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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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14話 友達であること

 放課後。俺は少し軽い心持ちで昇降口に向かった。

 ちなみに今日は、沖田さんは都合で先に帰っている。俺はさっきまで、ひとり屋上で今日のことを回顧していた。

 靴を履きかえ校舎を出たところで背後から声がかかった。


「嬉しそうね」


 振り返り確認すると、見知った顔があった。

 見ただけでわかる綺麗な黒髪を後ろでひとつにまとめた、俺よりも少し背の高い女の人――桜木先輩だ。

 表情に出していたつもりはなかったが、そんなにわかりやすかっただろうか。


「そう見えますか?」

「ええ、少しね。なにかいいことでもあった?」


 俺たちは自然な流れで並んで再び歩き始める。


「はい。とても嬉しいことがひとつありましたね」

「内容を訊いても?」

「……沖田さんと、友達になれました」


 先輩の言葉に一拍置いて答える。当の先輩は俺の言葉に驚いている様子だ。


「予想以上に早かったわね」


 先輩の声音は心底意外そうなものだった。


「……? それはどういう……」

「私が心を閉ざした耀弥ちゃんと会話ができるようになったのに2ヶ月かかったからよ。まともな会話だけでもでも2ヶ月かかったのに、キミはそれを1ヶ月ちょっとで超えてみせた。ちょっと負けた気分ね」


 先輩は嘆息混じりに笑う。嬉しさ半分、自嘲半分といったとこだろうか。簡単に言ってくれるがあの時は緊張と羞恥心とその他諸々の感情で精神が破裂しそうだった。

 でも、桜木先輩よりも短い期間で信頼を得ることができた?のは少なからず自信になっていたと思う。


 そこからは無言だった。以前と同様分岐点までこのままかと思われたが、ふとあのことを思い出して「そういえば」と口を開いていた。


「沖田さんの過去も、聞きました。小学校の頃の」

「……そっか」


 先輩はそれっきりだんまりだ。


「訊かないんですね」

「ええ。耀弥ちゃんがそれを打ち明けたのはキミ。私にはそれを知る機会は与えられても、それを知る権利がないからね。彼女の知らないところで勝手に知ることはできないわ」

「……そうですか」

「いつかあの子から話してくれるのを待つことにするわ。気長に、ね……」


 その言葉が終えてまもなく、その十字路はおとずれた。


「それじゃあ、私はこっちだから」

「はい。さようなら」


 別れの挨拶を交わし、右へと進路を変える。


「……ホント、完敗ね」

「……?」


 去り際、先輩はなにか呟いたが聞き取ることができなかった。


「なんでもないわ。それじゃあね」

「はい……。……?」


 桜木先輩が俺の半分くらいの身長になるまで見送り、帰路に戻った。




 ◆◇◆◇




 土日も過ぎ、四日に渡る試験も恙無く終了した。

 そして翌週の、その昼休み。既に沖田さんの姿もなく、屋上へ向かうべく立ち上がろうとしたその時だ。


「悠灯ぃ、ちょぉっっっといいかぁ?」


 俺の名前が呼ばれたので出処に顔を向けると何やら新しいおもちゃを得た子供のような顔をした芽野と五十谷がいた。にへらとしたふたりの表情に何か危機感を覚える。正直ちょっと気持ち悪い。


「な、なんだ?」


 自然、息を飲んで引き気味に構える。


「お前、沖田と仲がいいって、マジか?」


 芽野がそう言った途端、クラスが静まり返った。別にそこまで大きい声ではなかっただろう。だが、近くで談笑していた女子グループから前で黒板を消していた日直の男子まで、もっといえば今まさに教室を出ようと片足を廊下に出している生徒まで皆一様に動きと音を止めた。

 俺はというと、唐突な虚をついた質問に一時停止していた。


「えっと……まぁ、多分」


 仲がいい、と答えるには微妙なところなので俺は曖昧に濁して答える。


 おおぉぉーー! と、誰かが発した。それをトリガーに教室の至る所で感嘆の声が上がった。


「うおぉー! マジか!」

「おいなんだよコイツ!?」


 そばの二人も二者二様に驚いている。でも、驚きたいのはこっちだ。


「知ってたのか……?」

「そりゃお前、クラスじゃ一番の話題だぜ」

「格好の噂だよな」


 誰も知らないと思っていた。確かにたまに、本当にたまぁーーに一緒に出ることはあったけど……恐るべし、高校生の洞察力。

 

「まさかあの沖田耀弥が人と関わるなんてなぁー。お前ホンット何者だよ。ってか何したのお前?」

「ってかお前らどうゆう関係よ?」


 質問が多い。いっぺんにするな。

 気づけば全員の視線がこちらを捉え、その目は好奇一色に輝いていた。背筋がゾッと粟立った。


「何者と言われてもただの男子高校生としか。それに、沖田さんとはただ友達ってだけで……」

「その友達になるのが難しいんじゃねぇか……」


 芽野から呆れたように言われる。

 ただ、ちょっと似てただけ。境遇とか、そういうのが。

 いまだざわつく教室にそろそろ居心地の悪さを感じた俺は緊急離脱することにした。


「とにかく、そういうことだから」


 それだけ残して俺は逃げるように教室を出た。後ろから「神」だの「パネェ」だの聞こえた気がしたが、空耳だと信じたい。



 階段に差し掛かる辺りまで歩くと、何やら別の場所が騒がしかった。場所は壁を挟んで隣、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下からだ。気になってそちらの方へ足をやると人だかりができていた。何事かと近づいてみると期末試験の順位が張り出されていた。この遠柳高校では順位は掲示されるようになっているようだ。そう言えば高校の要項かなんかに書いてあったな。

 ちなみに前の高校では成績表に記載してあったし、その前は「知りたかったら自分で訊きにこい」って感じだった。


 早速俺は自分の名前を探す。

 勉強には少し自信がある。とある理由から受験前に猛勉強をしてその名残がいまだ健在だからだ。

 2年生は241人。この学校の生徒のレベルが分からないので一応後ろから昇っていく…………あ、あった。

 241位中32位。うん、いい感じ、かな? 上位に組み込めたのはよかったと言えるだろう。

 取り敢えず更に上位の人を追っていくと、その人の名前を見つけた。


「すげぇ。沖田さん、14位って、俺よりもずっと頭良かったんだ」


 下に見ていたわけではないが、たまげたというか意外というか……いや、交友がない分勉強する時間は沢山あるか。

 何はともあれ、更に沖田さんのこと知ることが出来て少し嬉しいのは否めない。というか純粋に嬉しい。

 俺は自身に篭った感情を沖田さんの手作り弁当へのワクワクに変え、屋上を目指した。



 言わずもがな、沖田さんは既に来ていた。

 手提げ袋から弁当箱が出ていないのを見ると待っていてくれたのだろうか。


「ごめん、試験の順位見てたら遅くなっちゃった」

「気にしてない」


 相変わらずの温度の低い声だけど、本心も言葉と同じなのだろう……と思う。だって自分の買い物が終わっても最後まで付き合ってくれたし、手作り弁当という俺の無茶極まりない要望にもこうして毎日応えてくれている、根底から優しい女の子なのだ。ただ表情と言葉と声が乏しいだけで。


「「いただきます」」


 俺はいつもの弁当箱を受け取り、ふたり揃って食事を始める。いつも通りの静かな食事風景だ。


 そういえば、成田は沖田さんのことを「無口」「無表情」「他人に無関心」と言っていたけど、沖田さんの過去を聞いた限りだと「他人に無関心」は否定されるな。彼女の場合、無関心ではなく他人と接することによる言わば「恐怖」だ。どれだけ親密な関係を築こうとまた忘れ去られてしまうことを恐れている故に他人との接触を拒むのだ。……もしくは、その「恐怖」がいつしか「無関心」に変わっていったのか。


 ――――なら、俺を受け入れてくれた真の理由はなんなのだろう。


 友達になってくれたのは俺が自分の境遇を話したことが少なからず関係していると思う。でも、それ以前つまり買い物や我が家での夕食、それこそ手作り弁当などを受け入れてくれた理由はなんなのだろう。単純な善意で片付けるのは些か行き過ぎていると思う。

 俺の中で静かに、沖田さんに対する新たな疑問が生まれた。


 ふと、沖田さんが妙にソワソワしているのに気がついた。両の目がチラチラとこちらを向いたり、時には顔も同時に僅かばかり動いていたりと、いつもと違う様子。初めて見るその仕草に戸惑いと同時に少しばかり心を擽られる。


「沖田さん、どうかした?」


 俺は気になって尋ねてみる。すると沖田さんの動きがピタリと止まった。

 そしてゆっくりと口を開く。


「友……達」

「……?」

「友達……何をすればいいか、分からない。話題、とか」


 あぁ、そういうことか。彼女はこの6年間、人との接触を避けてきた。なら、こういった感覚を失っても不思議はないだろう。

 ……とはいったものの、それは今まで「それなりの関係」ばかり築いてきた俺にもいえることで、正直どうしたものかと困っているのも事実だ。


「無理に意識しなくても良いんじゃないかな。ほら、晩御飯一緒に食べたり買い物したりとか、結構友達っぽいことしたわけだし」


 異性の友達間で普通こういうのはなかなかないか。というか同性でも結構ないのでは? それも片方の家ともなると幼馴染みや近所でもなければ滅多にないだろう。


「それに、こうやって毎日屋上でふたりになったり、弁当も作ってきてくれてるわけだし……」


 これこそ友達間でやるようなことじゃないような……駄目だ、言ってて恥ずかしくなってきた。


「それにさ、沖田さんにだってやっぱり思うところはあるだろうし、ゆっくり親しくなっていけたらなって思うんだ」


 そう。沖田さんが過去に苦しんでいるのも事実。それは端から承知の上。だから、無理をしてほしくない。焦ってほしくないし、俺も焦りたくない。……もし、この生活に短い制限時間(タイムリミット)があったとしても。


「……ん」


 沖田さんは小さく頷く。久しぶりに見た、本当の無表情。

 この返事に込められた心情は、なんとなくもわかることができなかった。

 まだ、沖田さんのことを知るには時間がかかりそうだ。


 燦然と輝く夏の太陽は、また少し、煌々とした光と肌を刺す熱の強さを増した。

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