53話 悠灯が待ちわびた日
文化祭2日目の朝。今日の俺はソワソワしている。とてもソワソワしている。
今日のイベントが楽しみすぎて昨日より10分以上早く家を出てしまうくらいにはソワソワしている。
その理由は……敢えて言わないがお察しの通りである。
「明らかに早すぎたような……」
そんなことを校門前まで来てから言っても仕方がないが、思わず零れてしまう。まぁ実際まだ7時にもなってないし、昨日登校したのが7時過ぎだったことを考えれば結構な早さだ。
……が、別にそうでもなかったらしい。
教室には少なくとも半数が既に来ていた。
(……デジャヴだ)
今日は午後担当だが準備に勤しんでいる邦依田さん、相変わらずのハイテンションな3バカ、準備の時から大活躍の柿ノ江さんや須倉さん、etc……
今日この人数来ているということは、昨日もこの時間にはこれくらい集まっていたということか。2日目も皆さんやる気満々のようだ。
「……遅かった?」
と、意識の外から前触れなくかけられる声。
「沖田さん!? ……今日は早いね」
「……うん」
珍しいな。沖田さんがこんなに早く来るなんて。なんと言うか、皆が異常に早いことより驚きだ。
が、まぁ、取り敢えず……
「俺もさっき来たとこだよ」
うーん。デジャヴだ。
◆◇◆◇
2日目とはいえ土曜日ということもあり、客回りも厨房の回転率も高い。
今日の午前は昨日とは違い、須倉さんがまとめ役を担っていた。須倉さんも邦依田さん同様に物腰が柔らかく言葉遣いが丁寧だが、なんというか穏やかというか、ほんわかとした印象の人だ。
しかし性格の印象とは対照的に行動はキビキビとしている。自ら率先して仕事を探したり、手が空いている人の所に割り振り注文が殺到して手いっぱいの人の負担を減らしたり、その手腕は見事なものだ。
俺はというと、割り当てられた作業をまさに作業の如くこなしていた。というのも、意識のほとんどがこの後の楽しみに傾いているのだ。
時間は昨日と変わらないのだがどうにも長く感じる。楽しい時間は過ぎるのが早いのに、それを待つ時間はずっと長い……なんとももどかしいものである。
「ま、かといってこっちを蔑ろにするわけにはいかないけどな……」
なんせ食べ物を扱っているのだ。万が一があってはならない。
でもやはり気になるもので、クッキーの生地をこねる片手間に沖田さんを探す。
少し遠くで見つけた彼女は、慣れた手つきでホールケーキを切り分けていた。淡々と迷いのない安定したナイフ捌きに感心する。
「……」
「……っ!」
ふと目が合い、緊張して一瞬ビクッと震えた。なんだか気まずくなり、さりとてそのまま顔を逸らすことも出来なかったので笑いかけて誤魔化した。まぁ沖田さんはなんの反応もなかったのだが。
取り敢えずそれ以上は色々もちそうになかったので自分の作業に戻らせてもらった。
生地がいい具合に仕上がったところでボウルから出し、形や厚みを整えてから型を抜いていく。ちなみにこの型。人型や犬、魚などいろいろあるが、これら全てクラスメイトのひとりがアルミ板で作った完全手作りである。結構複雑なものもあるのに器用なものだ。
……おっといけない。オーブンの予熱をしておかねば。
「織宮くん、それオーブンに入れたら冷蔵庫から苺3パック取ってきてもらっていい?」
「わかった、やっとくよ」
「よろしくね」
ちょうど予熱を始めたところで、次の仕事をまとめ役からいただいた。
まずは今のすべきことを済ませよう。型を抜いた生地から順にクッキングペーパーを敷いたオーブントレイに並べていく。全て並べ終えるとオーブンへ持っていき、時間を設定し焼きの工程に入る。
「さて、苺だったな。冷蔵庫だから予備教室か」
予備教室とは6組の隣にある空き教室だ。普段はクラスがふたつに分かれる授業の際に使われる。
文化祭中は机も椅子も後方に寄せられ、自教室で飲食店をするクラスにそれぞれ最大2台ずつ小型の冷蔵庫が用意されている。今年は2・3・5・6組が該当する。
廊下に出てふたつ隣の教室へ向かう。
予備教室に入ると他クラスの生徒が数人いた。手前に2・3組、奥に5・6組の冷蔵庫がある。確か2・3組は教室が遠いからこの配置になったんだとか。
別に知っている人でもないし、手っ取り早く冷蔵庫から頼まれた苺3パックを取り出し、足早に教室を出る。
「あ、織宮くん」
予備教室を出てからちょうど歩き出す一歩手前で声をかけてきたのは邦依田さんだった。
「邦依田さん。……その格好は……?」
服装がどうこうではなく、身につけているものがなんかどこかで見たことがあるようなものだった。具体的には、紐の付いた浅い箱を首からかけて抱えている。
「これ? 料理部の試食兼移動販売だよ」
ということはこれはアレか。最近すっかり見なくなった立ち売り箱というやつか。
そういえば邦依田さんは料理部の部長だったな。クラスの役割がないというのに部活の方で働くとは……なんというか、働き者だな。
「よかったらおひとついかが?」
そう言って邦依田さんは袋をひとつ持ち上げる。
立ち売り箱の中は中央で左右に仕切られていて、向かって右に袋に入ったマドレーヌ、左に爪楊枝が刺さったひと口サイズのものがあった。
「いや、今は仕事中だから。後で行くよ」
そもそも財布どころか今は小銭1枚ないし、試食とはいえさすがに頼まれごとの真っ最中に食べるわけにもいかない。
「そう? じゃあ午後は第1家庭科室に来てね、沖田さんと」
「わかった。そうさせてもらうよ」
料理部か。邦依田さんが部長を務める部なら少し楽しみだ。沖田さんもお菓子は作ったことあるって言ってたし、少しは興味を持ってくれるかもしれない。今からどんどん期待値が上がってきた。
「午後は私、吹奏楽部の演奏やクラスの仕事があるからいないんだけどね」
まぁ、こうして今料理部の売り子をしているのだから当然と言えば当然か。
と言うか、今更だけど邦依田さんって吹奏楽部も兼部してたんだよな。吹奏楽部に料理部の部長……今日はさぞかし忙しい一日だろうなぁ……
「それじゃあ、よろしくね。厨房も頑張ってね」
「うん。邦依田さんも」
小さく手を振って、邦依田さんは階段へと歩いて姿を消した。
(……おっと。俺もクラスに戻らないとな)
少しずれていた苺のパックを持ち直して歩調早めにクラスに戻った。
「あ、織宮くんありがとう。そのまま沖田さんのとこに持っていってもらえる?」
「わかった」
頼まれた通り、どうやら次のケーキ作業に移っているらしい沖田さんのもとへ苺を届ける。見れば、奥の方に10個ほどの空パックが重ねられており、沖田さんの傍らには半分以上減り現在進行形で手が付けられているものがひとパック置いてある。
……結構ギリギリだったな。呑気に邦依田さんと話してる場合じゃなかったかなこれ。
「沖田さん、苺の補充持ってきたよ」
「……ありがとう」
動かしていた手を一度止め俺から苺を受け取り、作業の邪魔にならない場所に置く。
沖田さんはその後すぐにケーキ作りに戻ってしまったが、俺はその姿をしばらく惚けて見ていた。
土台のスポンジケーキにビックリするほど間を均等に苺を並べ、クリームを斑なく伸ばす。しかもテキパキと見事な手際の良さだ。
「ほんと、沖田さんって凄いよなぁ……」
と、知らずと声が漏れていたことに気づいたのは、沖田さんが反応してこちらに振り向いてからだ。
(……またやらかした)
あれだ。誤爆の自爆だ。前よくやってた無自覚に心の声を表に出してしまうやつだ。最近は全然やってなかったのに……忘れた頃にやってくるってのはこういうことなんだなぁ。
……いや、そんなことよりもだ。沖田さんの無の視線が刺さってイタイ……
「……」
「ははは……はは…………はぁーーー……」
苦し紛れの笑いも長くは続かない。……はぁ……仕方ない、諦めよう。
俺が観念することを決めたと同時。
「……あり……がとう」
「……う、うん」
まるで合わせないように、下へ向けられた視線。
ほんの僅か、赤らんだ顔。
声音に混じった(気がする)、少しの恥じらいの色。
……なんかもう……今日は大丈夫な気がしてきた。




