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偶然の旅人  作者: 池田瑛
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2017年4月15日

 最後に2017年4月15日のことを話します。


 当時の私は、彼の連絡先の電話番号が分からなくなっても、彼の名前はしっかりと覚えていた。今の私も、彼の名前を覚えている。


 どうやら彼は、絵描きとして有名になったわけではないけれど、年に何回か個展を開いているようだ。福岡、大阪、京都、名古屋、東京、仙台、札幌など、割と大きな都市のデパートで個展を開いているようだ。


 そしてちょうど、東京のとある新宿のデパートで彼は個展を開いている。2千円札が私の手元に戻って来て、そして、彼の名前でインタネーットで検索してみたら、個展の情報が出て来た。しかも、東京での個展で、電車に乗れば1時間で観に行けてしまう。


 私は、この偶然がどのようなものなのか、知りたくなった。私はそういう性格なのだ。彼の個展に行くことにした。4月2日に満開になった桜並木は、すっかりと花を落としていた。


 彼の個展は盛況なようだ。


 縦三十センチ、横二十センチくらいの絵が、十万円程の値段なようで、大きな絵には百万円を越える値が付けられている。結構な価格だと思う。「売約済」という札が掛けてある絵が多かった。


 私は、丁寧にその絵を見て回る。そして、個展の壁の隅っこに、「非売品」という表示のある絵が掛けてあった。


 桜並木の絵だった。桜は満開に咲いていた。そして、私の見覚えのある絵でもあった。


 その絵で、私が知らないことと言えば、その桜並木の絵には、桜を見上げている少女がいることである。後ろ姿だけで、顔は描かれていない。


 彼の絵は精緻だ。よく目を凝らして見ると、当時私が来ていた高校の制服と同じ制服であることが分かる。モデルの少女は長髪だ。当時の私と同じくらいの長さだ。


 その桜並木の絵の制作年代は、2001年だった。そう左下に日付が書いてある。2001年の桜が咲いている時期に書かれた絵だ。場所は上野公園。


 他の売約済みの絵は、2010年以降の作品だ。彼が画家として脂がのってきたのは、きっと2010年以降なのだろう。


 きっと、2001年の当時、美大生であった彼の絵画など、値段が付かないのだろう。限られたデパートのスペースで、非売品のその絵を飾るのあたり、彼はあまり商売上手ではないのではないか、と心配になる。売れないから非売品なのだろう。売りたくないから非売品なのかも知れない。


 すくなくとも、あの日に、彼と交わした約束は果たされた。私は、完成した絵をみたのだから。彼は約束を守った。


 桜を眺めている女子高生は誰なのか。それは紛れもなく私だった。


 ちなみに、絵画を観て泣いたのは、その時が初めてだった。絵というものがこれほど人を感動させるものだったと、私は知らなかった。もしかしたら、その絵の奥にある、過ぎ去った過去に私は涙しているのかも知れない。


 残りの人生でも、私を泣かせるような絵には、もう二度と出会わないと思う。


 私も、彼も、そして二千円札も、この世界を廻り、そして時として交差する。私達は偶然の旅人なのだ。

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