21話 再会の親友
昼過ぎの食後。自家の居間で、俺はソファに仰向けで寝転びながら、外で鳴るセミの大合唱を聴いていた。
部活に入っているはずもなく、アウトドア派でもない俺は夏休みのほとんどを家の中で過ごしている。
沖田さんとは7月の末にモールで会って以来、顔すら見ていない。もしやと屋上にも行ってみたが言わずもがなで、3日もすれば行くのをやめた。
一度気を奮い立たせて電話をした。妙に緊張して迎えた彼女の言葉は、しかし──
『ごめん、なさい。ちょっと……無理』
結果は拒否に終わった。それからというもの、一度もコールをかけられないでいる。声に抑揚がない故に、そこから感情を見出すことも叶わない。あれが単なる所用による一時的な不可能を意味するのか、それとも拒絶を意味するのか、分からない。
沖田さんはこの町で唯一、瀬良を除いて唯一の友達で、しかも複雑な事情を抱えている。彼女とは慎重に付き合っていきたい。
傍のテーブルに置いたスマホが愉快な電子音を鳴らし、ブーブー唸り、ガタガタと揺れだした。
右手だけを伸ばしてソレを探す。5回ほどテーブルを叩いて漸く見つけたソレを掴み取り、顔の前まで持ってきて目を隠したタオルの隙間から画面を覗く。
……瀬良だ。近況報告だろうか。
「もしもし」
『おーう、ユウ。オレだー、オレー』
「どうした、瀬良?」
『うぅむ……今日も“尊”じゃないのか』
沈黙。
『まぁ、今はそんなことはいいさ。早速本題だけどユウ、今の住所教えてくれ』
いきなりなんだ。これまではそんなこと訊いてきたことはなかったのに。
「唐突だな」
『あぁ、実は次の日曜部活が急にオフになってな。特にすることもないし久し振りにユウに会いに行こうかなってだけさ』
「それ、本当か!?」
飛ぶように起き上がった。瀬良と最後に会ったのは去年の年末だ。それから半年と約2ヵ月振りだ。数少ない友人に久し振りに会えるのは、心が昂るものだ。
『モチのロンだ。さすがに九州とか北海道とかだったら無理だけどな』
「さすがにそこまで離れてはいないよ。えっと、住所だったな」
『あぁちょっと待ってくれ。メモ用意するから』
瀬良のOKサインを待って、現住所を伝える。
『サンキューな。昼過ぎ頃には着けるようにするから、どっか食いに行こうぜ』
「あぁ、それじゃあ日曜日な」
通話を切ると、ちょうど母が洗濯干しを済ませ籠を抱えて戻ってきた。
「ヤケに機嫌がいいけど、なんかいいことでもあった?」
遠目から俺を見るなり母はそう口にする。別に分かりやすく表情に出ていた自覚はないが、鋭いな。
「次の日曜、瀬良が来るらしい」
「ホント!? 久し振りねぇー。前会ったのって、半年くらい前だっけ?」
「まぁそれくらいかな。あ、昼過ぎに来るからどっかファミレスでも行ってくる。多分そのあとは適当にブラつくと思う」
だが確かに、僅かに声が弾んでいるのが自分でも分かった。
「りょーかい。楽しんできな」
「うん」
4日後が楽しみだ。
◆◇◆◇
約束の日曜日。午後12時も大きく過ぎた頃。ありふれたインターホンの音が我が家の1階に響いた。
「よっ、ユウ。久し振り!」
玄関の扉を開けると、瀬良が右手を挙げて開口一番に言った。
「ああ。久し振りだな、瀬良」
「おおっ、瀬良くん! 来たんだねぇー、久し振りー!」
母も気づいたようで、居間から顔を出している。
「おばさん、ご無沙汰です」
「遠かったでしょ? 毎度わざわざ悪いねぇー。たまにはコイツも行かせるから」
言いながら俺の脳天を手ハリセンで一撃。いい音したなおい。痛てぇよ、すげー。
「いえいえ。ちょっとした旅行みたいで楽しいですから」
俺の数少ない──以前までは唯一だが──友達ということもあり、瀬良と両親は仲がいい。父は基本水曜が休みで瀬良は土日によく来るので時間が合う日がなかなかないが、稀に父の帰宅と時間が被った時なんかは4人で結構談笑したりする。
「早速ですけど、ユウ借りていきますね」
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
既に持って降りてきていたショルダーバッグを肩から提げ、俺たちふたりは家を後にした。
道中雑談に花を咲かせ、現在近くのファミレスの窓際の4人席に陣取っている。
「それで、聞かせてもらおうじゃぁないか。例の女の子のことを」
オムライスを呑み込んだあと、小さくスプーンを掲げた瀬良がそう問うてきた。ちなみに俺は「まぐろ丼和膳」なるものを食べている。
「あー、あのことか」
「応よ。悩みに悩んだ末、ユウが出した答えは何か。はたまたいまだ出ていないのか……訊くの我慢してたんだぜ」
俺は一旦箸を置き、瀬良を見据える。
「結論から言うと、友達にはなれた。彼女の過去を知ることもできた」
「ほほう! それは一歩前進だなぁ。ユウから対人に関する肯定的な話が聞けるとは、お前の友人としては嬉しい限りだ」
一切含みなく、純粋に喜んでくれる瀬良。
「……で、それはそれとして。なんか含みのある言い方だな、『は』ってのは」
だがやはりと言うべきか、たったひと文字も聞き逃さなかった。
「正直、不安は消えたわけじゃない。詳しくは話せないけど、彼女の過去は辛辣なものだった。多分、まだ無理をしている節はあると思う。それに……」
一度言葉を切る。
瀬良の目も、時折見せる真剣なものに変わっていた。
俺は唾を飲んで言葉を続けた。
「いつ来るかわからない転校の時を考えると、俺の判断は正しかったのかって、思う時もある」
瀬良には沖田さんのような友達にまつわるトラウマチックな過去は幸いなかったが、彼女は「友達」という概念に対して「傷」を負っているので、彼女の前から姿を消すこと自体が瘡蓋を剥がすような結果になるかもしれない。
顔を上げると、瀬良は腕を組んで黙考しているようだ。
「お前の言わんとしていることは分かる。つまりはユウの転校そのものがその子の過去の傷を抉るんじゃないかと、そういうことだな」
俺は短く肯定する。
「それなら簡単じゃないか。お前がその子のことを友達としてそこまで考えられるほど大切に思ってるんなら、お前が支えてやればいい。もしまたお前が転校する日が来て、その子の傷を抉ることになっても、それを癒す役目をお前自身がすればいい。時に「大事な相手の存在」は、「距離」という隔たりさえも超えるものなんだぜっ」
そう言ってニッと笑う瀬良。そこには俺が救われてきた存在を感じられた。
まぁ、最後のは明らかにキメにいってる感満載だが。
「それに、なんならオレみたいに会いに行けばいい。部活やってない分、お前には時間があるだろう」
「ああ。そう……だな」
彼女が友達として果たされなかった約束を、今度は俺が果たせばいい。今は彼女の家の番号も場所も知っている。
「まぁお前の不安が杞憂に終わるってことも考えられるけどな」
「そうだな。でもそうだとしたら、俺は彼女にとって意味のある人間になれたってことなんだと思う」
と、瀬良はキョトンとした顔をし、次にはフッと小さく笑った。
「ったくよォ……変わったんだな、ユウ」
「そう、見えるか?」
「そりゃあもうな。だってよ……あの時より真剣に悩んでんじゃねえか」
その言葉が意味することはすぐに理解出来た。
そうだとしたら、既に俺にとって沖田さんは十分に意味のある存在になっているのだろう。
ただ、それはそうとして、懸念すべきことがもうひとつ。
──沖田さん、なんで会ってくれないんだろう。




