プロローグ
「飛鳥〜ちょっと飲み物買ってこいよ」
「もちろんお前の金でな」
帰り際にクラスメートの吉田と武田がまた僕をカモにした。
「いいかげんにしろよ!」
なんて言える勇気があればなぁ。
僕はそう思いながら飲み物を買いに学校を出た。
僕の名前は篠崎飛鳥、中学3年生。
僕は性格上の気弱さからか、小さい頃からイジメられてきた。
もちろん友達と呼べる人間はおらず、だからといって孤独というわけではなく、周りにはいつも誰かしらいた。
もちろん全てイジメっ子なんだけど。
「あーあ、何で僕はこんなに弱いんだろう」
口に出してはみるも、格闘技を習うわけでもなく、身体を鍛えるわけでもないので、本気で考えてないのかもしれない。
学校近くの自販機に着く直前、道端にキラキラと光る物を見つけた。
「何だろう」
手にとって見てみると、それは虹色に光る小さな羽だった。
「うわぁ、きれいだなぁ。すごいや。一体何の鳥の羽なんだろう?」
僕はそう言ってその羽をポケットの中にしまいこんだ。
「なんかすごい珍しそうな羽だから、家に持って帰っちゃおーっと」
その後、僕のお金で買った飲み物を持って学校に帰った所、遅いと言って吉田と武田に殴られた。
納得いかないけど、やはり反抗する勇気は僕になかった。
家に帰るとお母さんが玄関にて待ち構えていた。
「飛鳥、高校受験がすぐ控えてるんだから早く帰ってきなさいっていったでしょ」
今は10月。
高校受験まで3、4ヶ月といった所だけど、僕は吉田と武田に毎日の様に呼び出されていたため、イジメられている事を知らないお母さんからしたら、毎日遊びに行っていると思われている。
これまた納得いかない。
「でもちゃんと塾には行ってるじゃん」
「それはどの子も行ってます。塾に通った上で、家での勉強が大事なんでしょ?そんなことじゃ本当に希望の高校に落ちちゃうわよ」
「分かってるよ〜」
「いーえ、分かってません」
こうなってしまうと何を言っても無駄な事を僕は知っていた。
「じゃあ言われた通り今から勉強するからさ。それじゃ!」
「あ!ちょっと飛鳥!まだ話は終わってないわよ!」
お母さんの怒鳴り声を背後に僕は階段を駆け上がり、2階にある自分の部屋へと滑り込んだ。
すぐさま部屋の鍵を閉め、お母さんが突撃してこれないように封鎖する。
「ふーっ。ああなると逃げた者勝ちだよねホント」
僕は椅子に腰掛け、積んであった漫画を一冊読み始めた。
僕はこの漫画のシリーズが好きで、全巻を買い集めた挙句、恐らく5週はしてるだろうというほど読み漁っている。
この漫画は、主人公が最初周りに馬鹿にされるほど弱いのだが、鍛錬を積み、頼もしい仲間と共に悪と戦うというものだった。
特に、主人公が自分よりも強大な相手であっても臆することなく、立ち向かっていく姿がかっこいいのだ。
「やっぱり漫画の主人公はいいなぁ。かっこいいし、誰よりも勇気があるし」
漫画のや主人公に自分を投影している時、ふと今日拾った虹色の羽の事を思い出した。
(そういや今日拾ったあの綺麗な羽……僕のトレジャーボックスに入れておこうかな)
そう思ってポケットから虹色色の羽を取り出し、机の上に置いてある大切な物入れ、トレジャーボックスを引き寄せた。
(うん…………相変わらず綺麗だなぁ)
僕は虹色の羽を光に当て、クルクルと指先で回して楽しんでみる。
すると突然、虹色の羽が眩い光を放ち始めた。
「うわぁ何だ⁉︎」
羽が放つ光は徐々に眩さを増していき、そのあまりの眩しさに羽を見ることはできなかった。
光は部屋全体を覆っていき、そして突然、
「うわあああああああ!」
僕は体が何かに吸い込まれていくような、穴に落ちていくような感覚がした。
そこで僕の意識は事切れ、目の前が真っ暗となってしまった。
どのくらい気を失っていたのかは分からない。
僕は気が付き、辺りを見回してみた。
「うわぁ、何、ここ」
現実では考えられない様な光景が眼前に広がった。
辺り一面森。
家にいたはずなのに、気付けば森のど真ん中にいたのだ。
そして赤紫色に僕の頭上を覆う空。
その空を見ただけでここが地球ではないんじゃないかという可能性が浮かんできた。
「いったい僕はどこに来てしまったんだろう?」
とてつもなく心細かった。
僕がいる位置は丘の上といったところで、木々が生い茂り、まるでテレビで見た様なアマゾンを彷彿させる森を見渡せた。
「どうしよう……なんか持ってるもの……」
ポケットの中をまさぐってみるも、目ぼしい物は何もなく、服装も自分の部屋にいた時と変わっていないことから、便利な持ち物に関しては何も期待できなかった。
しかし、その時ポケットから何かがひらりと地面に落ちた。
見ると、それはさきほど手に持っていた虹色の綺麗な羽だった。
思ってみれば、この羽が光りだしたことで、気付けばこの一面森の世界にいたのだ。
(この羽が原因なのかな)
少しの期待を胸に羽を眺めていたが何も変化はなかった。
その時、丘の下の方から登ってくる2人の人影が見えた。
「誰だろう?」
見ていると、その2人は僕と同じくらいの少年だった。
「やっぱり人がいたな。お前もここに飛ばされてきたのか?」
体格のいい少年が僕に聞いてきた。
「分かんないよ。ここは一体どこなの?」
「さぁな、俺達もさっきそこで会ったばかりなんだ」
僕の質問に答えたのは体格のいい少年ではなく、僕と同じような体型で、静かそうなもう1人の少年だった。
「一応自己紹介しておくか。俺の名前は片桐光太郎、中学3年生だ。よろしくな」
体格のいい少年が言った。
「俺は大鳥周。光太郎に同じく中学3年」
もう1人の少年が自己紹介する。
「僕は篠崎飛鳥。僕も2人と同じ中学3年生だよ」
「へぇ、お前もかよ。全員同い年ってのはまた奇遇だな」
「飛鳥、お前靴は履いてないのか?」
周に言われて初めて僕は気がついた。
光太郎と周は靴を履いているのに対し、僕は裸足のままだった。
「えっと……気付いた時にはここにいて、たぶん部屋にいた時の格好のままだから……えっと……」
「つまりここが漫画やアニメのような別世界だと仮定すると、飛ばされた時の状態が反映されてるって事か」
周が僕の言葉足らずな部分を汲み取り、代わりに説明してくれた。
「ってーことは、なにか?ここは異世界だっていうのかよ」
「あくまで俺の想像の話だが……飛鳥、この靴使っとけよ」
周が僕に一足の靴を渡してくれた。
どうやらサッカーのスパイクに見える。
「これは……?」
「部活の帰りで気付けばここにいたんだ。偶然持ってたから貸してやるよ」
「うわぁ助かるよ、ありがとう」
周から借りたスパイクを履いてみると、体格が似ていたからなのか、サイズ的にもピッタリだった。
「それじゃあ……どうしようか」
「ここにずっと突っ立っててもしょうがねぇしよ、とりあえず移動しようぜ」
「でもどこに行くの?」
「あそこ見てみろよ。塔みたいなのが見えるだろ?あそこに行きゃあなにかしら分かると思うんだよな」
光太郎が指差したほうには、確かにうっすらと塔が見えていた。
ただ、ここからうっすらと見えるということは、距離的には何十kmも離れていることになる。
異を唱えたのは周だった。
「俺は反対だ。飛鳥が何も荷物を持ってないってことは、俺達は何も食べる物も飲み物も持ってないことになる。あそこにたどり着くまでに飢えるぞ」
「そんなん向かう途中についでで探せばいいだろ。どこかしらにあるっしょ」
「計画性皆無だな……」
周が呆れたようにため息をつく。
どうやら慎重派の周に対して、光太郎は頭で考えるよりも先に行動するタイプらしい。
「飛鳥はどーよ?」
光太郎が僕に聞く。
「うーん、僕も少し周りを見てから判断したいなぁ。森しか見えないからとりあえずの目標はあの塔でいいと思う」
「よっしゃ!決まりだな」
光太郎はそう言うとどんどんと丘を下って塔の方へと向かっていく。
「あ、ちょっと待ってよ」
「自分勝手な奴だな……」
僕と周も光太郎の後を追って丘を下っていった。