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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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16話 訪問、友達宅

 着信を知らせる暢気な電子音が響き、ふたりして一度立ち止まる。俺は沖田さんに断りを入れて電話に出る。相手は母親だ。


「もしもし?」

『あっ、悠灯? 急で悪いんだけど、今日昼と夕ご飯外食なりしてテキトーに食べてー』

「はぁ!? なんで急に!」


 なんの前置きもなく耳を疑う内容だけ伝えられる。

 いきなり何を言い出すんだこの人は!


『いやぁ~。ちょっと偶然高校の同級生と会ってね、ちょうど今飲んでるとこなのよー。まぁそゆことだからよろしく~』

「いやちょっと、そういうことって──」


 ………………。

 切れた。切りやがった。一方的に話終わらせやがったよあの人。

 今飲んでるって言ったよな。まだ昼なのに何時間飲むつもりなんだよ! なんだ、高校の同級生と昼から朝までハシゴでもするのか!? そう言えば以前父が言っていたな……母の大学時代の通り名は「文学部の蟒蛇(うわばみ)」だった、と。その母と昼からハシゴする旧友……あの人マトモな友人いるのか?


 昼は沖田さんの手作り弁当貰ったけど……どうしよ、夕飯。

 と、そんなことを考えていると、右腕にツンツンとつつかれる感覚。


「うち、来る?」

「へ?」


 突然の窮地に悩んでいると、沖田さんからそんな声がかかるもんだから思わず素っ頓狂な声で訊き返してしまう。


「夕食ないなら、私の家、来る?」

「もしかして、電話聴こえてた?」

「ん。好恵さん、声大きいから」


 ははは……うちの母親、電話から漏れるほど声大きいんだ。多分あの様子だと既に軽く酔ってるな。


 そういやさっきさり気に「好恵さん」って呼んでたような……うちの母親の名前覚えてたんだ。俺はまだ一回も呼ばれてないのになぁ、いいなぁ、ずりぃなぁ……俺、ちゃんと名前覚えられてる……よね?

 思わぬ所で一抹の不安が残った。


 それよりも、だ。沖田さんの家って…………マジすか?


 沖田さんは真っ直ぐに俺の目を見つめている。答えを待っているようだ。


「えっと……お邪魔でなければ」

「大丈夫」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 急な展開っていうのはこんなにも立て続けに来るものなのか。

 俺たちは夕食の材料を買うため、スーパーで買い物をすることにした。


「何か、食べたいもの、ある?」


 スーパーに着いて、沖田さんは俺に尋ねた。


「な、なんでもいいよ」

「……それは……困る」


 あれ? なんだろう、ちょっと意外な反応だ。俯いた沖田さんは困ったような、ちょっとムッとしたような、何にせよ無表情の中に確かにそんな雰囲気があった。

 それよりも、やっぱりなにかリクエストした方がいいんだろうか。っていっても、こんなん親以外に訊かれたの初めてだし、急に言われても……


「じゃあ……麺料理、とか?」


 パッと思いつくものを言ってみた。


「……具体的に」


 そーきましたかー。最後まで選択権は俺に委ねられるようだ。

 そうなると少し考えねば。ラーメンはちょっと前に食べたし、うどん……はなんか簡単すぎて味気ない。折角沖田さんの弁当以外の手料理だし……。ぬぬぬ、何かないか…………そうだ!


「パスタとかどうかな? この時期だと冷製パスタとか!」

「…………わかった」


 おおっ、よかった。やけに間が空いたから不安になった。

 流石にまるっきり任せるのも忍びないので、なにか手伝おうと内心で決めた。


「ほか、何か、いる?」


 買い物の最中、沖田さんにそう訊かれたが返答に困るところだ。


「いや、俺は大丈夫──」


 そこまで言ってふと考えた。


「いや、そうだな……じゃあ、沖田さんが食べたいもの、で」

「……それじゃあ──」


 少し黙考し、沖田さんはカートを押し始め歩みを進めた。




 ◆◇◆◇




 結局、直接沖田さんの家へ向かい、夕食まで夏休みの課題をすることになった。


「お邪魔します」


 沖田さんが鍵を使って扉を開け、俺はそれに続いて訪問時の定型文とともに家に入る。


 沖田さんの家は住宅街にあり、規模としては俺の家と同じくらいだ。

 ふたつ隣に桜木先輩の家もあった。他よりちょっと大きかった。プチリッチなのかな?


 沖田さんは先に上がると、恐らく居間であろう扉を開け、引いた扉のドアノブを持ったままこちらを振り返る。俺を待っているのだろうか。


「お、お邪魔します」


 俺はさっきよりやや震えた声でもう一度呟き、靴を揃えて上がった。


 居間に足を入れたところで自分の家と明らかに違うと気づいた。他人の家だから当たり前だとかそういう意味じゃない。

 テーブルの上には最低限の調味料以外一切なく、キッチンやシンクも食器がわちゃわちゃと置いてあるウチとは大違いだ。

 まさに、落ち着きをもたらす空間──居間としての機能を完全体現していた。


「同じ用途の部屋とは思えないな」


 極小の声でそう零す。

 と、沖田さんが買い物を仕舞い終えたようだ。


「あ、沖田さん。先に着替えてきなよ、俺は大丈夫だから」


 季節は夏だ。流石に汗に濡れたままずっといるのはそれなりに嫌なはずだ。特に女の子は。


「……わかった。好きなとこ、座ってて」

「あ、うん。ありがとう」


 よかった。このままでもいいとか言われたら反応に困るところだ。心の中で胸をなで下ろす。

 沖田さんは鞄を持って恐らく自室があるであろう2階に上がっていった。


 一番近い椅子に腰をかけた俺は課題に手もつけず、整頓された室内に感嘆の声を上げ見回していた。

 ウチはなにか置いてあって当たり前だ。当然ながら、以前沖田さんが夕食を食べに来た時もテーブルの上を片付けたのをバッチリ記憶している。

 一室を見回しているうち、俺は確認するようにこんなことを呟いた。


「今更だけど……ここって女の子の家、なんだよなぁ」


 改めて自覚すると冷や汗が湧いてくる。直角に曲げた脚も僅かに震えている。

 誰かの家に行ったのなんか瀬良が最後だ。それに異性の家なんて今日初めて上がった。……これ、夢じゃないよね?


 更に言うと、今現在、というか恐らく帰るまでこの家には俺と沖田さんのふたりしかいない。沖田さんの両親は仕事で夜中まで帰ってこないらしいのでこれから数時間をこの緊張空間で過ごす必要があるらしい。……あ、今心臓が跳ね上がった。あ、また……


 数分を費やしているうちに着替え終えた沖田さんが下りてきた。

 袖にフリルのついた白い半袖カットソーに、下は太腿の中間ほどまでの長さのスカートを纏った目の前の少女は、確かに綺麗だった。可愛いと、それで済ませるのは勿体ない気がした。


「もういい。上」

「上?」

「この部屋冷房、壊れてるから、私の部屋」


 …………はい? 今、何と?

 沖田さんの部屋に……俺が? 


「えと……、いいの?」

「別に、いい」


 Oh……マジですか。




 ◆◇◆◇




 予測不能な事態が立て続けに起き、今現在私こと織宮悠灯は友達の女の子の部屋にいます。

 綺麗に整えられた棚にデスク、壁飾りひとつない壁、中央に陣取る水色の円テーブル、隅のベッドに座るクマのぬいぐるみ。シンプルで飾りっ気のない景観だけど、物静かで沖田さんらしい部屋だ。

 既にエアコンを点けているようでゴォと音を立てている。


「そこ、座ってて」

「あ、はい」


 促されるまま円テーブルの前に正座する。

 俺が座ったのを確認すると、沖田さんはドアノブに手をかけて振り返り、


「お茶でいい?」


 と、そう尋ねる。


「うん、ありがとう」


 ここは好意に甘えておこう。

 部屋に取り残された俺は冷静になり、さっきの続きで現状に向き合うとなんだかもどかしくなり、気を紛らわすために先に課題を始めることにした。

 得意科目の英語のワークにひたすらペンを走らせていると足音を捉えた。恐らく両手が塞がっているであろうと思い先に扉を引いた。

 案の定、コップふたつとボウルに入ったお菓子を乗せた少々大きめのお盆を右手に、2リットルのペットボトルのお茶を左手に持った沖田さんが立っていた。予想は当たっていたようだ。


「持つよ」


 すかさず右手のお盆を受け取る。こういう時どっちを持てばいいかわからなかったため取り敢えず持ちにくそうだったお盆の方を選んだ。


「あ……ありがとう」


 その後座ってからはただ黙々と課題を進める時間が続いた。何か話題を振ってお喋りとかしたかったけど、我ながら情けないものである。

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