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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
30/132

30話 アクアリウム・後

水族館編、ラストです。

 クラゲエリアで思ったより時間を過ごしていたためか、館内をひと通り回り終えた頃には既に正午を大きく過ぎていた。


「いい時間だし、どっかでお昼食べようかと思うんだけど、どうかな?」

「……大丈夫」


 沖田さんの賛成を得て、俺たちは今、館内の飲食店が並ぶエリア、所謂レストラン街にいる。……のだが、時間も時間なのでどこも結構な行列が出来ている。


「並んでるね……」


 辺りをキョロキョロと見渡していると、右の袖がちょいちょいと引かれた。


「多分、あそこがいちばん空いてる」


 沖田さんが控えめに指差す先には、ごく普通のレストラン。看板にコック帽のクジラのイラストが描かれている辺り、やはり水族館のレストランだ。入口に目をやると、確かに店から漏れ出た人の量が他よりも少ない。


「ホントだ。それじゃああそこにしよっか」

「……ん」


 ちょうどいいと、俺たちはその列の最後尾に加わった。


「この後、どうする? どっか行ってみたいところとかある?」


 長い待ち時間の間、流石に無会話というのも居心地が悪いので昼食をとった後の行動を決めることにした。

 今日は沖田さんに楽しんでもらいたい。なので、極力決定権は沖田さんに譲る。俺の行きたいところが必ずしも彼女のそれとイコールになるわけではない。それに、相手の意思を尊重するのは当たり前なのだ。えへん。


「買い物」


 そう言う沖田さんの視線が向くのは小さく見える売店の看板。そうだな……瀬良とその彼女のペアルックを買って送るって言ったし、それに家族のもお菓子か何か買って帰った方がいいだろう。


「うん。俺もお土産とか買いたいし、そうしよっか」


 沖田さんの首肯を以て一応のスケジュールが決まった。



 徐々に進む列の中で待つこと約10分。ようやく先頭に立つことが出来た。

 客が一組店を出てから少して、店員の案内を受け店内に足を踏み入れる。真っ先に視界に入ったのは一番奥の壁、即ち正面の壁のその奥を魚たちが泳いでいる光景だった。水槽ガラスになっているのはその1面だけで、他の3面は石壁だ。

 幸運にも、俺たちは水槽の前のふたり席に案内された。成り行きで入った店だけど、こんなおもてなしがあるというのはラッキーと言って過言ではないだろう。

 俺たちはそれぞれ別のものを注文し、すぐ側を泳ぐ魚たちを観賞しながら談笑に花を咲かせる……とまではいかないが蕾程度には会話をしながら昼食をとった。


 ちなみに後日調べたのだが、この水族館はネット上でも結構話題で、個人ブログや旅行会社の「オススメ水族館○○選!」とか「絶対に行くべき水族館ランキング」とかでも必ず上位にくい込んでくるほどだった。中にはダントツで1位と激推ししているサイトもあった。


 昼食を済ませ、俺たちはこれから売店でお土産とかを買う予定だったのだが、少し変わった。と言うのも、売店に行くまでの道程に「イルカ&アシカショー」とでかでかと宣伝するポスターを見つけたのだ。沖田さんが。

 珍しく興味を向けたのか、ポスターの前で立ち止まり眺めていた。沖田さんが望むならできる限り応えたいと思っているので、俺は時計を確認し提案してみた。


「時間も余裕あるし、よかったら行ってみる?」


 ポスターのスケジュール欄を見ると、午後の部第1回は14時から。開始時刻までもう少し時間があるが、子供連れの客などは結構早くから場所取りするらしいので席が空いているかは分からないが、見る分には問題ないと思われる。


「……いいの?」

「勿論。沖田さんが楽しいって思えるなら、俺も嬉しいし」

「……変なの」


 うぐッ。地味に刺さるなぁ……結構言われてきた気がするけど俺ってそんなに変かなぁ?


「でも……ありがとう……」


 その言葉の後に、行くと告げた彼女はやはり、いつも通り無表情を崩すことはなかった。




 ◆◇◆◇




 というわけで、現在地は館内の屋外エリアに設けられたイルカ&アシカショーの開催場。天井の抜けた巨大水槽型プール、その奥にアシカやトレーナーが立つのであろう陸地があり、水槽前には何段も並ぶ客席。日曜ということもあり、普通にほぼ満席だった。

 ちょうどトレーナーの人たちとイルカ2頭&アシカ1頭が入場する。準備運動のためかイルカたちは自由に泳ぎ出し、水槽の近くを通る度に子供たちがキャッキャとはしゃいでいる。


 ふと、視界の端に、空席をひとつ見つけた。一番後ろの席の一番端。誰も座ろうとする気配はなく、ここからもさほど遠くない。ちょうどいいと思い、沖田さんの手を引いた。それはもう、流れるように自然な動作だった。


「沖田さん、こっち」


 なんの抵抗も感じられず、そのまま立ち見物する人たちの間を縫って空席の場所へと誘導する。


「ここ空いてるから座りなよ」

「え……でも……」

「俺は大丈夫。すぐ後ろにいるし、沖田さん疲れるでしょ?」


 無表情のまま少しの逡巡を見せ、じゃあと小さく頷いて席に着いた。

 そうこうしているうちに、イルカたちの準備運動が終わったのかトレーナーとアシカとイルカが集まりだした。そしてテンプレの如く女性トレーナーの大きく元気な声を以て、イルカ&アシカショーがスタートした。


 内容としては感嘆のものばかりだった。

 トレーナーの合図でイルカの直立泳ぎやハイジャンプは勿論、アシカのボールパフォーマンスやイルカのボール運び、果ては3頭でキャッチボールをしていた。


 トレーナーが空中に投げた(エサ)をイルカがジャンプでキャッチするパフォーマンスが終わった後、観客参加型のものを行うようで、体験者が募られた。子供たちがこぞって主張する中、選ばれたのは小学5年生の男の子だ。

 前に立ち、簡単な自己紹介をした男の子は客席を背に水槽を正面に台の上に立つ。トレーナーの補佐のもと、男の子が右手を頭の上で大きくぐるぐると回すと、それに倣って水面から顔を出したイルカがその頭をぐるぐる回し、胸のあたりから右手をバッと勢いよく上へ振り上げると、自由に泳いでいたイルカが勢いよくハイジャンプした。

 俺も、他の観客も「おお!」と声を上げていた。沖田さんは相変わらずだったが、その体が僅かに前傾姿勢になりほんの小さく口が開いていたるのが見えた。楽しんでくれているようで何よりだ。


 余談だが、前に出ていた男の子が、自分の指示でイルカが思いのままに動くという貴重体験に味をしめたのか、嬉々とした声を上げながら何度も腕を振り上げてイルカを跳ばせまくり、微妙に引き攣り顔のトレーナーに諌められていた。実に微笑ましい光景だった。




 ◆◇◆◇




 約20分に渡ったイルカショーが終わり、俺たちは当初の予定だった売店に来ている。店は全部で2店舗あり、今はその内の規模の大きい方で各々お土産とかを物色している。一応、自由に見て回りたいだろうということから別行動中だ。

 取り敢えず、チョコやらビスケットやら家用の菓子を数種類に、クラゲのイラストが描かれた栞、イルカ&アシカショーの様子がプリントされたクリアファイルが籠にある。


「後は……あぁ、そういや瀬良のお土産買うんだっけか。なんかペアルックでいい感じのあるかな」


 ひとり言ち、再び店内を徘徊する。だがあまりいいのは見つけられない。ペアルック自体あるにはあるのだが、イマイチピンと来ないのだ。合わせると星ではなくヒトデになるペアネックレスだったり、恐らく水を表現した模様なのであろうが水族館要素の感じられない箸だったり、やたらとリアルな魚(眼力がスゴい)が刺繍されたハンドタオルなど、どうもパッとしないのだ。特に、最後のはない。間接的とはいえ、顔も名前も知らない女の子にお土産を買うのだ。リアル魚ドアップのハンドタオルは趣味を疑われそうで怖い……


「明らか変な奴だよな……」


 手にあった2枚のハンドタオルをそっと戻す。

 さて、物色再開……という所で、沖田さん発見だ。すぐ横で。隣は文房具を中心に置いてあるようで、しゃがみ込む沖田さんは、あまり派手派手しくないクラゲのシャーペンを持っていた。

 俺に気づいたようで、そのシャーペンを籠に入れて立ち上がる。


「買いたいものは買えた?」

「……ん」


 彼女の籠には他に、菓子類が幾つかとイルカの模様が入ったグラス、立方体の箱はパッケージから見るにスノードームだろうか。そして、俺と同じクラゲのイラストが描かれた栞を見つけた。

 俺と沖田さん両方の栞に描かれたクラゲはカブトクラゲだ。あの幻想世界(クラゲエリア)の中央で象徴の如く聳える球状水槽を縦横無尽に泳いで(漂って)いたあのクラゲだ。俺はあの感動を思い出してこの栞を手に取ったのだが、もしかしたら沖田さんも……と、そんな風に考えるとどこかむず痒いような、同じ気持ちを共有出来て嬉しいようなそんな気分になる。ただの想像に過ぎないのだが。


 どうやら沖田さんはこれ以上買う物がないようで、これから会計に向かうらしい。

 俺はまだ買う物があるが、どうやらここではこれ以上期待できそうにない。


「もう片方の店も見てみたいんだけど、いいかな?」


 待ってもらうにせよ、ちゃんと断っておくべきだろう。俺は会計の列に並んでいる時に尋ねた。


「大丈夫」


 承認? 賛同? の言葉を貰い、互いに会計を済ませた後、斜め向かいにある規模の小さい方の売店へと足を運んだ。


 同じ施設内にある店故に商品のジャンルは似通ったものが多いが、模様などの違いはあるのでここで良いものが見つかるとありがたい。


「沖田さんもよかったら回ってみたら? もしかしたらちょっと時間かかるかもしれないし」


 流石に俺の買い物に付き合わせるわけもいかないし、かと言って俺が買い物する間待たせるのも気が引ける。というかそんなことさせられない。


「……ん。そうする」


 そう言うと沖田さんはしずしず行ってしまった。

 さて、俺も探しますか。


 籠を片手に店内をぶらぶら。探し始めてものの数分で、いいのが見つかった。

 今俺の手にあるのは、マグカップだ。キャラクタータッチなクラゲの線画が幾つか描かれた青とピンクの色違いがふたつ。男子女子どちらが使っても何ら違和感ないデザインだ。この水族館で一番印象に残ったのはクラゲだったのでこれがいいと即決し、マグカップの箱を探す。

 下の段にあったそれらの中に、2個1セットのもの――ひとつの箱にさっきのマグカップが両方入っているものがあった。分ける必要がないならそれに越したことはないと、それを籠に入れる……値段も別々に2つ買うより安いし。


 これで買うべきものは全てだ。もう用は済んだと会計に向かう途中、ふと、キーホルダーが並ぶ回転ラックが目に入った。伸びたフックに掛けられていたのはアルファベットと多種の水棲生物のイラストのアクリルキーホルダー。数は違えどA〜Zまで全種類ある。クマノミとAやタコとA、クマノミとCなど、どうやら魚とアルファベットの組み合わせは複数あるらしい。


「やっぱり、お礼くらいした方がいいよな」


 誰にでもなく呟き、その内のひとつ──クラゲと“K”の文字のキーホルダーを籠に入れた。




 ◆◇◆◇




 秋の午後とはいえ、空が暗がりを見せるにはまだ少し早い。

 俺たちは今、水族館から駅までの道のりを歩いている。せっかく買ったキーホルダーだが、いつ渡そうか悩んでいると自然、言葉数も減ってしまいふたり黙って歩くだけという状況が生まれてしまった。


 沖田さんの歩幅に合わせてぽつぽつと歩き、駅が見えてきた頃だろうか。隣を歩いていた沖田さんの姿が消え、そのすぐ後に右の袖に抵抗を感じた。

 何かと足を止め視線をやると、控えめに俺のパーカーの袖口を摘み俯く沖田さんの姿があった。


「どうしたの?」


 予期せぬ行動に面食らいながらも、何事か尋ねる。見れば彼女の右の手には小さな紙袋が握られている。


「……これ」


 少し震えたように感じた小さな声。その言葉とともに右手をゆっくりと前へ、即ち俺の方へと伸ばした。紙袋を持つ手を。

 ……なぜか先を越された気分になる。


「今日は……誘ってくれて、ありがとう。……だから……これ……」


 気がつけば沖田さんは顔を上げていた。顔に表情はない。だが、その代わりと言うべきか、差し出された腕が微かに震えている。

 ありがとうと、それを受け取る。


「開けてもいい?」


 小さな首肯を確認し、ゆっくり、丁寧に紙袋を開封する。


「あ、これ……」


 思わず言葉が洩れたのも当然。

 出てきたのはクラゲの(・・・・)イラスト(・・・・)と“()の文字(・・・)で形作ったアクリル(・・・・)キーホルダー(・・・・・・)だった。


(おんなじだ……)


 今しかない──そう思った。


 買い物が入った袋から小さい紙袋を取り出す。沖田さんのと同じ模様の紙袋だ。


「俺も、これ。今日は付き合ってくれてありがとう」


 少し、照れくさい。紙袋を持つ右手を前に、視線は沖田さんの顔を。

 驚いたように、もしくは戸惑ったように、されど静かな表情で受け取ってくれた。目で開封を促す。

 そして、中から出てきたものを見た沖田さんは、少しだけど、確かに目を見開いた。


「これ……同じ……」

「だね」


 悠灯の“Y”と耀弥の“K”。そして、お互いが一番心に残ったであろうクラゲ。


 沖田さんはキーホルダーを両手で包むように持ち、じっと見つめている。

 やがて、祈るように、キーホルダーを包んだ両手を胸に当て──




「ありがとう……」




「ぁ……」




 ──静かに、微笑んだ。

30話目でなんだかキリ良く2つ目のチェックポイントを迎えました。

もともと水族館編は2話構成のつもりでしたが、予想以上に分量があり3話目で何とか終わることが出来ました。


連載開始から初めて耀弥が笑う描写を書きましたが、まだ続きますのでどうぞ宜しくお願いします。

少しでも気に入って貰えましたらブクマしていただけると嬉しいです。

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