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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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18話 たまの外出もいい事がある・前

ベタなやつ、やります。

 夏休みは家でゆっくりしていたいというのが俺の意見だ。たとえ晴れだろうが快晴だろうが折角1ヶ月以上自由な時間を貰えるのだからのんびりと過ごしたい。

 だから今日も家から出るつもりはない……はずだった。


「アンタこのあと暇? 暇よね? 暇なんだしちょっと買い物付き合ってね。具体的には荷物持ち」


 強制的に外へ出る予定が作られた。

 11時頃、リビングのソファに寝そべっていたところ、一方的とも言える、いや、そうとしか言えない母の一言によって俺はゆるりとした一日を奪われた。


「俺の意思は?」


 俺は心底嫌そうな、ほんとぉ~に嫌そうな顔をしてこれでもかと拒絶をアピールしながら問うと母はニッコリと笑う。俺もそれに倣って笑みを作る。そしてその笑顔から零れた言葉は、


「ない」


 ですよねー。これは諦める他なさそうだ。

 俺は深く溜め息をついて尋ねる。


「で? どこ行くの」

「駅前のモール。確か、サクラモールって言ったっけ?」


 駅前か。引越しで電車に乗ってきて以来1度も行ってないな。徒歩で15分ほどの近場だ。まぁ家柄上車はないからそこまで遠出はしないだろうとは思っていたが、予想を裏切られることはなかったようだ。

 俺は鉛の如く重い腰を上げて身支度をしに自室へと向かった。



 ハァと、今日2度目の溜め息をつきながら、部屋着から簡単な外着に着替えていた。と言っても、ジーンズにグレーのティーシャツの極々普通のスタイルだ。


 7月も今日で終わり。遠柳高校に転校してもうすぐ3ヶ月になる。今までの学校だと3ヶ月経とうが、半年経とうが特に何かを感じたりすることなどなかったのだが、今回は違う。沖田耀弥というふたり目の友達と言える少女と出会うことが出来た。まぁ、まだ結構素っ気なかったりはするのだが。

 ちなみに今まで1年以上在籍した学校は小学の1校だけだったりする。


 最後にショートソックスを履いてショルダーバッグを提げれば準備完了。玄関で母と合流し家を後にした。



「へぇー。初めて来たけど、結構広いもんねー」


 母の言う通り、サクラモールの中は結構な広さだった。外観の大きさから予想はしていたが、思った以上の規模だ。

 6階建てになっていて、そのうちの4階が売り場。残りの2階と屋上が立体駐車場という構造だ。

 日曜ということもあって結構な人が入っている。


「それで、何買うの?」

「そうねぇ、最初は色々と見て回りたいからあんたどっかで暇潰してて。お小遣い、あげるから」


 そう言って母は財布から2千円を取り出し俺に渡してきた。俺は特にどうと思うこともなく受け取り、持参していた財布に入れる。


「さて、どこへ行こうか」


 一旦母と別れて俺は何をしていようか迷っていた。と言っても、そもそもどこに何があるのか分からなかったので近くの案内板に目を走らせる。1階、2階、と指でなぞっていくと、3階の西側端に「青城(あおき)書店」という文字を見つけた。


「本屋、か」


 そういえば最近は縁がなかったな。ここからだと真反対だけど静かだろうし時間を潰すにはちょうどいいだろう。

 エスカレーターを駆使して3階西側端の本屋まで辿り着くと、そこは結構なスペースが設けられていた。似たような本棚がこれでもかと整列している。小さな戸建ての店よりは優に広いだろう。俺は軽く圧倒されつつも店内を歩いて回る。


 一通り回った後、雑誌や漫画を買うつもりはなかったので文庫本のコーナーに至る。順々に背表紙を目でなぞっていく。そこまで熱心な読書家ではないので判断基準は知ってる作家だったり、タイトルからのイメージだったり、裏表紙のあらすじだったりする。

 多分没頭していたのだろう、俺はそれまで気づかなかった。ふと軽く何かにぶつかった感覚があったのだ。


「すみませ……」


 俺は初めて横に立っている人の存在に気づいた。

 即座に謝ろうとした時、相手の姿を見て思わず言葉を詰まらせてしまった。めいっぱい背伸びをし全身を震わせながらピンと手を伸ばすその少女の顔は、それとは対照的に全く揺らいで・・・・・・いなかった・・・・・のだ。

 見紛うことなどない。ここまで表情を崩さない少女などひとりしか知らない。一生懸命に本へと手を伸ばすその人は、偶然にも沖田耀弥さんだった。


(あれ? なんかちょっと……雰囲気が変わったような……)


 何か違う。最後に見た彼女と何かが違った。でもその何かが分からない。


 沖田さんはこちらに気づくこともなく何度も伸び縮みを繰り返している。何度か本に触れるものの、取るには至らない。彼女のひょこひょこした上下動作に「なんだこの可愛い生き物」と感じつつ少しばかり惚けて見ていたが、数秒もすれば我に返った。

 沖田さんが触れた本を確認してそれに手を伸ばす。


「これで合ってる?」


 そこでやっと気づいたようで、俺と本を交互に見る。俺を認めるとその澄んだ瞳が僅かに、すっと俺から逸れた。

 ゆっくりと、小さな手が本を掴む。


「……ありがとう」


 零れ落ちるように呟いた言葉は確かに、俺の耳に届いた。それに対して俺はうんと頷き、本から手を離す。


(この本の著者、どっかで見たような……)


 見覚えのある文字を脳内検索にかける。……ああそうだ。前に読んだ本の著者と同じ人だ。

 離した手をそのまま本棚に持っていきさっきの場所を探す。予想通り、同一人物だ。新作が出ていたようだ。俺はそれを買うことに決め、沖田さんと同じものを手に取った。

 思わぬ共通点を見つけ、少し嬉しい。


 結局、その後興味をそそるものは見つからず買うのは1冊だけだ。恙無く会計を済ませ、俺は沖田さんにひとつ提案をした。


「せっかくだし良かったら一緒に回らない? 俺ここ初めてだから案内してくれると嬉しいなぁ……なんて」


 実を言うと「チャンスを逃したくない」というのが本音だったりする。沖田さんにはゆっくり仲良くなればいいと言ったが、タイムリミットも分からないし夏休みというタイムロスは非常に痛い。こういう偶然の産物は貴重だ。


「分かった」


 沖田さんは少し沈黙を置いたあと、そう答える。その言葉に心中で胸を撫で下ろした直後、高い電子音がふたりの間に割って入った。俺のスマホだ。


「もしもし」

『あ、悠灯? あんた今どこ?』


 母だ。買い物は終わったのだろうか。


「3階の本屋の前。青城書店っての。沖田さんと偶然会ってこれから案内がてら一緒に見て回ろうとしてたところ」

『あらっ、耀弥ちゃんいるの? ちょうどよかったー。これからどっかで昼にしようと思ってたんだけど一緒にどうか誘ってみてよ』


 スマホの向こうで母の愉快な声が聴こえる。

 隣に目をやるとこちらなど興味なさげに少し下を見据える沖田さんがいる。その視線の先には、床の模様以外特にない。


「ちょっと待ってて」


 取り敢えず、言われたことを遂行しよう。


「沖田さん。うちの母親がこれから昼食一緒にどうか、って言ってるんだけど……どう?」


 相変わらず視線も顔の向きも変わらない。ただポツリと、


「いい」


 ──いい。


 それはどっちの意味だろうか。承諾か、はたまた拒否か。


「それは……構わない、ってこと?」


 多分肯定的な方を訊いたのは願望の表れだったのではないかと思う。

 表情の伺えない彼女が振った首は、縦だった。俺はそれにまた、心の中で胸を撫で下ろした。


「構わないって」

『そう! んじゃあ1階のフードコートに来てくれる? どっかにいるから』


 どっかって、曖昧だなオイ。せめて目印を教えろよ。


「どっかって──」

『よろしくねー』


 ツー、ツー、ツー……


「…………」


 ……切りやがった。いっつも適当で自分勝手なんだよなぁこの人。

はい。本屋でのベタなやつでした。

リアルじゃそうそう起こりませんよね。


次回はモール後編になります。

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