49話 誰もが待ちわびた日
学校中の活気がいつもの数倍以上まで高まる高校生活の一大イベント。文化祭当日。
正門前にはようこそと言わんばかりの華やかなアーチが立っていて、上部に取り付けられた手作り看板には「遠柳祭」とポップ体に似たフォントで書かれている。
「へぇ……そんな名称あったんだ」
大体皆「文化祭」って言ってたから知らなかった。まぁでも、「学校名+祭」ってシンプルで無難だし(両方同じだな)どこでもありそうだ。そういえば1年で文化祭経験した学校もそんなトコだった気がする。学校名忘れたけど。
さて、午前の調理担当に当たっている俺は諸々の準備のため、そんな祭りの賑わいもまだない時間帯に登校してきていた。準備といってもそんなに大層なものじゃない。服装チェックとか材料や調理器具の最終確認とかほとんど確認作業ばかりだ。俺たち2年5組のような校舎内の教室を使うトコはこんなものだが、これが屋外で屋台をやるクラスになると、昨日のうちに組み立てておいたテントを立ち上げたり機材の運搬をしたりとやることが多くなってくる。この点はこれといった運動をしていない身としてはありがたい限りだ。中庭でせっせか設営作業をする他クラス他学年の生徒たちに心の中でがんばれーとエールを送りつつ、校舎へと向かう。
教室に向かう廊下の掲示板に、出店や展示の一覧が大きく張り出されていた。クラス出店の欄には俺たち2年5組の喫茶店の名前もあった。
てか、プリントサイズで同じ物を配布されてはいたが……なんか初めてまともに見た気がする。
「……食べ物系以外にも結構あるんだなー」
特に校舎内はうちの喫茶店みたいな軽食系の他は大体が展示や物品販売だ。文化系の部活なんかは料理部を除いて大体どこも文集や制作物を売るようだ。
「競技かるた部、写真部、ボードゲーム部……体験型のもあるのか。文芸部、美術部……手芸部?」
手芸部。その響きになんだか興味を引かれた。どうやら物品販売をするらしい。
沖田さんが、手芸が好きだと言っていた。ここなら、もしかしたら興味を持ってくれるかもしれない。
(明日、行ってみるのもいいかもしれないな)
そんな期待に胸を膨らませ、掲示板を後にした。
教室に入ると、既に邦依田さんをはじめとした午前担当のメンバーが何人か、というかほとんど揃っていた。何なら須倉さんや柿ノ江さんなど午後のメンバーもちらほらいる。決して遅く着いたわけではないのだが、どうやら皆の文化祭にかける熱意は俺なんかとは比にならないようだ。
ちなみに3バカのうち成田だけ今日は午後担当だが、当然の如く3人とも揃っている。まぁ去年騒ぎ立てすぎて出禁を食らうほどのはしゃぎ様なのだから当然と言えば当然か。
確か明日は芽野がひとり午前担当だったはずだ。
思い出す。役割決めの時、3人を全員同じ時間帯にするのを全力で阻止するために一致団結したクラスの皆を。3人がジャンケンするときだけ参加しない生徒含めて全員やたらと本気だった。
中でも一番印象的だったのは、定員オーバーした土曜午後の受付担当のジャンケン。残り3人に対して5人で勝負というところで、どうしてもここがいいと言っていた男子生徒が、芽野がひとり負けた途端に辞退して勝ち残っていた成田と五十谷が決定した。どうやら自分の希望を捻じ曲げるほど3バカのうちふたりがいるグループでやりたくなかったらしい。なんでも3バカとその男子生徒は去年も同じクラスだったようで……まぁ、後は言わずもがなだろう。
「これが普通の高校生の文化祭テンションってことなのかな」
高校に上がってからでも既に4回の転校をしている俺は、どうしても普通の高校生とは言えないだろう。たとえ俺がパッとしない性格でスペックが可もなく不可もない平々凡々な平均点だったとしても、「転勤族」という肩書きだけで普通ではなくなる。
どうしてもこれほどまでの熱を持てない。ちゃんとクラスの輪の中には入っているが、限りなく縁に近いところにいるような感覚。
もしくは、俺がどんな環境にも順応でき、誰とでも親密に関わっていけるような人間だったなら、今この瞬間の高揚ももっと感じ得たのかもしれない。
そして、深い意味なく普通とは違う人がもうひとり。
「……遅かった?」
気づけば横にいた沖田さん。というか、自分が入り口の前にいたことすら今気づいた。
どうやら沖田さんも今来たばかりのようだ。
「ううん。俺もさっき来たとこ」
「そう」
「皆それだけ張り切ってて、それだけ楽しみなんだよ」
去年文化祭を経験した高校では今日ほど早く登校しなかったから俺が着いた頃にはほぼ全員が来ていて、クラスメイトがどれくらい早く来てたのかは知らないが盛り上がりに関して言えば始まる前から皆一様に高潮だった。
「……織宮くんは、楽しみじゃないの?」
「楽しみだよ、もちろん。……でも、皆よりはいくらか劣るかな」
苗字だが名前を呼ばれたことにむず痒さを感じつつ、訊かれたことに対しては偽りなく答えた。
「あっ。沖田さん、織宮くん、おはよう」
俺たちに気づいた邦依田さんが手を振り、それに続き談笑していたクラスメイトたちもこちらを認める。
沖田さんは俺を見据えるだけで何も返しはしなかった。
◆◇◆◇
賑わい。かつてないほどの賑わい。日常の喧騒も今日のそれには敵わない。校舎の中にいてこれほどの活気を感じられる日は、この時の他には恐らくないだろう。
いつもは授業合間の世間話で溢れかえるこの教室も、今はない。あるのは客引きや接客の声、料理の感想を言い合ったりこの後の予定などで盛り上がるお客さんの声。そして俺が今いる厨房として使われているこのスペースは、調理手順の確認やアドバイスなど、料理に勤しむ忙しなくも楽し気な空間となっている。邦依田さんが中心となって全体の把握をし、各作業が円滑に進む。沖田さんも言われたこと、やるべきことを淡々とこなしてそれはもう大活躍だ。
『『2-5喫茶店いかがっすかーーー!!!』』
五十谷と芽野がこれだけのざわめきの中でもはっきりと聞こえるくらいの大声で客引きをしている。初日の午前からあんなハイテンションで明日喉潰れんじゃないか?
というか、あの呼び込みは喫茶店と言うよりもはや居酒屋のノリだ。
……あれ客引く前に客に引かれやしないだろうか。
初日から結構な客入りの我ら2年5組だが、その教室の3分の1が厨房として設けられている。ホールとは並べた立て板と、端に入口用に取り付けられた暖簾(クラスの誰かの私物)によって区画されている。一応、板は厨房で一番背の高い男子生徒(大体180センチ)よりも高めに作ってあるのでホールから厨房が見えることはない。
作業の合間を縫って暖簾の隙間からホールを覗く。
「ほぇー。注文の量から察しはしてたけど、結構いるもんだな」
軽く見渡しただけでも、人数の違いで空いている椅子もあるが全ての席が埋まっているのが分かる。繁盛して多忙なのは閑古鳥が鳴くよりずっといいことだ。
そろそろ持ち場に戻らねばと思ったところで、お客さんのひとりと目が合った。4人席に友人と3人で座っていたその人は、桜木先輩だった。他のふたりより飛び抜けて背の高い先輩は座っていてもよく目立つ。
先輩はこちらに気づいていたようで、俺を認識するなりヒラヒラと手を振ってきた。
先輩が言った、俺が自分で気づくべきこと。先輩は俺が沖田さんが好きだと気づいていたんだ。
もしあの日、桜木先輩に「キミは耀弥ちゃんのことが好きなんだよ」と言われていたら、果たして俺はどう思い、どんな反応をし、どう受け取っただろう…………いや、タラレバの話をしても意味はない。今の俺が自分で気づけた、それでいいじゃないか。
俺はさすがに手を振ることはせず、先輩に軽い会釈をしてから厨房に戻った。
◆◇◆◇
「ん? どしたの、知春」
突然厨房のある方に向かって手を振り始めた知春に、隣に座る楓が訝しげな顔をする。
「ううん。ちょっと知り合いがいただけ」
「なになに? もしかしてカレシ? 私たちに内緒で!」
「ばーか。違うわよ」
みんなのちーちゃんに男の気配かッ!? とばかりにぐいぐい食いつくのは、楓の正面に座る瑠璃奈だ。ダンッと勢いよく机に手を突き前のめりになって知春に迫る。
「男の子は合ってるけど、そんなんじゃないよ」
「いやぁ怪しい! まさかッ!? 今日ここに来たのもそのカレシがもくて──」
「やめい瑠璃奈」
ズドンと瑠璃奈の頭に手刀を落とす楓。ビシッではなく、ズドンだ。そんな一撃を脳天に貰った瑠璃奈は当然……
「ぬ゛お゛ぉぉ~~ッ」
勢いよく額をテーブルに打ち付けた。そして額と後頭部を両手で抑え、女子高生らしからぬ呻き声をその喉から鳴らす。
ちなみにテーブルの上の皿は知春がサッと引き抜いたので、瑠璃奈以外に被害はない。
「脳天にガチチョップはダメだよ~、かーちゃん~~」
「何言ってんの、チョップは頭に落とすもんでしょ」
「そこじゃないよ!」
瑠璃奈の全力の訴えに斜め上の答えを返す楓は、目の前の喚きなど柳に風である。
「あと、かーちゃん言うな」
「あでっ」
そして自分の呼び方への不満を右手に込めて再びビシッとと手刀落とす。今度はビシッだ。数段弱めだ。
「それに、このクラス来たいって言ったのはあんたでしょ、瑠璃奈。弟がいるからって」
「弟」という単語に瑠璃奈は机に伏した顔を持ち上げそうそうと頷く。
「んー。そーなんだよー。うちの弟マジモンのバカだから去年みたいなことにならんように見張ってにゃならんのよ」
弟に対して辛辣な言葉を並べる瑠璃奈。実は本名を五十谷瑠璃奈という。
そう。3バカのひとり、五十谷景の実姉である。
ちなみに楓のフルネームは安城楓。3バカとは一切関係ない生粋のひとりっ子だ。
「去年みたいにって、文化祭で大騒ぎした1年生3人が出入り禁止になったっていう?」
知春はその話に聞き覚えがあったのか、情報源である吹奏楽部の友人の疲れきった顔を思い出しながら尋ねる。
実際は出禁ではなく要注意人物として現2・3年生の間で共通認識されているのだが、まぁ去年叩き出されているので危険度は似たようなものだ。
楓の方はそんな話もあったっけなー程度の認識だったようだ。
「そーそー。私たちのクラスには来なかったみたいだから実害はなかったんだけどねー」
このお調子者の弟が文化祭で大騒ぎして出禁…………なんだか無性にしっくりくる知春と楓だった。
実は、3人のクラスだけ被害がなかったのには姉に会いたくなかった弟の景が姉のクラスに行くのに全力で反対したという理由があるのだが、当の瑠璃奈はこの事実を知らない。
「ま、さっきの呼び込み聴いてる限りじゃまだマシな方だけどネ」
「あぁ、さっきのハイテンションの……あれでマシな方なんだ……」
酷い時が逆に気になるとばかりに楓は渋い顔になった。
「そいで? 結局なんだったの、ちーちゃん」
脱線した話を元に戻すべく、瑠璃奈は知春に振る。
「んー、そのことなんだけど……楓。午後の当番少し遅れるって伝えてくれないかな」
「えっ? まぁ、知春は準備の時から働きすぎなくらい働いてくれてたからそれくらいは大丈夫だけど……どしたの?」
あの頼れるお姉さんの知春が遅刻宣言とは何事かと驚く楓。瑠璃奈に至っては「ちーちゃん不良化?」とか言う始末だ。
それほどに知春の言動は意外だった。
「ちょっと用事ができちゃった」
さっきまでひとりの男子生徒が顔を覗かせていた暖簾を見つめ、知春は茶目っ気混じりに言った。




