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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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27話 友達を遊びに誘うミッション

 9月も中旬に入った。残暑もほとんど去り、次第に肌に触れる風が涼しく心地よくなってきた。

 その関係で、俺たちは昼休みに再び塔屋の上まで上がるようになった。2ヵ月ぶりくらいだろうか。


 今日も変わらず沖田さんの弁当は美味しい。

 ただ、いまだに髪の伸びた姿に慣れず、ここに来始めた頃のような緊張感が若干残る。


「今日もありがとう。美味しかったよ」

「……ん。よかった」


 ふたりとも昼食を終え、沖田さんが弁当を手提げに仕舞っている間に、俺はある種使命のような任務のようなやるべきことを果たすため、制服の内ポケットからある物を取り出した。




 ◆◇◆◇




 時は少し遡って昨日の夜。織宮家の居間には家族3人全員が揃っていた。点いているテレビではレギュラー放送のクイズ番組がやっている。


『問題。 次のうち、実際に存在する魚はどれ? 1番、中学生。2番、高校生。3番、大学生』


 テレビの中から、アナウンサーによる問読みが流れてきた。


「何それ? 悠灯、分かる?」


 問題が分からず俺に尋ねてくるのは母だ。食洗機のスイッチを入れて人数分のインスタントコーヒーを淹れ始める。


「2の高校生」


 ちなみに正式な名前は「キツネウオ」と言い、「高校生」ってのは石垣島の方で呼ばれている。らしい。

 テレビの解説でも同じことを言っている。


「あんたよく知ってるわねぇ」


 感心感心、とばかりに母がこちらを見ている。


「別に、雑学程度だよ」


 知ってても役立つことなんてないし、今のところ未来に石垣島まで行く予定はない。流石に父の転勤で石垣島ってのは話がぶっ飛びすぎだろう。現に転勤で九州まで行ったことなんて小学で行った福岡が唯一だ。


「どっから仕入れて来んのよその謎知識」


 ほっとけ。ネットだったりテレビだったり色々だよ。文明の利器さいこー。


「あぁ、そうだ。魚で思い出したんだけど……」


 背を預けていた椅子から立ち上がり会話に加わった父は、会社用の鞄から何やら封筒を取り出した。


「今日、会社の同僚から水族館の割引券を貰ったんだよ。なんでも学生限定らしくって、『未婚の俺には使い道がないんだぁ……』って、遠い目をしながら半ば強引に押し付けられてなぁ」


 そう言って封筒から出てきたのは海とイルカのイラストが描かれた青基調の紙チケットが2枚。

 表面には割引の文字と、イルカの吹き出しには「限定ストラッププレゼント!」と書いてある。


「悠灯、あげる」


 いやあげるって言われてもな……

 なんで独身男性が学生限定の水族館チケットを持っていたのか気になるところだが、取り敢えず封筒ごと受け取る。


「なんだ。それなら耀弥ちゃん誘えばいいじゃない。ちょうど2枚あるんだし」

「かぐやちゃん……って、例の悠灯の弁当を作ってくれてるって子?」

「そ。沖田耀弥ちゃん。結構可愛くて面白い子よ」


 面白い、とはまさか沖田さんのあの性格のことを言っているのか? 変わってるうちの母親だからか、どうやら人への印象の受け方も変わってるらしい。


「友達、なんでしょ?」

「……どうしてそれを?」


 穏やかな声で言う母。だが俺は一度として彼女と友達になったと言ったことはない。

 俺の事情を知っているから、父も母も俺が瀬良以外に友達を作っていないことを知っている。なのにこの母親は俺が沖田さんと友達になったということを言い当てた。


「そんなもん、あんた見てりゃ分かるわよ。特にモールで耀弥ちゃんと一緒に昼ご飯食べた時は、瀬良くんといる時と同じ目をしてたもの」


 ……また目だ。どうもこっちに越してきてから、というか沖田さんと出会ってからやたらと「目」に因縁がある。


(なんなんだよ目って……)


 考えても分からない。


(それにしても、よく見ていらっしゃる)


 そう言えば以前、瀬良の他にもうひとり友達がいることをふたりがいる時に言ったっけか。その時にはもう母は気づいていたんだろうな。

 俺がそんなことを思い起こしているのをよそに、母が「ね?」と父への確認を付け加えると、


「ん? まぁ、目がどうとかは分からないけど、なんかいいことあったのかなくらいには思ってたな」


 こちらの父親さんも母ほどではないにしろ何かしら勘づいてはいたらしい。この嫁にしてこの夫……ってことね。それとも、ふたりが俺の親だからだろうか。

 流れるように溜め息が出たのは無理もないことだ。


「ちゃぁ~~んと、渡しなさいよ」


 湯気の立つコーヒーが入ったマグカップを置いた母は、俺の頭に軽く手刀を落とした。




 ◆◇◆◇




 ──とまぁ、そんなわけで、俺の手元には今水族館の割引券がある。

 言うなればこれは、「友達を遊びに誘うミッション」だ。

 封筒を持つ指の力を少し強めて、少し心を落ち着かせる。そして、沖田さんが弁当箱を仕舞い終えたのを見計らって声をかける。


「沖田さん、ちょっといい?」

「……なに」

「えと……次の日曜って、なんか予定あったりする?」


 まずは予定の確認だ。ここであると言われたらもうどうしようもない。


「特に、ない」


 ホッとひと息。だが本番はここから。

 俺は手に持った1枚の紙を差し出す。


「じゃあさ、よかったらでいいんだけど……一緒に、水族館行かない? 割引券貰ったんだ」


 若干言葉が詰まったがなんとか言えた。「よかったらでいいんだけど」なんて低姿勢すぎる前置きをしてしまうのは俺の弱さ故だろう。断られた時の衝撃緩和材みたいなものだ。

 以前夕食に誘った時や弁当の時や髪の時とは違って、意識して言っただけに精神の消耗が大きい。まぁ、あとから来る羞恥心は前者の方が段違いだからその点はまだマシか。


 何度訪れても慣れない沈黙。いまだに数秒が長く感じられる。

 黙ったまま、両の親指と人差し指で持ったチケットに視線を落とす沖田さんは、遂にゆっくり口を開いた。


「いい」


 ダメか……そう簡単に上手くいくわけないよなぁ……


「行く」


 こういう場合の「いい」って大体「No thank you」の意味だし……って、ん?


「いいの……?」

「……ん」


 心がスっと晴れていくのを感じた。

 おぉ! 「OK」の方だったのか!


「よかった。じゃあ日曜日、楽しみにしてるね」


 思わず笑みが零れた。心内で胸を撫で下ろす。

 安堵に暮れる俺の一方で、沖田さんは暫くの間、チケットを見つめたままだった。

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