私の恋を邪魔しないで
※※※※※
数日後。
「ねえ、舜星学園の文化祭のチケット、ゲットしてよお!」
朝、教室で話し込んでいた私と亜子ちゃんの前に、クラスメートの桜ちゃんが飛んでくるや否や両掌を合わせて祈り出した。
「あ、そう言えば、来週の土曜日は舜星学園の文化祭だね!」
聞くところによると舜星学園の文化祭の招待客はチケット制で、生徒ひとりにつきチケット五枚まで配布されるらしい。
私はロイから貰えるとして、もしもロイが誰も招待しないならチケットが四枚余る。
「今からLINEで聞いてみようか?」
「まじ!?ルナ様お願いします」
「私も仁科君に聞いて、チケ余ってるならこっちにまわしてもらおうかなー。で、販売する」
「えー、物々交換にしなよ!学食のアイスとか!」
「あ!それもいいわね」
私達の会話を聞いていたのか涼馬達男子が、
「舜星学園の文化祭、行くの?俺達、スリーオンスリーの試合で招待されてんだ。見に来てよ」
私は驚いて涼馬に視線を向けた。
「え、まじ?!」
「マジマジ!俺達チーム作ってスリーオンスリーの動画、サイトにあげてるじゃん?で、再生回数高いからさ、ゲストとして招かれたんだよね」
桜ちゃんがそれに食いついて、涼馬を見上げた。
「ねえ、涼馬、円真君も出る?この間、円間君もやってたじゃん」
「そ!アイツも行く。タケルが兄貴の結婚式で欠席なんだ。で、円真がなかなか筋がよくて使えるからさ、連れていくんだ」
やったあ!と桜ちゃんがはしゃいだ。
……桜ちゃんって閻魔の事気に入ってるの?
途端に亜子ちゃんがジト目で桜ちゃんを見る。
「あんたさっきチケ欲しいって言ってたのは円真君狙い?!」
桜ちゃんが頬を赤らめた。
「……バレちゃった……」
え。閻魔を……?
ギクリとした。
胸がググッと変な感じで、私は桜ちゃんを盗み見した。
閻魔には……蘭さんが……。
その時、閻魔が教室に姿を現した。
「円真、オッケイしたのかよ」
ん?なにを?
私達女子がキョトンとするなか、涼馬達男子が次第にニヤニヤと笑った。
「円真さっき、二年の女子に呼び出されてやんの。どーやら告られたみたいだぜ」
げっ!まじ!?
私はいつか閻魔が言った言葉を思い出してゴクリと喉を鳴らした。
『せっかくだから、この世の女も味見しとくか』
ダメよそんなのっ!閻魔にあそばれて、本気になっちゃった女の子が可哀想じゃん!それに蘭さんも。
「ち、ちょっと閻魔っ!家の事で話があるのっ!何を隠そうゴ、ゴミの分別なんだけどさ、」
「あ?ゴミ?」
私はこっちにやって来る閻魔に飛び付くと、その腕をガシッと掴んで教室を出た。
「なんだよ」
私は閻魔を校舎の一番端まで引っ張ると、くるんと振り返って彼を睨んだ。
「なんでわざわざゴミの話をこんなとこですんだよ」
「それは嘘。閻魔、今、女の子に好きって言われたの?言っとくけど味見とかダメだからね!」
私が閻魔に一歩踏み出すと、彼は予想に反してニヤリと笑った。
「なんだよ、嫉妬かよ」
言いながら閻魔は、腕一本でさらうように私の腰を抱き寄せた。
「バカかっ!違うわっ!」
バシッとその手をハタキ落とすと、私は腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「あんたは味見のつもりかもしれないけど、女の子があんたを真剣に好きだとしたら、可哀想じゃん。ダメだからね。女の子の気持ちを弄んだら」
「……」
閻魔がなにも言わないから、私は背伸びをして至近距離から彼の黒に近い紫の瞳を見つめた。
「こら、聞いてんの?!」
すると閻魔はフン、と鼻を鳴らして横を向いた。
「別に。さっきの女に興味ねぇ」
「へ?」
拍子抜けした私を見て、閻魔が僅かに眼を細めた。
「現世の女の味見なら……お前でいいけど」
……は?
キョトンとする私に、閻魔は続けた。
「ルナ、お前は俺が嫌か?」
さっきまでニヤついていた閻魔が真顔になり、切り込んだような二重の眼が潤んでみえた。
やだ、本気で私まで獲物にする気?!
「な、なに言ってんの、このタラシ!私はね、好きな人がいるの。もうつき合ってるし」
いつ言おうか迷ってたし、改めて言うのも何か変だし、タイミング的には上手く言えて私は少しホッとした。
そんな私とは対照的に、閻魔は眼を見開いて僅かに口を開いた。
「な、なんでそんな驚くのよ。私だって好きな人くらい、わっ!」
閻魔が私の頭を掴んで引き寄せたあと、両手で頬を包むようにして至近距離から私を見つめた。
「近いってば閻魔っ」
「ダメだ」
閻魔の顔がグッと歪んだ。
校舎の端にいたため、朝のこの時間に誰も私達に近寄りはしないけど、数メートル手前にはトイレだって手洗い場だってある。
「何がダメなのよ」
「好きになるな。俺、」
その時予鈴が鳴って、閻魔の言葉が途中でかき消えた。
「閻魔、ホームルーム始まる!教室帰るよ!先に行くからね」
私は閻魔の顔を見ずに、彼の手から離れて走り出した。
ごめん、閻魔。なんか私だけ彼が近くにいて。
私は、閻魔の恋を邪魔してる癖に自分に彼が出来た事を申し訳なく思った。
※※※※※
そして舜星学園の文化祭当日。
秋の風が冷たすぎず爽やかで、澄みきった空が美しかった。
気持ちのよい天候が私達の気分を盛り上げ、駅で待ち合わせた私達は、意気揚々と舜星学園行きのバスに乗り込む。
「円真君は?一緒じゃないの?」
「あ、うん。涼馬達と軽くウォームアップしてから行くって言ってたから、朝早くに出たよ。学校の体育館借りて練習してから、そのまま歩いて舜星学園向かったみたい」
「ふーん。じゃあ、桜は?」
すかさず舞花ちゃんと架純ちゃんが、
「桜はね、一日マネージャーをかって出たらしいよ。涼馬が控え室とか、飲み物の用意頼めて助かるって喜んでたわ」
「そそ。桜としたら自分アピールと余計な虫が円真君にたかるのを防いでるんだよ。さすがだねー」
……なんか、変な感じだ。胸の中の何かがグルグルしてる。もしも閻魔が、桜ちゃんを気に入ったら?桜ちゃんを、妹か幼馴染みみたいに可愛く思い始めたら?
チャラい閻魔の事だ。
絶対私にしたみたいに、頬や額にキスしたり、ハグするに決まってる。
桜ちゃんは凄く可愛いから、グイグイ押されて甲斐甲斐しく世話されたら、グラッとしちゃうに決まってる。
じゃあ、蘭さんは?
そう思えば思うほど胸がムカムカして、私はそんな自分を恥ずかしく思った。
こんな感情、抱いちゃダメだよね。
そりゃ、何だかんだで閻魔とは親しくなったけど、だからって閻魔は私のイトコでも兄弟でもない。変に独占欲持っちゃダメなのに。
「なにルナ、おとなしいけど?気分でも悪い?大丈夫?」
亜子ちゃんに顔を覗き込まれて、私はハッと我に返った。
「あ、ごめ。平気平気」
「もうすぐ会えるロイ君に思いを馳せてるのよ、やらしい!」
「違うってば!」
たちまち笑いが生まれて、私の脳内から閻魔が薄れた。
※※※※※
「ルナ!」
舜星学園の正門に、ロイをはじめカラオケパーティーをした男子達が待っていてくれた。
「陽介くん!」
亜子ちゃんが跳ねるように仁科君に駆け寄るる。
「じゃ、また後でね」
舞花ちゃんも浅田君と行ってしまい、後には私とロイだけが残る。
「ルナ、おいで」
ロイが私を優しく引き寄せて抱き締めた。
途端に、そばで「キャア」と女子の声が上がる。
ロイが私にハグをしたのを見た女の子達が、小さな声でいいな、と呟いた。
うん、嬉しい。
「ルナ、会いたかった」
「私も」
ロイが私を見て優しく微笑んだ。
「本当は唇にキスしたいけどほら……ハグだけでも注目されちゃうから我慢するよ」
もう、めちゃくちゃ照れ臭い。
「でも二人きりの時は許して。我慢できそうにないから」
「うん……」
恥ずかしさのあまり私が俯いていると、ロイの綺麗な手がポン、と頭に乗った。
「行こうか、ルナ」
「ん」
胸がフワリとして温かくて幸せだった。
※※※※※
「ルナ、クレープ食べない?」
「うん!」
「お互いに好きなヤツを選んでシェアしよう」
「うん!私は……ストロベリー&チョコクリームがいい」
「じゃあ僕はスナック系?ウインナーとチーズのクレープにしようかな」
「ロイ、飲み物はどうする?」
「僕はペプシフリー」
「じゃ、私も!」
ぽんぽんと会話が進み、私達はお互いを見つめてクスクスと笑った。
「ルナ、我慢できない。君にキスがしたい」
ダメだ、胸がキュンとする。
長身を屈めて私の耳に唇を寄せたロイに、心臓がバクバクする。
ロイの彫りの深い美しい顔が、すぐ近くで甘く微笑む。
「ロイ、大好き」
「僕も」
クレープ屋さんの男子が照れ臭そうだ。
「ロイ、オーダー」
「あ、そうだね。ごめん」
ようやくオーダーし、出来上がったクレープを食べながら校庭を散歩していた時、
「今からスリーオンスリーのトーナメント試合を開催します。皆様、体育館へどうぞ!」
元気なアナウンスが流れ、私はハッとしてロイを見上げた。
「ロイ、クレープ食べたらスリーオンスリー見に行こう!」
ロイが少し眉を上げて私を見た。
「いいけど……スリーオンスリー好きなの?」
私は苦笑しながら頷いた。
「うん……応援したくて」
だって見てないなんて言うと、閻魔の事だから拗ねるかもだし。
それに……見たい。そう、閻魔がスリーオンスリーしているのを見てみたい。
「いいよ、食べたら行こう」
……よかった。私はロイに頷くと、クレープを頬張った。
※※※※
体育館は、多くの人でごった返していた。
体育館の壁に貼られたトーナメント表をみると閻魔達のチームは初回で、もう既に入り口側のコートに集合していた。
「見て見て、あのオレンジのユニフォーム!イケメンばっか!!」
体育館の二階から閻魔達を見下ろしていた私は、隣にいた女の子の弾けた声にドキッとした。
オレンジのユニフォームは、涼馬達のチーム『R-s』だ。
「どの子が好み?!」
「私は革のバックルブレスの人!」
革製のバックルブレスをしているのは涼馬だ。
「私はあのツンツン髪の人!」
宮島君は茶髪のロン毛だし、永瀬くんはツーブロック。
ツンツン髪は、閻魔のことに間違いない。
私は閻魔を気に入ったと言った隣の女の子を盗み見した。
彼女はそんな私に気付かず、閻魔を見つめている。
…………。
誇らしい気持ちと、それとはかけ離れた何だか嫌な気持ち。
閻魔はダメだよ。彼はチャラいし、蘭さんがいるんだから。
私は蛍光色のテープで区切られたハーフサイズのコートを見つめて溜め息をついた。
「どうしたの、ルナ。もうすぐ始まるよ」
耳元でロイに話しかけられて、私はぎこちなく笑った。
「うん」
涼馬のトスでゲームがスタートし、体育館が熱気に包まれた。隣の女子達の黄色い声援が、耳に響く。
涼馬はもとより、宮島くんと閻魔もかなりの身体能力だ。
バネのように跳び跳ねてシュートを決める両チームのメンバーに、私は圧倒された。
この調子なら、控えの永瀬くんもかなり凄いんだと思う。あっという間に前半の五分が終った。
「ルナの応援したい人ってどの人?」
私は桜ちゃんからスポーツドリンクを受け取っている閻魔を指差して、ロイの耳に口を寄せた。
「あれ。女の子からペットボトル受け取った子」
ロイは、私の指を追うようにコートの閻魔に目を向けた。
「…………」
こっち向くかな。
「閻魔!」
私が少し大きめの声を出すと、フッと閻魔が私を見た。それから白い歯を見せて片手をあげる。
「頑張ってね!」
「おう!」
その時、ロイが私の肩を抱いた。
「ルナ。彼をそんなに見つめ合わないで。妬ける」
「やだロイ、そんなんじゃ、」
慌ててロイに弁解してから、私はコートにいる閻魔に再び眼を向けた。
途端にドキンとした。だって閻魔が……ムッとしている。
動きを止め、口を真一文字に結んで、閻魔が私達を見据えていたのだ。
その眼が不機嫌そうに瞬き、私は無意識に首を横に振った。
そこで鋭いホイッスルが鳴り響いた。
涼馬が閻魔の肩を叩き、閻魔がコートの中央へと向かう。
そんな閻魔の後ろ姿を見つめて私は唇を噛んだ。
なんかまた、見せつけてしまった。閻魔の気持ちも考えずに。
「……ロイ、出よう」
ロイが眉を上げて私を見た。
「……いいの?」
「うん……」
私は人ごみをかき分けると、出口を目指した。
※※※※※※
文化祭はすごく楽しくて、気付けばもう夕方だった。
亜子ちゃんも舞花ちゃんも彼と夕食を食べて帰るってラインがきたから、私は駅までロイに送ってもらい、自宅へと帰った。
実はロイが家に招待してくれたんだけど、丁寧にお断りしたんだ。
ロイの家は離婚家庭で、彼はアメリカのママに引き取られたんだけど、日本人のパパが私の町の隣町に住んでいる。
留学中はパパの家にいるらしく、夕食に誘われたんだけど、私は閻魔が気になって仕方なかった。
早く帰って謝りたかった。私だけごめんって。
自宅に着き、玄関ドアを開けると中は暗かった。
「閻魔?」
電気をつけると、閻魔がリビングのソファに胡座をかいていた。
「閻魔」
返事をしない閻魔に私は歩み寄ると、彼の真正面の床に膝をついて、出来るだけ眼の高さを合わせた。
「閻魔、今日凄く頑張ってたね。カッコよかった」
閻魔は私を見たけど、なにも言わない。やっぱり、怒ってる。私は意を決して閻魔に言った。
「閻魔ごめん。私だけ好きな人の近くにいて。閻魔は蘭さんと離れてるのに、私のせいで離れ離れになってるのに、私だけごめん」
閻魔は僅かに両目を細めると、精悍な頬を傾けて私を見据えた。
「悪いって思ってんなら、別れろ」
胸がドクンとした。
閻魔が低く掠れた声で、再び私に言った。
「悪いって思ってんなら、別れろって言ってんだよ」
黒に近い紫の瞳が、苛立たしげに瞬く。
「聞こえてんのかよ」
「え、んま、」
焦って立ち上がろうとした私の腕を、閻魔が素早く掴んだ。
「っ……!」
よろけた身体を立て直す時間を、閻魔は与えてくれなかった。
眼にも留まらぬ早さで、閻魔が私をソファに組み敷く。
上から覆い被さる閻魔の瞳は相変わらず苛立ちに揺れていて、私は思わずもがいた。
「閻魔、やめて。謝るから」
「謝らなくていいから、アイツと別れろ」
私は必死で閻魔の胸を両手で押した。なのに閻魔の身体は逞しく、まるで動かない。
「あんなナヨナヨした男がいいのかよ、お前は」
閻魔の息が首筋にかかる。
「閻魔、離して。こんなの嫌」
閻魔の下でもがく私を見て、彼がフッと笑った。
「見せ付けられてどんな気分かお前に分かるか?
……そんな顔で俺を見て……煽ってんのにも気付いてねぇのかよ」
言いながら閻魔が私の首筋にキスをし、太ももを撫で上げた。
スカートがフワリと浮く感覚に、私は息を飲んだ。
「や、だ、閻魔、」
「ほら、口開けろ」
閻魔が端正な頬を傾けて、私にキスしようとした。
「こわいよ、閻魔」
私にこれ程までに腹を立てている閻魔に成す術がなくて、私はシャクリ上げた。
閻魔が動きを止める。
私は泣きながら閻魔を見つめた。
「もういいよ、閻魔。蘭さんのところに戻って。私を守らなくていいから」
閻魔は私を組み敷いたまま、唇を引き結んだ。
「自分だけ恋人が近くにいて閻魔に申し訳ないって思ってる。でもロイが好きなの。再会してからすぐに好きになったの。だからこの恋を邪魔しないで。私も閻魔を邪魔したくない。閻魔の幸せを祈ってるから」
言い終えた私をしばらく見つめた後、閻魔がゆっくりと身を起こした。
「……じゃあな」
「閻魔」
私に背を向けた閻魔の身体が、溶けるように消えた。
「閻魔、閻魔」
慌てて起き上がり、私は家中を探した。
閻魔はどこにもいなかった。




