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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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31話 知らない感覚、祭りの兆し

「ぬぅあ゛あ゛ぁぁぁぁ~~~ッ」


 自分の奇怪な呻き声が部屋に響く。

 心臓の音がうるさい。何度鎮まれと心のなかで怒鳴っても、まるで対抗するかのように鳴りを荒らげる。

 そしてそれに呼応するようにフラッシュバックする、やわらかなあの笑顔。


 待ち望んだ、最も見たかった、沖田さんの砕けた表情。


 あの微笑み顔を見てからどうもおかしい。喜びと、感動と、達成感と、充足感と……様々な正の感情が胸の内を駆け回る。それに比例して高まる鼓動、耳の先にまで及ぶ顔の紅潮、行き場のない羞恥心。帰宅してから1時間以上経つ今でも一向に治まる気配を見せない。

 布団に潜って、もう数え切れないほど思い出しては頭を抱えて身悶えている。傍から見れば、なんだコイツ!? となりそうな状態だろう。


「初めて……笑ったなぁ」


 ほんの静かな微笑だった。でも確かに、僅かに上がった口角、少し下がった目尻、薄らと紅く染まった頬……正真正銘の笑顔だった。

 沖田さんが不意に見せたあの笑顔は、脳にしっかりと焼き付いて当分離れそうになかった。

 ゴロンゴロンバッタバッタとひとしきり暴れた後は余韻に浸るように呆ける。なんというか……実感のないまま「小さい目標」が達成されてしまった。そりゃ嬉しい。狂ったみたいに奇声あげて悶えるほど嬉しいのだ。嬉しい……んだが……


「なんなんだ……この感覚は……」


 今まで感じたことのない、言葉に表せない奇妙な感覚。胸が、心がソワソワして落ち着かない。


 ────知らない、知らない、知らない。こんな感覚を、俺は知らない。


 左胸に手を当て、緩い拳を作った右腕を額に当て、白い天井を仰ぐ。


「うぐぅあ゛ぁぁぁぁ~~~~ッ」


 再び、激しい衣擦れの音と、俺の奇怪な呻き声が部屋に響いた。


「悠灯うるさいッ!」


 下階から母の怒鳴り声が響いた。




 ◆◇◆◇




「すぅ~~~~、はぁ~~~~……すぅ~~~~、はぁ~~~~」


 翌朝。俺は教室で大きく深呼吸をしていた。


「なぁ織宮。どうしたんだ? 深呼吸なんかして」


 奇妙に思ったのか、若干躊躇いがちに五十谷が訊いてくる。


「いや、少し心を整えようとな」

「少しどころじゃない深呼吸だった気がするが……どうした?」


 眉を顰める五十谷。


「想像もしてないものを見ると、人は動揺するものだ。それ故に心を落ち着かせ、整える必要がある」

「なんの話だ。あと、なんか口調がおかしなことになってるからなお前」

「……少しそっとしておいてくれ」


 今の自分がおかしいことくらい百も承知だ。……あ、ちょっと落ち着いてきたな。


「おう……なんかよくわからんが、お大事にな」


 おい、病人扱いするんじゃねぇよ。

 五十谷は気のせいでなければ逃げるように、いそいそと去っていった。……いやダジャレではなく。


(あー、もう……なんなんだよ一体……)


 視線の先には、まるで昨日の笑顔(微笑み顔)などなかったように、いつも通り眉1ミリすら動かさず読書に耽る沖田さんの姿。

 人をモヤモヤさせるだけさせておいて自分は平然としているとか、どこの鈍感主人公だよ……


 ――キーンコーンカーンコーン……


 結局心の靄は晴れず、1限目開始のチャイムが鳴ってしまった。それと同時に担任が入って来る。

 今日は時間割変更が有り、本来1限目は現国なのだが今日はホームルームに充てられている。まぁ、本来ホームルームがある金曜日の6限が現国になるのだが。

 何かするのだろうかと思っていると、どうやら先生が説明してくれるらしい。


「このホームルームの時間で文化祭の出し物を決めてもらいます。他のクラスも決めてる最中だと思いますが、あまり騒ぎ過ぎないように」


 とのことだ。文化祭……もうそんな時期か。


 実は俺、普通の高校生より学校行事の経験が少ないのだ。そうだな……例を挙げると、俺は中3の修学旅行に行っていない。

 理由は簡単。

 中学5回目の転校先の学校では修学旅行は11月にあったのだが、俺は10月に最後の中学──瀬良と出会った中学に転校し、その学校では修学旅行が5月にあった。つまり、転校前はまだだった修学旅行が転校後の学校では既に終わっていたのだ。そんなわけで、俺は中学の修学旅行を経験していないのだ。

 それと似たようなことが数回あり、小学でも運動会とか音楽会とかやってない年がある。


 まぁ今はそんなことは置いておいて。

 どうやらここからは文化委員?という委員の人が仕切るみたいで、委員の女子生徒──確か柿ノ江(かきのえ)累華るいかさんといったか──が先生と交代で教壇に立つ。


「えーっと、取り敢えずなんかいい案がある人は挙手してください。最終的に多数決で決めて、第3候補まで決めます」


 どちらかと言うと柿ノ江さんは、邦依田さんとは逆のタイプで、結構軽い感じの人だ。よく3バカが騒いでいるのに対して怒鳴っている姿が印象に残っている。


 話は戻るが第3候補まで決めるのは、他クラスと被って負けた時──被った時はお互いの文化委員がジャンケンで決めるのだそう──の保険だそうだ。


 さすがは文化祭と言うべきか、皆やる気のようでじゃんじゃんアイデアが出てくる。喫茶店、射的、演劇、クイズ大会、焼きそば屋台、お好み焼き屋、etc……中には揚げ物パーティとか言うアイデアが出てきた。ちなみに提案者は成田である。

 皆のアイデアを柿ノ江さんが黒板に書き連ねていき、10以上のアイデアが並んでいる。


「それじゃ、やりたいと思うのにひとり2回手を挙げてください」


 多数決が始まるが、正直に言うとなんでもいいというのが本音だ。

 さっきの修学旅行の話もそうだが、俺は参加できなかったことに、特に残念だとか悔いとかがない。それは俺の「転勤族」という、言ってしまえば特性に起因している。他の生徒と違い、一緒に積み重ねてきた時間とか関係とかが極めて少ないのにイベントを十分に楽しむのは難しいのだ。

 故に、文化祭の出し物は……なんでもいいと思ってしまうのだ。

 さすがに無挙手というのもアレなので、俺はとりあえず喫茶店とクイズ大会に票を投じた。


 結果を言うと、第1候補は21票で喫茶店、第2候補は15票で射的、第3候補11票でクイズ大会となった。今更だけど、第3候補って必要あるのかな……?

 揚げ物パーティは2票で惨敗。ちなみに投票者は五十谷と芽野だ。……提案者の成田は挙げていないのだ。何がしたかったんだ……あいつ。



 1限目も残り15分で終わるという頃。結果報告と他クラスの結果確認のため、柿ノ江さんと担任が教室を出て行った。

 全6クラスが集まって話し合っているであろうその様子を、廊下側の席の成田が窓から覗いていた。


「おっ! 柿ノ江1組と6組にジャンケン勝ったぞ!」


 成田が叫んだ途端、教室の各所で喚声とも歓声とも呼べる声が上がる。2クラスも喫茶店被ってたんだな。


「1組と6組またジャンケンしてるぞ」


 その報告に、あぁ、と納得がいった。第3候補はこのためか。第1が3クラス以上被って、負けた2クラスの第2がまた被った時のためか。

 結果を言うと、6組が勝ったらしい。何するかはしらないけど。


 兎にも角にも、俺たち2年5組は無事(?)喫茶店をすることに決まり、皆既にやる気になっていた。

 さて……俺は今回参加できるかな。


 そんなクラスの明るい空気に当てられてか、俺の心は今朝と比べると大分落ち着いていた。これなら昼休み、沖田さんとふたりきりになっても大丈夫そうだ…………よね? まだ妙な胸騒ぎがする気がしないでもないが、きっと杞憂、気のせいだろう…………だよね?




 ◆◇◆◇




 結論。ダメだった。それはもうダメだった。


(目を合わせられんッ……!)


 いつもの場所、塔屋の上。

 沖田さんが弁当を差し出してくれるのだが、不自然に目が泳ぎ、視線を逸らしてしまう。妙な胸騒ぎは杞憂でも気のせいでもなかった。

 彼女の顔を見た瞬間にあの微笑みを幻視し、せっかく取り戻した落ち着きと平静も呆気なく霧散する。


「……どうかした?」

「へっ? あーー、ううん。大丈夫だよ、全然」


 バクンッ、と心臓が大きく一拍。慌てて取り繕うも、言葉はたどたどしく冷や汗が止まらない。


「……そう」


 沖田さんは静かに食事に入る。俺もそれに続き、弁当を開く。目に飛び込むは食欲を唆る栄養バランスの良いおかずたち。……やっぱりおいしい、沖田さんの弁当。

 口の中は食材が、頭の中は沖田さんが支配する。


(ホント…………どうした、俺)


 17年の人生で、ただの一度も感じたことのない、未知の感覚。


 どこか自分が自分でないと感じられ、初めて自分に対して恐怖の念を抱いた。

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