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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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48話 ぶつけ合う本音

 知春の声に反応した耀弥は、門に触れかけた手を下ろし知春の方へ振り返る。

 人気のない住宅街に、向かい合う少女ふたり。秋の暮れの冷たい風が肌を刺す中、知春は一歩一歩を踏み締めるように耀弥へと歩み寄る。


 時間にして10秒足らず、距離にして僅か数メートルの間に、知春は走馬灯の如く幾つものことを思い起こした。




 6年前。初めて会った耀弥は元気な女の子だった。引っ越してきて、新しい生活に不安を覚えつつもどこか期待を抱える、どこにでもいるような小学5年生。年もひとつしか変わらないし、きっとすぐ仲良くなれる……そう思った。


 異変は、そう遅くはなかった。

 日を重ねるごとに耀弥の様子がおかしくなっていった。段々と気落ちした様子が続き、常に不安に見舞われるような表情をし、口数も少なくなり……遂には笑うことさえなくなった。

 幼い頃から成績もよく、聡い片鱗を見せていた知春は、耀弥に尋ねた。

 引っ越してからの短期間もしくは引っ越してくる以前の関係で、トラブルないしそれに近い何かがあったのではと。でも耀弥はただ口を噤み、何も言わなかった。

 ならばと耀弥の両親にも尋ねたがしかし……


『耀弥が言いたくないことを、私たちから話すことはできない……』

『あの子のことを心配してくれてるのはわかってるの。それでも……ごめんなさい』


 そう言って、何も教えてはくれなかった。

 それでも耀弥を放っておくことなど出来ず、寄り添い、話を聞こうと試みたが、それも叶わなかった。


 耀弥が6年生に上がる頃にはほとんど今と同じ状態になっていた。知春は中学に上がったため、耀弥の学校での様子は分からなかったが、上手くはやっていけていないだろうとは思っていた。

 翌年、耀弥が知春の通う中学に上がってきてからはその孤立具合がわかった。成長するにつれ、耀弥のもともとよかった容姿がより一層際立っていったこともあり、入学したてには彼女の周りには沢山の同級生がいた。しかしそれも数日、もって1週間程度。結局、耀弥は語らず笑わず関わらずを3年間貫き通した。


 そんな姿を見ていられなくて、何度耀弥に寄り添おうとしたか。どうしてこんなに心配しているのに何も教えてくれないのか……そう思うこともあった。当たり、砕け、ぶつかり、挫け……それがもう数えるのも億劫なほど続いたある時、全てを悟った。


 拒絶されることに、恐れを抱いていたこと。

 それを全て、見透かされていたこと。


 それ自覚してから、耀弥の「目」がわかるようになった。

 空虚。簡単に言えばそんな目。それを、名も知らぬ他人にも、クラスメイトにも、知春にも、誰にも等しく向けていた。


 ――結局自分は、耀弥の支えになることはできなかった。


 そんな負の感情だけが、知春の心を満たしていった。




(多分あれでほとんど折れた。私じゃ駄目だ、私には何もできない……って。でもそれで終わってちゃ、信用なんてしてもらえるわけないよね)


 折れたままではいられない。ここで踏み出さなければ、何のために6年もの間ずっと近くで耀弥を見続けてきたのか。

 折れたからそこでハイお終い……でいいはずがない。


 悠灯に背中を押してもらった。

 純乃の言葉に火をつけられた。

 年下の後輩にこれだけしてもらって踏み切れないようでは、「お姉さん」なんて笑い(ぐさ)だ。


 ふたりの距離はほんの2メートルほど。

 腹を括り、覚悟を決めた知春の第一声は……


「ごめんなさい!」


 腰からほとんど直角に下げられた頭と、全身全霊の謝罪の言葉だった。


「私、ずっと耀弥ちゃんから逃げてた。私に何かできるのか不安で、遠ざけられるのが怖くて、そのせいでいつも中途半端で、あなたに寄り添いきれてなかった……」


 耀弥の反応はない。が、突然謝られたことに対して反射的にか、少しだけ驚いたように目を見開いた。

 それでも知春は頭を下げたまま言葉を続ける。


「それに気づいてたから耀弥ちゃんが私を拒絶してるってことも、わかってた。それでもできることはないかってずっと思ってた。けど……私は結局、あなたの力になれなかった。あなたにとって必要な存在に……なれなかった」


 懺悔するように、ずっと抱えてきた胸の内を言葉にする。自分の弱さをさらけだす。

 ずっと逃げ続けてきたことへのせめてもの償い、せめてもの礼儀だと。そして、これきりだと。


 ゆっくりと顔を上げて、そのまま耀弥の目を見据える。澄んだ、何もかもを見透かしてしまいそうなほど静かな瞳もまた、まっすぐに知春へ向けられていた。


「…………わかってた」


 ずっと噤んでいた耀弥の口から、そう言葉が漏れた。


「……えっ?」


 知春は全く予想外の返答に耳を疑った。


「知春さんが、ずっと私のことを、心配してくれてたこと。私のことで、ずっと悩んでくれてたこと。全部、わかってた。……本当に私を思ってくれてるって、伝わってた」


 いつもの淡々とした口調ではなく、言葉は途切れ、声は震え弱々しい。

 いつ以来だろうか。知春が、耀弥がこれほど喋る姿を見るのは。

 知春も悠灯も、耀弥の両親でさえ……誰も知らない、耀弥が何年も秘め続けてきた思いが語られる。


「でも……それと一緒に、怖いって気持ちや、不安とか……よくない感情も、伝わってきた」


 耀弥はかつての親友との過去に、心に非常に大きな傷を負った。転校する前まで過ぎるくらい仲が良かっただけに、裏切られたような思いに苛まれた。だから、二度と同じ思いをしたくないという一心から、自ら心を閉ざした。

 しかし、それだけで終わらなかった。耀弥に刻まれた傷は予想以上に深く、その結果耀弥は自分に向けられる感情……特に悪感情や邪な感情に対して敏感になってしまった。それを感じ取れることはつまり、いずれ自分を裏切るかもしれない存在を避けることに繋がる。


 だが、それがあったが故に、真に耀弥を思う気持ちと恐れや不安とを併せ持つ知春の存在に、耀弥は迷ってしまった。

 実際、知春に話しかけられるその度、耀弥の心は焦りと動揺でいっぱいだった。それが外面に出ないだけで。


「どっちの感情を、信じたらいいのか……わからなくなった」

「……っ」


 もし知春が耀弥に寄り添おうとすることを諦めてしまっていたら、耀弥の迷いもそれまで。それに気づいた時点で「やはり同じだ」と見切りをつけ関係を断っていただろう。しかし知春も耀弥もそうはならなかった。


 ふたりは互いに燻り合っていたのだ。自らの感情に蓋をし、それを打ち明けることができないまま6年もの時間が流れた。

 それを今やっと、共有することができた。少なくとも知春は、それを自覚できたこの瞬間――


(これまで、諦めないでよかった……)


 ――そう思えた。


「大丈夫」

「……っ?」


 声の、心の温度が上がった。張り詰めていたモノが全て解け、自然と笑みが零れる。慈愛にも似た、どこまでも柔らかな笑みが。


「私、決めたから……どこまでも耀弥ちゃんと向き合うって」


 何度も心に思い描き、苦悩し、遂げられず、口にできなかった言葉。

 大きく胸を張り、一片の迷いも一抹の不安も一握の恐れもなく、やっと伝えることができた。


 ゆっくりと残りの距離を詰め、優しく、されど力強く、目を見開き呆然とする耀弥を抱きしめる。


「……私はもう、迷わない。もうあなたに、迷わせない。あなたが心の底から支えにできる存在になる」

「……ぁ」


 耀弥の目から涙が零れた。温かな雫は、滴り落ちることなく知春の胸を濡らす。

 震える両手で知春の服を掴み、小さく声を漏らしてすすり泣く。6年前の別れの日以来ずっと涸れていた涙が、静かに溢れ出す。




「あ……あり、がとう……」




 心からの耀弥の言葉を、知春は自らの全身を以て包み込んだ。







 ◆◇◆◇




 耀弥の涙も収まり、ふたりは再びまっすぐに向かい合う。

 知春の表情も晴れやかで、耀弥は相変わらず標準装備の無表情だが、少なくとも暗さ(・・)は残っていない。


 共通して言えることは――――迷いはない。


 知春は、心を縛っていた一切の枷を放り捨て、かつて何度も口にした望みを伝える。




「耀弥ちゃん。6年前、あなたに何があったのか……教えてくれる?」




「……うん」

 



 本音で通じ合えたふたりは、この時にようやく6年のすれ違いに終止符を打つことができた。

前話を含めて今回の話は、物語全体の構想段階でずっと書きたいと思っていた話です。正直「やっと書けたー!」って思いでいっぱいです。

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