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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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3話 ここにいることが

今回はあんまりいい感じのサブタイが思いつかなかった……


 沖田耀弥(かぐや)


 日本人なら誰もが知る物語のお姫様と同じ名前を持つ女の子。

 彼女について少し考えてみた。


 まず最初に出てくるのは、無口・無表情・他人に無関心という3つの要素だ。

 応答は必要最低限。口角は上がりもしなければ下がりもしない。目尻目頭は常に水平。ひたすらに静かで、独りを好み、他者と関係を築こうとしない。

 まさに静謐を体現した少女だ。



 彼女は可愛いと形容しても違和感なく通じるだろう。顔立ちも整っていて、透き通るような目は大きく、どこかあどけなさが残る。美人より美少女の方が当てはまるだろう。……まぁ、こんなこと本人には口が裂けても言えないが。恥ずかしくて。


 俺は沖田耀弥という人間の原点を知らない。だから彼女の静けさが生まれ持ったものなのか、16または17年という人生の過程で身につけたものなのか分からない。



 ただひとつ言えることは、彼女と出会ったあの日、屋上の塔屋で眠る彼女を、真っ直ぐに俺を見据えたあの瞳を、綺麗だと、そう思った。




 ◆◇◆◇




 4限目のチャイムが鳴ると、クラスは一気に開放感に包まれた。それもそのはず、今日木曜日はこのクラスでは“魔の曜日”と呼ばれている。

 1限から眠りへと誘う世界史。今にも寝そうという生徒はちらちら見かける。特に成田、芽野、五十谷なんかは普通に寝ている。

 2限は眠気覚ましの体育。男子はサッカー、女子はバスケで走り回る。男子の担当体育教師は所謂熱血漢と言うやつで、体操やランニングで声が小さいと普通にやり直しをさせる。

 3限は疲労と短い時間制限に追い打ちをかけるように別棟への移動教室が入って4限には頭を使う数学と、結構なハードっぷりだ。2年5組の大多数が昼休みのこの時を心待ちにしていただろう。

 今日で2回目の木曜だが、他の連中はこれまでもこれからもこの魔を来年の3月まで繰り返していくんだろう。……ガンバ。まぁ俺はまたどこかで転校になるだろうが。

 俺はトイレに行くべく席を立つ。


「あぁ沖田さん。あなた、今日日直でしょう? 図書室に英語の教材があるから昼休み中に取りに行っておいて……って、ひとりじゃ無理があるわね」


 担任は数学担当のはずだけど英語科の教師に頼まれたのだろうか、教室を出る前に日直の沖田さんに声をかけていた。

 そしてその横を通り過ぎようとしていた俺の左肩にポンと手が乗った。


「ああ、織宮くん丁度良かった」

「へ?」


 まさかと顔だけ振り返ると、次の先生の発言は案の定、俺の当たって欲しくない予想を的中させるものだった。


「あなた図書室まで教材取りに行くの手伝ってあげて。段ボールふたつあるから流石に女子ひとりじゃ無理があるし」

「いや、でも、俺図書室の場所知らないです、けど」

「沖田さんが知ってるから大丈夫よ」


 ……ですよねー。その後に行き方も簡単だし、と付け加えられた。

 どうにも断れそうにないのでやむを得ず承諾する。


「教卓の上に置いといてくれるだけでいいから」


 先生の言葉を肩を落としながら耳に入れていると、すっと俺のすぐ隣を女子生徒が通り抜けていった。言わずもがな、沖田さんだ。


「ちょっ、今行くの!?」


 せめて飯を食わせてほしいと思ったのだが、まぁ屋上に行ってる暇もないか。俺は慌てて沖田さんを追う。


「廊下は走っちゃダメよー!」


 後方から先生の声が飛んできたので早歩きに切り替えた。

 沖田さんに追いつき少し斜め後ろを歩く。流石に隣に並ぶ勇気はない。

 安定の終始無言で人声飛び交う廊下をひた進む。校舎の端まで歩き、下階、3年生の教室の並ぶ2階に下りて右を向くと図書室があった。ホントに簡単だったのね……前の学校は確か本館の最果てでその前は第5棟なんてとこにあったな。

 沖田さんが扉を引いて先に中に入る。俺も続けて中に入るとそこはまぁなんとも静かなことだ。流石に昼休み突入直後なので人はいないが、図書室独特の雰囲気というのがやっぱり出ている。


「おっ、あれかな」


 一番近い長机に大小の段ボールが重ねてふたつ置いてある。中を確認すると明らかに英語の教材な表紙の冊子が入っていて、両方の段ボールにマジックで「2-5」と書かれているので間違いないだろう。

 まぁここは普通に俺が下だろうな。両方持とうかとも考えたが下の方が結構大きく視界と均衡を奪われそうだ。小さい段ボールを沖田さんに渡す。


「大丈夫?」


 無言の首肯が返ってくる。無表情故に真意のほどが分からないが特に震えてなさそうだし問題ないか。

 俺も少し気合を入れて大きい段ボールを持ち上げる。


「ぬ、結構重いな」


 そう呟いたものの持てないほど重いわけでもないので問題はない。先に歩き出していた沖田さんを追う。

 帰りも会話がなかったのは言わずもがなだ。というより荷物があった分話しかける余裕がなかった。

 教室に着くとまたひとつ問題が。あまり昼休みの教室は好まないので屋上に行きたいのだが、沖田さんとぴったり移動が被る。……よし、先手必勝だ。俺は言われた通り教卓の上に段ボールを置き、ついでに沖田さんのも受け取ってその上から置く。


「……ありがとう」

「うん、いいよ」


 そして即座に自分の席から弁当を回収し教室を出た。そのまま屋上に直行。鉄扉を開け放って外に出た。


「っっくうぅ~~、やっと飯だぁ」


 少し強い日差しが心地いいと感じる。ここまでの2週間、多分今までの学校で一番馴れが速いだろう。クラスメイトは積極的なやつが多くて人柄も良い。良い「それなりの関係」になれそうだ。

 腹の虫が煩いし早く食べよう。俺は鉄梯子を上って塔屋の上に出る。

 やっぱり何度見てもここからの景色はいいものだ。一見ただの学校風景町風景だが、普段の生活空間を高場から見下ろすというのもなかなか乙なもの。快晴の青色の下に広がる明るい町と薄暗い鉛色の下に広がる静けさを感じさせる町。そういった同じだけど違う景色を一望しながら食べる飯もまた美味し。


 コンコンと、鉄を打つ音が近づいてくる。昼休みにここに来る人なんて俺以外には一人しかいない。

 音の主、沖田さんはひょこりと顔を出す。そして俺など気に止めることなくしずしずと食事を始める。

 この状況には何度デジャヴを感じたことか。


 以前の「沖田さんは、他者を認識はしているが意識や興味の範疇にない」という考えを訂正すると、恐らく彼女は、他人という存在を意識の片隅に置きながらも必要のない情報として処理し、興味の対象から除外し、結果無反応ないし過小反応という形で行動に起こしているのだろう。意識や興味の範疇になければ恐らく、さっき「ありがとう」という言葉さえ言わなかっただろう。まぁ勝手な推測・憶測に過ぎないのだが。


 ただ、淡々と箸を進める。沖田さんの弁当を覗き込むと緑赤黄白と、鮮やかに彩られ彼女の母親には感心の意を表ずる。うちの母親は基本の性格がガサツ大雑把なので、見栄えは中の中辺りだ。たまに日の丸弁当一歩手前なこともある。


 俺と沖田さんの弁当が容器の色一色になるのはほぼ同じだった。もう少しこの風景を眺めていようと後ろに両手をついて脚を伸ばしていると、すっと隣の影が伸びた。手提げを片手に沖田さんは下へ下へと見えなくなった。

 その光景を見てひとつの考えが思い浮かび、鉄扉の閉まる音が鳴った頃に俺は呟いた。


「もしかして、俺がいるから先に帰るのかな?」


 もっとここにいたいのかもしれない。他人から距離を置いているのだから、ひとりになりたくてここに来ていてもおかしくない。……悪いことを、しているのかもしれない。もしそうなら、少し遠いし面倒だけど、校庭か反対側の屋上まで行くべきだろうか。

 物思いに耽っていると、校内に響く予鈴の音が俺を我に帰らせた。




 ◆◇◆◇




 6限目終了を告げるチャイムで魔の曜日の終わりに安堵の溜め息が漏れた。

 思い立ったが吉日。俺は放課後屋上で沖田さんに訊くことにした。もし迷惑だと言うなら、これからは遠いが反対側の屋上、もしくは校庭を使うことにしよう。折角この御時世に屋上が解放されてる学校だ。できる限り静かな場所は確保しておきたかった。

 先生の話もそこそこに聞き流し、終礼が終わると真っ直ぐ屋上に向かった。下からは疎らに生徒たちの声が聴こえる。これから部活だろう部室に向かう生徒やそのまま校門に向かう生徒、広場のベンチで談笑する生徒もいる。


 そして、無機質な音とともに静かな少女は姿を現した。俺には目もくれず鉄梯子へ向かう沖田さんを俺は呼び止める。


「なに?」


 返ってくるのはそれだけ。目も合わせようとはせず、顔もこちらを向いていない。


「訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 一拍置いた彼女の首肯の後、俺は少しばかりの躊躇いを持って尋ねる。


「もしかして俺、結構邪魔だったりする、かな? 沖田さん、ひとりになりたくてここに来てるんじゃないかなって思って、それなら、俺がいたら早く教室に戻らざるを得ないんじゃないかなって思ってさ。……どうかな」


 少し直球過ぎただろうか。もう少し会話をして彼女の反応を確認しながら訊いた方がよかっただろうか。

 そんな考えが俺の頭でぐるぐる廻る。

 かくして、沖田さんの反応はというと……


「別に、どうとも思ってない。教室より、屋上(ここ)の方がずっと静かだし、ほとんど気にしてない」

「ひとりになりたいって言うより、静かな場所にいたいから屋上に来てる、ってこと?」

「……ん」

「じゃあ、いつも弁当を食べ終えたらすぐに帰るのは?」

「予鈴が鳴るから」

「え? ……あぁ」


 そう言えば、彼女が屋上から去って少しすれば聞き慣れた定型音が校内全体に鳴っていた。

 と、いうことは。沖田さんがわざわざ早くに立ち去ると感じたのは、単純に俺の食べるスピードが遅かっただけ、ということか。多分遅くなった理由は緊張とか隣が気になったりとか緊張とか緊張とかだろうな。俺、緊張で昼休みのほとんどを昼食で潰してたんだなぁと、今更ながら呆れてくる。


「ぷっ、くっ。ははははっ」


 自分の考えの浅はかさに思わず吹き出してしまった。


「……?」

「ゴメン、単なる勘違いだったんだね。良かった」


 キョトンとしている沖田さんに詫びを入れて、また笑った。


 どうやら、昼休みの移動距離延長は必要ないそうだ。

少なくても評価ポイントを入れてもらうと嬉しいですよね……(泣)

入ってるの見つけた時「おおマジかッ!?」って結構声あげちゃいましたもん。あ、ブックマーク登録も是非!

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