかける必要はないから、会社にいる父親かもしくは──


「瀬良、か」


 画面に表示された名前は「瀬良(せら)(たける)」。俺が持つ唯一の友達(・・)だ。


「もしもし」

『よぉ、ユウ。しばらくぶりだな』

「急にどうしたんだ、瀬良?」

『おいおい、そろそろ尊って呼んでくれてもいいんじゃないか?』


 俺はそれに答えない。ただ沈黙をもって返すのみ。


『まぁ、いいさ。気長に待つよ。それで、今何校目だ? 前のままか?』

「いや、あれから2回した。累計20回目の転校を少し前に果たしたよ」

『うへぇ~。そりゃ大変だなぁ』


 瀬良は大袈裟なリアクションをとってみせる。歪めた表情が容易に思い浮かぶ。

 そして小さく息を吐き、続く言葉は、トーンが少し落ちた。


『それで──友達は作ったのか?』


 この言葉の意味は即ち「『それなりの関係』じゃなくて『友達』は作ったのか?」だ。

 真っ先に彼女の顔が浮かんだ。


「ひとり。なりたいと思ってる人がいる」

『ホントか!? どんな奴だ?』


 心底意外とばかりに声色を変え、途端に興味を肥大させる瀬良。心外だがまぁ、無理もないか。


「同じクラスの女の子。容姿も良いし、普通に可愛いと思う」


 ふむふむと相づちを打つ声が耳元から聴こえる。


「ただ……極端に無口で無表情、更には他人に無関心なんだ、その子」

『無口無表情、そんで無関心……それはまたなかなか癖のある子だな』

「癖、か……」


 そういえばうちの母親もそんなこと言ってたっけか。


『まぁ、何はともあれ、お前にそう思える人ができたって聞けて安心したよ。お前が転校してから、結構心配してたんだぜ。ちゃんとやってるか、孤立してないか、とかな』


 瀬良は声のトーンを落とし、どこか懐かしむように言う。お前は俺の親かよ……

 まぁそれでも、心配してくれるのはありがたいことだ。瀬良のおかげで今の俺があるようなもんだからな。


 だから……


「……瀬良。あの頃は、本当に──」

『ユウ、ストップだ』


 その言葉は続かず、瀬良の強い声に遮られる。


『何度も言ってるだろ、仕方の無いことだって。大人の事情なんざ子供にどうこうできるもんじゃない。それに、オレはああなることも承知で選んだんだ』

「そうだけど、でもやっぱり本当だったらお前は」

『聞き分けがないなぁ。オレは何よりお前と友達でいられることが嬉しいんだ。それに比べたら大した問題じゃない』


 電話すると何度かこの話になる。主に俺から。

 瀬良は毎度こう言うが実際はどうだろうか? 一時の交友と自分の将来。天秤にかけたら普通後者に傾くはずだ。


『この話はもう終わりだ。次連絡する時はいい話を期待しとくぜ。じゃあな』

「あ、ああ」


 ツー、と通話の切れた音が鳴る。

 ブラックアウトしたスマホをベッドに投げ置き、ボフッと音を立てて布団の柔らかい弾力に身を沈めた。

過去に何かがあった……ってな感じでそれっぽいニュアンスを含ませるのって、難しいですね。

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