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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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131話 球技大会が来る

 3学期が始まって少し。その日の6限目は学活だった。

 その議題は、球技大会の参加種目決めだ。席替えの日に水方くんから、近々話が出ると思うと聞かされていたが、どうやら今日がその日のようだ。

 教室の前に出た体育委員のクラスメイトが、黒板に文字を書き始める。


(球技大会、ねぇ……)


 綾葉高校では、体育祭や体育大会とは別に、1月の下旬頃に球技大会というものが行われる。

 5限目以降の授業時間が大会に使われ、男女は別々、年によってどちらが体育館でどちらがグラウンドかが変わるらしい。


「じゃあま、早く終われば早く帰れるので早速進めていきまーす」


 どことなく気だるげな男子委員の満島みつしまくんの進行に合わせて、女子委員の網原あみはらさんの丁寧な字で簡単な説明が黒板に記されていく。

 形式は全学年、全クラス対抗のトーナメント形式(組み合わせは後日通達)。今年の種目は男子はサッカー、女子はバレーだ。種目でわかる通り、今年の男子はグラウンドだ。


(よりによって真冬に外か……)


 席は当たれど、こんなところでハズレを引くとはな。まぁ、真冬に体育祭やって1日中外に放り出されるよりは授業2限分の方がまだマシか。

 やはりと言うべきか、一部の男子からは落胆の声が上がっている。


「はーい気持ちはわかるけど早く帰りたいので進めまーす」


 多少の騒がしさはなんのそので、満島くんはスルーして進行する。ってか本音出たな今。

 主だったルールは、それぞれの公式ルールに準じている。

 特徴的なものとしては、サッカーにしろバレーにしろ、その部活に所属している生徒は得点が出来ないというものがある。サッカーの場合だと、シュートにしろキーパーを抜くにしろ、サッカー部員が点を決めてもそれは無効となり、ゴールキックから再開する。


「女子のバレーに関しては、サーブやブロックなど、スパイクとフェイント以外の得点であれば認められます」


 なるほど。部員の無双になるのを避けつつ、それなりに自由にプレーはできるようだ。

 なお、このルールを利用して明らかに意図的に点を決め続けて試合を遅滞させると退場になり、場合によっては勝ち進んでもその後の試合にも出られなくなるらしい。

 体育祭よりフランクな大会といえど、思いのほかしっかりとしたルールが設けられているな。


「それじゃあ男子は窓側、女子は廊下側で、それぞれメンバーを決めてください」


 ひと通りの概要を説明し終われば、男女別で1回戦と2回戦のスターティングメンバーを決める話し合いに移る。2回戦の分も決める理由は、1回戦で試合に出なかった生徒は特別な理由がない限り必ず出場しなければいけないためだ。


(なるほど、完全なサボりはほぼ許されないってことか)


 やる気のない生徒や苦手な生徒からしたら、ご遠慮願いたい制度だな。

 男子の方は引き続き、満島くんが主導している。どうやらバリバリのサッカー部スタメンらしい。サッカー部員――特にスタメンの生徒がひとりでもいるクラスは、きっとどこも優勝を狙っているのだろう。

 メンバー決めは、キーパー以外なら基本的にどのポジションにどれだけ置くも決まりはない。合計11人というのは当然として。

 極論、10人フォワードでも10人ディフェンダーでも構わないということだ。後者の場合、誰が攻めるんだという話になるが。


「織宮くんは運動得意?」


 なんて油断していたら、満島くんから話が振られた。


「いやぁ……正直あんまり。体力はそこそこあるけど、スポーツに関しては自信ないかな」


 できることと言えば中学時代に死ぬほど鍛えられた水泳(ドルフィンキックと、クロールが少々)くらいなもので、他に授業以外でスポーツに触れたことはない。

 まぁ、その水泳の特訓のおかげかはわからないが、体力だけは帰宅部にしてはある方だ。体育の授業でも、持久走だけは割といい成績だった。


「サッカーの経験は?」

「体育だけかな。ドリブルに困らない程度にはできるけど、あんまり期待はしないでほしいかも」


 安定してボールを運ぶくらいなら問題ないが、相手を抜くのも相手からボールを奪うのも運次第。それこそ勢いに任せてが関の山だ。

 球技大会というイベントに対して一応前向きな姿勢は見せつつ、少しでも自分を下げる。運動が好きでない身としては、できるなら補欠にいたいものである。


(ん? あれって……)


 満島くんと話すついでにメンバー表を覗いてみると、ミッドフィルダーの枠のひとつに「水方」という文字を見つけた。このクラスに水方という名前の生徒はひとりしかいない。


(水方くん、運動神経よかったんだ)


 少なくとも、見た目の印象からはそういうイメージがつかない。まだ枠が半分も埋まっていないところから察するに、クラスの中でも上位にいるのは確実だろう。

 こっちに越して来てからというもの、「人は見かけによらない」というものを身に沁みて感じさせられるな。




 ◆◇◆◇




「織宮くん。よかったら今日、『Frieden』に寄って行かない?」


 その日の放課後、帰り支度をしていると、水方くんにお茶に誘われた。


「別にいいけど、どうしたの?」

「ちょっとやってみたかったんだ……友達と帰りに寄り道」


 水方くんは照れくさそうにそういった。

 俺はそれにくすぐったさと、どことなく心地よさを覚えた。一緒に下校、そして寄り道……なんとも「友達」っぽいな。

 店に入ると店長の歓迎を受け、ふたり揃っていつものを注文しする。そして話の種は専ら球技大会のことだ。


「それにしても……まさかふたりともスタメンに入るなんてね」

「あぁ……だね……」


 水方くんの言う通り、俺たちはふたりとも、1回戦からスタメンに入っているのだ。俺のさり気ない抵抗も無駄に終わったのだ。

 しかもなんの偶然か、俺も水方くんもミッドフィルダーの選抜である。


「あれ、織宮くんは嫌だった?」

「まぁ……どちらかというと、ね」


 運動部どころかそもそも部活すら入ったことのない身で、わざわざスタメンを自推などするものか。

 こう言っては失礼だが、改めて水方くんがスタメンとして入っていることには驚きを禁じ得ない。


「それよりも、俺は水方くんの方が意外だったかも。割と早い段階でスタメンに入ってたし」


 皆まで言ってから、俺は失言に気づいた。思い出した勢いで、言葉を選ぶのを忘れて思ったことを直球で言ってしまった。


「あっ、ごめん。変な意味じゃなくてっ」

「あはは。大丈夫だよ、よく言われるから。運動できなそうって」


 思いのほかこういったことは慣れているようだった。

 でもまぁ……よく言われるっていうのも分かる気がする。水方くん自身が活発な性格ではない(何ならクラス替えで友人作りに困る程度には消極的だ)し、今所属しているのが写真部ということも合わせると、どうしても運動が苦手そうというイメージが先行する。


「僕、中学までは陸上部だったんだ。まぁ大会こそ出てたけど、それで特別成績を残してるわけじゃないんだけどね」


 なるほど、それならサッカー経験が浅くてもスタメンに選ばれるというのは納得できる。

 彼の通っていた中学の陸上部の規模はわからないが、少なくとも大会の出場選手に選ばれるだけの実力は持っているということだ。


「でも、なんでまた高校からは写真部に?」


 陸上部に籍を置き、大会にも出場するほどの実力者なら、きっとそのほとんどは高校でも陸上を続けるだろう。

 でも実際に彼が選んだのは、陸上部はおろか運動部ですらない写真部。

 俺の疑問は、当然のものと言えるだろう。


「さっき、大会には出てたけど、成績を残しているわけじゃないって言ったよね」

「うん」

「それは言葉通り、何も成績を残せなかったんだ」


 水方くんがどこか懐かし気で、少し寂し気な表情になる。


「真剣に取り組んで、努力を重ねて、でも自分の中でそれに見合った結果が出せない。それでふと思ったんだ、僕は陸上選手にはなれない……って。そうして少しづつ陸上に対する熱量を失っていって、中学3年の最後の大会。集大成とも言える大会で僕は……燃え尽きたんだ」


 それは、俺が経験したことのない、挫折による諦め。きっと、何度も壁にぶつかり、破り、繰り返し限界を超えてきた果ての結果であり、選択なのだろう。

 軽い気持ちで訊いただけのはずが、思わず深く重い話になってしまった。


「あっ、そんなに暗くならないでっ。その大会では自己新記録も出せたし、どっちかというと清々しい終わりだったから」


 慌てて場の空気を繕う水方くん。

 自分でも気づかないうちに、心配されるほど険しい表情になっていたようだ。


「まぁそんなわけで陸上をやめて、高校では何をしようかって悩んでた時に、部活勧誘で伊鶴さんに写真部に誘ってもらったんだ。その縁で体験入部したら、ハマっちゃったって感じかな」


 なるほど、水方くんと伊鶴さんの繋がりはそこからだったか。

 陸上少年だった水方くんが、今では映像関係の仕事に就くという夢を持つようになったのだから……伊鶴さんの存在は彼にとって、俺が思っている以上に大きいものなのかもしれない。


「確かに陸上は諦める形で終わっちゃったけど、後悔はないよ。僕にとっては、陸上で自己記録を更新した時より、満足のいく写真が撮れた時の方が嬉しいし楽しいからね」


 そう語る水方くんの表情は、先ほどと一転して晴れやかだ。それを見て俺は少し安堵する。


(ギリ地雷じゃなかった……ってことで、いいのかな。いや、気を遣われただけか……?)


 俺にも安易に人に話すには重すぎる境遇があるように、水方くんにも俺が思いもしないいろんな経験があるんだ。

 結果的に今がいい方向に進んでいたとしても、何が暗い靄を呼ぶ要因になるかわからない。耀弥の時は桜木先輩から事前に教えてもらっていたから考える時間を持てたが、いつもそんなアシストがあるわけではない。

 これからは人と接していく上で、その言葉を声にしてもいい時と飲み込んだ方が賢明な時を見定めることに、特に注意を払うべきかもしれない。

今だから言います。遠柳高校編でストーリーを考えていく中で、体育祭というものの存在を完全に忘れていました。

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