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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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2話 静かな少女は孤独を好む

 翌日。あの少女についてひとつ分かったことがある。

 彼女はまさかのクラスメイトだった。しかも左の列のふたつ前と結構席も近かった。昨日は色んな人から話しかけられ周りを気にしていなかったので気づかなかったようだ。

 3限目と4限目の間の休み時間、数人のクラスメイトと話していると例の彼女が席を立った。俺の席の横をすり抜け教室を出ていく。


「あの子って、いつも独りなの?」


 俺は気になって、隣にいたひとりの成田(なりた)に訊いてみた。思えばこれまでの休み時間の一秒たりとも誰かと話しているのを見たことがない。


「あぁ、あいつか。沖田(おきた)耀弥(かぐや)。そうだな、基本は独りでいるよな」

「まぁ、顔も結構良いし最初は皆話しかけてたけど、何せ『無口』『無表情』『他人に無関心』と三拍子揃っちゃってるもんだから次第に諦めてったよな、俺ら含めて」

「確かに。結構可愛いんだけどあそこまで無視されちゃあ、その気だって失せるわぁな」

「正直、何考えてるのかも分かんねぇしなぁ」


 俺は黙って、左右と前を囲う成田壱基(いっき)芽野(めの)矢人(やひと)五十谷(いそや)(けい)の会話を聴く。

 確かに、可愛らしい寝顔やあどけない寝ぼけなまこの仕草、静かな瞳で見つめられた時も感じたが、美少女と形容しても何ら違和感のない容姿だ。

 彼女──沖田さんは所謂ぼっちのようだ。ただそこにいるだけ、正に空気のような存在。それを苦とも思わず、彼女は周囲の存在を認識していない。いや、認識はしているが彼女の意識や興味の中に存在していないと言うべきか。


 誰とも話さない故につまらないと感じる。感情を表に出さない故に不気味に感じる。他人に関心がない故にこちらからも関心を抱かない。……俺は20回も転校を繰り返してよくその道に行かなかったものだ。もしかすると、あと数回続くと他人から距離を置くようになるのかもしれない。

 俺は誰もいない、彼女が出て行った後の閉まった扉を眺めた。



 4限目が終わり、昼休みになった。生徒達は教室または学食や校庭、他クラスに散らばりそれぞれ昼食をとる。


「織宮、学食行こーぜー」


 成田に学食に誘われた。隣には芽野と五十谷も控えている。


「ゴメン、俺昼は屋上で食べたいんだ」

「そっか、んじゃまた後でな」


 基本的に昼は屋上でとることにしている。

 俺もどこか冷めているのか、中2くらいから昼ぐらいはひとりでいたいと思うようになっていた。屋上が使えない学校では教室か校庭で誰かと食べるのも少なくはなかったが、いずれもやむを得ずって感じだった。


 そんなわけで、コンビニ袋を片手に教室を後にし、屋上への扉を押し開けて外に出た。


「っ、眩しッ」


 初夏の日差しの不意打ちを食らう。咄嗟に目を庇う。

 視界が回復して見渡すと、見える範囲では誰もいない、今回も静かな空間。どうやら屋上の使用はそこまで普及していないらしい。

 また、あの塔屋が目に入った。

 昨日の放課後の光景が蘇る。そういえば昨日はちゃんと上がれてなかったな。

 俺は袋を腕に引っ掛け鉄梯子を登る。立ってみると意外と広さがあった。それに、結構景色も良かった。


「何メートルか違うだけで結構変わるもんだなぁ」


 これまでも屋上には何度もお世話になったが、塔屋の上には初めて上がった。

 ズボンのポケットからスマホを取り出してカメラを起動する。テンプレなシャッター音とともに目の前の景色を手にした薄い箱に焼き付けた。


「うん。今まででイチバン、かな」


 高校に上がってスマホを学校にもってくるようになった頃から始めた、ちょっとした習慣みたいなものだ。転校する先の学校で屋上に上がってそこから見える校庭や町の景色、空、そういったものを撮る。写真を撮り始めたのは初めて買ってもらった中学からだが、学校でこれをするようになったのは高校生からだ。


「これから転校する学校では、塔屋にも上がろうかな」


 誰にでもなく言いながら町の景色を前に立ち尽くしていると、カンカンと音がした。

 その音の方を向くと、少ししてひょこりと顔が飛び出た。


「あ……」

「……」


 見覚えのある正体は、無口無表情無関心の美少女、沖田耀弥さんその人だった。

 沖田さんは塔屋に上がり切ると、数歩歩いてちょこんと座る。そして手提げから桃白のオーバーチェックの可愛らしい風呂敷を取り出して(ほど)き、これまた可愛らしい小ぢんまりとした弁当箱を開いて食事を始めた。

 流石は無関心少女。俺など眼中にないようだ。

 俺は少し距離を置いて座り、パンをかじる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 気まずい。気まずすぎる。何も無い沈黙でここまでプレッシャーを感じたのは初めてだ。

 俺も沖田さんも言葉ひとつなく食事を続ける。

 ただ着々と時間だけが過ぎ、やがて沖田さんは俺より先に食事を終えあっという間に行ってしまった。

 俺はというと、あまり喉を通らずパンふたつとおにぎりふたつを食べるのに結構な時間を費やしてしまった。

 お茶でおにぎりの最後の一口を流し込み、寝転がる。


「なーにやってんだろ、俺」


 ちっさな唯一の雲が俺の上を(感覚で)通り過ぎた時、学校全体に予鈴が響いた。ゆっくりと上体を起こし、梯子を降りて屋上を後にした。




 ◆◇◆◇




 昼休みの一時(いっとき)を沖田さんと過ごす日が続いてもう何日か経つ。

 今も尚緊張は解けないのだが、それでも毎日屋上に通えているのはやはり静かだからだろうか。

 もうひとつ言うと、放課後にも数回行くのだが、いずれにも沖田さんはいた。更にそのいずれも沖田さんは寝ている。塔屋の上で、中途半端に丸まって、たまに寝返りをうち、服を僅かに乱して肌をのぞかせている、いつも同じ体勢だ。

 たとえ彼女の目が覚めても、言葉を交わすことはなかった。



 そんなとある昼休み。その日も別段遅く出たわけではなかったが、屋上の塔屋には沖田さんの方が先に来ていた。

 いつも俺が座っていた位置に陣取り、既に食事を始めていた。もちろん、この空間にほかの人物はいない。

 俺はいつも彼女が座る場所に腰を下ろす。

 例の如く、静寂がその場を支配する。

 ただただ各々食事をとるだけ。会話どころか一方的な語りかけも呟きが零れることもない。

 果たして、いつもの静寂を破ったのは、誰でもない俺だった。


「沖田さんっ」

「…………何?」


 俺は弁当から手を離し箸を置き、思い切って声をかける。沖田さんは手を止め、こちらを向くこともせず返事だけをする。


「沖田さんは、何でいつも独りでいるの?」


 俺は軽く怯んだが、何とか気になっていた疑問を口にした。


「聞いた話だと、誰とも仲良くしようとしないって……まるで、自分から独りになってるみたいに」


 沖田さんは動かぬまま口を閉じている。やがて箸を置くと空を──虚空を見据えて呟くように静かに言葉を零した。


「別に……興味が無いだけ」

「友達を作ること? それとも他人自体が?」

「どっちも」


 沖田さんは高く透き通った綺麗な声でそう言った。

 成田たちから聞いた通りだ。

 会話をする意思を感じられない短い言葉。表情筋の機能不全を疑うほど変わることのない表情。他人に興味を示さない姿勢としてその言葉と、それを語る時の抑揚のない声。

 彼女は心から他人に対して無関心なのだろう。

 でも……


「でもそれって、淋しくない?」

「もう……ずっと前に慣れた」


 俺は言葉を返せなかった。


「あなた……変わってる」


 ……初めて言われた。棘はないのに妙に寒気を感じさせるその言葉は、まるで他者との間に見えない壁を作る空虚な自分を見透かされているように思えた。

 あと、


(あなたがそれを言いますか)


 世間一般ではあなたの方が大分変わってらっしゃると思われます。はい。

 結局、最後まで沖田さんは表情を見せはしなかった。……というより、俺の顔を見ることすらなかったか。

不定期更新ですが、最初の数話(10話くらい?)は少しハイペースで更新していきたいと思っています。

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