君はマスタードみたい
これは、僕と彼女の物語。
1000字小説です。短いです。最後にクスッと笑えるようになってます。
「君はマスタードみたいな人だ」
彼女が言う。何言ってるかわからないが、とりあえずフォークを下せ。行儀が悪い。
「と言われても。どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。君を例えるならマスタードだ」
「それは、誉め言葉として受け取っていいのかな?」
僕はステーキの皿にナイフとフォークを揃えた。残念ながら付け合わせはパセリだけだ。
「ああ。ない分には困らないけれど、あると使いたくなる。いないよりはいた方がいい。でも、主役ではない。君みたいだろ?」
「だが、マスタードを食べ物だという人もいるぞ?」
僕とかな。彼女の言い草だと調味料としか取れない。
「そう、私が言いたいのはそれなんだよ」
だから、フォークで人を指すな。それと、口にステーキを入れた状態でしゃべらない方がいいと思うぞ。
「君みたいに、食べ物扱いする人にとってはマスタードは助演俳優だ。主役にはなれない。この店には鶏胸肉のマスタード焼きなるメニューがあるが、主役は鶏肉だ。まあ、助演男優賞くらいはもらってもいいと思うが」
「つまり、君は僕が主人公にはなれないと」
自分でもわかっているが人に言われたいことじゃなかった。
「まあそうだが、それだけじゃない。考えてみたまえ。主役だけの劇だと面白くないだろう? 脇役という下味があってストーリーに厚みが生まれる。料理なら、鶏肉だけでは限界がある。そこにマスタードという調味料が加わって複雑な味ができるのさ。人生もこれと同じだよ」
「僕らの皿の上にあったのは牛肉とパセリだけど」
天邪鬼なのは生まれつきだ。
「パセリはだめだ。常にモブだ。それに私はパセリが好きじゃない」
そう言ってさりげなく自分のパセリを僕の皿に移すのはやめて欲しい。僕だって食べない。
「それから、僕はマスタードは食べ物だと思う派なんだ」
「だからこそだよ。人によってはモブではなく重要人物だ」
「それで、君は僕をマスタードと評したけど、君にとってはどうなんだい?」
無言。そこで黙られると、調子に乗って馬鹿みたいだ。
「さて、食べ終わったことだしそろそろ行こうか」
伝票を手に立ち上がる。いいように使われてる気がしないでもないが、彼女と話すのは楽しい。
「ああそうだ。さっきの答えだけどね」
店を出るとき、彼女が悪戯っぽく微笑んだ。
「私は、君のことを大切だと思っているよ。なくてはならないくらい、ね」
そう言い残して歩き去ろうとする彼女を慌てて追いかけた。
まったく、彼女はズルい。