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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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47話 逃げへの終止符

 文化祭前日。準備が順調に進んでいた知春の所属する3年4組は、するべきこともほとんどなく談笑で時間を潰していた。


「まぁーったく、結局誰よりも働きよったわね、知春は」

「そんなことないと思うけど。それに、楓だっていろんなとこ手伝ってたじゃない」

「何言ってんの。知春より働いた奴はこのクラス、いやこの学校にはいないわね。断言できるわ」


 楓と呼ばれた生徒は、心底呆れたという風に断言する。前のめりに椅子に座り、膝に肘をついて額を抑えている姿からも相当な呆れ具合が窺える。


「瑠璃奈もそう思うでしょ」

「そりゃーねー。ってか、クラス全員に訊いても満場一致だと思うよー」


 瑠璃奈と呼ばれた小柄な少女は実に緩い感じで楓に賛同の意を示す。

 というか実際、この会話を聞いていた教室にいるクラスメイトは全員揃って首を縦に振っているのだが、当の知春は気づいていない。


「ひとりで何人分働いたと思う?」

「まぁ間違いなく3人分は働いてるわね」

「いや、5人分だね」

「ちょっとふたりともっ……」


 知春は、明らかに言いすぎ(と知春は思っている)なふたりの会話に困惑するが収まる気配はない。


「あんたはひとり分も働いてないけどね、瑠璃奈」

「はにゃ!? にゃ、にゃにを根拠に……っ?」


 話の方向が突然切り替わり、数秒前までの楽し気な表情から一変、瑠璃奈は清々しいほどの動揺っぷりだ。


「あんた、ここ1ヶ月ほとんど私の横で騒いどいてその言い訳が通用すると思うか?」

「ソンナコトモアッタヨウナ、ナカッタヨウナ……ナカッタヨウナ……」

「あったでしょ」

「あだッ」


 あくまでもとぼけようとする瑠璃奈の額に楓のデコピンがヒットする。結構いい勢いで。


「痛いよかーちゃーん!」

「かーちゃん言うなっ」


 バチンと、再び楓のデコピンが命中。そしてリプレイのように呻く瑠璃奈。それをやれやれといった様子で暖かい眼差しで見る知春。


「何回もデコピンしなくてもいいじゃーん!」

「あんたがその呼び方変えないのが悪い」

「ちーちゃーんっ、かーちゃんがいじめるーっ!」

「はいはい」


 ひしっ、と知春にしがみつく瑠璃奈。知春はその頭をあやすように撫でる。ふたりの身長差も相まって構図は完全に大人な姉と幼い妹だ。

 瑠璃奈は楓のことを「かーちゃん」、知春のことを「ちーちゃん」と呼ぶ。入学初日の初対面でこの渾名をつけた瑠璃奈に、楓は「誰が母ちゃんかッ!」と猛抗議したが、そんなのは知らんッとばかりに一向に改まる気配がない。

 知春にとってこの光景は見慣れたものだ。


「でも、誰よりも働いてくれてたってゆうのはホントだよ。ちーちゃん」

「えっ?」


 またしても表情を変える瑠璃奈。

 コロコロと雰囲気を変える友人に知春は戸惑うが、その言葉通り、というか先ほどからの楓と瑠璃奈の一連の会話の通り、事実ひとりで5人分ほどの仕事量をこなしていた。しかも、クラスメイトたちに休んでくれと言われてもなお涼しい顔で疲れの色を毛ほども見せずにせっせか働き続けていたのだから大したものである。というか、ここまで来るともう真性のハードワーカーなのだろう。将来はバリッバリのキャリアウーマンだろうか。

 改めて、桜木知春という人間のスペックの高さが窺える。


「私たちみんな、あんたに感謝してるんだから」

「そーそっ。ちーちゃんがいてのこのクラスなんだから!」


 そんな歪みの一切ない自分の客観的評価に、照れくさいやらもどかしいやら何とも反応に困る知春だった。




 ◆◇◆◇




 日も暮れ始め、塾や用事などで先に帰る生徒が現れ始めたのを皮切りに、残っていた生徒たちも解散する流れになった。知春もそれに倣い、既に学校を出て帰路についていた。

 最終準備があるため、明日は早起きしないとなーなんて考えながら自身の家がある住宅街を歩いていると、前方に見知った影を見つけた。耀弥だ。

 ふたりの家は隣同士で、知春の家の方が学校寄りにある。


 前をひとり歩く耀弥を見て、知春はふと悠灯を思い出した。現時点で、両親を除いて唯一、耀弥の心を繋ぎ止める人物。

 少し前、自分の心の内を悠灯に打ち明けたあの日。悠灯の話を聴いた知春は、悠灯の耀弥に対する感情が変わりつつあることに気づいた。


(あれは、間違いないよね)


 知春が自分のことを吐露したのは悠灯の心を確信してしまった対価みたいなものだった。

 願わくば、悠灯の言う別れが訪れる前に、その感情に気づいてほしい。耀弥のために、悠灯自身のために、そんな思いもあった。


 悠灯は、今のふたりの関係を変えようとしている。自分より年下の男の子が前に進もうとしているのに、自分はもう何年も足踏みをしている。

 何度も耀弥に寄り添おうとして、それだけ失敗して。自分じゃ理解できない、自分じゃ力になってあげられない、そんな弱い心の内が見透かされ、数を重ねるごとにいつしか耀弥に心を開いてもらえないことへの恐怖に変わっていった。


「そういえば、純乃ちゃんも、明日耀弥ちゃんと文化祭まわるって言ってたっけ」


 邦依田純乃。

 知春が所属する吹奏楽部――3年生は既に引退したから正確には「所属していた」――の後輩で、かつて耀弥と仲良くなりたいと知春に相談した少女。

 純乃もまた、耀弥との距離を近づけつつあった。文化祭1日目に一緒にまわることになったと、電話で聴いた。もちろん純乃は耀弥の事情を知らない。知春と違い、何かがあったことさえ知らない。だから、過去がどうこう関係なく純粋に「耀弥と仲良くなりたい」という思いだけで行動できる。

 だから耀弥も、純乃の中に否定的な感情を見なかった。……いや、見なくなったと言うべきか。




 学校全体で文化祭の準備が本格的に始まった頃、部活を引退した3年生も文化祭で演奏するため、知春も引退後初めて部室に顔を出した。曲決めや軽い練習をメインに久しぶりの後輩との部活交流をした。そしてその部活終わりに、純乃と話した。話題はもちろん、耀弥のことだ。


『私、最初は学級委員として、義務感みたいなもので沖田さんをひとりにしたくないって思ってたんです。でもどれだけ話しかけても全く話そうとしてくれないので、それで意地になって、学級委員だとかひとりにしたくないだとかそんなのどうでもいい、絶対に仲良くなってやるッ! ……って思うようになったんです』


 純乃は知春に、耀弥に対する自分の思いを打ち明けた。


『1週間前、クラスの子が私の話をしてるのが聞こえたんです』


 ――邦依田さん、沖田さんに全然相手にされてないのによくやるよねー。

 ――私、沖田さんが織宮くん以外とまともに会話してるとこ見たことないよ。

 ――織宮くんも凄いけど邦依田さんも凄いと思うよ。私なんか1年の時も同じクラスだったけど初日で諦めたもん。

 ――何がそこまでさせるんだろねー。


『それを聞いて私、気づいたんです。私、ただ純粋に沖田さんの友達になりたいんだ……って』




 ――――情けない。


 純乃の言葉を聞いてそう思った。

 悠灯にも純乃にも、自分は気持ちで負けていると。


(……それじゃあ……ダメだよね)


 耀弥を思うふたりの年下の少年少女は、耀弥と向き合っていた……いや、向き合い続けている。


(私だけ逃げ続けてばかりじゃ、お姉さん失格だよね……)


 沖田耀弥という少女のお隣のお姉さん。

 そのポジションで何年も見守り続けた。

 それだけに甘んじていた自分もいた。

 恐れを抱いたまま、耀弥に受け入れられぬまま、この関係に妥協していた自分もいた。


「……でも、それももう終わり」


 ――信頼できるお隣のお姉さん。

 耀弥にとってそんな存在でありたい。

 耀弥がそう思える存在になりたい。


 もうすぐ家に着く。そうなれば当然、耀弥はこちらに気づくことさえなく中へ入ってしまう。

 この機を逃せばもうお終い。そんな思いで知春は歩調を速めた。


 何も知らない耀弥が門に手を掛けるその寸前。


「耀弥ちゃん!」


 閑散とした住宅街に、知春の高い声が木霊した。

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