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機械と人形、僕と君  作者: 更紗
3/3

友達

黒板を叩くチョークの音。

 ノートを走るペンの音。

 微かに聞こえる寝息の音。

授業中、僕が心地いいと感じる和音。それに耳を傾けながら、僕は穏やかすぎる春の陽気を視線で堪能していた。

 本当なら全身で感じたいのだが、残念ながら廊下側という配置では感じるのはドアの隙間から流れ込む冬の残り香である。……つまり寒い。

「んじゃあ、ここの問題……相川君。解いて」

「っは、はい」

 ぼーっとしてるところを見られたのか、なんの前触れもなく当てられて思わず声が上擦る。カタカタと震えはじめた足を叱咤し、教壇へと向かう。

 今の時間は数学。数学だけと言わず理系科目全てにおいて苦手とする僕だが……良かった、僕でも解ける問題だ。文系科目だけは得意だと胸を張って言えるが、それだけで点を稼ぐので成績はよくても下の上。そんな問題を当ててくれた教師に、一応の感謝を送りたい。

「うん、正解。ぼーっとしてたから余裕なのかって当ててみたけど、当たってて良かったよ」

「……すみません、でした」

 前言撤回。この教師を僕は許さない。

緊張のせいで波打つ字の上に赤で綺麗な円を描きながら口走る女性教師。名をなんと言っただろうか……まあいいか、覚えなくて。

 平然を装って席に着くまでに、どこかから笑い声が聞こえる。その声を認識した途端、熱が顔に集まり、じっとりと手が湿り気を帯びた。

 ああ、目立ってしまった。

 目立つことを極力避けていたはずなのに、僕としたことが……。

「じゃあ次の問題はー。君に解いてもらおっかな」

 コンコン、と出席簿で机を叩かれ、盛大な音を立てながら飛び起きるのは、僕がよく知る人物だった。

「ふあ!? な、なんすか先生!?」

「やあやあ、君は……小鳥遊君だね。次の問題、解いてくれるかな?」

「つ、次……次? あ、ええっと、はいぃ!」

 ガタガタと、これまた盛大な音を立てつつ教壇に向かう聖。勢いよく書いているため、聖の手の中でチョークが折れそうな音をひっきりなしに出している。

「はい、正解。解けたからいいけど、できれば寝ないでほしいなー」

「……す、すみません」

 目に見えて肩を落とす聖の姿に、クラス全員が笑いに包まれた。

 

 

 

 

 

「二人して何してるんだよ」

 呆れた、と言わんばかりにため息を吐く鷹高。何も言い返すことができず、思わず項垂れる。

「だあってよ〜、寝みいんだもんあの授業!」

「小鳥遊はいつでも眠いだろ……」

 はああ……と盛大にため息を吐かれ、僕も聖も何も言い返せなくなってしまった。

 飛びに飛んで現在昼休み。高校にしては珍しく、常時開放されてる屋上で優雅に昼食、といったところだ。

ようやく感じられた春の陽気に、食べながら眠たくなってくる。春眠暁を覚えず、てやつ。

「そういえば、相川。頼まれてたやつ、2,3冊見繕ってきた。合うかどうか分からないが……」

「ん、ありがと。鷹高が選ぶやつでハズレないから、安心してよ」

 手渡された本の表紙にざっと目を通す。どれもこれも心踊りそうなタイトルと絵で、厚さも苦になるほどではない。

「よく読めるよな〜。漫画ならいつでも読むけどさ」

「読みはじめると止まらなくなるよ。聖も見繕ってもらったら? 意外と読めるかもしれないし」

「ごめんっ、パス!!」

 両手で大きくバツを作る様子に、僕も鷹高も思わず笑ってしまう。表情をあまり見せない鷹高が僕らだけに見せる、唯一の顔。それだけ、この空間に居心地の良さを感じているという証拠なのだろう。

 

 

「わ、珍しい……。鷹高君が笑ってる」

 不意に落ちてきた声に、僕ら三人が一斉に振り返る。そこにいたのは、目を丸くした少女と、その後ろからおずおずと顔を覗かせる少女の姿だった。

「さ、榊……さん?」

「屋上、いっつも空いてるって聞いたから来てみたら先客いたみたいだね。でもまあいいでしょ、ね、混ぜて」

有無を言わさず僕の横に腰掛ける榊と、その後ろに申し訳なさそうに座るもう一人。

 突然の乱入者に、鷹高の表情が強ばる。彼のパーソナルスペースを考えればその反応に納得が行くし、それに気づきさえすれば立ち去っていく、はず。

 はずなのだが、知ってか知らずか当然のように居座るのが、榊律という存在だった。

「改めて自己紹介でもしようか。私は榊律、榊でいいよ。で、こっちが篠原波希(しのはらなみき)

「と、突然ごめんなさい……。ねえ律ちゃん、戻ろう? 流石に申し訳ないよ」

「大丈夫だって! ね、相川君?」

 にっこりと、威圧的な笑みを向けられ咄嗟に二人へアイコンタクトを送る。聖は現状を理解しきれてないみたいだが、鷹高は……。

「……まあ、いいんじゃないか。別に」

 平然を装っているつもりなのだろうが、声の端から警戒心が見え隠れしている。人との距離に敏感なのに、空気を悪くしないように自分を押し殺してしまってる。

「ありがと、鷹高君。だってさ、波希」

「……教室で食おうとか思わなかったわけ?」

 弁当の包みを開きはじめた榊に、思わず聞いてしまう。ギョッと聖が僕を見るのを感じるが、それよりもあまりにも不躾な榊の行動に苛立ちを覚えてしまった。

 正直言えば、僕は彼女を良く思っていない。

 この突拍子もない行動も、その生き方(・・・)も。

「だって、この腕を嫌がったり、見世物にする人が大勢いる中で食べたくないじゃない? なら、屋上に来るしかないじゃない」

「だからって、僕らのところに来る必要はないだろ」

 ギチリ、と手を握りしめる。僕の見慣れない様子に鷹高と聖、それに篠原さんが戸惑う。

 睨みつけられてる榊が、どこか澄ました表情で僕を睨み返す。一触即発な状況、それを打破したのは思いがけない人だった。

「あああああの! わ、私も律ちゃんも、ああ相川君たちとなっ、仲良くなりたくて……!!」

 噛み噛みで、茹でタコ状態な篠原さんの一言に、全員が呆気にとられる。ウェーブがかった髪を両手で混ぜながら慌てふためく彼女の姿に、吹き出したのは聖だった。

「篠原さん顔真っ赤! つか、晃も良いって言ってるんだし、いいんじゃね? 俺は仲良くなりたい!」

 みんな仲良く!と何故かピースしながら主張する聖に、なんか全てがどうでもよくなってきた。

「……ああ、うん。もういいよ、別に」

「あっはは! ありがと、小鳥遊君。じゃあ、これからよろしくね、友達として!」

 そう言って差し出された右手を、僕は複雑な面持ちで握り返したのだった。

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