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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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129話 イトコってどんな感じ?

「いらっしゃいませ」


 談笑していたのも切り替え早く、即座に入り口前まで赴き、客の入店と同時に深いお辞儀で出迎える児珠さん。

 姿を見せたのは、濃いベージュのコートを着た少年――俺のクラスメイトにして同じくこの店の常連、水方雄星くんだ。


「こんにちは……って、あれ? 咲優那、今日シフト入ってたんだ」

「あ、うん。さっき入ったとこ」


 真っ先に目に入った児珠さんに、水方くんは予想外の反応を示した。なんと、ふたりは既知の間柄だったのか。


(……いや。ふたりとも俺よりずっと前から通ってるんだし、知り合いでもおかしくはないか)


 それにしても、水方くんが後輩相手とはいえ下の名前を呼び捨てとは珍しいな。少なくとも単なる先輩後輩の仲というわけではなさそうだ。


「水方くん、いらっしゃい。明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます」


 店長に挨拶を返した後、俺たち3人も見つけ新年の言葉を交わす。思いがけず、同年代の知人が全員集合した形だ。

 というか、営業開始日早々に来るとは、水方くんも考えていることは同じようだ。


「ふたりって、知り合いだったんだね」


 俺たちのテーブルに合流し、チーズケーキとブレンドコーヒーを注文した水方くんに率直に訊いてみる。


「あぁ、従妹なんだよ」


 オーダーを店長に伝えに向かった児珠さんを見ながら、水方くんはそう答えた。

 なるほど。水方くんが呼び捨てしていたのに加え、児珠さんも先輩相手にしては話し方がフランクだし、割と近しい間柄なんだろうとは思っていたが従兄妹同士だったか。

 意外と、ここに通うようになったのもどちらかがきっかけだったりするのかもな。


「イトコかー。そーいえばあたしたちにはいないよね~」

「父さんも母さんもひとりっ子だからな」

「イトコって、実際いたらどんな感じなんだろ」


 へぇ。ふたりには従兄妹がいないのか。


「たまに会う兄妹みたいな感じですよ」


 従兄妹という存在が気になる様子の祈鷺先輩に、俺なりの考えを伝えてみる。

 俺にとって頼人や蓬はまさしく、弟や妹みたいな存在だ。多分、ふたりが俺を「悠兄ぃ」と慕ってくれていることが起因しているのかもしれない。


「僕の場合は、あんまり妹って感じはしないですね。昔はよく遊んでたし、幼馴染みの方がしっくりくるかも」

「そなの?」

「はい。今は、関りは少ないけど気負わなくていい……みたいな」


 自分以外の例を知らなかっただけに、水方くんの答えは結構意外だった。従兄妹の関係性って、いろいろあるんだな。

 多分水方くんと児珠さんの家はそれほど距離が離れていないと思うが、それでも滅多に会わない俺と露原兄妹のほうが親交はありそうだ。


「おまたせしました。チーズケーキとブレンドコーヒーです」


 タイミングよくというべきか、児珠さんが水方くんの注文を持ってきた。


「おぉサユちゃんいいトコに~。サユちゃんとって水方くん……てか従兄妹ってどうーいう存在?」

「従兄妹……ですか? 私的には、兄みたいだけど少し違う……っていう感じでしょうか。友人よりは近しい間柄だとは思っています」


 祈鷺先輩の急なフリにも丁寧に答える児珠さん。


「でも確か、児珠さんって雄星のこと『雄兄さん』って呼んでなかった?」

「あ、確かに確かに!」

「それは、小さい頃からのクセと言いますか……」


 顔を赤くして弁解する児珠さんと、揶揄うように笑う梶倉兄妹。そして、あははと困ったように笑う水方くん。

 だが俺はそれをよそに、思わず体をビクつかせ、なんとも奇妙な感覚に見舞われていた。


「どうかしたの? 織宮くん」


 その不自然な様子は、隣の水方くんに見つかっていた。


「いや……俺、従兄妹から『悠兄ぃ』って呼ばれてるんだ。それで、ちょっと妙な感覚に……」

「あぁー……あるよね、そういうこと」


 自分のことではないと分かっていても、自分に対する慣れた呼び名と同じ響きが聞こえると、思わず反応してしまう。

 何より、もしあのふたりが俺のことを「悠兄さん」と呼ぶところを想像すると……いや、ないな。


「咲優那が僕を『悠兄ぃ』って呼んでるところ……うーん、ダメだ想像つかないや」


 どうやら考えることは同じなようだ。

 声もそこまで大きくはなかったし、この話題は俺たちふたりの間で終わりかと思ったが……視界の端で祈鷺先輩の目が光るのが見えた。嫌な予感を掻き立てる笑みと共に……

 そしてそれは、間も無く現実のものとなった。


「ねぇサユちゃん。1回だけ水方くんのこと『雄兄ぃ』って呼んでみて?」

「えっ……いや、それはちょっと……」


 いきなりとんでもない無茶ぶりをかます祈鷺先輩。さしもの児珠さんも、その要求には答え難い様子だ。

 当の水方くんは困ったように笑い、伊鶴さんは呆れ顔だ。


「祈鷺先輩……さすがにそれは、僕の方が恥ずかしいので」

「え~。『さん』があるかないかの違いじゃーん」


 相変わらず、好奇心に火が点くとブレーキの効かない人だ。抑えきれない様子でチラッチラッと児珠さんに熱い視線を送っている。

 児珠さんは断固として見て見ぬふりを貫いている。


「いい加減に、せいッ」

「ぬ゛お゛ぉぉーーっ!」


 しばらく続くかと思われた先輩の熱視線アピールも、その脳天に落とされた拳骨によって途絶えた。……痛そー。

 羞恥の危機から救われた当人は、わかりやすくホッとしている。


「祈鷺先輩……大丈夫ですか?」


 水方くんは優しいな。蹲って頭を押さえる先輩を気遣っている。これも惚れた弱みか。

 そんな水方くんに返した言葉はーー


「ぐぅ……なんのぉ……サユちゃんに『雄兄ぃ』って言ってもらうためならこれしき……ッ」

「えっ……?」


 欲望に忠実だった。いや、懲りてねー……


「だから言いませんってば!」


 あまりの図太さに、児珠さんも思わずツッコミを入れる始末だ。食い気味に。

 今更だけど、もし仮に児珠さんが水方くんを「雄兄ぃ」と呼んだとして……その時俺はどういう感情で聞いていればいいんだろうか。

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