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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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55話 わからない“ひとり”

 涙を隠すために背けていた顔を上げ、正面から思いの丈を伝えた。……伝えずにはいられなかった。

 今を逃せばもう先に機会はないと思った。俺の気持ちの全てを込められるのは今しかないと思った。後先なんて考える間もなく、全身全霊の本音を口にした。


 目の前には誰が見てもわかるほどに、目を見開いている少女の姿。まるで信じられないものを見たかのような、間違いなくこれまでで一番驚いている表情。

 予想なんてしていなかっただろう。俺が告白するなんて思っていなかっただろう。それはそうだ。最悪墓場まで持っていくつもりだった感情だったのだから。

 沖田さんは自分への感情に聡い。それはこれまで関わってきた中で気づいていた。うちの母も桜木先輩も同じ、気づいているだろう。

 そんな沖田さんに俺の思いが今この時まで気づかれなかったのは恐らく……沖田さんが「好き」という感情を知らないから。恋愛感情の「好き」を向けられたことがなかったから。


 ……今初めて、向けられていることを知ったから。


 言いたいことは言った。俺はもう待つことしかできない。

 沖田さんの出す答えが俺が欲するものでもそうでなくても……受け止めるだけ……




「わた、し……は……」




 言葉が出てこない……そんな感じがする。




「わた……しは……」




 辛うじてといった風に発する声は、まるでうわ言のよう。

 浮かぶ顔色は戸惑いを隠せていない。

 あの日、過去を話してくれたあの時よりもずっと震えている。


 突然、沖田さんが勢いよく立ち上がった。




「私は……わからないっ……」




 胸に手を当て、力弱くそう叫んで、走り去ってしまった。


 鉄扉の開閉音が耳に響く。沖田さんの姿はもう見えない。

 呆然と座り込んだまま、沖田さんがいなくなった扉を見つめる。

 なんだろう……この感覚は。理解は出来ているのになんだか現実味がない。


「フラれた……か……」


 こうして実際にその瞬間が来てみると……あまりにあっけない。


 ふと、食べかけの弁当が目に入った。


 俺は、間違ったのだろうか。

 言うべきではなかったのだろうか。

 やっぱり、最後の時まで心の内に留めておくべきだったのだろうか。

 秘め事は秘め事のまま、明かすべきではなかったのだろうか。


 心の散乱から目を逸らすために沖田さんお手製の弁当を口に運ぶ。


「……やっぱり、おいしい……な」




 ◆◇◆◇




 屋上を飛び出した耀弥は、階段を駆け下り目指す場所もなくひたすらに走っていた。

 先ほど悠灯に言われたことがちゃんと呑み込めない。頭の中がぐちゃぐちゃにこんがらがって考えが追いつかない。

 あの時の悠灯の顔も、声も、その内容も、鮮明に覚えている。でもその言われたことが、自分に向けられたという事実がどうしても信じられなくて……パニックになった。


(わからない、わからない、わからないっ……)


 純粋な好意。純粋な恋愛感情。それを向けられることは、耀弥には心の奥底のほんの片隅にさえ考えられないことだった。それはそうだ。ほんの半年前まで孤立を地で行く生活を送っていたのだから。

 ……しかし、心がこんなにぐちゃぐちゃなのはそれだけが理由じゃないということもわかっていた。ただ、その「他の理由」が何なのかがわからないのだ。


 闇雲に足を動かして靴も履き替えず校舎の外に出ると、どこからか楽器の演奏が聞こえてきた。気になってその音を辿っていくと、体育館に着いた。

 扉を開けて中に入ってみると、舞台の上では吹奏楽部が演奏をしている最中だった。その中には知春と純乃の姿もあった。耀弥はただ呆然と眺めていたが、演奏はほとんど終盤だったようで数分もすれば終わってしまった。

 自分が場違いな存在であるように感じ、体育館内を賛辞の喝采が包む中、耀弥は静かに体育館を抜け出した。


 暗いというか、無というか、なんにせよ文化祭という青春最高潮なイベントには到底似つかわしくない雰囲気を纏い、耀弥は体育館の横を歩く。

 吹奏楽部の演奏を聴いて少しだが落ち着いたせいか、悠灯から逃げてきたんだという事実を突きつけられる。


「あれ、耀弥ちゃん?」


 顔を上げると、体育館裏から出てきたところの知春と純乃がまるで予想外の出来事に遭遇したような顔で立っていた。ふたりとも譜面台とフルートを持っている。


「どうしたの沖田さん、こんなところで……ひとりで」


 ふたりが驚くのも当然だ。なぜならふたりとも、知っているからだ。今日この時間、耀弥が悠灯と一緒に行動していることを。

 だが、ふたりの前には耀弥の隣にいるはずの悠灯の姿がない。


「織宮くんは、どうしたの……?」


 さすがは知春。耀弥の明らかにおかしい様子を即座に察知した。

 珍しく口ごもり、答えない……というよりは答えられないといった様子の耀弥から何かよくないものを感じ取った知春は、「少し待ってて」と残して純乃と一緒に吹奏楽部員の列に小走りで行ってしまった。




 ◆◇◆◇




 音楽室の前で楽器の片付けの待ち列に並ぶ知春は、焦りと不安で気が急いていた。


「純乃ちゃん……さっきの耀弥ちゃん、どう思う?」


 悠灯と一緒にいなかったことを含めて、何かあったとしか考えられない。今すぐにでも飛んで行きたいが、そうもいかないため気を紛らわす意味も含めて隣に並ぶ純乃に尋ねた。


「いつもの沖田さんらしくなかった……っていうのは感じました。なんて言うか、混乱? してたような……織宮くんがいなかったのも気になりますし」


 純乃も知春と同じ、耀弥の様子のおかしさに気づいたようだ。恐らく純乃以外のクラスメイトがあの時の耀弥を見たとしても「どうかしたの?」程度にしか思わなかっただろう。それくらい耀弥の「明らかにおかしい様子」は表に出にくいのだ。


 だが実際のところ、知春には大体の予想がついていた。そして奇しくもその予想は的中していた。


 悠灯が自分の思いを告げたのでは――


 昨日悠灯と話した時はどうするか悩んでいたが、あれから何か心境の変化があったのだろうか。その予想が当たっていたとして、だとしたら今の状況は…………そんな思考が知春の中で広がる。


「純乃ちゃんは、知ってるの?」

「何がですか?」


 知春はなんとなく悪方向に傾き始めた思考を切り替える意味も含めて、はっきりとは言わないように言葉を濁しながら尋ねる。


「その……織宮くんが……」

「あぁ。沖田さんを好きだってことですか」


 思ったよりも上手く言葉を選べず聴き方によっては脈絡的に察しそうな言い回しになったが、どうやら純乃には既知のことだったようだ。


「ははは……やっぱり気づいてたか」

「はい……というかクラスの皆はもう既にふたりが付き合ってると思ってますよ」


 それは予想外だと自然と知春から苦笑いが零れる。


「……でも、多分今回のことはそれが関係してると思うの。あんな様子の耀弥ちゃん見たことないし、何より思い当たる節がそれしかない」

「織宮くんが、沖田さんに告白した……ってことですか?」

「恐らく、ね」


 だがここで耀弥抜きで話していても、本人に直接訊かなければ、このまま何もせずにいれば5年前の二の舞だ。

 列が進んだら前に倣って譜面台を並べ、音楽準備室でフルートをケースに仕舞う。


「純乃ちゃんは、どうする?」

「もちろん、私も行きます」


 知春と純乃は音楽準備室を後にし、体育館の外で待つ耀弥のもとへ急いだ。

余談ですが、純乃は本来クラスの役割がある所を一旦抜けて吹奏楽部の演奏に来ている、という裏設定(?)があります。一時的とはいえリーダーのいない厨房はそれはもう大変だとかそうじゃないとか……

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