40話 初めてが続く日
「初めてだよね。沖田さんから何かしたいって言ってくれたの」
まぁ俺が言わせたみたいな節もあるが、どんな内容かを知っていたわけじゃないから大丈夫だろう。それに、言おうとしてくれたことに違いはないのだから。
「……ん。でも、結局、ちゃんと言えなかった」
ちゃんと、というのは一度やめてしまったことだろう。
「でも、最後には『ちゃんと』言ってくれた」
たとえそこに至る過程に俺が言葉を添えたとしても、俺は沖田さんの言葉を聞くことが出来た。
俺が聞きたかった『沖田さんの言葉』を伝えてくれた。
「それに、俺は沖田さんが自分から何か言おうとしてくれたこと自体、嬉しかったから」
あと、いつもは見れない新鮮な「たじろぐ沖田さん」を見ることが出来たから少し嬉しかった。まぁ口が裂けても言わないが。
「俺はさ、沖田さんが少しでも他人に関わることへの忌避感を薄めてくれたらって思ってる。今はまだ子供だから交友を持たずに卒業するくらいで収まるかもしれない。でもいつか、そのことが生きていくことにさえ影響するかもしれない」
場の空気がそうさせたのか、俺はずっと胸に抱いてきた思いを吐露していた。
今言うにしては大それた話だとは思う。場違いですらあるかもしれない。でも、事実だ。
社会に出たらコミュニケーションの嵐だ。笑えないことはともかく、他人との関係を絶ってしまえば会話も碌に出来ずやがては社会の荒波に飲まれてしまうだろう。
……それはもはや、寂しい生き方以前の問題だ。
「せっかくできた友達が、孤独に一生を過ごすってのは嫌だからさ。……だから俺は、少しでも長く、少しでも多く一緒にいることで、沖田さんの心の傷を癒せたら……って思ってる」
まだ言えない。初めてできた好きな人が、とは。まぁ転校云々なしにしてもこんなタイミングで告白なんて出来るはずもないが。いくら自爆を繰り返しても俺の精神はそこまで強くならないのだ。
「まぁ、勝手な話だってことは自覚してるつもりだけどね」
本当に、自分勝手な話だ。勝手な考えだ。
俺の自己満足だ。エゴだ。ひとりよがりだ。
それでもそう思ってしまうのだからどうしようもない。感情論なんて、理屈や論理じゃ説明出来ない、破綻でいっぱいの混沌とした理論なんだから。
まったく、ここに来る前の俺に今の俺を見せたら唖然騒然は間違いないだろうな。
瀬良以外の友達なんてできると思ってなかったし、作ろうとさえ思っていなかった。まさかそれが恋愛感情にまで発展するとは想像の埒外だろう。
まるで、過去の俺と現在の俺が別人に思えてくる。それくらい、沖田さんと出会って俺は変わったのだ。父も母も瀬良も、俺の変化には気づいていたようだ。自分のことなのに周囲の誰よりも気づくのが遅いとは……灯台下暗し、というやつか。さすがは恋というやつだ。自分勝手やエゴを是としてしまう、自分のことさえ見失ってしまう。でも──
「でも、自分勝手でも……本心だから」
そこに偽りはないと、断言できる。
「……うん。ありがとう…………織宮くん」
「いやぁ、そんな──」
…………うん?
………………んん?
「沖田さん……今……」
「?」
右手で口元を覆い、バッと即座に顔を背ける。
え? 今俺の名前言わなかった? 聞き間違い? いや違う。確かに言った。
熱い。顔が、胸が、全身が熱い。
(初めて……名前、呼んでくれた……)
心臓のあたりを空いていた左手で抑える。
その不意打ちはズルいです沖田さん……無意識か意図的かわからないけど、今の俺にトドメを刺しに来ないで……
秘めた思いが溢れだしそう。いや乙女かよって思うかもしれないが今の俺の心情を表すにはその言葉しか思いつかない。
あの日のような笑顔さえなかったものの、これまで一度もされなかっただけに名前(苗字)で呼ばれただけで歓喜のあまり平常心を保てなくなってしまう。これ下の名前で呼ばれた日には卒倒するんじゃなかろうか。まぁ今のところそんな気配は微塵もないんだが。
「はぁ~~~~」
目を閉じて大きく息を吐く。
ホント、以前の俺が見たらひっくり返りそうだな。拝啓過去の俺、現在絶賛片思い中です……と。
「……どうしたの?」
「い、いや。なんでもないよ。大丈夫」
いかんいかん。心配させてしまった。……呆れたとかじゃないよね? いやまぁさっきの思考は呆れられても仕方がないようなもんだけども。如何せん表情が良くも悪くも変わらないから……ってまぁこれも今更な話なんだが。
……でも本当に、あの時はなんで笑ったんだろ。見てる感じだと無意識って感じだし、それ以降はそんな素振りすら見せたことがない。思わず笑みが零れるほどあの時間が楽しかったと思ってもらえたのだろうか。もしそうならば、俺の自己満足も少しは結実したのかもしれない。
「俺も……ありがとう」
「……?」
いやホント、ありがとうございます。いろいろと。




