甘い再会
※※※※※
数日後。
「ルナ、今日の約束覚えてる?」
「勿論!」
朝、教室に入り席に着くや否や亜子ちゃんがクルリと振り向いてニマニマと笑った。
「あー、放課後が楽しみだわ~!」
「だね!見て、このジェルネイル!今日一日、先生にバレないことを祈ってて!」
「きゃあ、可愛い!ルナは本当に器用だよね」
私は、昨日雑誌を見ながら一生懸命仕上げた自分の爪を眺めながら微笑んだ。
今日は、舜星学園の生徒とカラオケパーティの日なんだ。
肩のアザが痛んだり濃くなったりして怯えている私に閻魔が、
『俺が人間界にいるからにはお前に手出しは絶対させねぇから、いつも通り過ごせ』
そう言ってニヤリと笑うものだから、私は少し安心したの。
あれから肩のアザが痛むことはなかったし、何も起こらなかったし。
相変わらず仁とは会えずじまいだったけど、仁は夢魔の中では最高位だし、傷も癒えてるだろう。
もしかしたら忙しいのかも知れない。
きっとそのうち会いに来てくれるよね。
で、話を戻すと、舜星学園っていうのはお隣の男子校なの。
なんでも、隣のクラスの架純ちゃんの幼馴染みが舜星学園の英語科にいるらしく、そのツテで今回のカラオケパーティが実現したというわけ。
舜星学園といえばイケメン揃いで有名だし、頭も悪くない。
「ああ!運命の人と出逢えますように!」
亜子ちゃんが可愛らしく腕を組んで天井を見上げた。
「てゆーかさ、ルナってある意味不幸よね」
「なんで?」
私がキョトンとして亜子ちゃんを見ると、彼女は数メートル離れた位置でガヤガヤと盛り上がっている男子を見つめながら溜め息をついた。
「だって、円真君とはイトコなんでしょ?!あんなイケメンと血が繋がってるなんて、不幸でしかないわよ」
私は亜子ちゃんにつられて、南の窓際で騒いでいる男子達に眼を向けた。
その真ん中で閻魔が皆と何か話し、弾けるように笑っている。
喉元のボタンを外しタイを緩めている閻魔は、なんだか小さな子みたいだ。
それなのに、半袖から見える腕は筋肉が張っていて逞しい。
亜子ちゃんがウットリとした声で続けた。
「イケメン涼馬が霞んで見えるわ。ああ、ダメ。円真君見てると恋しちゃいそう」
亜子ちゃんの言葉に、私の胸がドキンとした。
閻魔に、恋?亜子ちゃんマジで言ってんの?!
「知ってる?!校内中の女子が円真君の噂してるらしいよ。あのちょっと紫っぽく見える髪と瞳がエキゾチックでたまんないってさ」
閻魔といると、やたら視線を感じるのが気のせいじゃないのは分かってる。
「知ってるよ。プロフィール訊かれまくってウンザリしたもの。けど閻魔は凄いタラシだよ?」
「タラされてみたいわ、彼になら」
「亜子ちゃんてば!!今日はもっと素敵な出逢いがあるでしょーがっ!なんてったって、あの舜星学園の男子とパーティなんだから」
「おっと、そうだね!放課後になったら、急いで髪巻かなきゃ!」
「私も、今日はコテ持ってきた!」
私と亜子ちゃんは、ワクワクしながら放課後を待った。
※※※※※※
「ルナ、俺今日は涼馬達と飯食って帰るわ」
放課後、急いで帰り支度をしていた私に閻魔が声をかけた。
いやいや、ちょっと。
私はグイッと閻魔の服を掴むと、彼の身体を無理矢理屈ませて耳元に口を寄せた。
「閻魔、お金持ってないでしょ」
閻魔が私を見てフッと笑った。
「俺の歓迎会やってくれるんだとよ。だから俺はいらねーの」
「一円も持たないわけにいかないでしょ!」
私は舌打ちしながら財布を開け、中から二千円を取り出すと閻魔に握らせた。
「余ったら絶対に返してよね!」
「おう。悪いな。お前は?」
私はスクバを背負ってから閻魔を見上げた。
「私、今日は遅いから。はい、鍵。ご近所の目があるんだから壁通り越して中入ったり、玄関先で消えたりっていうイリュージョン禁止だからね。ちゃんと鍵開けて入りなさいよ」
「なんで遅いんだ」
「亜子達とカラオケ」
「カラオケって?」
「そんなの説明してる時間ないわ。じゃね」
その時教室の入り口で、隣のクラスの架純ちゃんが私達を呼んだ。
「亜子、ルナ、舞花。十分後に正面玄関に集合だからね」
「はーい!」
私は架純ちゃんに返事をした後、閻魔に向き直るとこう言って手を振った。
「鍵なくさないでよ。じゃあね」
閻魔の返事を聞かないまま、私は亜子ちゃんと足早に教室を後にした。
この時の私は、まるで気づいていなかったんだ。
この後に待っている、恐ろしい運命に……。
※※※※※
「ちょっとーっ、みんなレベル高いーっ!しかも、あの留学生メチャ素敵じゃない?!」
舞花ちゃんと亜子ちゃんが、カラオケボックスの受付で手続きをしている舜星学園の男子達を見ながら、小声ではしゃいだ。
そんな二人を否定するかのように、すかさず架純ちゃんがムッとして彼らの背中を睨んだ。
「留学生はNGでしょ。もし上手くいったとしても、いずれ果てしない遠恋になっちゃうじゃん。てことで、彼は却下。そうなると一人男が足りない!」
「まあまあ、架純ちゃん」
私が架純ちゃんをなだめながら受付の男子達を見つめていると、その中にいた留学生がふと振り返った。
「却下とか言いながら、かなりの美形……」
「確かに。なんか緊張するわ」
その時、
「女の子達ー、受付済んだよ。いこ!」
「はあーい」
亜子ちゃんと舞花ちゃんが可愛く返事を返して、私達はあてがわれた部屋へと向かった。
※※※※
自己紹介を済ませると、飲み物や食べ物をオーダーし、ジャンケンで負けた架純ちゃんから歌う事になった。
カラオケは凄く盛り上がった。
舜星学園の男の子達はカッコよくて明るくて、凄く楽しかった。でも……盛り上がりすぎて部屋が暑い。
部屋の温度を自分だけのために変えるのも悪いし、一度外に出よう。涼しい風に当たりたい。
「ごめん、少しだけ外の空気吸ってくるね」
私は隣にいた亜子ちゃんにそう言うと、部屋を抜け出した。
あー、久々のカラオケって楽しい。
私は部屋を出て階段の横の自販機でオレンジジュースを買うと、それを頬に押し当てた。
あー、冷たくて気持ちいい。
「ルナ」
ん?
急に誰かに呼ばれて振り返ると、青い瞳が私を見ていた。
「ルナ」
舜星学園の留学生、ロイ君だった。
「ロイ君、どう?楽しんでる?あ、てゆーかジュース飲む?」
私がそう言って笑うと、ロイ君が首を振りながら笑った。
「ご、ごめん。日本語ダメだった?あの私、数年間だけだけどアメリカに住んでたんだ。だから少し英語で話せ、」
「知ってるよ、ルナ」
……え。私はキョトンとしてロイ君を見上げた。
「僕だよ、ルナ」
私を知ってる……?てことは……。
私は慌ててアメリカでの出来事を思い返した。
数年間分のクラスメートすべてを思い出すことは出来ない。
ロイ、ロイ……。
「ヒントはハロウィン」
「あ……!」
記憶が、一番忘れがたいハロウィンでカチャリと止まった。それから次第に胸が高鳴る。
「もしかして、あの時の、ロイ?!」
私は夢中で、微笑む彼を見つめた。
「そうだよ」
「きゃあーっ、ロイ、ロイ!」
あまりの嬉しさに、私はロイに抱きついた。
偶然の再会と、凄く素敵に変貌を遂げた彼が嬉しくて。
「ルナ、会いたかった」
「私も!信じられない。会えるなんて夢みたい」
「ねえルナ、覚えてる?大きくなったら結婚しようって約束したの」
私は頷いてロイにしがみついた。
「うんうん、覚えてる。二人で月を見て、ダンスをして、お菓子を食べたよね」
ロイが私の頬にキスをして、囁くように言った。
「ルナ。凄く美人になったね」
「ロイこそ!イケメンになりすぎてまるで分からなかったよ」
「僕は直ぐにルナだって分かったのに」
「ごめん。だってまさかこんなところで会えるなんて思ってなくて」
私達は顔を見合わせて再びハグをした。
嬉しくて懐かしくて、話が尽きなかった。
※※※※
夜。
亜子ちゃんと舞花ちゃん、それに架純ちゃんにロイとの間柄を説明したらビックリするだろうな。
私は明日を待ち遠しく思いながら夕食の支度に取りかかった。
約四年ぶりのロイは、本当に素敵になっていた。
背も凄く高くなってたし。
私は四年前のロイとの会話を思い返した。
『ルナ、好きだよ』
『私も』
『いつか大人になったら僕の花嫁になって、ルナ』
『うん、ロイ』
凄く凄く小さな恋だったけれど、私はロイが好きだった。こうして再会出来たのは、運命かもしれない。
そう思うとなんだか胸がフワリと浮くような、不思議な感覚がした。運命かあ……。
「今日の夕食はなんだ?」
ゆうげって……武士か、お前は。
私は現実通り越して江戸時代に引っ張られた気分になり、若干イラッとしながら閻魔を見ずに答えた。
「閻魔さー、涼馬とつるんでるなら女子の話ばっかしてないで、現代人のしゃべり方も学んだら?
ちなみに今日のディナーは、ハンバーグ」
『ディナー』に力を込めて言うと、なんにも気づかない閻魔は、少し眉を上げた。
「なんだそりゃ」
私は、タオルで頭を拭きながら冷蔵庫を覗く閻魔をシゲシゲと見つめた。
……ジムでトレーニングしているわけでもないのに、細マッチョだな。
「ねえ、閻魔ー」
「あー?」
「聞きたいこと山ほどあるんだけど」
私がそう言うと、閻魔は水を飲む手を止めて斜めからに私を見おろした。
「なんだ、俺に惚れたのか」
違うわっ。
……もう、いいや。
よく考えたら今更だしなあ。
だって、その服はどーやって調達したんだとか、人間界で普通に暮らせるのかとか、教科書はどーしたとか訊いても、どうせ全部神通力だか魔法だかでどーにかしたんだろうし。
もうどーだっていーや。でも……これだけはちょっと訊きたいかも。
「ねえ」
「んー?」
閻魔がテレビのリモコンを操作しながら私に返事を返す。
「閻魔はさ、蘭さんが好きなのよね?彼女のどんなところが好き?」
そりゃあちょっと感じの悪い人だとは思ったけど蘭さんは凄く美人だし、髪飾りとか可愛かったし、女子力高いのは直ぐに分かった。
「やっぱ、細くて美人で女らしいところ?」
閻魔の返事が返ってこない。
「……閻魔?」
玉葱を炒めていた手を止めてキッチンからリビングを見ると、閻魔の横顔が見えた。
のめり込むように前を見据えている閻魔は、返事をしない。
「閻魔ってば」
二度目の呼び掛けで、閻魔は少し視線を上げた。
それから小さく息を吐くと、素っ気なく答えた。
「さあな」
さあなって。全然参考にならないじゃん。
「会いたいでしょ?たまには帰ったら?」
私の問いに、閻魔は低い声で答えた。
「しょっちゅう帰ってる。お前が寝てる間にな」
「そっか。じゃあ蘭さんとは仲良くやってるんだね、良かった。だって私のせいで閻魔が恋人に会えないなんて申し訳なくて」
そっか、閻魔にしたら死後の世界なんて一瞬で行けるんだね、きっと。
私は少し安心すると夕食作りに専念した。
※※※※※
翌日。
「えーっ!!」
私は本館の屋上で、舞花ちゃんと架純ちゃん、それに亜子ちゃんとお弁当を食べながらロイの事を話した。
「やだーっ、赤い糸ってリアルにあったんだぁ」
「素敵っ」
「で、どうすんの、付き合うわけ!?」
「やだなあ!付き合うとか、まだそんな話になってないよ。でももし付き合ってって言われたら、付き合うと思う」
私が照れながらそう言うと、亜子ちゃんがすかさず突っ込んだ。
「でもさ、13歳とか14歳の時に結婚の約束したんでしょ!?彼も今の可愛く成長したルナを見たわけだし、恋が再燃するんじゃない!?」
「あー、こーゆーの、テンション上がるわぁ!」
……参ったな。ここまで盛り上がるなんて思ってなかったよ。
私は焦りながらも話題を変えようと少し大きめの声でたずねた。
「みんなはどーなの」
私の問いに、亜子ちゃんがポッと頬を赤らめた。
「実はさ、告白されちゃったんだ、舜星学園の仁科君に」
「えーっ!」
亜子ちゃん以外全員がハモる。
「カラオケの時、みんなでLINE交換したじゃん?あの日家に帰ったらすぐ、告白されたの」
すかさず架純ちゃんが質問した。
「で、返事は?!」
「オッケーした。最初に見た時からいいなぁって思ってたし」
「きゃー、カップル二組誕生だね!成績いいわ!」
私は焦って、そう言った舞花ちゃんを見た。
「私はまだ……」
その時、私のスマホが鳴った。
何故か架純ちゃんが一番に画面を覗き込む。
「ロイ君じゃん!『今日会える?』だって!!きゃー!」
私以外の三人が、キラキラした顔でこっちを見つめる。
「ルナ、ちゃんと報告しなよね!」
私は照れながら三人に返事をすると、スマホをタップした。
※※※※※
放課後。
「閻魔、私用事あるから先に帰ってて」
「用事ってなんだ」
ぐ。
ロイと会うとは、照れ臭くて言えない。
「ちょっとね」
その時、
「円真、今日スリーオンスリーの試合を動画で撮影する日なんだけど、永瀬がこられなくなったんだ。お前、ピンチヒッターで出てよ」
閻魔は涼馬の話に眉を寄せていたけど、
「行ってくれば?閻魔ならすぐできるよ。ただしイリュージョン禁止だからね」
私の言葉に涼馬が、
「イリュージョンって?」
すると閻魔が涼馬の肩を抱きながらスクバを肩にかけた。
「なんでもねーよ。行こーぜ」
「私夕飯要らないから、冷蔵庫のヤツ温めて食べて。じゃあね」
その時、LINEの着信音が鳴った。きっとロイだ。
私は二人に手を振ると、足早に教室を出た。
※※※※※
「ロイ!」
学校を出てバスで駅前まで出ると、ターミナルにロイの姿が見えた。
舜星学園とうちの学校はお隣なんだけど、バス停がそれぞれの学校のすぐ前にあるため、別々に駅に出た方が都合がいいんだよね。
「ルナ、会いたかった」
「私も!」
ロイが私を引き寄せてハグすると、唇にチュッとキスをした。
「あ、の、ロイ」
そのキスがあまりにも素早くてスマートで、私は驚いて彼を見上げた。
「嫌だった?」
嫌じゃない。
「嬉しい」
ロイがもう一度私にキスをした。今度は少し長く。けど、私は凄く恥ずかしくて。
「あの、ロイ。人がいっぱいだから」
ターミナルは電車の駅から数十メートルの場所で、車も人もごったがえしている。
制服姿に加えて、金髪に碧い眼のロイはモデルのようでかなり目立つ。
私が同じ学校の生徒に見られていないことを祈りながらロイの胸を少し押すと、彼は私の手首を優しく掴んだ。
「だって、ルナが可愛いから」
もう、ドキドキが止まらない。
「ルナ、好きだよ。僕の恋人になって」
迷いはなかった。あの日の二人の約束が脳裏に蘇る。
「うん。私もロイが好き」
再びロイの唇を感じた。嬉しくてたまらなかった。
※※※※※
「ただいま……」
そっとリビングを覗くと、ソファで閻魔が眠っていた。
……タンクトップだし。
きっとお風呂上がりでそのまま寝ちゃったんだ。
「閻魔、風邪引くよ。ちゃんとベッド行きなよ」
床に膝をつき、閻魔の顔を覗き込むと、私はもう一度彼に声をかけた。
「閻、」
「遅い!」
「うわっ!」
急にバチッと眼を開けて叫んだ閻魔にビクッとして、私も叫んだ。
「びっくりするじゃん!寝たフリするなっ!」
驚かされてキレる私の前で、閻魔は素早く起き上がるとソファから立ち上がった。
「今までどこにいた」
そ……れは……。
「か、架純ちゃんとショッピング」
嘘だけど。
だって彼ができてデートしてましたなんて、閻魔には言いにくい。
そりゃあ、ずっと嘘はつけないし、いずれは言おうと思ってるけど、私のせいで蘭さんと『遠恋』になっちゃった閻魔に私だけ近くに彼がいるなんて言いにくい。
「…………」
う、痛いわ。唇を引き結んで私を見下ろす、閻魔の視線が痛い。
「こっち来い」
閻魔がスッと私の背中に手を回した。
途端に閻魔の胸に頬が当たる。
「もう、閻魔ったら。そんなに心配しなくてもいいよ」
私は焦って閻魔の胸に手を置くと距離を取った。
いくら守ってくれている閻魔でも、これからはあまりハグとかよくないと思う。
ロイに悪いし、よく考えると蘭さんにも申し訳ないもの。
私がスッと離れると、閻魔は僅かに眉を寄せた。
「……ルナ?」
「私、お風呂入ったらもう寝るね。お休み、閻魔」
私は閻魔にニッコリと微笑むと、自室へと向かった。




