19話 たまの外出もいい事がある・後
かくして、母と合流し3人になった俺たちはモール内のフードコートの4人テーブルに陣取っている。
実際のところ、母を見つけるのに時間はかからなかった。入口付近の席を押さえていたので秒で見つけることが出来たのだ。
席の配置としては俺と沖田さんが横に並び、俺の対面に母が座り、その横に買い物袋がドンと置いてある。母は普通の冷やしうどん、俺たちふたりはざるうどんである。ちなみに、沖田さんの分も母は払った。沖田さんは躊躇いがちだったが、そこはさすが我が母と言うべきか、「いいのいいの」と問答無用だった。
食事中も母から沖田さんへの一方通行の会話はデジャヴを感じた。「また会えて嬉しいわー」とか「いつもお弁当ありがとねぇ」とかそんな感じの軽快な声が正面から聴こえる。どうやらこの人は沖田さんを心底気に入ったようだ。
「……」
母はなんとも思ってないようだが、やっぱり最後に見た屋上での沖田さんとどこか違う気がする。なんかこう、少し大人っぽくなったというか、何かが変わった気がする。
なんだろう。化粧をしてる風でもないし、何かアクセサリーを着けているわけでもない。
服装が変わったからだろうか。確かに終業式の日の部屋着とは違う。
「…………ひ」
いや、違う気がする。服装で雰囲気が変わるというのは聞くし、実際それも関係しているだろうけどそれだけじゃない気がする。
「……ゅうひ」
もっと、沖田さん自身が変わったって感じが……
「悠灯!」
「ッ!? ……へ?」
「あんた聞いてた?」
「何を?」
全く聞いてなかった。というか聴こえてなかった。らしくなくも熟考していたらしい。
「あんたこれからどうすんの? 私はこれから食料品売り場行くけど」
ううむ。別段そこで買いたいものがある訳でもないしな。せっかく沖田さんとも会えたしここで帰るのも惜しい。いやまぁ荷物持ちさせられるから帰られないんだけどね。
そこで思い出した。
「沖田さん、このあと予定ある?」
「もう少し買い物」
「それじゃあさ、さっき言ってた一緒に回るの、改めてお願いしてもいいかな?」
さっきは始まりもせずに中断になったからな。もう一度チャンスを掴みたいところだ。
「ん。大丈夫」
彼女のその応答で、俺たちの行動は決まった。
◆◇◆◇
母と別れ、俺たちがいるのは2階の手芸専門店だ。
なぜ手芸専門店に来ているのかというと、沖田さんの本来の目的だからである。本の方はあくまで読み終えたから買いに来たに過ぎないのだそう。
1階から案内してもらい、順に巡って今、2階のこの店に至る。
店の名前は「手芸広場 Cra-Ha」。糸巻きから伸びた糸が全体を丸く囲い、糸の先端に長短の刺繍針が2本通ったロゴマークは、斬新かつシンプルで個人的に結構気に入っている。糸が「C」のように見えるのも加点だ。……って誰目線なんだか。
「沖田さん手芸が趣味だったんだ。ちょっと意外かも」
「……?」
俺がそんなことを言えば、沖田さんは疑問気に(表情は変わってないけど)こちらを見る。
「ずっと本読んでたから、そのイメージしかなかったな」
「……読書は、学校の暇潰し」
そう言って屈んだ沖田さんは白と紺のミシン糸と、黒の刺繍糸を手に取る。
「形に残る分、こっちの方が……まだ楽しい」
その気持ちはわかる気がする。モノづくりの類は、完成品という形として成果が残る分、達成感や充足感というものも大きくなる。俺にとっては、あの日の夕食作りが初めてだった。……沖田さんに感謝、かな。
3つのボビンを握る彼女の横顔は気のせいだろうか、うっすらと微笑んでいるようにみえた。いや、気のせいだな。やっぱり表情は見えない。
「そっか、ちょっと安心したな」
「どうして……?」
「沖田さんにも、ちゃんと楽しいって思えるものがあるんだな……って」
今日、初めて沖田さんの口から「楽しい」という言葉を聞いた。内心心配だったのだ。この少女はもしかしたら「楽しい」という感覚さえも失ってしまったのではないか、と。それ故に、その言葉を聞けて安心したのだ。
「ごめん、余計なお世話だったね」
「気にしてないから、いい」
ボビンをカゴに入れた沖田さんは立ち上がり、俺たちはまた店内を散策する。途中、小さいボタンや少し厚めの生地がカゴに追加されていった。
意外にも他の客が多く会計の列に並んでから支払いまで数分ほどかかった。密かに流行ってるんだろうか、手芸。
◆◇◆◇
手芸専門店はエスカレーターの近くに構えており、その付近はちょっとした広いスペースを形成していた。
その中心に聳える柱の前で、
「あなたには、ないの? 趣味とか、楽しいと思えるもの」
虚を突かれた問いかけだった。そもそも彼女の方から話しかけてくるのは稀なことだ。俺、ちょっと感激。でも名前は呼んでくれないのね……俺、ちょっとガックリ。
それにしても趣味か……見つけようとすら思わなかったなぁ。なんせ環境が変わる頻度が多い分、落ち着いてなにかにのめり込む余裕がない。というか、なにか見つけてもいつの間にか冷めていることが多い。
「そうだな。強いて言うなら……」
趣味というか習慣というか、アレが妥当だろうか。
言葉を一度止めて、ショルダーバッグからスマホを取る。そして角柱を囲うように置かれたソファを指で差し、目を合わせ、沖田さんに着座を促す。
ふたりして腰を下ろすと、俺はスマホに保存されたこれまで撮ってきた写真を見せた。
一定の感覚で指を滑らせる。
どこかの海の景色。山が崩れた雨の日の公園の砂場。飛ぶ瞬間の鳥たち。道路脇に咲く名前も知らなかった花……確かヒメジョオン、だったかな。こっちは多分最初の高校の屋上から撮った空だろう。
「これ全部、これまで引っ越したところで撮ったんだ」
1枚、また1枚とスライドしていく。どの写真もとても懐かしく感じられた。
「これ、この町」
沖田さんの声に合わせて指を止める。それは3ヶ月ほど前に撮ったもの。遠柳高校に転校して来て2日目の昼休みに彼女が屋上に来る直前に撮ったもの。
なんてことない、どこにでもあるような町の風景だった。一戸建ての家が並び、都会より多く緑が見え、雲の少ない青空と対照的に寂寥感を抱かせる町並み。詩人や文化人なら、趣があるとでも例えるだろうか。
ご明察、俺たちが今いるこの町の風景だ。よく分かったなとも思ったが、彼女の方があそこからの景色はよく知っている。意外でもないだろう。
「うん。この写真を撮った時、人生で初めて塔屋に上がったんだ。たった数メートルでこんなにも違うんだなぁって思ったよ」
確かそのすぐ後に沖田さんが来て、俺のことなど意に介さず粛々と弁当を食べ始め、その後も言葉ひとつなかったから終始そわそわしていたのを覚えている。
「俺は、同じ場所に長く留まるっていうのがほとんどない。なんの思い出もないまま離れた土地だってある。だから、中学に上がって携帯を持ち始めてから、なんてことない、ありふれた日常の風景の一片でも、形として残すようにしてるんだ」
そうやって撮ってきた写真の数は、今では100を超えている。
「趣味とは少し違うし、楽しいかと訊かれたら微妙なところだけど……でも、たまに見返すと少し落ち着いた気分になれる。懐かしいと感じることができる」
感傷を携えて指をスッと滑らせるも、画面は次の写真を映さなかった。どうやらこれが一番新しい写真らしい。
沖田さんへ目だけを移すと、彼女は黙ったままじっと写真を見ていた。
「その写真……初めて、この町が、綺麗と思った」
やがて独り言のように、でも確かに伝えるようにその言葉を呟いた。
「綺麗、かな?」
もう一度写真に目を落とす。高い所ならどこでも撮れそうな、ごく普通の町の景色。色合いは煩くなく、落ち着いた雰囲気の町並みだが、綺麗とまではいかないだろう。
「ん。私と同じ、寂しい色……でも、私と違って、綺麗」
ゆっくりと紡がれる言葉。でも、俺はそれにどうしても反対したくなった。
この少女は自分を自嘲的に捉えすぎる。でも、彼女が否定する自分は俺にとってはとても魅力的なわけで……
「そうかな。沖田さんは、ずっと綺麗だと思うよ?」
そんな言葉が流れるように零れていたことに気づいたのは、数秒の後だ。
自分で放った恥ずかしいセリフが脳内で幾度もフラッシュバックする。繰り返すたびに顔の紅潮が増し、俺の中を羞恥が満たす。
「……」
相変わらず、全くの無反応である。表情どころか全身ピクリとも動かない。無情にさえ感じる沈黙と不動は俺の「恥ずかしい」を超の勢いで加速させる。
「いや、ほらっ。沖田さん、澄んだ目してるしっ、俺ずっと綺麗だなって思ってたんだよっ、沖田さんの目ってあぁ何言ってんだ俺……」
脳内整理が追いつかずに咄嗟の弁解の言葉がわんさか溢れ出す。今の俺は漫画とかにある「汗ダラダラ」の状態だ。
そんな俺に沖田さんから一言。
「やっぱり……変わってる」
反論の余地はなかった。
もう……今はそれでいいです。
この物語の主人公は自爆系なのではと思う最近です。
あと余談ですが、手芸専門店の名前の「Cra-Ha」ですが、手芸の英語「handicraft」をhandiとcraftに分け、頭のhaとcraを入れ替えただけの安直なネーミングです。




